776 名無しさん@ピンキー sage 2008/10/26(日) 01:03:57 ID:G3rq0Giw
カプはアルト×シェリル。初Hです。
カプはアルト×シェリル。初Hです。
では、投下。
777 後日譚2 『アオ、ソライロノ……』 1/10 sage 2008/10/26(日) 01:06:38 ID:G3rq0Giw
777 後日譚2 『アオ、ソライロノ……』2008/10/26(日) 01:06:38 ID:G3rq0Giw
久方ぶりの外気を胸いっぱいに吸い込み、腕を空に向けて伸ばす。
ん、と見上げた先にあの空バカの姿が見える気がしてシェリルはふっと笑った。
あの時と同じ、眩しいくらいの鮮やかな、青。
滑走路に立つ自分をヨソに一人その空を楽しんでいた彼を待ちきれず、飛び降りて。
慌てふためきつつしっかりと受け止めてくれた彼の体温を感じて。
共に風に吹かれながら今まで知らなかった開放的な空気を身体に受けて。
そして、確かめ合った。想いを、言葉と唇に乗せて。
あれから2週間程経ったけれど、その時の情景と歓喜は今でも鮮明に胸の中にある。
シェリルは記憶を愛しむように胸に手を当て、もう一度深呼吸をした。
――だから、大丈夫。もし、もしも……。
「シェリル!」
自分の名を呼ぶ声に、彼女は極上の笑顔で振り返った。
久方ぶりの外気を胸いっぱいに吸い込み、腕を空に向けて伸ばす。
ん、と見上げた先にあの空バカの姿が見える気がしてシェリルはふっと笑った。
あの時と同じ、眩しいくらいの鮮やかな、青。
滑走路に立つ自分をヨソに一人その空を楽しんでいた彼を待ちきれず、飛び降りて。
慌てふためきつつしっかりと受け止めてくれた彼の体温を感じて。
共に風に吹かれながら今まで知らなかった開放的な空気を身体に受けて。
そして、確かめ合った。想いを、言葉と唇に乗せて。
あれから2週間程経ったけれど、その時の情景と歓喜は今でも鮮明に胸の中にある。
シェリルは記憶を愛しむように胸に手を当て、もう一度深呼吸をした。
――だから、大丈夫。もし、もしも……。
「シェリル!」
自分の名を呼ぶ声に、彼女は極上の笑顔で振り返った。
「どうだ、久しぶりの外は?」
と言ってもお前のことだから大人しくベッドで寝てたとは思えないが、とアルトは唇の片端を上げる。
あら心外ね、と眉根を寄せるフリをしつつシェリルは促されるまま彼の手に荷物を預けた。
「ちゃんとカンヅメしてきたわ。言われるままに、いいコでね」
「本当かよ。で、身体の具合は?」
その口調はやけにあっさりしたものだったが、逆に彼の心配している様子が伺えてシェリルは吹き出した。
「なに笑ってるんだよ」
「あははっ、だってその言い方、わざとらしスギ」
「お前なぁ、オレがどれだけ――」
頬を染めて抗議するアルトにごめんと笑って、彼女はその手を取る。
「お、おい」
「この通り心配ないわ、医者のお墨付きよ。走ったって平気」
そう言って軽やかに駆け出したシェリルに引っ張られて、アルトも仕方なくという様子で
その歩調を合わせた。程々にしとけよ、と苦笑しながら。
先を行く彼女の表情は見えない。けれども腕を引くその力強さに、その言葉に安心していた。
だから、アルトは気付かなかった。彼女がポツリと呟いた言葉を。
――だけど、もし、もしも……。
「アルト、遅いっ!」
懐かしい緑の光を浴びる妖精のように、振り返ったシェリルは楽しそうに笑った。
と言ってもお前のことだから大人しくベッドで寝てたとは思えないが、とアルトは唇の片端を上げる。
あら心外ね、と眉根を寄せるフリをしつつシェリルは促されるまま彼の手に荷物を預けた。
「ちゃんとカンヅメしてきたわ。言われるままに、いいコでね」
「本当かよ。で、身体の具合は?」
その口調はやけにあっさりしたものだったが、逆に彼の心配している様子が伺えてシェリルは吹き出した。
「なに笑ってるんだよ」
「あははっ、だってその言い方、わざとらしスギ」
「お前なぁ、オレがどれだけ――」
頬を染めて抗議するアルトにごめんと笑って、彼女はその手を取る。
「お、おい」
「この通り心配ないわ、医者のお墨付きよ。走ったって平気」
そう言って軽やかに駆け出したシェリルに引っ張られて、アルトも仕方なくという様子で
その歩調を合わせた。程々にしとけよ、と苦笑しながら。
先を行く彼女の表情は見えない。けれども腕を引くその力強さに、その言葉に安心していた。
だから、アルトは気付かなかった。彼女がポツリと呟いた言葉を。
――だけど、もし、もしも……。
「アルト、遅いっ!」
懐かしい緑の光を浴びる妖精のように、振り返ったシェリルは楽しそうに笑った。
復旧作業に取り掛かっているアイランド1の様子を横目に、シェリルは退院時カナリアと
交わした会話を思い出す。
『命の危機は去った、と言えるだろうな。詳しくは検査結果を待たなければならないが』
『……そう』
『数値的にも安定しているし――って、浮かない顔だな?』
『そんなことはないわ。やっぱり、ランカちゃんの力なのかしら?』
『まぁ、バジュラとコミュニケイト可能なランカがV細菌に何らかの影響を与えたというのは
有り得る話だ。だが、脳にダメージを与えていた毒素が消えてなくなったことは……』
『説明がつかない?』
『お手上げだな。こういう時、名医は一言で済ませるのさ。“奇跡”とね』
『ふふっ、便利な言葉ね』
『まったくだな』
未来という時間を与えられたことは、フォールド・ネットワークで共有した空間の出来事で
それとなく感じていた。だから死に対する不安はもうない。
今、怖いのは。この身を竦ませるのは――。
シェリルは突然、その足を止めた。
急に立ち止まった彼女に反応できず、アルトは衝突を避けようとするもつんのめって
シェリルの肩あたりにその筋の通った鼻をぶつけた。
「っ痛。お前、止まるなら止まると――」
顔の中央を手で押さえながら文句を言おうと彼女を見れば、その視線は上方に浮かぶ
スクリーンに釘付けになっている。
そこにはギャラクシーの吸収合併と、その反対デモに関するニュースが映し出されていた。
シェリルの胸中の複雑さは如何許りであろうか。心情を慮って、アルトは彼女の手を
そっと引き静かにその場を後にした。
交わした会話を思い出す。
『命の危機は去った、と言えるだろうな。詳しくは検査結果を待たなければならないが』
『……そう』
『数値的にも安定しているし――って、浮かない顔だな?』
『そんなことはないわ。やっぱり、ランカちゃんの力なのかしら?』
『まぁ、バジュラとコミュニケイト可能なランカがV細菌に何らかの影響を与えたというのは
有り得る話だ。だが、脳にダメージを与えていた毒素が消えてなくなったことは……』
『説明がつかない?』
『お手上げだな。こういう時、名医は一言で済ませるのさ。“奇跡”とね』
『ふふっ、便利な言葉ね』
『まったくだな』
未来という時間を与えられたことは、フォールド・ネットワークで共有した空間の出来事で
それとなく感じていた。だから死に対する不安はもうない。
今、怖いのは。この身を竦ませるのは――。
シェリルは突然、その足を止めた。
急に立ち止まった彼女に反応できず、アルトは衝突を避けようとするもつんのめって
シェリルの肩あたりにその筋の通った鼻をぶつけた。
「っ痛。お前、止まるなら止まると――」
顔の中央を手で押さえながら文句を言おうと彼女を見れば、その視線は上方に浮かぶ
スクリーンに釘付けになっている。
そこにはギャラクシーの吸収合併と、その反対デモに関するニュースが映し出されていた。
シェリルの胸中の複雑さは如何許りであろうか。心情を慮って、アルトは彼女の手を
そっと引き静かにその場を後にした。
復旧作業が急ピッチで進められているとは言え、未だ崩れた建物等の残骸が散らばる道を
通り抜け、比較的被害の少なかったブロックへと足を踏み入れる。
二人の前にはこじんまりとした三階建てのアパートメントがあった。
「なんだか、懐かしい気がするわ。たった数ヶ月しか住んでなかったのに」
「いいのか? 政府側からもっといい部屋を斡旋するって話もあったんだろ?」
「シェルターで生活している人たちのことを考えると、ちょっと、ね」
