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『物語』の欠片集めて(後編)

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『物語』の欠片集めて(後編) ◆02i16H59NY




「――それで、これからのことでありますが」

 各人が手元のカップラーメンを食べ切って、すっかりスープも冷めきった頃、一通りの情報交換は終了した。
 そこで得られ共有された情報は、しかし、大してかんばしいものではない。
 もちろん、他の参加者の動向や人物像は、この残酷な椅子取りゲームの中で『長生きする』役には立つ。
 全く違う常識に拠って立つ他の『物語』の話には、興味をそそられずにはいられない。
 だが、椅子取りゲームそのものを引っくり返そうという時には、大して意味のないものばかりだ。
 もちろん、皆それが困難な道であることは理解している。まだまだ手間がかかるだろうとも思っている。
 誰もそう簡単に事が進むとは思ってはいない。ゆえに、まずはインデックスが口を開く。

「既に日は昇っちゃったけど、明るいうちに一度しっかり天文台を調べておきたいんだよ。それに会場の『端』もね」

 以前ヴィルヘルミナとも語り合った、夜空の観察・確認という方向からのアプローチ。
 その糸口から『この会場そのもの』を調べようと思ったら、天文台にある設備については予め習熟しておく必要がある。
 むしろ日の出ているうちにこそ、先回りして調べておく必要があるだろう。
 また、御坂美琴によって「簡単には破れない」ことが既に判明している『会場の端』についても、調べておく価値はある。
 美琴とは異なる専門知識を持つ者の目で、一度確認しておく価値はある。
 そもそもインデックスたちがこの辺りまで来たのは、それらの目的あってのこと。
 多少のドタバタに後回しにされてはいたが、決して忘れていたわけではないのだ。

「ただ、あんまり機械とかについてはよく分からないかも。誰かそういうのに強い人がついてきてくれると嬉しいんだよ」
「では、わたしが行きましょう。わたしも一度、その『壁』を確認しておきたいですしね」

 助けを求めるインデックスの声に手を挙げたのは、テレサ・テスタロッサだった。
 もちろん天体観察は彼女の専門ではないが、しかし、彼女は元の『物語』では世界最高レベルの天才技術者だ。
 機械を調査し操作することに関して、彼女ほどの適材はいないだろう。『壁』についても、新たな見解を見出せるかもしれない。
 誰もが無言で頷いて、その意思に賛同する。


「逢坂さんが今すぐ動けない以上、このまま全員でゾロゾロと天文台に行くわけにもいかないけど……
 そのこと抜きにしても、この『神社』ってウチらの拠点に丁度いいんじゃないかな?」

 地図を眺めつつ、おもむろにそう言ったのは島田美波だ。
 彼女は試召戦争で敵味方の位置関係を考え部隊を動かしていた経験から、この神社は有用な拠点だと直感したのだった。

「ほら、ここまで登ってこれる道はほぼ1本だし、用事もなしに誰かが迷い込むような場所じゃないし。
 位置的にもかなり守りやすい、かなり安全な場所だと思うのよねー」
「確かにそうね。いまさら山から下りてくる人もないだろうし、それに、3日目までしっかり残る場所、ってのも大きいか……」

 部屋の片隅で寝息を立てる逢坂大河を眺めながら、御坂美琴も同意する。
 他ならぬ山の上から降りてきた美琴である。天文台からここまで一本道、これより上に留まっている者が居るとも考えにくい。
 晶穂たちが使った、川の北岸を延々と遡って神社の裏手に至るルートも、いまさら辿る者もいないだろう。
 テッサとヴィルヘルミナの2人も、それぞれの観点から判断を支持する。

