Chapter 10-7 : 御礼参り開始

(投稿者:怨是)




 憎悪は業火となり、業火は刃を呑む。
 ライールブルクはルージア大陸戦争以来の戦火に焼かれていた。
 ありとあらゆる場所から緊急発進した戦闘機が迎撃に向かうも、奮闘空しく墜落し、その内の幾つかは民家へと激突した。
 街の至る所から炎が上がり、民衆は戸惑い、逃げ出す。

 何よりもの皮肉は、この炎の真犯人がクロッセル連合のものではなく、エントリヒ帝国の皇室によるものという事だった。
 Gではなく、人を恐れてしまうとは、何たる皮肉か。
 結局の所は人類の最大の敵は人類以外に存在しない事を如実に表している。

「話が違いますわ。要所の爆撃のみに留める手筈ではなくて?」

 作戦領域に数十分遅れて到着したメディシスは、帝都へ向かう予定だったであろうデモ隊の亡骸の数々に眉をひそめる。
 撃滅目標は、黒旗だけだった筈だ。民家にまで手を出すとは一言も聞かされていない。

「俺達の与り知る事じゃない。ジークフリートを護衛するぞ。死なせるなよ」

 軍用車両のラジオからは相変わらず、血気盛んな通信を垂れ流している。
 それに呼応するかのように、頭上を戦闘機たちがプロペラで黒煙を切っていた。

《ペルレ5、ポイントEへの投下を完了した》

《作戦本部了解。ポイントFを支援せよ》

《ペルレ5了解。ヒャッハぁ! 黒旗の屑共め。首狩り族とオネンネしてろってんだ!》

《勢い余って騎士姫様まで殺すんじゃないぞ》

 皇帝を悲しませ、宰相を苦しませた黒旗に対する報復攻撃。
 カタルシスと呼ぶにはいささか乱雑すぎる様相に対し、メディシスは動揺を禁じえなかった。

《そんな事は解ってるさ。白馬の王子様の為に道を作ってやるのが俺達の仕事だろ?》

《王子様よりもっと凄いお方だ。驚け。地上部隊にはあの守護女神様がいらっしゃる》

《何だって? 作戦本部、伝言を頼みたいんだが!》

《こちら作戦本部。オープン回線だからそのまま云えば伝わる筈だ》

《よっしゃ、ペルレ5より親愛なるジークフリート殿へ! 姫の救出は任せたぜ。
 この作戦が終わったら銅像が建つように俺達から申請しておくから!
 ニーベルンゲと俺達に守護女神様の加護あらん事を! ジーク・ハイル! ハイル・エントリヒ!》

 等しくニヴルヘイムへの片道切符を購入したのだろう。我々兵士達は。
 銃撃の硝煙の臭いは、火山の煙によく似ているらしい。

「……だ、そうですわよ」

 メディシスからすれば、これほど面白くない感情は無い。
 味方から、それもほぼ全方位からの応援を受けているにも関わらず、彼女は俯いて何も語ろうとしないのだ。
 不快に思っているのは態度で感じられる。しかし、口には出さないのがまた、メディシスを苛立たせた。
 嫌なら嫌と、はっきり云えばいいのに。溜め込んで、溜め込んで、溜め込んだ挙句に爆発させるつもりか。
 粘度の高い火山のような感情ほど、不健全なものは無い。

 性質の悪い事に、それを咎める者が周囲に殆ど居ない。
 彼女は帝国に於いて“最強”という看板をその名に掲げているにも関わらず、彼女の会話能力はメディシスにしてみれば最弱だった。


 三十秒ほどの沈黙の後、覆帯(キャタピラ)の音が左耳の鼓膜に響く。
 戦車部隊のお出ましである。伝えられた作戦内容に拠れば、メディシスは戦車に追従してアジトへと乗り込む手筈となっている。

「お待たせ。ちゃちゃッと済ませちまうべ」

「作戦内容は覚えてるだろ。撃ち漏らしの相手はよろしく頼むぜ」

「ええ、参りましょう」

 エンジンが唸りを上げる戦車の後ろに付き、自動小銃を受け取りながら首と視線だけを振り向かせる。
 煙と炎で赤黒く染まった空の中で佇むジークフリートは、真一文字に口を結んだまま大剣を握り締めていた。

「そうやって、いつまでも俯いていなさいな。お先に失礼」

 踵を返し、ジークフリートの視線を無視する。
 渦中に居ながら動きも見せないのなら、放置しておくほかに道はあるのだろうか。
 メディシスは表情を硬直させつつも、背骨から煮え滾る様な熱を全身に行き渡らせる。
 何たる無能、何たる怠惰、何たる愚者か。ジークフリートよ。