それに、とシェリルは手を後ろに組んで後ずさりながら、おどけるように言った。
「気に入ってるのよ、ココ。何といってもアルトと同棲してた思い出深い場所だし?」
「ど、同棲って!! 」
あながち間違ってはいないだけに否定することもできず、アルトは赤面した。
その様子をクスクスと笑いながら眺めているシェリルに、ほらさっさと行くぞ、と
仏頂面で告げて、彼はズンズン階段を上っていく。
「待ちなさいよ、家主の私を差し置いて先に部屋に入るなんて――」
ドアを開けて待っていてくれたアルトの横から玄関に入ったシェリルは、漂ってきた
美味しそうな匂いと、一目見るだけで片付けられたことがわかる整然とした部屋の様子に
言葉を止め、無言で隣の男の顔を見上げた。
「鍵、持ってたし。その……、暇な時に、な。飯は、病院食に飽きているだろうと今朝準備した」
「アルト……」
照れているのかついと視線をあさっての方向へ向ける彼にぽつり、ありがと、と小さな
声で礼を言い、シェリルは寄り添うようにしてアルトの肩に頭を擡げた。
そんな彼女を軽く抱きしめてから、アルトはその額をちょんとつついて微笑む。
「着替えて来いよ。その間に用意しておいてやるから」
この不意打ちは卑怯だと思わず涙ぐんでしまった自分に悔しさを感じながらも
沸き起こる幸福感に身を委ねることを許して、シェリルは彼の頬にキスをした。
チュッという音と共に「先に食べちゃダメよ!」という科白を残しシャワールームへと
消えた彼女の背中を、アルトはやれやれと温かく見送った。
通り抜け、比較的被害の少なかったブロックへと足を踏み入れる。
二人の前にはこじんまりとした三階建てのアパートメントがあった。
「なんだか、懐かしい気がするわ。たった数ヶ月しか住んでなかったのに」
「いいのか? 政府側からもっといい部屋を斡旋するって話もあったんだろ?」
「シェルターで生活している人たちのことを考えると、ちょっと、ね」
それに、とシェリルは手を後ろに組んで後ずさりながら、おどけるように言った。
「気に入ってるのよ、ココ。何といってもアルトと同棲してた思い出深い場所だし?」
「ど、同棲って!! 」
あながち間違ってはいないだけに否定することもできず、アルトは赤面した。
その様子をクスクスと笑いながら眺めているシェリルに、ほらさっさと行くぞ、と
仏頂面で告げて、彼はズンズン階段を上っていく。
「待ちなさいよ、家主の私を差し置いて先に部屋に入るなんて――」
ドアを開けて待っていてくれたアルトの横から玄関に入ったシェリルは、漂ってきた
美味しそうな匂いと、一目見るだけで片付けられたことがわかる整然とした部屋の様子に
言葉を止め、無言で隣の男の顔を見上げた。
「鍵、持ってたし。その……、暇な時に、な。飯は、病院食に飽きているだろうと今朝準備した」
「アルト……」
照れているのかついと視線をあさっての方向へ向ける彼にぽつり、ありがと、と小さな
声で礼を言い、シェリルは寄り添うようにしてアルトの肩に頭を擡げた。
そんな彼女を軽く抱きしめてから、アルトはその額をちょんとつついて微笑む。
「着替えて来いよ。その間に用意しておいてやるから」
この不意打ちは卑怯だと思わず涙ぐんでしまった自分に悔しさを感じながらも
沸き起こる幸福感に身を委ねることを許して、シェリルは彼の頬にキスをした。
チュッという音と共に「先に食べちゃダメよ!」という科白を残しシャワールームへと
消えた彼女の背中を、アルトはやれやれと温かく見送った。
お待たせ、とリビングに現れたシェリルの姿を見て、テーブルにグラスを用意していた
アルトの手が止まる。
その瞳と同じ澄んだブルーのシンプルなワンピースに身を包み、風呂上りを示す
緩く結わえた髪の少しだけ湿った後れ毛と淡く火照った肌をした彼女を見つめる目は
まるで眩しいものを見ているかの如く細められている。
「どうしたの?」
上目遣いで無邪気に尋ねるシェリルを恨めしく思いながら、何でもないと平静さを装い
彼は料理を運ぶべくキッチンへと戻っていった。
全ての配膳が終わると、アルトはエプロンを脱いでグラスにシャンパンを注ぐ。
未だ配給制のため内容は質素なものであったが、手の込んだ調理によってテーブルの上は
なかなかに豪勢な彩で飾られていた。
「すごいわね。何かのお祝い事みたい」
「みたい、じゃないだろ。検査の為とはいえ、退院を祝うのは間違ってないさ」
グラスを合わせ、その冷えた爽やかな甘みを一口喉に流し込んでから
シェリルは思い出したようにふっと笑う。
「前にも、こうやって乾杯したわね」
「ああ。あの時はお前が潰れて大変だったな」
失礼ね、と頬を膨らませる彼女に本当のことだろ? と軽口を叩きながらも
以前とはまったく違う穏やかな空気にアルトはその口元を緩ませる。
しばし笑い声をあげつつ料理と会話を楽しんでいた二人であったが、ふっと笑うのを止め
どこか遠くを見つめるような眼差しをするシェリルに、彼はどうしたのかと問うた。
アルトの手が止まる。
その瞳と同じ澄んだブルーのシンプルなワンピースに身を包み、風呂上りを示す
緩く結わえた髪の少しだけ湿った後れ毛と淡く火照った肌をした彼女を見つめる目は
まるで眩しいものを見ているかの如く細められている。
「どうしたの?」
上目遣いで無邪気に尋ねるシェリルを恨めしく思いながら、何でもないと平静さを装い
彼は料理を運ぶべくキッチンへと戻っていった。
全ての配膳が終わると、アルトはエプロンを脱いでグラスにシャンパンを注ぐ。
未だ配給制のため内容は質素なものであったが、手の込んだ調理によってテーブルの上は
なかなかに豪勢な彩で飾られていた。
「すごいわね。何かのお祝い事みたい」
「みたい、じゃないだろ。検査の為とはいえ、退院を祝うのは間違ってないさ」
グラスを合わせ、その冷えた爽やかな甘みを一口喉に流し込んでから
シェリルは思い出したようにふっと笑う。
「前にも、こうやって乾杯したわね」
「ああ。あの時はお前が潰れて大変だったな」
失礼ね、と頬を膨らませる彼女に本当のことだろ? と軽口を叩きながらも
以前とはまったく違う穏やかな空気にアルトはその口元を緩ませる。
しばし笑い声をあげつつ料理と会話を楽しんでいた二人であったが、ふっと笑うのを止め
どこか遠くを見つめるような眼差しをするシェリルに、彼はどうしたのかと問うた。
「人生って、わからないものね」
「何の話だ?」
「……私、私はね。こんな食卓をずっと夢見てきたの」
「夢……」
「そう。歌手になってからの私は関係ないってつっぱねてたけどね。本当はずっと欲しかった」
それから彼女は静かに己の幼き日々の境遇を語り始める。グレイスに拾われるまで続いた
スラムでの過酷な日々を。話すにつれ硬くなっていく彼の表情の中に、ほんの少しも
哀れみの色が見られないことにシェリルは心の中で感謝した。
「ゴミを漁って生きてきた、なんて軽蔑した?」
「いや、オレは……」
様々な感情が綯い交ぜになり、アルトはただ首を振ることしか出来ない自分に舌打ちする。
「それとも、この高飛車な女にそんな過去があったとは、って吃驚した?」
「茶化すなよ」
少し黙れ、と彼はテーブルの上にあるシェリルの手に自分のそれを重ねた。
「うまく言えないが……。その、お前に会えてよかったと思う」
「……ありがと」
小首を傾げるようにして笑う彼女にこの想いが伝わるようにと、アルトはその手を
包み込むようにキュッと握った。
「だから、ね。ちょっと不思議な感覚なの。ギャラクシーについてのニュースを見ると」
私に何か出来ることはないかって考えてる。そう言うとシェリルはちょっと困ったような
顔ではにかむ。
「連中はお前を捨て駒のように――!」
言葉にするのも疎ましく、かつ感情的になってしまった自分を恥じてアルトは口を噤んだ。
合併という手段が、物事を平和裏に解決する上で最も適切な処置であるということを
彼は充分に理解していた。しかし、である。
調査が進むにつれて今回の首謀者がいかにフロンティアと、そして目の前に座る恋人を
その破滅さえ厭わないという身勝手さで利用したのかが明らかになり、アルトは憤りを
隠せずにいた。
