Chapter 8-4 : 鎖と刀

(投稿者:怨是 挿絵:suzukiさん thx!!)




 土埃を立てて近づけば、刀の刺さったヘルメットが遠心力に任せて飛んできた。
 先ほど盾にされた灰色MAIDの生首だった。追加で投げられた刀が当たって推進力となり、不規則な軌道を描きつつ辺りにまだ生暖かい血をばら撒く。

 順を追って頭を失った胴体も遠心力に任せて投げつけられ、こちらの視界を潰すべく飛来する。
 何を考えている。目の前の刀使いは今、何をした。
 MAIDとは、人類を守る存在ではなかったのか。同時に、MAIDは友軍を愛し、同胞を愛し、共に戦う存在ではなかったのか。
 それを盾にするだけではなく攻撃手段に用いるとは。何ら抵抗を感じないとは。
 もはや外道の所業と呼ばずに何と呼ぶか。

「お前は……お前は……!」

 目の前の刀使いがどうしようもないクズであると、スィルトネートは煮えくり返った頭で断言した。
 蝉の鳴き声がやかましく感じ、それがまた彼女の精神を逆立たせる。
 炎上した逆鱗は、もはや水をかけたところで熱を失うことは無い。
 殺せ。目の前のこの女はろくでなしだ。史上最低のろくでなしだ。思いつく限りの残酷な方法で殺してしまえ。
 こんな奴が死んだところで誰が悲しむものか。殺してしまえ。
 思考が真っ赤に染まる。

「……殺してやる! お前は殺す!」

「“お前は”って……貴女、灰色連中を何匹か殺してたわよね?」

 先ほどとは打って変わり、刀使いはこちらの攻撃を次々と避ける。
 鍔迫り合いにもならない剣戟の数々が、刀身を滑り空を裂く。
 ある一撃は地面を抉り、ある一撃は叩き伏せられ行き場を失う。
 Gのような単調な動きとは異なり、未だに傷一つ負わせることも叶わない。
 その間に刀使いは隙を狙って様々な高さの刀を投擲してくる。こちらの損傷は、かすり傷とはいえ少なくない。

「目的の為に味方を犠牲にするのは親衛隊だって同じじゃない。たまたまその目的が違っただけで、やってる事は変わらないわ」

「一緒にするなぁッ!」

 ヒステリックな叫びと共に勢い良く振り下ろした一撃が、地面に突き刺さる。
 黒旗の面子が目の前の刀使いのような者ばかりだとすれば、スィルトネートは尚の事彼女を許せない。
 誇り高きエントリヒの国旗をあのような色に染めた邪悪な者達を、尚更許す事などできない。
 その邪悪な集団に加担するうちの一人が、刀使いが、嘲ってこちらを茶化す。

「あらあら残念。次は頑張って当ててみなさい」

「こ、の……なめるな!」

 引き抜いたグレイプニールを再び硬直させ、何とかしてあの刀使いを絡め取らねば。
 帝国の誇りを踏み躙った罪を、存分に償わせてやらねば。
 余裕を見せて棒立ちして笑っている事を後悔させねば。
 一撃でもいい。無傷で嘲うあの憎々しい顔面に、切り傷の一つでも増やしてやらねば。

「――ッ?!」

 真上から刀が降り注ぎ、それが突進力を急激にそぎ落とす。
 一つ、二つ、三つ、四つ、それらを避ければ避けるほど、鎖が絡まり動きが固まる。
 動こうとした場所へと次々と突き刺され、移動範囲が硬直する。
 射程を補うために鎖を延ばしきった事が逆に仇となってしまったか。

 ピンと張ってしまったそれを慌てて引き抜こうとした時には、もう遅かった。
 正面から刀が放物線を描き、スィルトネートを貫いていたのだ。


「間一髪で急所を避けたのは褒めてあげるけど……貴女、人とは戦い慣れてないみたいね。あまり強くないわ」

「ぁ、ぁぁ……ッ」

 体中のヘモグロビンが、赤い熱が腹を伝わり警告を発す。
 スィルトネートの白い鎧が見る見るうちに赤く染まって行き、それとは反比例するように意識は白く塗り潰されて行く。
 勝利を確信した刀使いは、地面に刺さった刀の一本を引き抜きこちらへとゆっくり近付く。