 戦車の隊列が大砲を打ち込み、黒旗の戦車を次々と潰して行く。
 こちらの十五台もの戦車に対し、迎え撃つ黒旗側の戦車の台数は平均して僅か二~三台。
 敵の歩兵による抵抗も空しく、或る者は機銃にその身体を穿たれ、力なく吹き飛んで行く。また或る者は蜘蛛の子を散らすようにして走り去る。

 恐れはしないが弛みもせず、メディシスは煙に紛れた兵士達を探す。
 随伴している味方の歩兵達がその情報に従いながら路地裏まで綺麗に掃除する。

 呆気も根気もあったものではなかった。
 時折飛んでくるウンゲツィーファー・ファウストがこちらの戦車を何台か潰すが、それでも進軍速度には、さほど影響が無い。
 航空支援も充実しており、無茶な低空飛行からの機銃掃射が道を切り開くのを容易にした。

 メディシスは何度か訪れた事があるが、ライールブルクの建物は帝都のそれに比べるとやや近代的である。
 整頓された町並みに、灰色の五階建てのビルの群れ。それらが今は崩れ去ろうとしている。


 ドルヒの言葉を思い出す。
 僻み根性だと彼女は断じたが、メディシスがジークフリートに感じた感情は、僻みよりも失望感だった。
 自分よりも一年近く先に生まれておきながら、ああも黙り病を患っているとは。
 背負うものの重さによって口を閉ざしたのではない。あれはただ、嵐が過ぎ去るのを待っているだけだ。
 そうでなければ彼女は何故、白々しく涙を見せてドルヒとのいざこざの調停に出たのか。


「――馬鹿野郎、死にてぇのか!」

 頬に張り手が当てられる。
 程なくして付近に銃声が鳴り、掃除しきれていなかった敵兵が崩れ落ちた。
 この戦いにおける敵はGではない。相手は人間であり、火器を用いる。

「ごめんなさい」

「しっかりしてくれ! アンタが死んだらまたMAIDが少なくなっちまうだろ」

 作戦の遂行だけを考えるなら、メディシスが死んでも代わりは幾らでも居る。
 問題はMAIDが減り、今後の対G戦闘に支障が出る事だった。
 より感情的な観点からデメリットを挙げれば、仲間が悲しむなどの支障が出るといったものだ。
 ユリアン・ジ・エントリヒ外相は……
 ――あの人は悲しんでくれそうにありませんわね。きっと。

 もう一度、今度はセルフサービスで平手を打ち込み、逡巡を強制終了させる。
 考え込んで精神を弱らせるのはどこぞの誰かさんの特権とばかりに咳払いで痛みを吹き飛ばす。



 ようやく大通りにやってきたのだ。目前にはもう、黒旗の営舎が聳え立っているのが見えている。
 あとは直進すれば正面突破でチェックメイトを決め込んでやればいい。

「っと……」

 倒れた敵兵から弾薬を漁り、ポケットに仕舞いこむ。
 その昔、ルージア大陸戦争においては他国との戦闘により武器の弾薬は統一されていなかったそうだが、今回は同じエントリヒ帝国軍というだけあり、小銃の弾薬もそこそこ入手できる。
 営舎に入った後は更なる激戦が予想される。それに備えて弾薬は多めに持っておいても損はあるまい。

《ヤーデ隊より作戦本部。こちらも手が空いたからペルレ隊の支援に向かう》

《作戦本部了解。ライールブルクの空は焼かれているか》

《こんがり焼けて、美味そうな匂いが漂ってやがる。俺が鬼か悪魔だったらよだれを垂らしてるね》

《間近で見られんのが残念だ》

 営舎付近に配置されていた敵の対空砲は、尽く砲身を折られ、残骸として鎮座していた。
 弾薬に誘爆したのか、ところどころが破裂し、煙を上げている。
 見渡している間にも新たな火の手が爆音と共に上がり、ライールブルクの復興には時間がかかるであろうという事を周囲に思い知らせる。
 正門を開けて駆け込み、西棟正面玄関の前へと向かう。


 営舎の構造は三つに分かれている。
 西棟と東棟が手前側に存在し、それらに囲まれるようにして中央棟が建てられている。
 地下牢は西棟――つまり今から突入しようとしている場所にあるという。

