仄暗い地の底を駆け抜ける人影が二つ、手に持ったたたいまつの灯火によって照らされている。
既に何時間走り続けたかは分からないが、それでもなお彼女たちの表情に疲労の色は見えなかった。その体力は、普通の人間を遙かに凌駕している。
そう、彼女たちは人間に仇なすGを討ち滅ぼすために創られた存在。人類最後の希望の灯火であるメードなのだから。
抉り抜かれるように掘られたこのトンネルは、明らかに人間の手による造物ではなかった。
数日前、突如として
エントリヒ帝国南西部に出現した巨大な未確認G―――通称「龍蟲」。
文字通り伝説に登場する龍のような体躯を持ったその巨大なGは、瞬く間に軍の駐屯地の一つを丸呑みにしてエントリヒ帝国上層部を混乱に陥れたが、その後パッタリと姿をくらましてしまったのだ。
この非常事態に際してエントリヒ帝国軍はすぐさま非常線を張り、
グレートウォール戦線に投入していたメードや、自前の
空戦メード隊も含めた大規模な捜索網を敷いたのだが、その行方はまったく掴めていない。
姿形も残さずに消え去った未確認G。しかし後に、その足取りの一端が掴まれることになる。
とある捜索隊の一隊が、地上にぽっかりと開いた大穴を見つけたのだ。穴の直径は約10メートル。
「これだけ長いトンネル……もしかしたら、私達が“当たり”を引いたのかもしれませんわねジーク?」
「ん……」
頷き返すジークフリート。
Gの通り道と思われる謎の大穴が複数発見されたため、エントリヒ帝国軍は少数精鋭からなる追討部隊を編成し、大穴の内部探索を命じたのだ。
彼の未確認Gはグレートウォール戦線を越えて、何の前触れもないままエントリヒ帝国内に出現した。
どのような方法で侵入したのか定かではないが、事態は非常に逼迫している。
これまでのグレートウォール戦線を軸に据えた、防衛戦略の再構築すら迫られかねないからだ。
それに不意打ちとはいえ駐屯地の一つを潰されたうえに、敵の正体もつかめないまま逃走を許したとなれば、エントリヒ帝国の威信に関わりかねない。
よって今はまず迅速に、極秘裏の内に事態の処理に当たる必要がある。
そのため追討部隊には丁度帰国していたジークフリートや、グレートウォール戦線のトップエース達も小数ながら投入されていた。
「……道が分かれていますわね」
洞穴内を進んでいた二人は、分岐路の前に辿り着いた。
全部で3つに別れた洞穴はどれもが真っ暗闇に包まれており、まったく先が見えない。
試しにメディシスは拾い上げた石ころを穴の中へ投げ込んでみたが、石の反響は広がる暗闇の中へと掻き消されていってしまう。
これではとても穴の深さなんて測れそうにはない。
「……一つずつ進んで行くしかないか?」
「そんな時間はありませんわ! 私たちがこうしている間にも、Gはどんどん遠くへ逃げ果せようとしているかもしれませんのに!」
もしこの洞穴が本当に未確認Gの通り道だとすれば、一刻も早く追い付かなければならない。
相手は軍の駐屯地一つを丸呑みにしてしまうような凶暴なGだ。ここで逃せばさらに大きな被害を招きかねない。
「ここは二手に分かれて進みましょう。 行き止まりにならそこはハズレ。 その場合は引き返して、別の道を進むということで」
「わかった」
「それでは御武運を……」
道が3つなのに対して、こちらの人数は2人なので、メディシスの選択は致し方がないものであった。
ジークフリートとメディシスは手分けして、それぞれの道の奥へと進もうとしたのだが―――
「―――ク―――さま―――!」
「?」
「ジークねーーさまーーー!!」
洞穴内に響く大音響と、近付いてくる松明の光に二人は振り返った。
ジークフリートは声を張り上げた。
眼前には、はぁはぁと息を切らせて肩を上下させている少女が一人。名をアースラウグという。
ジークフリートやメディシスと同じく皇室親衛隊に籍を置く彼女は、つい最近になって配属されたばかりの新米メードだ。
見た目は可愛らしい金髪の少女なのだが、この少女、他のメードとは少しばかり違った事情を抱えている。
メード開発の黎明期に誕生し、輝かしい戦果の数々からエントリヒ帝国の軍神とまで言われたメード、
ブリュンヒルデのエターナルコアを受け継いだ、いわゆる転生メードなのだ。
「えへへ……ねーさまのお役に立ちたくて、追ってきちゃいました」
純真無垢な瞳を向けられて、ジークフリートは頭を抱えた。
こういった感情の起伏が表に出てくる様は、普段クールなジークフリートからは中々想像しづらいものがある。
そもそもジークフリート、メディシス、アースラウグらは、最初3人一組で洞穴内の探索を行っていた。