「もちろん、私だってぶん殴ってやりたいわよ。っていうか、機会があれば実行するけど」
「や、それは……」
「でも、いがみ合っててもそれで幸せになれるわけじゃない。私たちはそのことをもう
知ってしまっているんだもの」
「シェリル……」
どれだけ苦い思いを抱いていても、やっぱり故郷なのかしらね。そう呟いて
グラスを傾ける彼女を黙って見つめていたアルトだったが、不意にすっと立ち上がると
荷物の置かれたソファに向かう。そして鞄から大きめの封筒を取り出すと無言のまま
シェリルの前にそっと置いた。
「アルト?」
訝しげに彼の表情を伺うが、いいから開けてみろと顎で示され中身を確認する。
そこには幾つかの手紙と一枚の写真が入っていた。
「これって……!」
“your granddaughter, Sheryl”そう書かれた写真には、赤みを帯びた髪の美しい女性と
その腕の中でつぶらな瞳を輝かせる赤ん坊が映っていた。この女性が自分の母親に送った
と思しき手紙にさっと目を通して見ると、“イヤリングは娘に……”という文字が目に
入ってくる。宛名は“Mao Nome”となっていた。
「この人が、ママ……。それに、Dr.マオが、私の――」
突然の出自の判明に、自身でもよくわからない感情が吹き出して震える手を口に当てる。
「幸せそうに笑ってるよな。お前に、よく似ている」
優しい声に振り向くと、そのまま力強く抱きしめられた。喉の奥が痛くて、目の前の胸に
しがみつくと、アルトはあやすように彼女の背中をポンポンと叩いた。
「何の話だ?」
「……私、私はね。こんな食卓をずっと夢見てきたの」
「夢……」
「そう。歌手になってからの私は関係ないってつっぱねてたけどね。本当はずっと欲しかった」
それから彼女は静かに己の幼き日々の境遇を語り始める。グレイスに拾われるまで続いた
スラムでの過酷な日々を。話すにつれ硬くなっていく彼の表情の中に、ほんの少しも
哀れみの色が見られないことにシェリルは心の中で感謝した。
「ゴミを漁って生きてきた、なんて軽蔑した?」
「いや、オレは……」
様々な感情が綯い交ぜになり、アルトはただ首を振ることしか出来ない自分に舌打ちする。
「それとも、この高飛車な女にそんな過去があったとは、って吃驚した?」
「茶化すなよ」
少し黙れ、と彼はテーブルの上にあるシェリルの手に自分のそれを重ねた。
「うまく言えないが……。その、お前に会えてよかったと思う」
「……ありがと」
小首を傾げるようにして笑う彼女にこの想いが伝わるようにと、アルトはその手を
包み込むようにキュッと握った。
「だから、ね。ちょっと不思議な感覚なの。ギャラクシーについてのニュースを見ると」
私に何か出来ることはないかって考えてる。そう言うとシェリルはちょっと困ったような
顔ではにかむ。
「連中はお前を捨て駒のように――!」
言葉にするのも疎ましく、かつ感情的になってしまった自分を恥じてアルトは口を噤んだ。
合併という手段が、物事を平和裏に解決する上で最も適切な処置であるということを
彼は充分に理解していた。しかし、である。
調査が進むにつれて今回の首謀者がいかにフロンティアと、そして目の前に座る恋人を
その破滅さえ厭わないという身勝手さで利用したのかが明らかになり、アルトは憤りを
隠せずにいた。
「もちろん、私だってぶん殴ってやりたいわよ。っていうか、機会があれば実行するけど」
「や、それは……」
「でも、いがみ合っててもそれで幸せになれるわけじゃない。私たちはそのことをもう
知ってしまっているんだもの」
「シェリル……」
どれだけ苦い思いを抱いていても、やっぱり故郷なのかしらね。そう呟いて
グラスを傾ける彼女を黙って見つめていたアルトだったが、不意にすっと立ち上がると
荷物の置かれたソファに向かう。そして鞄から大きめの封筒を取り出すと無言のまま
シェリルの前にそっと置いた。
「アルト?」
訝しげに彼の表情を伺うが、いいから開けてみろと顎で示され中身を確認する。
そこには幾つかの手紙と一枚の写真が入っていた。
「これって……!」
“your granddaughter, Sheryl”そう書かれた写真には、赤みを帯びた髪の美しい女性と
その腕の中でつぶらな瞳を輝かせる赤ん坊が映っていた。この女性が自分の母親に送った
と思しき手紙にさっと目を通して見ると、“イヤリングは娘に……”という文字が目に
入ってくる。宛名は“Mao Nome”となっていた。
「この人が、ママ……。それに、Dr.マオが、私の――」
突然の出自の判明に、自身でもよくわからない感情が吹き出して震える手を口に当てる。
「幸せそうに笑ってるよな。お前に、よく似ている」
優しい声に振り向くと、そのまま力強く抱きしめられた。喉の奥が痛くて、目の前の胸に
しがみつくと、アルトはあやすように彼女の背中をポンポンと叩いた。
驚かせて悪かったな。そう言ってゆっくりと背を撫でる手の感触と、日向を思わせる
微かな彼特有の匂いに包まれて、シェリルの心は少しずつ凪いでいく。
「グラス大尉から預かってきたんだ。戦後の調査で出てきたってさ」
「突然過ぎるわよっ!」
彼女の本来の快活さがわかりすぎるその物言いに、アルトは苦笑した。涙が溜まるその
目尻にそっとキスを落として、彼は言葉を続けた。
「本当は、もっと落ち着いた頃に見せようと思ったんだが」
「うん」
「オレが言いたかったのは……。お前は確かに、愛されて生まれてきたということだ」
「うん……」
「それで、その写真を見てからずっと考えていたことがある」
「うん……?」
「一緒に、暮らさないか?」
「うん……、えっ!?」
シェリルは思いがけない言葉に頷きかけた顎を上げて彼の顔を覗おうとしたが、
抱きすくめられてそれが叶わない。アルトはこんな顔見られてたまるかとその腕の力を
強くした。お互いの鼓動が早鐘のように打つのをこそばゆく感じつつ、しばらく無言で
その音に耳を傾けた。
「ここに、二人で住むの?」
私の家に。静寂を破った彼女のからかうような口調にアルトは声を荒げる。
「最初はオレが部屋を用意してから言うつもりだったんだよっ! なのにお前が――」
瞬間、目に飛び込んできたシェリルのあまりに幸せそうな笑顔に、彼は言葉を詰まらせた。
そしてはぁ、と盛大に溜息をついてみせる。
「これは、カッコ悪過ぎるだろ」
「少し、ね。でも私にとっては最高の男だわ」
唇を重ねてから、彼女はふふっと笑って可愛らしくウィンクした。
「で、返事はもう貰ったと思っていいのか?」
内心、シェリルは揺れていた。入院中してからずっと抱えていた彼女の中にある問題には
壊れたシーソーのように忙しなく動く感情によって答えが出せないでいる。
否、正解などないのだ。確かなのはお互いに愛し合っているという事実だけ。
「足りないもの、買いにいかなきゃね」
自分の言葉に頬を緩ませるアルトを見て、シェリルは心の中で強く思う。
結果がどうあれ、この想いから、もう二度と逃げてはいけないと。
微かな彼特有の匂いに包まれて、シェリルの心は少しずつ凪いでいく。
「グラス大尉から預かってきたんだ。戦後の調査で出てきたってさ」
「突然過ぎるわよっ!」
彼女の本来の快活さがわかりすぎるその物言いに、アルトは苦笑した。涙が溜まるその
目尻にそっとキスを落として、彼は言葉を続けた。
「本当は、もっと落ち着いた頃に見せようと思ったんだが」
「うん」
「オレが言いたかったのは……。お前は確かに、愛されて生まれてきたということだ」
「うん……」
「それで、その写真を見てからずっと考えていたことがある」
「うん……?」
「一緒に、暮らさないか?」
「うん……、えっ!?」
シェリルは思いがけない言葉に頷きかけた顎を上げて彼の顔を覗おうとしたが、
抱きすくめられてそれが叶わない。アルトはこんな顔見られてたまるかとその腕の力を
強くした。お互いの鼓動が早鐘のように打つのをこそばゆく感じつつ、しばらく無言で
その音に耳を傾けた。
「ここに、二人で住むの?」
私の家に。静寂を破った彼女のからかうような口調にアルトは声を荒げる。
「最初はオレが部屋を用意してから言うつもりだったんだよっ! なのにお前が――」