「そうですね……長くかかるようなら、交代で休憩も取れるようにした方がいいでしょう。
 全員がここに留まる必要はありませんが、『帰るべき基地』はあれば嬉しいですね」
「ここで逢坂大河に義手をつけようと思ったら、腰を据えてかかる必要があるのであります。
 自分はこう見えても工作や器械にはそれなりに詳しく、各種の自在法も併用すれば万全の処置ができましょう。
 が……流石に時間はかかってしまうのであります。移動の片手間に行うのは無理なのであります」

 ある意味、このグループの最大の強みは「人数」である。生存者の2割弱を占める8人、という人数。
 これだけ居れば、『留守番』に人手を割くことも可能だ。探索・捜索に当たる者とは別に、あえて動かない者も用意できる。
 交代で休息をとることもできるし、伝言や持ち物を預かっておくようなこともできるだろう。
 全員がせわしなく動き回る必要はどこにもないのだ。


「……そういうことであれば、早急に物資の調達をしておく必要があるな。
 カップラーメンも残り少ないし、缶詰だけというのも味気なかろう。
 せっかくそこに流しがあることだし、材料さえあれば簡単な料理くらい作れるはずだ。
 寝泊りすることも考えるなら、毛布やら何やらも欲しいところだ。ちょっと何人かで街に下りて取ってくるか。
 なに、そう遠くまで行かなくても、そこら辺で何か見つかるだろう。手頃な民家に侵入して頂戴してみてもいい」

 そう言って腰を上げたのは、水前寺邦博
 ここにいるメンバーで唯一の男性である彼は、また、この中で唯一バギーを運転することができる人物でもある。
 もちろん、この不思議なデイパックを使えば大量の荷物を軽々と運ぶことができるのだが、しかし車があるに越したことはない。
 足さえあれば、いざ何かあった時に逃げ出すのも容易だ。

「なら、私も付き合うわ」
「短髪が?」
「ヴィルヘルミナはそこの逢坂さんの治療があるから、今は動けないでしょ。
 さっきは零崎相手にカッコ悪いとこ見せちゃったけど、ちょっとした護衛くらいにはなれるんじゃないかな」

 手の内に小さな稲光を走らせながら、御坂美琴は自信ありげに微笑む。
 なるほど、今この場で一番強いのがヴィルヘルミナだとしても、2番手につけるのはおそらく美琴。
 誰も居ないであろう天文台に向かう組は護衛抜きでも大丈夫かもしれないが、街に出るならどちらかがついて行くべきだ。

 そして――美琴としても、街に下りたい理由というのはある。
 『学園都市』における彼女の異名は、『超電磁砲(レールガン)』。
 そのあだ名は、『超能力(レベル5)』にも到達する最強の『電撃使い(エレクトロマスター)』が用いる最強の技の名でもある。
 電気を操る力は、磁力の操作にも繋がる。磁力を操れば、金属片も動かせる。
 リニアモーターカーの原理を応用し、超強力な磁場で金属弾を加速して射出する、御坂美琴の超大技である。

 ただし……この技。
 いささか強すぎて、著しく使い勝手が悪い。手加減ができない。
 美琴としては、無駄な大量殺戮などもってのほかなのだ。
 戦いに『超電磁砲』を使うにしても、その余波で相手を弾き飛ばすとか、相手の足場だけを正確に打ち抜くとか。
 とにかく、御坂美琴の流儀を崩さず戦闘に応用するためには、正確無比なコントロールが必須なのだ。
 そしてそのため、彼女はこの能力の使用においては規格の整った『弾丸』を必要とする。
 原理から言えばどんな金属片でも弾となるはずだが、毎回違う弾を使っていては繊細な制御はおぼつかない。

 何の変哲もない、小さなゲームセンター用のコイン。
 それが、御坂美琴が普段愛用している『弾丸』であり、また、今ここで手に入れておきたい『武器』でもある。
 ガウルン零崎人識に打ち砕かれたプライドを立て直すのに、是非とも欲しい品物なのだ。
 物資調達のために街へ下りるというのなら、護衛ついでに探しておきたいところである。