しかし奥に進むにつれて洞穴が予想以上に深いことが分かり、“本命”の可能性が高まってくると、ジークフリートの判断でアースラウグを本隊への伝令役として引き返させたのだ。
そこにはジークフリートなりの配慮があった。訓練を積んでいるとはいえ、まだ実戦経験の無いアースラウグには、今回の未確認Gの討伐任務は荷が重すぎる、と。
そう思ったからこそジークフリートは、地上へアースラウグを引き返させたというのに……。
そもそもアースラウグに今回の任務参加を命じたのは誰なのか? ジークフリートにしてみれば、そこからして疑問だった。
権謀術数の渦巻く反皇帝派との政争に明け暮れる皇帝派が、“軍神の生まれ変わり”であるアースラウグの名に箔を付けるために、今回の作戦投入を決定したのか。
はたまたその逆で、反皇帝派が彼女の抹殺を謀るために、敢えて命を落とす危険性の高い作戦に参加させたのか。
―――思惑が何であるにせよ、気に食わない。
自分の与り知らぬところで政争の具にされているかもしれないと知ったら、純粋なアースラウグはどう思うだろうか。
「アースラウグ……」
「あ、大丈夫ですよジークねーさま。 伝令はちゃんと済ませてきましたから!」
「いや、そうじゃなくて―――」
「いいじゃない」
意に反して舞い戻ってきたアースラウグに戸惑うジークフリートへ、メディシスが合の手を入れた。
「これでちょうど3人揃いましたわ」
「メディシス!!」
ちょうど3人―――分岐した道の数も3つ。
メディシスはアースラウグを頭数に含めれば、一度に探索をすることが可能になる、と言っているのだ。
しかしアースラウグを戦力と見なしたメディシスに対して、ジークフリートが感情をあらわにして声を荒げた。
だが、メディシスも引かない。
「あなたの気持も分かりますけど、今私たちが為すべきは一刻も早くGを見付け出すことでしょう? 違いまして?」
「……」
ジークフリートは押し黙ってしまった。
メディシスの言うことは間違いなく正論であり、最優先されるべきはGの殲滅に他ならない。
アースラウグのことはも確かに大事だが―――堂堂巡を繰り返す思考の果てに、ジークフリートは決断した。
アースラウグとてメードの一人。それも嘗ての師、ブリュンヒルデのエターナルコアを受け継ぐメードなのだ。
そしてメードである以上、その身に課せられた使命の重さは認識しているはず。
大事なものを守るために、彼女もまた戦わなければならない。
「……いいかアースラウグ、危ないと思ったらすぐに引き返してくるんだぞ」
アースラウグの溌剌とした返事が、いつまでもジークフリートの心を揺さぶった。
~ルインベルグの乙女たち~
第4話:「勇気×幽鬼」
「ジークねーさま……アースラウグはきっと、ねーさまのお役に立ってみせます!」
木々の間から差し込む木漏れ日を見上げる少女が一人。黒い鎧姿に映える金髪の持ち主、アースラウグだ。
先刻の洞穴内で、ジークフリート達と別れて分岐路を進んでいったところ、いわゆる“当たり”を引いたのはアースラウグだった。
先の見えない暗がりの中を、ほんの僅かな松明の光を頼りに進んでいくうちに、アースラウグは地上へと出てきてしまったのだ。
そして血の臭いと瘴気に引き寄せられるかのようにして辿り着いた惨劇の村。
ペンキのようにぶち撒けられた赤と、死臭に満ち溢れた空間。生者の息吹が何処にも感じられない。全てが消え去った世界。
その光景はどれもが彼女の知る世界とは掛け離れていて―――アースラウグは嘔吐していた。
……これ以上、犠牲を増やすわけにはいかない。
今のアースラウグは、純然たる使命感に突き動かされている。
「―――動かないで」
「え?」
そんな折に耳元で、か細くて、今にも消え入りそうな女の声がした。
決意を新たにしていたアースラウグのこめかみに、突如として何かが突きつけられる。
肌にじわりと広がる、冷たい鉄の感触。
―――間違いない、銃口だ。
「……あ、あの」
「喋らないで。 質問は私がする」
銃口がより強くアースラウグに押しつけられる。
声の調子は相変わらずか細く、今にも消え入りそうな弱々しいものだったが、アースラウグはその言葉の奥底の部分に秘められた、言い知れないプレッシャーに気圧されていた。
……そもそも、いつの間にか隣に立たれていたというのに、アースラウグは相手の気配にまったく気付くことが出来なかった。
それに機関銃―――直接見てはいないけれど、突き付けられたバレルジャケットの太さから考えて大型のもの―――を片手で軽々と持ち上げる腕力……。
「あなたメードさんですか?」
相手の警告も忘れて、アースラウグは思ったままを口にしていた。