「あの世であの子達と仲良くしてあげなさい」

 ――そうか。私は殺されてしまうのか。
 ランスロット隊やジークフリート、竜式は無事だろうか。
 あのイレーネとやらの発言から察するに、おそらくはジークフリートを殺してはならないというルールがある。
 したがって全員がジークの近くに集まっていれば、無闇な攻撃はできない筈だ。よほど相手が狙い撃ちを得意としていない限りは。

 灰色のMAID部隊も気になったが、足元の彼女と同じ末路を辿ると思うと興味が薄れてしまう。
 よくよく見れば、彼女の肌の色は褐色だった。つまり素体は南方大陸出身という事か。
 いずれにせよ、刀使いは刀を後ろに引き“突き”の構えに出ていた。もう終わる。





 終わる筈だった。
 重たい金属音に驚いて顔を上げると、そこには見知った友人が刀使いの背後から鎌杖カドゥケウスを振り下ろしていた。
 刀使いは後ろ手に刀を持ち、その一撃を背中で受け止めつつ振り向く。
 それが驚異的な反射神経によるものなのか、それとも予測によるものなのかは判別できなかった。
 ただ、ただ、薄れ行く意識の中で「嗚呼、助かった」という言葉が膨らみ続ける。

「遅くなってごめんなさい」

「メディ……!」

「へぇ……貴女、そこで寝てる子より“やれそう”ね」

「お黙りなさい。わたくし、生まれ付いての“狼藉アレルギー”ですの」

 余裕を見せて嘲う刀使いとは対照的に、静かな憎悪を双眸に滾らせながら肩で息をするメディシス
 するりと刀身の滑る音が響くと同時に、両者の位置が入れ替わる。
 メディシスが背後にスィルトネートを守る形となり、刀使いは二人を前に構える形となる。

「私の友人をこのような憂き目に遭わせた罪、帝国の誇りを散々踏みにじった罪……もはや裁判を待つまでもありません。今この場で……」

 メディシスはカドゥケウスを構えて顔を上げ、眼前の敵を見据える。
 背後のスィルトネートからはその表情を窺う事はできないが、おそらくは今まで見たことも無い表情に違いなかった。



「……ブッ殺して差し上げますわ」

 彼女がGと対峙した時ですら、これほどまでの殺意の篭った声など聞かなかったのだ。
 失血と戦慄が背筋を揺らし、凍らせる。体力を総動員したかのように、全身が強張る。


「随分と在り来たりな啖呵ね」

「月並みで結構。下衆に語る舌など、この程度で充分でしてよ」

「そう。その下衆とやらに吼えるのは勝手だけど、あんまり私にお熱になってるとお友達が死んじゃうわよ」

 メディシスの武器となるカドゥケウスは“鎌杖”の名の通り杖として、そして鎌としても用いられる。
 使用者の形成系能力を用いる事によって、杖から鎌を発生させられるのである。
 メディシスは一度その鎌を仕舞いこみ、刀使いから投げられる数々の刀を打ち返す。
 曲線状の鎌より、直線状の杖のほうが安定して打ち返せる。

「後方の憂いを絶つのは兵法の基本。安い口車など無用ですわ」

「あらあら、お利口さん」

 下から抉りこむようにして杖を振り上げ、即座に鎌を形成する。
 刀使いは一度横に飛んでそれを避け、周辺の地面に刺さった刀を何本か引き抜く。
 その刀で鎌を封じ、柄の部分に捕まりながら両脚の蹴りを胸に一つ。片足を顔面に一つ、二つ。
 スィルトネートの傍らにまで吹き飛ばされ、土煙が巻き上がる。