瞬間、目に飛び込んできたシェリルのあまりに幸せそうな笑顔に、彼は言葉を詰まらせた。
そしてはぁ、と盛大に溜息をついてみせる。
「これは、カッコ悪過ぎるだろ」
「少し、ね。でも私にとっては最高の男だわ」
唇を重ねてから、彼女はふふっと笑って可愛らしくウィンクした。
「で、返事はもう貰ったと思っていいのか?」
内心、シェリルは揺れていた。入院中してからずっと抱えていた彼女の中にある問題には
壊れたシーソーのように忙しなく動く感情によって答えが出せないでいる。
否、正解などないのだ。確かなのはお互いに愛し合っているという事実だけ。
「足りないもの、買いにいかなきゃね」
自分の言葉に頬を緩ませるアルトを見て、シェリルは心の中で強く思う。
結果がどうあれ、この想いから、もう二度と逃げてはいけないと。
翌日、仕事に行くアルトを見送ってから、シェリルも身支度を整えて指定された場所へ
向かった。30分程歩いたところで、多少損壊の跡が見られる古い、しかし重厚な造りの
ビルに到着し、彼女はその綺麗に手入れされたエントランスに入っていく。
そして一つの扉の前に立つと、インターフォンを鳴らした。
ドアには『ビクター・プロ』と書かれた札が下がっていた。
どうぞお入りくださいとの声に従いシェリルが中に足を踏み入れると、サングラスを
掛けた小柄な男がにこやかに、しかし少しだけ恐縮した様子で出迎えてくれた。
ビクター・プロモーションの社長、エルモ・クリダニクである。
「どうぞこちらに」
応接室として使っているらしい部屋に通され、彼女は勧められるまま椅子に腰掛けた。
「忙しいでしょうに、時間を取らせて悪いわね」
「いいえぇ、そりゃ突然の申し出に吃驚はしましたがネ――」
向かいに座ろうとしたエルモの声が、バタンという大きな扉の開閉音に遮断される。
何事かとシェリルが部屋の入り口に視線を遣ると、一人の少女が声を上げながら
飛び込んできた。
「社長っ! ビッグニュースって――!!」
目が合ったところで彼女の翡翠色の髪が元気に跳ねる。
「シェリルさん!?」
「久しぶりね、ランカちゃん」
どうしてここに? と会えた喜びを全身で表しシェリルに抱きつきつつ尋ねた。
「シェリルさんは、なんとウチの事務所と契約してくれることになったんですヨ」
「そういうこと」
というわけで、よろしくね先輩。そう言って悪戯っぽく笑う彼女に、
やめてくださいよーとランカは吹き出した。
向かった。30分程歩いたところで、多少損壊の跡が見られる古い、しかし重厚な造りの
ビルに到着し、彼女はその綺麗に手入れされたエントランスに入っていく。
そして一つの扉の前に立つと、インターフォンを鳴らした。
ドアには『ビクター・プロ』と書かれた札が下がっていた。
どうぞお入りくださいとの声に従いシェリルが中に足を踏み入れると、サングラスを
掛けた小柄な男がにこやかに、しかし少しだけ恐縮した様子で出迎えてくれた。
ビクター・プロモーションの社長、エルモ・クリダニクである。
「どうぞこちらに」
応接室として使っているらしい部屋に通され、彼女は勧められるまま椅子に腰掛けた。
「忙しいでしょうに、時間を取らせて悪いわね」
「いいえぇ、そりゃ突然の申し出に吃驚はしましたがネ――」
向かいに座ろうとしたエルモの声が、バタンという大きな扉の開閉音に遮断される。
何事かとシェリルが部屋の入り口に視線を遣ると、一人の少女が声を上げながら
飛び込んできた。
「社長っ! ビッグニュースって――!!」
目が合ったところで彼女の翡翠色の髪が元気に跳ねる。
「シェリルさん!?」
「久しぶりね、ランカちゃん」
どうしてここに? と会えた喜びを全身で表しシェリルに抱きつきつつ尋ねた。
「シェリルさんは、なんとウチの事務所と契約してくれることになったんですヨ」
「そういうこと」
というわけで、よろしくね先輩。そう言って悪戯っぽく笑う彼女に、
やめてくださいよーとランカは吹き出した。
「お茶でも入れてきますネ」
私が、と立ち上がるランカを「いいから」と制して、エルモは給湯室に消えた。
こういうさり気ない気遣いが出来る彼の人柄をシェリルは気に入っている。
「でも、ビックリです。シェリルさんと同じ事務所になるなんて」
「私も嬉しいわ。一緒に仕事できるといいわね」
調子はどう? と聞くと、頑張ってますと元気な笑顔で返ってきた。
「社長には迷惑かけてますけど、聴いてくれる人がいること、歌えることが嬉しいんです」
強い娘だ、とシェリルは思う。一部の人間の、彼女に対する評価や態度がどれだけ
酷いものであるかを知っていた。仕方の無いことだと解ってはいても、彼女のことを
思うと胸が痛んだ。しかし、目の前の少女は曇りない笑顔でその痛みを受け止めている。
どうかそのひたむきさが報われるようにと祈らずにはいられなかった。
と同時に彼女の真っ直ぐさを羨ましくも思う。
「ちょっとつらいときもあるけれど、直球勝負です!」
「直球、か……」
目を伏せるシェリルにランカは頷いた。
「シェリルさんも、投げてみませんか?」
「……え?」
「きっと、大丈夫です」
ああ、そうかとシェリルは理解した。ランカには伝わっているのだと。そして背中を
押してくれているのだ。かつて恋敵だった自分の。
その繋がりが嬉しくて、彼女は笑った。
「そうね。先輩の忠告には素直に従うのがこの業界の鉄則だし」
「うふふ。頑張ってくださいね」
盛り上がってますネ、とエルモが三人分のお茶を運んできた。
「何の話をしていたんですか?」
「女の子の内緒話です」
「そうそう。触れたら火傷じゃ済まない、秘密の話よ」
ねぇ? と顔を見合わせて笑う二人に、それは怖いとおどけてみせる社長。
彼の入れてくれたお茶で一息ついていると、そうだ、とエルモは思い出したように言った。
「ビッグニュースってのはシェリルさんのことだけじゃないんデスよ、ランカちゃん!
ライブ決まりました! 小さなハコですがね」
「本当ですか!?」
手を取り合って喜ぶ二人の姿を、シェリルは穏やかな気持ちで見つめていた。
「よかったわね、ランカちゃん」
「ありがとうございます!!」
心からの祝福を送ってから、彼女はすっと表情を変える。
「それじゃ、私も仕事の話に戻すわね」
それは先程まで見せていたものとは違う、プロの顔だった。
私が、と立ち上がるランカを「いいから」と制して、エルモは給湯室に消えた。
こういうさり気ない気遣いが出来る彼の人柄をシェリルは気に入っている。
「でも、ビックリです。シェリルさんと同じ事務所になるなんて」
「私も嬉しいわ。一緒に仕事できるといいわね」
調子はどう? と聞くと、頑張ってますと元気な笑顔で返ってきた。
「社長には迷惑かけてますけど、聴いてくれる人がいること、歌えることが嬉しいんです」
強い娘だ、とシェリルは思う。一部の人間の、彼女に対する評価や態度がどれだけ
酷いものであるかを知っていた。仕方の無いことだと解ってはいても、彼女のことを
思うと胸が痛んだ。しかし、目の前の少女は曇りない笑顔でその痛みを受け止めている。
どうかそのひたむきさが報われるようにと祈らずにはいられなかった。
と同時に彼女の真っ直ぐさを羨ましくも思う。
「ちょっとつらいときもあるけれど、直球勝負です!」
「直球、か……」
目を伏せるシェリルにランカは頷いた。
「シェリルさんも、投げてみませんか?」
「……え?」
「きっと、大丈夫です」
ああ、そうかとシェリルは理解した。ランカには伝わっているのだと。そして背中を
押してくれているのだ。かつて恋敵だった自分の。
その繋がりが嬉しくて、彼女は笑った。
「そうね。先輩の忠告には素直に従うのがこの業界の鉄則だし」
「うふふ。頑張ってくださいね」
盛り上がってますネ、とエルモが三人分のお茶を運んできた。
「何の話をしていたんですか?」
「女の子の内緒話です」
「そうそう。触れたら火傷じゃ済まない、秘密の話よ」
ねぇ? と顔を見合わせて笑う二人に、それは怖いとおどけてみせる社長。
彼の入れてくれたお茶で一息ついていると、そうだ、とエルモは思い出したように言った。
「ビッグニュースってのはシェリルさんのことだけじゃないんデスよ、ランカちゃん!
