ギャラルホルンから幕は上がる

(投稿者:エアロ)

会議が終った後、ギーレン宰相は執務室にお付のメードで「騎士姫」の異名を持つ、スィルトネートを呼び出した。
「わが君、御呼びでしょうか」
「うむ。実は特殊メードに対する動員令を出す旨を親衛隊司令部に通知してほしい」
「なぜそのようなご命令を出されるのですか、わが君」
スィルトネートが不思議そうにするのも無理はない。
メードは元々兵器、既に動員がかかっているのも同然なのだ。
「実はな、今回のエメリンスキー旅団の弾劾決議と前後して不穏な動きが各所で見られるのだ。
 彼らはある組織とつながりがあった、前親衛隊長官がそのつながりを利用して私服を肥やしていたという噂はお前も聞いているだろう」
ギーレンの指す物とは何か、スィルトネートは即座に理解した。
自分達の独善的な物差しでメードを計り、それを軍やら国民やらに強制しようとした組織・・・


軍 事 正 常 化 委 員 会 。


「ええ、彼らもメードを有しており、また通常の戦力もかなりの物とか・・・しかし彼らは44年末の摘発で雲散霧消したのでは・・・?」
「ところが違うのだ。首魁であるグライヒヴィッツはまだ捕まっておらんし、彼らの保有するメード4人の行方も知れていない。
 さらにアルトメリアに支部が設けられたことで彼らの地下活動は一層活気付いているのだ。
 グライヒヴィッツを支援する資本家もまだまだ多いと聞くからな」
ギーレンはグライヒヴィッツの苦虫を噛み潰したようなしわくちゃな顔を思い出す気分で臍をかむ。

「わかりました、わが君。しかし、ジークやメディを動かすには抵抗もあると思われますが」
「彼女らは動けんだろう。ジークは我が国の象徴、メディはユリアンのお付だ。
 それにこれは汚れ仕事、特殊任務向けのメードを向けさせるのが賢明だろう。
 適任のものは・・・サバテにドルヒシュヴェルテだろうな。
 特にシュヴェルテは自分を陥れた道化の操り主と聞けば喜んで調査に協力してくれるはずだ。
 もしもの場合は、スィルト、お前にも動いてもらうかもしれん。」
「もちろんです、わが君。私の命はわが君に捧ぐもの。この命賭してもわが君と帝国の為に役立てて見せます、では」
そういうとスィルトネートは退室し、若き帝国宰相は腕を組みながら物思いにふけるのだった。




―同刻・エメリンスキー旅団駐屯地―

「まったく、余計なヘマをしでかしてくれたな!」
中柄な男が座り込む大柄な男に対して暴言を吐いている。
「そ、そうはいってもよう、ブリクの兄貴、やつらめちゃくちゃ強い上に憲兵まで呼びやがって、
 俺は残った6人連れて逃げて来るのがやっとだったんだよぅ」
しょげた様子で弁解しているのはツェゲショフ少佐だ。
つまり目の前にいるのは彼の上司。

エメリンスキー旅団長(代理)・レオン・ブリクトロフ准将だ。

「まぁ俺も人のことは言えねぇけどよぉ、お前らが暴れるおかげで俺の立場はもうないも同然なんだぞ!」
言った端から言うのもなんだが、この男も人のことをいえないほどの悪事を犯している。
グリーデル人の少女を誘拐し、メードに仕立て上げて黒旗への貢物にしたのも、
メード・シュヴェルテをヴォ連のスパイに仕立て上げてジークフリートに殺害(無論偽装だが)させた片棒を担いだのもこの男なのだ。

「ともかく、軍は俺たちを弾劾した! いずれ討伐部隊を仕向けてくるに違いねぇ!」
「どどど、どうすんだよぉ! ここは単なる駐屯地、一個大隊も迎撃できねぇよ!」
ツェゲショフは柄にも合わない情けない声で狼狽するばかりだ。
それを諭すかのようにブリクトロフは耳打ちする。
「慌てるな、今から俺が言うことをよ~く聞いて、それから戦えそうなやつを集めろ。営倉に入ってるやつはほっとけ。俺はその間電文を打つ」
「だ、誰にだよ」
「『偉大なるわれらのスポンサー様』だよ」
それから二人はひそひそと話した後、持ち場へと向かった。





―某所―

そこは暗がりだった。
帝国の何処かにある「黒旗」のアジト。
グライヒヴィッツは内務大臣だった己の権力を最大限自分のために行使した。
このシェルターも「まずは私が試してみないことには安全性が確認できない、これはいわばモデルケースだ」
と称して作ったものだが、国民は「政変などが起きたときに自分が真っ先に逃げ込むための隠れ家さ」と揶揄した。
まさにそうなってしまっているのだから皮肉というしかないが、今はこの狭いコンクリートの穴倉が彼の身を守っているのだ。
そんな穴倉の一室、彼の執務室の戸がノックされる。
真っ黒、というより黒と紫の制服を着た士官が入ってきた。
「何か」
「閣下、さるお方から電文が届きました。曰く『偉大なスポンサー様へ 不肖なる売り子より』という題です」
「置いておけ。観てから返事を書き上げる。くれぐれも返信する時は暗号回線を使うように」
「ヤヴォール」
そういうと仕官は一旦退室し、グライヒヴィッツはパンチカードのような暗号電文を机の上の機械にかけた。
すると文字の印字された紙が出て来た。

《前略 偉大なるスポンサー様 
 我々エメリンスキー旅団は窮地に立たされている、言うまでもないが弾劾決議案が採択されたとのことだ。
 我々とて座して削除を待つ気はさらさらないが、現状不利な条件が多すぎる。
 そこで我々はかねてからのあのプランを実行する。しかし現状歩兵戦力は十分だが機械兵力が足りなさ過ぎる。
 スポンサー様の機嫌を損ねるような依頼とならなければ良いが、機甲兵力や弾薬を譲ってもらえないだろうか。
 もし成功の暁には十分御礼はする、宜しく頼む  不肖なる売り子の頭目 レオン・ブリクトロフ》

グライヒヴィッツは鼻で笑いつつも興味深げに電文を眺めていた。

-もはやこいつらは捨て駒としての価値すらないただの私兵集団だ。
 だが帝国軍を消耗させ、あわよくば共倒れを狙えるならそれも良しか。
 それだけわが委員会の再建も容易く成せるというものだ-

そう頭で考えながらグライヒヴィッツはタイプライターを打ち始めた。
捨て駒と、自分を捨てた軍の醜悪な同士討ち。

それを完璧に操るのは自分だ。

という、歪んだ気持ちを指に込めながら・・・


最終更新:2009年02月26日 14:51
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