「でもやっぱり経験不足が目立つわね。おっと……」

 霞む視界の中、刀使いが余所見をする。
 その隙にメディシスが飛び込むが、横から飛来した銃弾に阻まれる。
 眼球だけを横に動かせば、先ほどの金髪のMAID――イレーネがいた。

柳鶴(りゅうかく)、潮時です」

「折角上玉が二匹も討てると思ったのに」

タンカークラスが接近しています。どの道助かる見込みは無いかと。ぐずぐずしていたら私達も巻き添えです」

 薄れ行く意識の中、スィルトネートは先ほどの通信を思い出す。
 確かランスロット隊の通信機から“タンカークラスの接近”という言葉が出ていた。
 そうか、黒旗側も多数のネットワークを張り巡らせ、戦場を監視していたか。

「あ、そう。貴女のほうはどうだったの?」

「対象がジークフリートの周りに集まった為に射殺ならず。全員生存です」

 全員生存という事は、後方の憂いは無いという事ではないか。
 惜しむらくは身体に力が入らず、目の前の敵を討てない事だった。
 二人の敵のうち、刀使いのほうは退屈そうな表情を浮かべる。

「ふーん……まぁいいわ。次は二人きりで楽しみましょう。鎌使いさん」

 嗚呼、手を伸ばそうにも、もう力が残っていない。
 彼奴らが逃げる。殺さねば。彼奴らが逃げる。殺さねば。

 生まれて間もない隣人を無慈悲に殺した灰色MAID部隊も。
 そのうちのはぐれた一人をゴミのように棄てたあの黒髪の――柳鶴と呼ばれた刀使いも。その仲間であるイレーネも。
 国家を棄てて私利私欲に走った、黒旗――軍事正常化委員会と名乗る暴徒を。
 しかし、それでも両手が上がらない。背筋に力が入らない。

「メディ……あいつらを……今、殺さないと……!」

「確かにあの下衆は憎いけど……スィルトに先立たれるのは嫌ですわ。さ、帰りましょう」

 この場で殺すという選択を採れば、確実にスィルトネートは死ぬ。
 メディシスにとってはそれがまず大前提としてあり、その次にウェイトを占めていたのは、このまま戦闘を続けていても勝ち目は無かったという諦観の感情だった。
 否、まずは諦観のうちに一度締めくくり、次こそは見返してやろうという闘志を暗に含めていた。
 彼女の眼差しの力強さが、口よりも饒舌にそれを語る。

「……ごめんなさい」

「謝るのはわたくしの……いえ、何でもありませんわ」











 目が覚めると、医務室の天井が夕日で橙色に染まっていた。
 傍らで本に目を通していたメディシスは、こちらが首を動かした事に気づき、本を膝の上に置く。

「……全治一週間、だそうですわ」

 一つ間違えば致命傷だったであろう重傷を負ったにもかかわらず、たった一週間で前線に戻れてしまう。
 スィルトネートはMAIDの持つ治癒力に改めて驚かされつつも、あの戦いからどれだけ経ったのかが気になって仕方が無かった。

「私はどれくらい寝ていましたか? ランスロット隊は、みんなは無事ですか?!」

「丸一日ですわね。ランスロット隊はあの後Gとの戦闘を再開。竜式はジークフリートを庇って大破してしまいました」

 ジークフリートを庇って大破した? 竜式に何があったのか。
 そもそも、それ以前にあのジークフリートが何故、竜式に庇われる事となってしまったのか。
 丸一日の空白が、全身を苛む疲労感が、思考を空転させる。

「ジークフリートを庇って、というのは……」

「ええ。ジークはイレーネの追跡をかわしている間にはぐれてしまって、Gの群れに入り込んでしまったと。
 救出の為に竜式が単機で突入。でも、黒旗との戦いで傷を負ったまま戦ったものですから……」