ライブ決まりました! 小さなハコですがね」
「本当ですか!?」
手を取り合って喜ぶ二人の姿を、シェリルは穏やかな気持ちで見つめていた。
「よかったわね、ランカちゃん」
「ありがとうございます!!」
心からの祝福を送ってから、彼女はすっと表情を変える。
「それじゃ、私も仕事の話に戻すわね」
それは先程まで見せていたものとは違う、プロの顔だった。
アルトが仕事を終えて帰ると、シェリルは曲を口ずさみながらリビングの机に向かっていた。
新しい歌を作っているのだろうと判断し、邪魔にならぬように彼はそっとキッチンに入り
夕食の支度を始める。残った食材で簡単に焼飯とスープを作り、器に盛り付け始めた頃、
んー、という彼女の伸びをする声が聞こえてきた。
「終わったのか?」
キッチンから顔を覗かせ尋ねると、シェリルは目を丸くした。
「帰ってたの? ごめん、気がつかなくて」
「大した集中力だな」
アルトは厭味でなく感嘆を述べると、テーブルに料理を並べる。ご飯まで、と少し
申し訳なさそうなシェリルに「お前に家事は期待してないから」と笑った。
「あら、失礼ね。私だってやろうと思えば出来るわよ」
「はいはい。ずいぶん熱心に書いていたが、新曲か?」
今日事務所に行ってきたんだろ、と聞く彼に、これはちょっと違うのよと首を振る。
「仕事はね、明後日の検査結果を聞いてから始めることになったわ」
「そうか」
それで一つお願いがあるんだけど。シェリルは譜面を片付けながらさりげなく告げた。
「病院に付き添って欲しいのよ。時間取れないかしら?」
「ん? ……午後なら何とかなると思うが」
シフトを思い浮かべ、少しの間考えてからアルトは答える。よかったと笑う彼女の
意図するところを知ることなく、彼は食事に手を付けた。
新しい歌を作っているのだろうと判断し、邪魔にならぬように彼はそっとキッチンに入り
夕食の支度を始める。残った食材で簡単に焼飯とスープを作り、器に盛り付け始めた頃、
んー、という彼女の伸びをする声が聞こえてきた。
「終わったのか?」
キッチンから顔を覗かせ尋ねると、シェリルは目を丸くした。
「帰ってたの? ごめん、気がつかなくて」
「大した集中力だな」
アルトは厭味でなく感嘆を述べると、テーブルに料理を並べる。ご飯まで、と少し
申し訳なさそうなシェリルに「お前に家事は期待してないから」と笑った。
「あら、失礼ね。私だってやろうと思えば出来るわよ」
「はいはい。ずいぶん熱心に書いていたが、新曲か?」
今日事務所に行ってきたんだろ、と聞く彼に、これはちょっと違うのよと首を振る。
「仕事はね、明後日の検査結果を聞いてから始めることになったわ」
「そうか」
それで一つお願いがあるんだけど。シェリルは譜面を片付けながらさりげなく告げた。
「病院に付き添って欲しいのよ。時間取れないかしら?」
「ん? ……午後なら何とかなると思うが」
シフトを思い浮かべ、少しの間考えてからアルトは答える。よかったと笑う彼女の
意図するところを知ることなく、彼は食事に手を付けた。
2日後、シェリルは約束の時間に現れたアルトと共に病院へ向かった。受付での手続きを
済ませてから、二人並んで待合室に座る。いつになく硬い表情をしたシェリルに
退院してからの彼女の様子を見てきて結果をある程度楽観しているアルトは疑問を投げた。
「どうしたんだよ」
「ううん、なんでもないの。……大丈夫よ」
自分に言い聞かせるように呟くシェリルの手をそっと取って、その冷たさに彼は驚く。
彼女は極度に緊張しているのだ。何故だ? とアルトは自問した。ここ数日、彼女の
体調に陰りは見えなかったし、生命の危険はないという医者の言葉も聞いた。
まさかまた自分に重大な隠し事をしているのでは、と思った時、後ろから声が掛かった。
「待たせたな、シェリル。……って、アルト中尉?」
何故お前がここに、と言いかけたカナリアの目に、繋いだ二人の手が留まった。
――成る程な。どうりでオズマが荒れるわけだ。
酔ったオズマが「あの野郎、オレのかわいい妹を振りやがって!」と叫ぶ姿を思い出し
カナリアは苦笑した。
ペコリと頭を下げるアルトに目で返し、その横に座るシェリルへ診察室に入るよう促す。
硬い表情のまま俯く彼女に「そんなに心配するな」と笑いかけ、退院時に浮かない顔を
していた理由を察したカナリアは一つの提案をした。
「デリケートな問題だが、シェリルさえ良ければアルト、貴様も聞け」
えぇっ!? と思いがけない展開に驚いたアルトだったが、自分の中の疑惑を解消するには
手っ取り早い方法だと思い、シェリルの顔を覗う。
カナリアの言葉にぱっと顔を上げた彼女は一つ息を落とすと頷き、正面からアルトを見た。
「一緒に聞いて頂戴」
繋いだ手にギュッと力を込めて、シェリルは言った。
済ませてから、二人並んで待合室に座る。いつになく硬い表情をしたシェリルに
退院してからの彼女の様子を見てきて結果をある程度楽観しているアルトは疑問を投げた。
「どうしたんだよ」
「ううん、なんでもないの。……大丈夫よ」
自分に言い聞かせるように呟くシェリルの手をそっと取って、その冷たさに彼は驚く。
彼女は極度に緊張しているのだ。何故だ? とアルトは自問した。ここ数日、彼女の
体調に陰りは見えなかったし、生命の危険はないという医者の言葉も聞いた。
まさかまた自分に重大な隠し事をしているのでは、と思った時、後ろから声が掛かった。
「待たせたな、シェリル。……って、アルト中尉?」
何故お前がここに、と言いかけたカナリアの目に、繋いだ二人の手が留まった。
――成る程な。どうりでオズマが荒れるわけだ。
酔ったオズマが「あの野郎、オレのかわいい妹を振りやがって!」と叫ぶ姿を思い出し
カナリアは苦笑した。
ペコリと頭を下げるアルトに目で返し、その横に座るシェリルへ診察室に入るよう促す。
硬い表情のまま俯く彼女に「そんなに心配するな」と笑いかけ、退院時に浮かない顔を
していた理由を察したカナリアは一つの提案をした。
「デリケートな問題だが、シェリルさえ良ければアルト、貴様も聞け」
えぇっ!? と思いがけない展開に驚いたアルトだったが、自分の中の疑惑を解消するには
手っ取り早い方法だと思い、シェリルの顔を覗う。
カナリアの言葉にぱっと顔を上げた彼女は一つ息を落とすと頷き、正面からアルトを見た。
「一緒に聞いて頂戴」
繋いだ手にギュッと力を込めて、シェリルは言った。
診察室のモニターには様々なデータが表示され、それをもとにカナリアは詳しく説明した。
医学の知識に乏しいアルトは専門的な部分を理解することは難しかったが、命に別状は
無いということだけはわかり、ほっと胸を撫で下ろす。
「まぁ、簡単に言えばだな……」
カナリアはモニターの電源を落として、ざっくばらんな口調で話した。
「血液やリンパ液中にV細菌は見られない。脳に定着し毒素をばらまいた奴らも消え、
与えられたダメージも回復している。だが細菌が消滅したわけではない」
何故そうなったのかを説明する資料はないのだが、と前置きして彼女は続ける。
「V細菌は腸の細胞内に定着しているんだ。まるで元からそこに存在したかのようにな。
恐らく共生することを選んだのだろう。だから身体に悪影響を及ぼすことは無い」
よかったな、とアルトはシェリルに声を掛けた。しかし彼女の表情は冴えない。
「それから、感染についてだが――」
ピクリと身体を震わせて、シェリルは顔を上げた。そんな彼女に笑いかけ、カナリアは
こほんと一つ咳をする。
「体液にV細菌が見られないことから、他者との接触で感染させることはまず無い。
生活には何の支障もないぞ。もちろん、性行為にもな」
ニヤニヤと自分の顔を眺めるカナリアに「なっ!?」っとアルトは顔を赤らめた。
「よかったじゃないか、アルト中尉」
「ちょっ! や、オレは……、その」
あわあわと何を言っているのか自分でもわからずアルトは腰を浮かせる。動揺する彼の
袖を引っ張ってシェリルは嗜めるように言い放った。
「大事な話なんだから真面目に聞きなさいよっ!」
「す、すみません……」
何故か敬語で謝る彼に将来尻に敷かれているだろう姿を想像し、堪らずカナリアは吹き出した。
「ククッ。いやいや、確かに笑い話じゃなく大事なことだからな、うん」
肩を震わせつつ彼女は言葉を続けた。
「それから、妊娠した場合の胎児への影響だが、これは予測がつかない。V型感染症患者が
出産した例はランシェ・メイ、ランカの母親しかいないし、彼女と今のお前は状態が
異なる為に症例としては扱えないからな。しかし……」
「しかし?」