「もちろん、軽く探して見つからないようなら、無理せず諦めるけどね。直接放電するだけでも十分やれるし」
「もし、調達の途中で知り合いや信頼できそうな人物を見かけたら、同行を求めることになるのだろうが……
 今回はひとまず、物資の調達が優先だ。本格的な調査は、それらが済んでから、だな」


「ということは、当面は3組に分かれて行動するということでありますな。
 天文台の下調べ、及び『壁』の調査班。
 神社での留守番、及び逢坂大河の治療班。
 当面必要な物資を調達に行く班。
 天文台以外の施設の探検や人探しは、それらが一段落してから改めて、ということでありますな」
「要帰還」
「なるほど、刻限を定めておくべきでありましょう。
 そうでありますな……きりのいい所で、正午までということで。
 天文台方面の調査班も、物資調達班も、成果がなくとも次の放送までには戻ってきて欲しいのであります。
 無論、現場の判断で柔軟な対応を要することもあるでありましょうが……せめて、一報欲しいのであります」


   ◇


 ――太陽はすっかり空へと昇り、山は朝の強い日差しに照らされてキラキラと輝く。
 振り向けば眼下には、お城を中心として遠く広く広がる街並みの姿。
 振り仰げば――視線は山頂まで抜けることはなく、遠く世界を黒く区切る壁が見える。

 そんな、登山と呼ぶにはラク過ぎる、ハイキングと呼ぶには僅かに辛い山道を、2人の少女が歩いていた。
 天文台の探索班。禁書目録(インデックス)と、テレサ・テスタロッサの2人だった。
 2人はのんびりと並んで歩きながら、語るともなく互いの考えを語っていた。

「零崎人識、島田美波、フリアグネ、紫木一姫、北村祐作、メリッサ・マオ……。
 うーん。伏せられてた10人のうち6人の名前は分かったけど、やっぱり法則性とかは無い感じなんだよ」
「50人分の名簿と同様、日本人が多いというくらいですよね。
 ……メリッサのように、『日本人以外』が残る4人に含まれている可能性はありますが」

 マオの名を口にした瞬間、テッサの表情に僅かな憂いと怒りの色がよぎる。
 強い信頼を置く部下であり、また、公私の垣根を越えた親友であった彼女。
 大酒飲みでヘビースモーカーで、そのせいで大ゲンカをしたこともあったけど、憎めない存在だった彼女。
 そんな彼女が同じ舞台にいたということも、たった6時間も持たずに殺されたということも、共に未だ信じきれない。
 信じきれないが――しかし一方では、あの『人類最悪』が嘘をつく理由が思い当たらない。

 部下を失うのはこれが初めてではない。
 過去の作戦や事件でもそういうことはあったし、メリダ島陥落の際にはとてつもない犠牲を強いられた。
 皆の前で無様に泣き崩れたりしなかったのは、そういった辛い経験に拠るところが大きい。
 しかし踏み止まったとはいえ、この喪失感は何度経験しても慣れるものではない。慣れたいとも思わない。
 ゆえに、テレサ・テスタロッサは誓う。心の底から誓う。

 メリッサ・マオの、仇を取ると。

 これは復讐だ。名誉も大義も何も無い、ただの復讐だ。
 アマルガムによってメリダ島が落とされた時に抱いたものと、同質の怒り。それが熱く静かにテッサを突き動かしている。
 あの時と違って、彼女の手元に『トゥアハー・デ・ダナン』はない。信頼できる部下たちもいない。
 あるのはやや持て余し気味の大型拳銃が一挺。そして、出会ったばかりの、無力な一般人さえ含む7人の仲間たちだけだ。
 それでも、彼女には諦めるつもりは毛頭なかった。