「正面玄関付近は俺らが押さえる。歩兵部隊は営舎内部へ」

「了解」



 ――突入。
 ほぼ唯一と云って良いほど綺麗な状態を保っている黒旗の営舎は、敵兵も殆ど出払っており、がらんどうの様相を呈している。
 手厚いお出迎えも盛大なお祝いの類も無く、目的地である地下牢までさほど時間がかからないように思えた。
 自動小銃を握り締めるメディシスの手が、汗を帯びる。

 相手も馬鹿ではない。
 スィルトネートという人質を抱えている状態で無理矢理な突入作戦を行おうものなら、彼らの言葉で云う所の“削除”が行われていても何ら不思議ではない。
 彼らにとっては現在、緊急事態である。何かしらの“アクシデント”やら“手違い”やらが起きている事とて十二分に在り得るのだ。


 通路の角を曲がろうとしたところで、突如として銀色の線が飛来する。
 窓ガラスが割れ、蛍光灯が破壊され、壁に刺さり、歩兵が何名も貫かれ、かくしてそれは甚大な被害を与えた。
 歩兵部隊は全滅と云う結果となり、生存者はメディシスのみ。
 急いで隠れ、壁に刺さったそれに目を遣る。

 仲間の命を奪った兇刃はこれか。見覚えのある楼蘭刀が、そこには刺さっていた。
 無銘のなまくら刀の一本一本を覚える事は叶わぬが、大量に投げつける独特の戦闘スタイルと云えば、あの刀使いしか思い当たる者が居ない。

「やけに静かだと思ったら……そういう事ですのね。おいでなさい」


 真っ赤に染まった通路に、銀色の鈍い光が反射する。
 濡れ羽色の髪が外の赤に照らされ、ぼんやりとした殺気が浮かび上がる。

「本部をファックしてくれるとはやってくれるじゃない……あら? 誰かと思ったらあの時の」

「……ご無沙汰しておりましたわね。どうもこんばんは」

 かくしてリベンジマッチの時間がやってきた。柳鶴よ、ようこそ。
 最優先すべきはスィルトネートの救出だが……しかしである。
 目の前の宿敵はその親友(スィルトネート)を重傷に追い込んだ張本人であり、前回の邂逅で一撃も与えられなかったのだ。
 報復の一つくらいは許されて然るべきであり、また、彼女を倒さぬ限りは前にも進めない。
 どちらにせよ歩兵部隊も全滅ならば、気の利いた進行ルートも思いつくまい。
 柳鶴は刀の束を左の脇に抱えながら、右手の刀をこちらへ突きつける。

「はいはいどうも。貴女のお友達の事だけど、ご丁寧にもまだ預かってるらしいわよ」

「それくらい先刻承知ですわ。返していただけませんこと? 私の大切な親友ですの」

「生憎あの子に関しちゃ私は管轄外なのよ。そんなに大切なら自分で取り返してくればいいじゃない」

 日が出ていた状態での野外戦闘だった前回とは異なり、今回はせいぜい乗用車一台が通れる程度の狭い廊下で、視界も暗い。
 それが柳鶴の殺気を余計に増幅し、また収束させているように感じた。
 一点集中の殺気が、今にもはち切れんばかりの殺気が、メディシスへと向けられている。

「云われずとも」

 負けじとこちらもカドゥケウスを構え、殺気を押し返す。
 撤退は許されず、また、前進こそが最大の使命である。
 刺し違えるまでは行かずとも――死んだら誰がスィルトを助けるのか!――拳骨の一発でも叩き込んでやりたい。
 悶々としていた感情が、唸りを上げて火花を散らし始める。
 同時にメディシスが改めて実感したのは、柳鶴に対する捉えようのない憎悪と、スィルトネートを助けに行けなかった無力な自分への明確な憎悪だった。

「この前よりいいツラしてるわ」


 限界まで膨張した殺意がビッグバンを起こし、剣戟をコンクリートの壁に響かせる。
 引っ掛けたカドゥケウスが天井を抉り、天井の破片ごと殺意を満載して振り下ろされる。
 これが先ほど殺された味方の分。
 既に事切れた彼らの心中を察する事は叶わないが、志半ばにして敵の姿を見る事無く帰らぬ人となってしまった事がどれだけ悔しいか。
 彼らには戦友が居た。それらを、まるで蟻を踏み潰すかのように屠った柳鶴には、罰の一つでも下してやりたい。
 が、しかし、剣戟の火花が飛び散る事も無く、スルリと刀身が滑るだけに終わる。
 続けて放ったライフル弾も次々と両断され、壁に穴を開けてその力を失う。