早く言ってくれと言わんばかりにシェリルは食いつくようにカナリアを見る。
その表情は真剣だった。
医学の知識に乏しいアルトは専門的な部分を理解することは難しかったが、命に別状は
無いということだけはわかり、ほっと胸を撫で下ろす。
「まぁ、簡単に言えばだな……」
カナリアはモニターの電源を落として、ざっくばらんな口調で話した。
「血液やリンパ液中にV細菌は見られない。脳に定着し毒素をばらまいた奴らも消え、
与えられたダメージも回復している。だが細菌が消滅したわけではない」
何故そうなったのかを説明する資料はないのだが、と前置きして彼女は続ける。
「V細菌は腸の細胞内に定着しているんだ。まるで元からそこに存在したかのようにな。
恐らく共生することを選んだのだろう。だから身体に悪影響を及ぼすことは無い」
よかったな、とアルトはシェリルに声を掛けた。しかし彼女の表情は冴えない。
「それから、感染についてだが――」
ピクリと身体を震わせて、シェリルは顔を上げた。そんな彼女に笑いかけ、カナリアは
こほんと一つ咳をする。
「体液にV細菌が見られないことから、他者との接触で感染させることはまず無い。
生活には何の支障もないぞ。もちろん、性行為にもな」
ニヤニヤと自分の顔を眺めるカナリアに「なっ!?」っとアルトは顔を赤らめた。
「よかったじゃないか、アルト中尉」
「ちょっ! や、オレは……、その」
あわあわと何を言っているのか自分でもわからずアルトは腰を浮かせる。動揺する彼の
袖を引っ張ってシェリルは嗜めるように言い放った。
「大事な話なんだから真面目に聞きなさいよっ!」
「す、すみません……」
何故か敬語で謝る彼に将来尻に敷かれているだろう姿を想像し、堪らずカナリアは吹き出した。
「ククッ。いやいや、確かに笑い話じゃなく大事なことだからな、うん」
肩を震わせつつ彼女は言葉を続けた。
「それから、妊娠した場合の胎児への影響だが、これは予測がつかない。V型感染症患者が
出産した例はランシェ・メイ、ランカの母親しかいないし、彼女と今のお前は状態が
異なる為に症例としては扱えないからな。しかし……」
「しかし?」
早く言ってくれと言わんばかりにシェリルは食いつくようにカナリアを見る。
その表情は真剣だった。
「細胞に組み込まれ一体化したならば、感染よりも遺伝に関係してくるだろうな。影響が
ある、と仮定すればの話だが。もしそうだとしても、表に出てくるかどうかすらわからん」
「ということは……」
「出産自体は問題ないだろう。生まれてくる子供に影響があるとしても、それは今の
お前と同じ身体の状態になるだけだ」
ふうっとシェリルは大きく息を吐いた。ようやく緊張から開放された彼女は華のような
笑顔をカナリアに向けた。
「ありがとうございました、カナリア大尉」
「いや、こっちもなかなかに面白いものを見せてもらった」
そう言って、カナリアはいたたまれない様子で椅子に座っているアルトを一瞥する。
「男というものは、女の身体についてはまるで気が利かないものだ。経験者として
助言しておこう」
「ふふっ。ありがたく頂戴しておくわ」
さ、行くわよとシェリルに引きずられるようにして部屋を出るアルトの肩をポンと叩き
カナリアは彼にも年長者として激励の言葉を送る。
「ま、しっかりな」
はぁ、とアルトは蚊の鳴くような声で答えた。
ある、と仮定すればの話だが。もしそうだとしても、表に出てくるかどうかすらわからん」
「ということは……」
「出産自体は問題ないだろう。生まれてくる子供に影響があるとしても、それは今の
お前と同じ身体の状態になるだけだ」
ふうっとシェリルは大きく息を吐いた。ようやく緊張から開放された彼女は華のような
笑顔をカナリアに向けた。
「ありがとうございました、カナリア大尉」
「いや、こっちもなかなかに面白いものを見せてもらった」
そう言って、カナリアはいたたまれない様子で椅子に座っているアルトを一瞥する。
「男というものは、女の身体についてはまるで気が利かないものだ。経験者として
助言しておこう」
「ふふっ。ありがたく頂戴しておくわ」
さ、行くわよとシェリルに引きずられるようにして部屋を出るアルトの肩をポンと叩き
カナリアは彼にも年長者として激励の言葉を送る。
「ま、しっかりな」
はぁ、とアルトは蚊の鳴くような声で答えた。
上官に醜態を晒したショックからか、無言のままシェリルに引っ張られていたアルトで
あったが、はたと気付いて前方の彼女に声を掛ける。
「おい、家はこっちじゃないぞ。どこに行く気だ?」
「いいから黙ってついてきなさい」
その物言いに少しムッとしたが、もうどうにでもしてくれと半ば投げやりな気持ちで
彼女の指示に従った。
やがてシェリルが足を止めたのは、かつてアルトが戦場へと飛ぶバルキリーを眺めた
小さな広場だった。そう言えば、と彼は思い出す。
――ここでシェリルに“あなたにプレゼントをあげる”と言われたんだったな。
見上げればそこにはもう漆黒の宇宙は無く、夕暮れの赤い光が二人を包んでいた。
「あなたに贈りたいものがあるの」
そう言って、シェリルはすぐ横の階段を数段上った。そしてくるりと振り返ると、そこは
彼女のステージとなった。木々がざわめき、海が光を反射して彼女を照らす。
あったが、はたと気付いて前方の彼女に声を掛ける。
「おい、家はこっちじゃないぞ。どこに行く気だ?」
「いいから黙ってついてきなさい」
その物言いに少しムッとしたが、もうどうにでもしてくれと半ば投げやりな気持ちで
彼女の指示に従った。
やがてシェリルが足を止めたのは、かつてアルトが戦場へと飛ぶバルキリーを眺めた
小さな広場だった。そう言えば、と彼は思い出す。
――ここでシェリルに“あなたにプレゼントをあげる”と言われたんだったな。
見上げればそこにはもう漆黒の宇宙は無く、夕暮れの赤い光が二人を包んでいた。
「あなたに贈りたいものがあるの」
そう言って、シェリルはすぐ横の階段を数段上った。そしてくるりと振り返ると、そこは
彼女のステージとなった。木々がざわめき、海が光を反射して彼女を照らす。
触れた先に何があるの?
唇の熱だけでも 濡れた翼は乾くのに
知りたいと思うのは 欲張りかな
不思議ね この胸の中にあったなんて
湖に沈んだ小石のようなものよ
それを見つけてくれたのは あなた
磨きたいと思ったのは わたし
唇の熱だけでも 濡れた翼は乾くのに
知りたいと思うのは 欲張りかな
不思議ね この胸の中にあったなんて
湖に沈んだ小石のようなものよ
それを見つけてくれたのは あなた
磨きたいと思ったのは わたし
ひたむきな笑顔に照らされて 輝くのを見たの
夢であったとしても その光はホンモノ
夢であったとしても その光はホンモノ
暗い宇宙(そら)に浮かぶ名も無き小さな星のようなものよ
それに名前をくれたのは あなた
初めて降り立ったのは あなた
そして触れたいと願う わたしは
構わないわ 欲張りと言われても
それに名前をくれたのは あなた
初めて降り立ったのは あなた
そして触れたいと願う わたしは
構わないわ 欲張りと言われても
彼女の想いは歌に乗って、唯一人の元へと駆けていく。彼の左耳を飾るイヤリングが
光を放ち、そしてこの鈍感な男はようやく理解したのだった。
まったく、自分はなんて女に惚れてしまったのだとアルトは思う。これではますます
自分の立つ瀬が無いではないか。ミシェルがいたら「女心の分からん奴だ」と
からかわれたことだろうと自嘲気味に笑った。
光を放ち、そしてこの鈍感な男はようやく理解したのだった。
まったく、自分はなんて女に惚れてしまったのだとアルトは思う。これではますます
自分の立つ瀬が無いではないか。ミシェルがいたら「女心の分からん奴だ」と
からかわれたことだろうと自嘲気味に笑った。
歌い終えて優雅にお辞儀をするシェリルの姿は、かつて歌舞伎の舞台で天才役者と
評された少年をも魅了した。賞賛の拍手を送るアルトの姿に満足し、彼女は階段から
飛び降りるようにして彼に抱きついた。
「こんなサービス、滅多にしないんだからね?」
「ああ」
「私の歌、届いた?」
「ああ……」
「女だって、好きな男に抱かれたいと思うものよ?」
「う……」
「だから、別れましょう?」
「ああ……、えぇっ!?」
アルトは思いがけない言葉に頷きかけた顎をあわてて上げて、シェリルの顔を覗う。
「――って、検査の結果次第で言おうと考えたこともあったわ。怖かった……」
わざと間を置いてから言葉を続けたシェリルはふっと笑い、そして視線を落とす。
「一緒にいても触れられない時間がずっと続くのかもしれない。そう思ったら……」