 そして――でも、だからこそこうして、天文台と『壁』の調査をするべく、慣れない山歩きに志願したのだ。
 テッサの復讐の対象は、単にメリッサの命を直接奪ったどこかの誰かに留まらない。
 もちろん、その直接の殺害者も、機会さえあればそれ相応の報いを与えてやるが……
 メリッサが死なねばならない状況を作った、その首謀者たちも。
 『人類最悪』。いや、その『人類最悪』すらも「スピーカー代わり」でしかないのなら、「その背後にいるはずの者」。
 今は全体像すら掴めない、アマルガム以上に捉えどころのない、この催しの元凶――。
 そいつらもまた、、報いを受けるべき存在だ。
 この怒りを、ぶつけるべき対象だ。
 せめて一矢報いてやる。そのためにこそ。

「わずか6時間のうちに、早くも10人もの脱落。そう時間は無いのかもしれません。
 あるかどうかも分からぬこの『箱庭』から出る手段、その向こう側にいる連中を『ブン殴る』手段。
 早々に見つけなければなりませんね」

 あえて下品スレスレの言い回しで、テッサは静かに微笑んだ。



【C-1/道路上/一日目・朝】

【インデックス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式、試召戦争のルール覚え書き@バカとテストと召喚獣、
     不明支給品0~2個、缶詰多数@現地調達
[思考・状況]
1:天文台の下見と、地図の「端」「なくなったエリア」の確認
2:できれば、正午頃までにはまた神社に帰る

【テレサ・テスタロッサ@フルメタル・パニック!】
[状態]:健康
[装備]:S&W M500 残弾数5/5
[道具]:予備弾15、デイパック、支給品一式、不明支給品0~1個
[思考・状況]
1:天文台の下見と、地図の「端」「なくなったエリア」の確認。
2:できれば、正午頃までにはまた神社に帰る。
3:メリッサ・マオの仇は討つ。直接の殺害者と主催者(?)、その双方にそれ相応の報いを受けさせる。




   ◇


 神社で留守番しながら大河の回復を待つつもりだった須藤晶穂は、しかし唐突に首根っこを掴まれた。
 見上げて確認するまでもない、新聞部の部長・水前寺邦博である。
 そのまま、訳も分からぬまま引っ張られ連行され、強引にバギーの助手席に放り込まれた。
 御坂美琴は苦笑しながらも後ろの荷台の方に飛び乗って、バギーの座席を囲むパイプをしっかりと掴む。

「あんまり速度出さないでね。コッチも振り落とされたりしたらたまらないから」
「了解だ。しっかり捕まっていたまえ。よし、では出発進行っ!」
「ちょっ、部長っ! わたしは残って、わっ、きゃあっ!」

 晶穂の悲鳴もなんのその、そのままバギーは神社の前から急発進。街へと下りる坂道を駆け下りる。
 辺りはすっかり明るくなって、こんな状況でもなければ絶好のドライブ日和だ。吹き抜ける風が心地よい。
 目的地はすぐそばに広がる市街地。あまり遠くまで行く予定はなし。
 年齢の近い中学生トリオによる物資調達、ちょっとしたお使い気分である。

「……まったく、もう。人遣い荒いんだから。人手が欲しいのは分かりますけど、もーちょっと頼み方ってモンが、」
「それもあるのだがな」

 頬を膨らませる晶穂に、水前寺はしかし、目を合わせない。
 いや運転中だから前を見ているのは当たり前なのだが、彼には珍しく、少しだけ躊躇の色を見せて。

「言いづらいかもしれんが、浅羽特派員との遭遇の話を、もう一度じっくり聞かせて欲しくてな。
 さっきは大雑把に上っ面をなぞるだけで終わってしまったが」
「…………」
「あー、なるほど。その浅羽って奴、確かアンタたち2人の部活仲間だっけ。そりゃ気になるわよね」