「……」
「やっぱりそうなんですね! あ、自己紹介が遅れちゃいました。 わたしアースラウグっていいます。 皇室親衛隊のメードです!」
沈黙を是と受け取ったアースラウグが、銃口を付き付けられていることも忘れて、饒舌に話しはじめる。
「皇室親衛隊……? エントリヒ帝国が何をしに来たの?」
「何をって、もちろんGを退治しに―――あれ?」
アースラウグは頭の隅に、何かが引っ掛かるのを感じた。
相手は今確かに“エントリヒ帝国が”とか言ったのだ。
「ここって、エントリヒ帝国じゃないんですか?」
「……違う。 ここは
ルインベルグ大公国。 エントリヒ帝国じゃない」
この発言によって、アースラウグの認識は根底から引っくり返された。
まさか国境を越えていたとは夢にも思っていなかったのだ。
銃を突き付けられるというシチュエーションにも関わらず妙に危機感が無かったのも、相手がメードで、メードであるならば皇室親衛隊の誰か―――つまりは自分の仲間―――であると思っていたからこそである。
「あ、あの、わたし……国境を越えてたなんて知らなくて……その……」
「……」
ここにきてアースラウグの混乱は極致に達していた。
どう説明すればよいのか言葉に詰まったアースラウグは、思わず声の主の方を振り返ろうとしたのだが、こめかみを銃口で小突かれて制される。
そんなアースラウグの様子を見ていた声の主は、彼女の混乱が本物であると理解していた。
最初は演技ではないかと疑いもしたのだが……
この様子ではいくら質問を投げかけても、まともな返答は期待できそうにない。
「―――もういい」
「へ?」
「あなたを拘束する。 武器を捨てて投降しなさい」
「な……!」
投降―――その一言でアースラウグは我に返った。
未だに頭の中の整理はついていないが、投降という単語の意味するところだけは、彼女にも明確に理解することができた。
つまり、自分は捕まるのである。
いつの間にか足を踏み入れていたという異国の地で。
名も知らぬメードに。
自分の使命すら果たせないままに。
「―――や、です」
「?」
「イヤです! ジークねーさまと約束したんです。 絶対にお役に立ってみせるって!」
アースラウグは叫んだ。
力の限り叫んだ。
「大人しく―――」
対して、業を煮やした声の主が、引き金に掛けた指に力を込めつつ、銃口をアースラウグに押しつけるが―――
「約束したんです! だから、わたしは、こんなところで立ち止まるわけにはいかないんです!!」
「!」
その刹那、アースラウグが振り上げた戦槍ヴィーザルの刃が、こめかみに突き付けられていた機関銃をはじき飛ばした。
アースラウグはすぐさま飛び退き、彼我の距離を離す。
そしてアースラウグは、この時になって初めて声の主の姿をその目に治めることができた。
透き通るような真っ白い肌の色。
肩まで伸びたプラチナブロンドの髪が、丈の長いワインレッドのメイド服に彩りを添えているが、力無く開かれたブルーの瞳は病的な雰囲気すら感じさせる。
「大人しくする気は……ないのね」
そのメードははじき飛ばされた機関銃を大して気にする様子もなく、悠然とアースラウグへ振り返り、肩に担いだ金色のランスを構えた。
アースラウグも身構える。
「めんどくさい……死ねばいいのに」
心底気怠そうに、吐き捨てるように呟いたメード。
しかしその踏み込みは、正に疾風怒濤。身に纏った怠惰な雰囲気とは真逆の、俊敏なものだった。
一寸反応が後れたアースラウグは、振り下ろされた金色のランスをヴィーザルで辛うじて受け止める。
次いでもう一撃、二撃、三撃―――本来は刺突武器である筈のランスが打撃武器として、大上段から次々と振り下ろされる。
「くぅぅ……!!」
―――重い。
打撃を打ち込まれる度にヴィーザルを支える腕が痺れて、全身の骨が軋む。
―――重い。
一撃を受け止めるたびに、体中から気力も、体力も、全部が削ぎ落とされていく感じがする。
―――重い。
ただ大上段から打ち込まれているだけだというのに、連撃の間合いから抜け出すことができない。
呼吸すら、瞬きする暇さえ見出せない。
―――重い。
この一撃を喰らったとき、自分の魂は肉体に永遠の別れを告げることになる。
そんな確信めいたものが頭を過る。
「……」
しかしアースラウグが何よりも戦慄したのは、敵メードの攻撃ではなく、彼女の湛える表情そのものだった。
怒りも、苛立ちも、悲しみも、喜びも、愉悦さえも―――敵メードの表情からは何も見て取れない。
生気すら感じられない、無機質な瞳が唯々まっすぐにアースラウグを捉え続けている。