「シェリル……」
「だから、すごく嬉しいの――!!」
良かった、と身体の奥の奥から喜びを表す彼女を、アルトは力強く抱きしめる。
「すまない。その……、いろいろと気が利かなくて」
「吃驚した?」
「それはもう、盛大に」
「この間のお返しよ。……ちょっと変化球気味だったかしら」
「何のことだ?」
何でもない、とシェリルは彼の腕の中でクスクスと笑った。そしてその温もりを確かめる
ように頬を摺り寄せた。
「自分でも驚いているのよ。ずっと独りで、家庭とか家族とか、そんなものとは縁がない、
“今”を必死で生きてきた私が、ずっと先の未来のことを考えてる」
「……」
「それはとても幸せで、素敵な感覚だと知ったの。だからもっと……」
濡れた青の瞳を向ける彼女に、アルトは優しく口付けた。
評された少年をも魅了した。賞賛の拍手を送るアルトの姿に満足し、彼女は階段から
飛び降りるようにして彼に抱きついた。
「こんなサービス、滅多にしないんだからね?」
「ああ」
「私の歌、届いた?」
「ああ……」
「女だって、好きな男に抱かれたいと思うものよ?」
「う……」
「だから、別れましょう?」
「ああ……、えぇっ!?」
アルトは思いがけない言葉に頷きかけた顎をあわてて上げて、シェリルの顔を覗う。
「――って、検査の結果次第で言おうと考えたこともあったわ。怖かった……」
わざと間を置いてから言葉を続けたシェリルはふっと笑い、そして視線を落とす。
「一緒にいても触れられない時間がずっと続くのかもしれない。そう思ったら……」
「シェリル……」
「だから、すごく嬉しいの――!!」
良かった、と身体の奥の奥から喜びを表す彼女を、アルトは力強く抱きしめる。
「すまない。その……、いろいろと気が利かなくて」
「吃驚した?」
「それはもう、盛大に」
「この間のお返しよ。……ちょっと変化球気味だったかしら」
「何のことだ?」
何でもない、とシェリルは彼の腕の中でクスクスと笑った。そしてその温もりを確かめる
ように頬を摺り寄せた。
「自分でも驚いているのよ。ずっと独りで、家庭とか家族とか、そんなものとは縁がない、
“今”を必死で生きてきた私が、ずっと先の未来のことを考えてる」
「……」
「それはとても幸せで、素敵な感覚だと知ったの。だからもっと……」
濡れた青の瞳を向ける彼女に、アルトは優しく口付けた。
アパートに着いてすぐ、二人は手を繋いだまま寝室へと入っていった。昨日まで
ただ指を絡ませて眠ったベッドを見て、自分たちがこれからしようとしていることを
想像してしまい、二人して頬を染める。
「……え、と。こういうとき、どうすればいいのかしら」
「……オレに聞くなよ」
「情けないわね! 普通は男が優しくリードするもんでしょーが!!」
「悪かったなっ!! あーもう面倒くせぇっ」
言い捨てるなりアルトは上着を脱ぎ捨て、上半身の肌を晒す。
「ちょっ――!?」
ムードも何も無い彼の行動に非難の声を上げようとしたシェリルの視界が、素肌の
厚い胸板に占領された。
「少し黙っててくれ。オレだっていっぱいいっぱいなんだ」
アルトは低く掠れた声で囁き、彼女の頬に手を添える。
「ただ、感じてろ。オレもそうする」
「……うん」
シェリルが素直に頷くと、上から優しいキスが降りてきた。それは次第に熱を帯び、
互いの吐息や舌を飲み込んでゆく。アルトは彼女の背に腕を回しファスナーを下げ
露になった背中から肩にかけてなぞるように手を動かす。その感触にシェリルがぴくりと
身体を震わせると、纏っていたピンクのワンピースがパサッと音を立てて床に落ちた。
その音を合図にして、二人は互いに相手をよりいっそう貪欲に求めていく。
やがて一糸も纏わぬ生まれたままの姿になると、そのままベッドへなだれ込むように沈んだ。
ただ指を絡ませて眠ったベッドを見て、自分たちがこれからしようとしていることを
想像してしまい、二人して頬を染める。
「……え、と。こういうとき、どうすればいいのかしら」
「……オレに聞くなよ」
「情けないわね! 普通は男が優しくリードするもんでしょーが!!」
「悪かったなっ!! あーもう面倒くせぇっ」
言い捨てるなりアルトは上着を脱ぎ捨て、上半身の肌を晒す。
「ちょっ――!?」
ムードも何も無い彼の行動に非難の声を上げようとしたシェリルの視界が、素肌の
厚い胸板に占領された。
「少し黙っててくれ。オレだっていっぱいいっぱいなんだ」
アルトは低く掠れた声で囁き、彼女の頬に手を添える。
「ただ、感じてろ。オレもそうする」
「……うん」
シェリルが素直に頷くと、上から優しいキスが降りてきた。それは次第に熱を帯び、
互いの吐息や舌を飲み込んでゆく。アルトは彼女の背に腕を回しファスナーを下げ
露になった背中から肩にかけてなぞるように手を動かす。その感触にシェリルがぴくりと
身体を震わせると、纏っていたピンクのワンピースがパサッと音を立てて床に落ちた。
その音を合図にして、二人は互いに相手をよりいっそう貪欲に求めていく。
やがて一糸も纏わぬ生まれたままの姿になると、そのままベッドへなだれ込むように沈んだ。
啄ばむように、あるいは深く、幾度も重ねられる唇が小さな音を立てる。時折交わす
視線は恥ずかしげに外されたり、あるいは熱っぽく絡み合う。彼はぎこちないながらも
掌で彼女の身体の表面をなぞってその甘い吐息を誘い、彼女はその啼き声で彼の官能を
刺激した。指先でお互いの肌の感触を確かめ合い、感じ、追い立てる。
唇を名残惜しげに離し、アルトはそのまま白い首から乳房へと舌を這わせていく。その
形の良い丸みに顔を埋めながら、女の身体はかくも柔らかいものかと驚いていた。
身体のあちらこちらに熱を灯され声を上げていたシェリルもまた、素肌で触れ合うという
ことがこれ程気持ちのいいものであることを初めて知る。彼の手や舌に敏感に反応する
自分の身体を持て余しつつ、その快楽に酔いしれた。
アルトの指が太ももを探り、つつとその奥に移動する。そして中心に辿り着くと、
シェリルは小さな叫び声を上げた。
そこはもう濡れていて、指先を滑らせると彼女の両足は緊張し、その背が弓なりに反る。
「あっ……! やぁっ、あぁぁっ」
跳ね上がり、反らされた身体には玉のような汗が浮かび、彼女はアルトの肩に爪を立てた。
「アルト……、アルトっ……!」
襲う波に抗うように名前を何度も囁き、彼の身体に縋りつく。
アルトももはや限界であり、自身の先をあてがいゆっくりと中に入っていった。
きつい抵抗があり、その痛みにシェリルは顔を歪ませる。額を撫でて大丈夫かと問うと
彼女はコクリと頷いた。出来るだけ痛みを感じさせないようにと、彼は少しずつ先に
進んでいった。
ようやく全てが収まり、アルトがふうっと大きく息を吐くと、その下でシェリルは
ポロポロと瞳から涙を零していた。彼は慌てた。
「ごめん、痛かったか?」
違うの、と彼女は両手で顔を隠しながら首を振る。
「……どうしよう。私、いま、すごく満たされてる……」
嗚咽をあげながら途切れ途切れ告げるその言葉と彼女の姿に、アルトは胸がぎゅうと
締め付けられた。自分は最早逃れられない程にこの女に囚われてしまっているという
ことを、今更ながらに自覚した。
込み上げてくる愛おしさにどうしようもなくなって、彼はシェリルの手首を掴み、そっと
シーツに落とした。涙を唇ですくい、口付けて、そのまま腰を動かし始める。
初めは苦悶の表情を見せていた彼女の頬に次第に赤みが差し、控えめだった喘ぎはやがて
高らかな叫びとなった。
「ふっ、……あぁぁっ! ん、んんっ……、あぁっ!!」
アルトは動きを速め、その額から汗を零す。
滴は穿つ反動で揺れる彼女の豊かな乳房の上に落ち、その肌に溶けた。
その時が近いことを感じて、彼はシェリルの耳元でその名を呼び、愛していると囁く。
シェリルは快楽に翻弄され、その口は彼の名を紡ぐことが出来なかった。
だから彼女は絡めた指を力強く握った。想いを込めて、強く、強く。
「はっ、んぁっ、あ……、あぁぁっ!!」
「くっ……!! 」
同時に上り詰めて、アルトは己の精を解放した。と、虚脱感に襲われて、彼女の柔らかな
身体の上に崩れ落ちる。彼の荒い息が、シェリルの肩を湿らせた。
重なった身体から、お互いの鼓動が激しく鳴るのが聞こえた。二人はしばらくの間、
その命の音に耳を澄ませた。
視線は恥ずかしげに外されたり、あるいは熱っぽく絡み合う。彼はぎこちないながらも
掌で彼女の身体の表面をなぞってその甘い吐息を誘い、彼女はその啼き声で彼の官能を