 そういうことなら気にせずじっくり話し合いなさい、私は聞かないでおくし、なんなら耳塞いどいてあげるから。
 と、あっけらかんと御坂美琴は笑って、2人から顔を離した。そのまま後部の荷台で遠くの街並みを眺めている。
 単純な好意だけでなく、「護衛」という任務上警戒している、という側面もあるのだろう。
 好奇心剥き出しで追求してこないのは有難かったが、美琴の存在を抜きにしても晶穂の口は重くなってしまう。

 大河の叱責のお陰で、俯いて立ち止まることはやめようと思った。
 まだ何も整理はついていないけれど、もう一度浅羽に会おうと決めた。
 だが改めてあの時のことを語れ、と言われて、はい分かりましたとペラペラ喋れるほど割り切れてはいない。

 それでも、珍しくも真剣な水前寺の横顔には、確かに浅羽に対する心配の色が混じっていて――
 沈黙に促されるまま、晶穂はぽつり、ぽつりと、あの最悪の再会のことを語り始めた。


   ◇


 水前寺邦博は、そして、須藤晶穂のより詳細な報告を聞きながら、悩んでいた。
 ハンドルを握りながら、考えていた。

 伊里野加奈のためにと思い詰め、晶穂にまで銃を向けた愚かな後輩。
 浅羽の暴走の様子は、ちょうど学校で出会った高須竜児そっくりだ。
 救いの手が間に合わず、目の前で細切れの肉片になる姿を見るしかなかった高須竜児そっくりだった。
 普段は飄々とした態度を崩さぬ水前寺も、これには少し、思うものがある。

 水前寺は脳裏に地図を思い浮かべる。
 川に落ちて流されたということは、今浅羽がいるのはそれより下流か。
 二股の分岐のどちら側に向かったのか分からないのが痛い。範囲が絞り込めない。
 それでも、そう遠くに行く前に岸に上がったであろうことは容易に想像がつく。
 いくらビート板や浮きがあったとしても、夜中の着衣水泳は辛すぎる。可能な限り早く岸に上がりたいと思うはずだ。
 川の最初の分岐のどちら側に流されたとしても、橋を越えてまで流されたということはないだろう。
 地図上の升目で言えば、B-3エリアかその近辺。上陸してからも、そう遠くまで歩き回る元気はないはずだ。

 そして――バギーで幹線道路を飛ばし、城の中を突っ切っていけば、すぐにでもその辺りに到達できる。
 身軽になって素早い移動だけに専念すれば、さほど遠い場所でもない。水前寺邦博はそう考える。

 ここで仮に晶穂と美琴の2人を放り出してしまったとしても、きっと彼女たちは大丈夫だろう。
 神社までは歩いてもそう遠くはないし、荷物を運ぶ上でも例の不思議なデイパックがある。
 そして美琴はなんと『超能力者』だ。と言っても水前寺が半年前に研究していたものとは微妙に異質な『電撃使い』だが。
 自己紹介によれば、『学園都市』でも7人しか居ない『超能力者(レベル5)』。よく分からんが字面だけでも強そうだ。
 これならきっと晶穂1人くらい、守りながら帰れるだろう。
 神社に集まった女子たち(そういえば、揃いも揃って女の子ばかりだ。唯一の男だった零崎は逃げ出した)もいい奴らだ。
 大切な部員である晶穂を預けておくのに、これほど頼りになる連中もいない。
 もし晶穂が水前寺の後を追おうとしても、ちゃんと引き止めてくれることだろう。

 そう――水前寺邦博は、たった1人で浅羽を探そうとしているのだ。
 自ら志願した物資調達の仕事を途中で放棄し、正午までに帰る約束すらも放り捨て、単身探索行に出ることを考えている。
 仲間たちを裏切り、騙し、全てを投げ出して浅羽のところに行こうとしている。

 浅羽直之は、水前寺邦博にとっては数少ない理解者だ。
 その意気地のなさや回転のにぶさに苛立たしさを覚えることもあるが、それでも大事な大事な、後輩だ。
 知り合いこそ多い水前寺だが、『友達』と呼べるほどに心許せる相手は、1つ年下の浅羽しかいない。
 もちろんこんなこと、小恥ずかしくて面と向かって言えたものではないけれど。