()()受け流された……!」

「だってそんな攻撃をまともに受け止めたら刀が持たないじゃない。温室育ちはその程度の事も解らないのかしら」

 片眉を吊り上げて顔を歪め、侮蔑の表情を形作る柳鶴。
 メディシスは内心、この女は他人の神経を逆撫でする訓練でも受けていたのではないかと邪推する。
 さもなくば生まれついての捻くれ者だったに違いない。柳鶴の毒舌は、ドルヒの冗談めいたそれよりも更に胸糞悪い。


「私より苦労しているとでもお思いでしたら、大きな間違いですわ。同情はしてさしあげなくもありませんけれども」

「はッ、じゃかぁしいわ。餓鬼に同情されるほど、世の中の大人は落ちぶれちゃいないわよ」

「快楽殺人鬼のどこが落ちぶれていないと?」

 味方の首さえ切り落とし、あまつさえそれを蹴飛ばして武器にする。
 魂の落ちぶれ方も酷ければ、神経の図太さも規格外だった。
 何より、同胞殺しを生業とするなどと。

「流石。仕事に貴賎を決めるのは温室育ちの特権ね。楼蘭にも居たわ。御多聞に漏れず乳臭い餓鬼だったけど」

「先ほどから餓鬼、餓鬼と……ボキャブラリーが足りませんこと?」

「しょーがないじゃない。馬鹿にも解るレベルの言葉で云ってるんだから」

「――減らず口を!」

 窓ガラスの枠ごと吹き飛ばしながら、壁に深い溝を作る程の一撃で横薙ぎに振り払う。
 縦より横のほうが回避し難いのは間違いない。そのまま柳鶴の右手に握られた刀の半分ほどを圧し折る。
 支えを失った刀身がきりもみし、軽薄な金属音と共に奥へと転がって行った。

「おぉ恐い怖い。あんた一人で建物が解体できちゃいそうだわ」

 が、刀を失ってもお構いなしに、次の一撃が飛来する。彼女の刀の本数はまだまだ余裕があった。
 振り切った後で咄嗟に回避ができず、髪が何本か床に散らばり、間髪入れずに蹴りが飛ぶ。

「痛ッ……」

 顔面に両膝を叩き込まれ、視界にノイズが走る。
 次の一撃を何とかカドゥケウスで防ぎきり、自動小銃を連射して威嚇する。

 決定打にはならないが、牽制としては問題ない。
 弾倉を空にする前に手探りでドアノブを廻し、手近な部屋に飛び込む。
 視界が回復した所でピンを外した手榴弾を置き、ソファの影へと走る。
 前転しながら弾倉を交換する頃には、手榴弾がドアごと付近の壁を吹き飛ばしていた。

 ドアの残骸の木屑が頬を掠めるのを無視し、通信機のスイッチを入れる。

「メディシスより戦車部隊へ。敵MAID出現により歩兵部隊が全滅。現在位置は手榴弾が炸裂した地点ですわ」

《ここからでもよく見える。こっちの敵さんは片付いた、って全滅?!》

「えぇ、残念ながら……そこでお願いがありますの」

 ドア付近にもう一発の手榴弾を投げ込む。弾き返されるのを警戒し、ソファから顔を出した上で。
 ――炸裂。とりあえず相手側も殺気を出しつつも、こちらの出方を窺っている様子だった。

 剣戟でも銃弾でも勝てぬなら、鉄拳で勝てる道理もあるまい。
 ならば……

「お願いがありますの。今すぐ大砲をブチ込んでいただけませんこと?」

《巻き添えを喰うぞ!》

「いいから早く!」

 ならば大砲ではどうか。
 いかなる剣術も、砲弾までは跳ね返せない。
 いかなる流儀も、爆風までは受け流せない。



「さっきから何をコソコソと話し――ッ?!」

 柳鶴が足を踏み入れるや否や、視界が閃光に焼かれた。
 轟音と共に付近のコンクリートが崩壊する。
 ざまぁみろ、腐れ外道め。グレートウォールならまだしも、この閉所では流石に避けられまい。
 崩れた壁を両腕でどかし、通路へと歩みを進める。
 遠くでは戦車隊が手を振っている様子が見て取れた。
 メディシスも手で挨拶を交わし、次のステージへと足を進めるべく、カドゥケウスと自動小銃の無事を確認する。
 我が友を救うために。



最終更新:2009年04月27日 21:38
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