「そう……」

 スィルトネートの表情がずしりと重くなる。
 竜式はあの短機関銃の弾幕を全身で受け止めて、尚且つGの群れに突入したのだ。
 元来、機械にコアを使用するという無理の多い設計である。
 ダメージが大きければ大きいほど、その反動は無視できないものとなる。
 あまり関わりの無い相手ではあったが、実直さ故の最期は、竜式を“戦友”として評価するに値するのではないだろうか。
 ではランスロット隊を束ねるアロイス・フュールケ大尉は? 救援要請に従っただけとはいえ、一応は命の恩人ではないか。

 ――こちら作戦本部。Gの撃退を最優先しろ。我々の敵は人間ではない。
 それと、ジークフリートからの定時報告が無い。貴殿は何か知らないか。

 あの通信内容が未だに脳裏に響いている。

「フュールケ大尉は? 大尉はどうなったのですか」

「ジークフリートの無断運用、及びそれに伴う虚偽の報告の罪を問われ軍事裁判にかけられるそうですわ。
 たまたまその付近には部隊を展開していなかった為に損害は軽微だったにも関わらず、求刑は除隊及び国外追放処分ですって」

 木々に群れていた鳥が一斉に飛び立つような心地である。
 彼らがジークフリートと竜式を連れて来なければ、きっとスィルトネートは死んでしまっていた。
 ジークフリートが居たからこそあの灰色MAIDは攻撃を渋った。
 ジークがあの時何もしなかったのは引っかかったが、居なくて良い筈がなかった。
 確かに一兵士が希少戦力たるMAIDを無許可で動かせば影響は出たかもしれない。
 しかし除隊とは。国外追放処分とは。幾ら何でも遣りすぎではないのか。
 何故。何故。何故。

「で、でも、タンカークラスは結局撃退できたのでしょう? 損害も軽微だったのでしょう?! 何故!」

「曰く“シンボルとなるMAIDたるジークフリートを軽々しく連れまわす行為は、国家の威信に関わる”とか。
 “同じ事を他の者もやりはじめ、そうなってしまえば他国への示しがつかなくなる”とか。はァ……」

「それにしたって刑が重過ぎる!」

「小耳に挟んだ話によれば、元々あのシュヴェルテがいた部隊であり、尚且つその部隊がジークを連れまわした事が気に喰わないみたいですわね」

 昨年10月末にシュヴェルテは処刑された。
 あからさまなデマゴーグの新聞が、ジークフリートによる処刑であると喧伝した。
 ランスロット隊はその後、当時の隊長であるアシュレイ・ゼクスフォルト少佐がヴォルフ・フォン・シュナイダーに暴行を加えた事により、ゼクスフォルトが国外追放処分を受けて首無し部隊となる。
 当時のシュナイダーがジークフリートの教育担当官であった事を、周囲の人間は知っている。
 総括すると、ランスロット隊とジークフリートは本来ならば絶対に相容れない筈のものであるというのが、関係者の見解だというのだ。

「最近の殿方は軟弱者でいけませんわ、揃いも揃ってジークジークと……」

 メディシスは苦々しげに吐き棄てつつ本の隙間から一枚の紙を取り出し、スィルトネートに見える位置で広げてみせる。
 軍事裁判の詳細な日程と、アロイス・フュールケの主な罪状が簡潔に書きとめられていた。



「ご覧あそばせ。たとえ無罪は勝ち取れずとも、刑を軽くする方法は幾らでもありますわ」

 ――否、それだけではなかった。
 その下に幾つか、今後の交渉作戦の詳細のメモが箇条書きされていたのだ。

 ホラーツ・フォン・ヴォルケン中将とライサ・バルバラ・ベルンハルト少将が弁護側に廻るという。
 そこで実際に付近で戦っていたメディシスが弁護側の証人として颯爽と法廷に身を乗り出し、状況を事細かに説明するというのが主な作戦である。
 目をぱちくりさせるスィルトネートに対し、メディシスは得意げにウィンクしてみせる。


「マルチタレントは交渉術も心得ていてよ」

 相違ない。
 ユリアン・ジ・エントリヒ外相の手ほどきと後ろ盾、七光りやその他幾つもの要素を多分に持ち合わせるメディシスなら、どうにかできそうだった。



最終更新:2009年03月04日 05:08
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