 だから、思ったのだ――浅羽の目を覚まさせてやるのは、おれの仕事だ、と。

 離れた所から冷静に見れば分かる。浅羽の暴走する先には、破滅しかない。
 あるいは勢いで1人や2人殺してしまうことはありえるかもしれないが、どう逆立ちしたって浅羽の想いは通せっこない。
 浅羽では曲絃師の相手は務まらないし、ヴィルヘルミナのリボンも避けられないし、御坂美琴の電撃にも耐えられない。
 だから、取り返しがつかなくなる前に止めてやらねばならないのだ。

 水前寺邦博は、やる、と決めたらやる男である。
 だから、残された唯一の問題は「いつ実行に移すか」、だけだった。
 まさか走行中のバギーから女の子2人を叩き落すわけにも行かない。
 物資調達の途中で適当な言い訳でもでっち上げて単独行動の余地を作るか。
 それとも、どこかで何も言わず2人を置いていってしまうか。
 あるいは、今は素直に物資調達に付き合って、2人を神社まで送り帰してからまた出直すか。

 思案する水前寺を乗せたまま、バギーはやがて木々の間を抜け、家々が立ち並ぶ市街地へと入っていった。



【C-2/南東・市街地/一日目・朝】

【水前寺邦博@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:健康、シズのバギーを運転中
[装備]:電気銃(1/2)@フルメタル・パニック!、シズのバギー@キノの旅
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考・状況]
1:どこかで須藤晶穂・御坂美琴と別れ、神社の仲間から離れて1人で浅羽直之を探す? たぶん北東の方にいるはず
2:それとも、今は素直に食料・物資の調達に専念しておく?
3:もし途中で探し人(後述)を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。

【須藤晶穂@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:健康、シズのバギーの助手席
[装備]:園山中指定のヘルメット@イリヤの空、UFOの夏
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考・状況]
1:とりあえず食料・物資の調達。そのついでに誰かと接触できれば情報交換。危険なら逃げる。
2:正午頃までには一旦神社に戻る。
3:もし途中で探し人(後述)を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。
4:浅羽にもう一度会いたい。

【御坂美琴@とある魔術の禁書目録】
[状態]:肋骨数本骨折(ヴィルヘルミナによる治療済み、急速に回復中)、シズのバギーの後部荷台
[装備]:さらし状に巻かれた包帯(治癒力亢進の自在法つき)
[道具]:デイパック、支給品一式 、金属タンク入りの航空機燃料(100%)、ブラジャー
[思考・状況]
1:水前寺邦博と須藤晶穂の護衛。および食料・物資の調達。
2:ついでに、ゲームセンターのコインが入手できれば嬉しい。
3:正午頃までには一旦神社に戻る。
4:もし途中で探し人(後述)を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。

[備考]
 当面の探し人の名は以下の通り。
  涼宮ハルヒ、上条当麻白井黒子吉井明久姫路瑞希、逢坂大河、浅羽直之、伊里野加奈、
  櫛枝実乃梨、川嶋亜美、相良宗介、千鳥かなめクルツ・ウェーバー
 ただし、危険人物となっている可能性もあるので接触は慎重に。浅羽のように暴走が判明している者もいる。
 問題が無いようなら保護、あるいは神社に向かうよう誘導する。

[備考]
 神社では他の『物語』との差異を確認することを優先したため、また走行中は現在の浅羽の話に終始したため、
 水前寺と晶穂は、まだ詳しい情報交換をしていません。
 2人の参戦時期に差がある可能性がありますが、もしそうだとしても、まだどちらもそのことに気付いていません。
 ちなみに、晶穂の参戦時期は2巻終了時。水前寺の方は未だ確定していません。