刺激した。指先でお互いの肌の感触を確かめ合い、感じ、追い立てる。
唇を名残惜しげに離し、アルトはそのまま白い首から乳房へと舌を這わせていく。その
形の良い丸みに顔を埋めながら、女の身体はかくも柔らかいものかと驚いていた。
身体のあちらこちらに熱を灯され声を上げていたシェリルもまた、素肌で触れ合うという
ことがこれ程気持ちのいいものであることを初めて知る。彼の手や舌に敏感に反応する
自分の身体を持て余しつつ、その快楽に酔いしれた。
アルトの指が太ももを探り、つつとその奥に移動する。そして中心に辿り着くと、
シェリルは小さな叫び声を上げた。
そこはもう濡れていて、指先を滑らせると彼女の両足は緊張し、その背が弓なりに反る。
「あっ……! やぁっ、あぁぁっ」
跳ね上がり、反らされた身体には玉のような汗が浮かび、彼女はアルトの肩に爪を立てた。
「アルト……、アルトっ……!」
襲う波に抗うように名前を何度も囁き、彼の身体に縋りつく。
アルトももはや限界であり、自身の先をあてがいゆっくりと中に入っていった。
きつい抵抗があり、その痛みにシェリルは顔を歪ませる。額を撫でて大丈夫かと問うと
彼女はコクリと頷いた。出来るだけ痛みを感じさせないようにと、彼は少しずつ先に
進んでいった。
ようやく全てが収まり、アルトがふうっと大きく息を吐くと、その下でシェリルは
ポロポロと瞳から涙を零していた。彼は慌てた。
「ごめん、痛かったか?」
違うの、と彼女は両手で顔を隠しながら首を振る。
「……どうしよう。私、いま、すごく満たされてる……」
嗚咽をあげながら途切れ途切れ告げるその言葉と彼女の姿に、アルトは胸がぎゅうと
締め付けられた。自分は最早逃れられない程にこの女に囚われてしまっているという
ことを、今更ながらに自覚した。
込み上げてくる愛おしさにどうしようもなくなって、彼はシェリルの手首を掴み、そっと
シーツに落とした。涙を唇ですくい、口付けて、そのまま腰を動かし始める。
初めは苦悶の表情を見せていた彼女の頬に次第に赤みが差し、控えめだった喘ぎはやがて
高らかな叫びとなった。
「ふっ、……あぁぁっ! ん、んんっ……、あぁっ!!」
アルトは動きを速め、その額から汗を零す。
滴は穿つ反動で揺れる彼女の豊かな乳房の上に落ち、その肌に溶けた。
その時が近いことを感じて、彼はシェリルの耳元でその名を呼び、愛していると囁く。
シェリルは快楽に翻弄され、その口は彼の名を紡ぐことが出来なかった。
だから彼女は絡めた指を力強く握った。想いを込めて、強く、強く。
「はっ、んぁっ、あ……、あぁぁっ!!」
「くっ……!! 」
同時に上り詰めて、アルトは己の精を解放した。と、虚脱感に襲われて、彼女の柔らかな
身体の上に崩れ落ちる。彼の荒い息が、シェリルの肩を湿らせた。
重なった身体から、お互いの鼓動が激しく鳴るのが聞こえた。二人はしばらくの間、
その命の音に耳を澄ませた。
動悸と息切れが収まり、余韻の残る熱い肌から離れるのを惜しみつつアルトは身体を
起こした。ふと視線が合い、二人は事後の気恥ずかしさから頬を上気させた。
何か言葉を掛けなくてはと思うものの、ちらりと覗けばシェリルの濡れた青い瞳と唇、
そして桃色の艶やかな裸体に目を奪われ、何も口に出来なくなってしまう。
彼女もまた、恍惚の後に全身の力が抜けてしまい、恥らうように両腕を胸の前に
持ち上げるので精一杯であった。
アルトは身を捩るようにして彼女の横に転がり、その身体をそっと己の腕で包み込む。
そして額をコツンと当て、耳のあたりから指を差し入れ乱れた髪を梳くと、シェリルは
くすぐったそうに身をくねらせて小さく笑い声を上げた。
起こした。ふと視線が合い、二人は事後の気恥ずかしさから頬を上気させた。
何か言葉を掛けなくてはと思うものの、ちらりと覗けばシェリルの濡れた青い瞳と唇、
そして桃色の艶やかな裸体に目を奪われ、何も口に出来なくなってしまう。
彼女もまた、恍惚の後に全身の力が抜けてしまい、恥らうように両腕を胸の前に
持ち上げるので精一杯であった。
アルトは身を捩るようにして彼女の横に転がり、その身体をそっと己の腕で包み込む。
そして額をコツンと当て、耳のあたりから指を差し入れ乱れた髪を梳くと、シェリルは
くすぐったそうに身をくねらせて小さく笑い声を上げた。
「ねぇ、アルト……」
甘えるような声で名を呼び、シェリルは彼の胸に頬を寄せる。
「……ん?」
ストロベリーブロンドの髪を弄るアルトの声も、甘さを含んでいた。
「私、決めたわ。これから自分が歌うものを」
「どんな歌だ?」
彼女はふふっと微笑んで、上目遣いに彼の瞳を覗きこんだ。
「橋渡しをね、したいの。いい思い出なんてないけど、それでも私の故郷だから」
「……そうか」
「こうやって触れ合えば、理解り合えると信じたいのよ」
そう言って首に腕を回す彼女の背中を、アルトは優しく撫でる。自分を見つめて笑う
その澄んだ青色の瞳は、空そのものだと彼は思った。どこまでも広がる、自由な空だと。
甘えるような声で名を呼び、シェリルは彼の胸に頬を寄せる。
「……ん?」
ストロベリーブロンドの髪を弄るアルトの声も、甘さを含んでいた。
「私、決めたわ。これから自分が歌うものを」
「どんな歌だ?」
彼女はふふっと微笑んで、上目遣いに彼の瞳を覗きこんだ。
「橋渡しをね、したいの。いい思い出なんてないけど、それでも私の故郷だから」
「……そうか」
「こうやって触れ合えば、理解り合えると信じたいのよ」
そう言って首に腕を回す彼女の背中を、アルトは優しく撫でる。自分を見つめて笑う
その澄んだ青色の瞳は、空そのものだと彼は思った。どこまでも広がる、自由な空だと。
「シェリルさん! そろそろスタンバイお願いします!! 」
スタッフの声に、彼女はリフトの上に立った。そして瞼を閉じて深く深呼吸をし、
力強い挑発的な視線を上方へ向ける。客席からは彼女の名を呼ぶ聴衆の怒号の如き
声が響き渡っていたが、彼女の耳には届かない。
――今、ここにあるのは、音楽と私。そして……。
リフトが稼動し、シェリルの姿がステージに現れると歓声が地響きのように轟いた。
彼女はそれに手を挙げて応え、1曲目のイントロが流れ出す。
しかし彼女の歌声はいつまで経っても聞こえてこなかった。ざわめく客に
シェリルは笑顔を見せ、ちょっと聞いてくれる? と語りかけた。
会場は少しの間ざわざわと落ち着かない様子だったが、やがて静かに彼女の言葉を
待ってくれたようだった。「ありがとう」と礼を述べて、シェリルは続けた。
スタッフの声に、彼女はリフトの上に立った。そして瞼を閉じて深く深呼吸をし、
力強い挑発的な視線を上方へ向ける。客席からは彼女の名を呼ぶ聴衆の怒号の如き
声が響き渡っていたが、彼女の耳には届かない。
――今、ここにあるのは、音楽と私。そして……。
リフトが稼動し、シェリルの姿がステージに現れると歓声が地響きのように轟いた。
彼女はそれに手を挙げて応え、1曲目のイントロが流れ出す。
しかし彼女の歌声はいつまで経っても聞こえてこなかった。ざわめく客に
シェリルは笑顔を見せ、ちょっと聞いてくれる? と語りかけた。
会場は少しの間ざわざわと落ち着かない様子だったが、やがて静かに彼女の言葉を
待ってくれたようだった。「ありがとう」と礼を述べて、シェリルは続けた。
戦争で、私はいろいろなものを失くした。皆もそうだよね?
誰もが何かを失い、心に傷を負ってる。暗い何かを抱えて今も生きてる。
それをぶつけたい衝動に駆られるのは、仕方の無いことだと思うわ。
でも私はそこから進みたいと思った。そう思わせてくれた人達に出会えた。
とても大切なことを教えてくれたの。私も誰かに、それを伝えたい。
誰もが何かを失い、心に傷を負ってる。暗い何かを抱えて今も生きてる。
それをぶつけたい衝動に駆られるのは、仕方の無いことだと思うわ。
でも私はそこから進みたいと思った。そう思わせてくれた人達に出会えた。
とても大切なことを教えてくれたの。私も誰かに、それを伝えたい。
そこまで言って、シェリルは客席を見た。彼女を真っ直ぐ見つめて頷く一人の男の姿を
見つけて微笑みながら頷き返す。
――だから……。
見つけて微笑みながら頷き返す。
――だから……。
「アタシの歌を、聴けぇー!!!」
END
以上です。
本当は新・トライアングラーでコメディを書く予定だったのですが、
こちらを先に夢で見てしまったので投下しました。
コメディの方はまたそのうちに……。
こちらを先に夢で見てしまったので投下しました。
コメディの方はまたそのうちに……。
それでは、今日もいい夢見れますように。