   ◇


 あの咄嗟の瞬間、竜児の名を先に口にしていた自分に気がついた時、少しだけ哀しかった。


   ◇


「……というわけで、皆はそれぞれ、天文台と下の街に出かけているのであります。
 あなたさえ良ければ、これより義手の取り付け作業に入る所存でありますが……」
「そうなんだ……。晶穂も、テッサも……」

 山の上と下、双方のチームが出発してからしばらくして。
 逢坂大河は、静かに目を覚ましていた。
 膝や肘など擦り傷を負っていた場所には、いつの間にかリボンのような、包帯のようなものが巻かれている。
 どうやら、寝ている間に応急手当が成されていたようだ。包帯の巻かれた所がほのかに温かく、心地よい。

 やはり、気付かないうちに疲れていたのだろう。相当気を張っていたのだろう。
 僅かな時間とはいえ少し寝たことで、かなり気分も落ち着いていた。
 ある意味、大河自身にも奇妙に思えるほどの平坦な気分だった。
 あるいはそれは、心ごと押し潰されかねない悲劇を前にして咄嗟に発動した、ある種の心理防衛機構なのかもしれなかった。

 高須竜児と、北村祐作が死んだ。
 大河の知らないところで、誰かに殺された。
 否定できるものならしたかったあの放送は、しかし、夢でも聞き間違いでもないことが確認されてしまった。
 優しくも無愛想で無表情な、目の前のメイド(!)さんが太鼓判を押してしまった。
 ヴィルヘルミナ・カルメルと名乗った彼女は、あくまで淡々とこれまでの経緯を説明する。
 大河たち3人を発見した経緯。
 7人で頭を突き合わせて行った情報交換の大筋。
 そして、天文台に2人、下の街に3人、それぞれ出かけてしまったこと。晶穂もテッサも、それぞれ外に出ていること。
 大河が望むのなら、これからヴィルヘルミナが義手の取り付け作業を行うつもりであること。
 工具も痛み止めの薬もないが、『自在法』という魔法にも似た技術を使えばなんとかなりそうであること――
 淡々と、事務的とさえ言える口調で説明してくれた。大河は、その半分くらいを聞き流していた。
 今はただ、その無関心にも近い、踏み込まない態度が有難かった。

 不意に、腹の音が鳴った。
 どうやら悲しい時も辛い時も、生きていれば腹は減るらしい。
 そういえば辺りには、他の7人が朝食代わりに食べたカップラーメンの残り香が漂っている。
 ヴィルヘルミナは大河に食欲の有無を尋ね、未開封のラーメンを手に取ると、お湯を沸かすために流し台の方に立った。
 小さなコンロに、水を満たしたヤカンをかける。
 逢坂大河は、ぼんやりとその後姿を眺めている。
 普段の『手乗りタイガー』を知る者が見たら驚くような大人しさで、ただ、ぼんやりと見ている。

「――ええと、逢坂さん」

 不意に、横から声をかけられた。大河はゆっくりと振り返る。
 長い髪をポニーテールにまとめ上げた、どこか共感を覚える、おそらくは同年代の少女だ。
 肩と首元に赤いラインの入った、地味な印象の運動用ジャージに身を包んでいる――
 このジャージは彼女の本来の服ではなく、消火剤で汚れた制服を愚痴った彼女にテッサが差し出したものなのだが、
 目覚めたばかりの大河にはそこまでのことは分からない。
 ともかく、初対面の人物である。
 さて自分はどこに共感を覚えたんだろう、と首を傾げた大河は、そして彼女の胸元の膨らみ(の欠如)に目を留めて、

「……ああ、あんたも苦労してんのね……分かるわ……」
「……なんかものすごく失礼な想像されてる気もするけど、アンタ相手だと怒る気にもなれないわ……」

 溜息をつく大河に、そのポニーテールの少女も溜息で返した。同病相哀れむというやつだった。
 互いにその点にこだわると惨めな会話になりかねないと気付いたのだろう、小さく咳払いすると少女は仕切り直す。

「それはともかく――ウチは、島田美波。大体の話はテッサたちから聞いたわ。よろしくね、逢坂さん」
「大河でいい。逢坂大河よ。よろしく」
「それで……その……」

 簡潔な自己紹介のまま、自然に握手の手を伸ばしかけた大河は、そして不審げに眉をひそめた。
 大河の手を取ろうともせず。島田美波は何か言いづらそうに俯いている。
 沈黙すること数秒。
 やがて意を決したように顔を挙げた美波は、そして、はっきりと言った。

「ウチ、大河に言わなきゃならないことがあるの。大河たちには、伝えなきゃと思って」
「……私、に?」
「ウチは……高須に、高須竜児が死んだその時に、一番近くにいたの」

 朝の日差しがカーテン越しに差し込む、神社の社務所の中。
 小さな沈黙が、その場に下りる。
 ようやく沸騰したヤカンが甲高い音を奏で、ヴィルヘルミナは静かにコンロの火を止めた。



【C-2/神社/一日目・朝】

【ヴィルヘルミナ・カルメル@灼眼のシャナ】
[状態]:疲労(小)
[装備]:カップラーメン(お湯を注いで3分の待ち時間中。逢坂大河に渡す分)
[道具]:デイパック、支給品一式、カップラーメン一箱(8/20)、缶切り@現地調達
[思考・状況]
0:逢坂大河にもカップラーメンを。まずはお湯を沸かさねば。
1:大河の治療。治療効果のある自在法も駆使し、彼女の右手に義手をつけてやる。
2:拠点となる神社を守りつつ、皆の帰りを待つ。
3:下手な口出しは無用でありましょう。しかし……ここでただじっとしていてもいいものでありましょうか?


【逢坂大河@とらドラ!】
[状態]:全身に細かく傷(ヴィルヘルミナによる治療済み・急速に回復中)、右手欠損(止血処置済み)、少し寝て消耗回復
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式、フラッシュグレネード×2@現実、無桐伊織の義手(左右セット)@戯言シリーズ
[思考・状況]
0:……え? 竜児……の?
1:美波の話を聞く?
2:ヴィルヘルミナによる治療を受ける?
[備考]
 一通りの経緯はヴィルヘルミナから聞かされましたが、あまり真剣に聞いていませんでした。聞き逃しがあるかもしれません。
 また、インデックス・御坂美琴・水前寺の顔はまだ見ていません。


【島田美波@バカとテストと召喚獣】
[状態]:健康
[装備]:大河のデジタルカメラ@とらドラ!、第四上級学校のジャージ@リリアとトレイズ
[道具]:デイパック、支給品一式、文月学園の制服@バカとテストと召喚獣(消火剤で汚れている)
[思考・状況]
1:逢坂大河に、高須竜児の最期を伝えたい。
2: 川嶋亜美、櫛枝実乃梨の2人も探して高須竜児の最期の様子を伝え、感謝と謝罪をする。
3:竜児の言葉を信じ、「全員を救えるかもしれない涼宮ハルヒ」を探す。


【文月学園の制服@バカとテストと召喚獣】
島田美波の初期衣装。
姫路瑞希が着ているものと同じデザインであるはずなのだが、どう見ても胸元が(ry

【第四上級学校のジャージ@リリアとトレイズ】
テレサ・テスタロッサに支給された。
リリアが通うロクシェ首都の第四上級学校で、運動や作業の際に着用される運動用のジャージ。
厳密に言えば「リリアとトレイズ」のスピンオフ作品「メグとセロン」に登場する衣装。「メグとセロン」Ⅱ巻の表紙を飾る。
(舞台となる学校が同じなので、リリアも日常的に同一デザインのジャージを着ていたはずである)
袖と首回りに入った赤いラインが印象的。男女兼用。



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