まるで石膏で塗り固めているかのような無表情と、熾烈極まりない攻撃の連鎖。それでいて伸し掛かる、歴戦のメードのみが持ち得る経験と気迫。
アースラウグにとってそれらは、今まで味わったことのない、なににも変えがたい恐怖だった。
「怖い……?」
ゾッとするような冷気を孕んだ呟き。
心の内すら見透かされているような気がして、アースラウグはさらに動揺した。
しかし、
「なら―――大人しく、捕まって」
続いて紡がれた言葉に、アースラウグは正気へと引き戻された。
瞬きの瞬間、彼女にとって何よりも大切なモノが目蓋の裏に浮かぶ。敬愛して止まないジークフリートの顔が。
それまでアースラウグの心を鷲掴みにしていた恐怖が、焦燥と使命感へ塗り替えられる。
見開かれたアースラウグの瞳からは一切の曇りが取り払われ、今までにない力強い瞳力が宿る。
恐怖によって知らずのうちに硬直していた筋肉が、柔軟性を取り戻していく。
「負けるかぁぁぁぁぁ!!!」
鍔迫り合いから一転して、防戦一方だったアースラウグのヴィーザルが、金色のランスを払い除けた。
豹変し、明らかに膂力を増したアースラウグ。その明らかな変化を認めた敵メードの表情に、僅かながら困惑の色が混じる。
攻守一転し、アースラウグは止まらない。
飛び退いて距離を取った敵メードを逃がすまいと、果敢に接近する。
対する敵メードは金色のランスを真っ直ぐ前方に掲げて迎撃態勢を取った。リーチでヴィーザルに勝っているのだから、アースラウグが自ら接近してくるのであれば、それを待てばよい。
しかしながら敵メードの間合いに到達する前に、アースラウグは踏み止まった。ヴィーザルが勢いよく地面に突き立てられる。
「―――?」
その意図を計りかねて逡巡した敵メードをよそに、アースラウグは踏み込みからの急停止によって生じた遠心力を加えて、渾身の力で、ヴィーザルを地面に突き刺したまま振り回した。
ヴィーザルの切っ先が地表を疾り、捲り上げられた土と飛礫が敵メード目掛けて飛んでいく。
(―――目潰し!)
敵メードは咄嗟に構えを解いて目を庇うが、すぐにこれが誤りであったと気付いた。
瞬間、体勢を崩した敵メードに向かって、アースラウグは疾駆していたのだ。
慌ててランスを構えるものの、十分な防御態勢を取れないうちに、渾身の斬撃が見舞われる。
「やぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「くッ―――!」
敵の防御を緩ませた後の、本命の一撃。
斬撃そのものはランスによってガードしたものの、衝撃を堪え切れなかった敵メードは後方に弾き飛ばされた。
地面に投げ出された格好の敵メードに、尚も飛び掛かるアースラウグ。
「これで終わりィッッッ!!」
跳躍したアースラウグが、敵メード目掛けてヴィーザルを突き出す。
もちろん命まで奪うつもりはなかった筈だが、今の箍が外れた状態のアースラウグは、殺ってしまいかねない程の気迫に満ちていた。
しかし―――命を刈り取るべく迫るヴィーザルの刃を前にして敵メードは……薄ら笑いを浮かべていた。
「―――!」
その僅かな微笑にアースラウグが気が付いたとき、彼女の体は制御を失って地面の上を転がっていた。
受身も取れないまま落下したアースラウグ。
したたかに地面へと叩き付けられた衝撃で、肺の奥からひり出された空気が、声にならない声となって漏れ出す。
無我夢中で起き上がろうとするが、うまくいかない。力を込めているのに腕が一向に動かない。
アースラウグがふと目線を落とすと、鈍色に輝く鉄鎖に、がんじがらめに巻き取られた自分の身体があった。地面に突き刺さった鉄鎖の先端には、敵メードの物と同じ、金色のランスの一部が接続されているのが見える。
「え、なに―――?」
何が起こったのか理解できていないアースラウグを尻目に、悠然と立ち上がった敵メードは、アースラウグには目もくれず、視線を彼女の後方へ。
元の無機質な表情に戻って、ボソっと呟いた。
「来るのが遅い……」
「いやぁ、悪ぃ悪ぃ」
そう言って現れたのは敵メードと同じワインレッドのメイド服に身を包んだメードだった。
包んだ、とは言うが、シャツは豊満なバスト部分を強調するようにはだけられ、すらりと伸びた長身と、ざんばらに伸びた緑色の髪からは、厭世的な雰囲気を放っている敵メードとは真逆に、随分と開放的な印象を受ける。
「でもさ、あんまり早く登場してもさ、なんていうのかな、こう―――ありがたみってヤツがないじゃん?」
「……ウソツキ。 もっと早く手伝ってくれるって言ったのに」
「うっ……」
うろんなじと目を向けられて、一歩後ずさる長身のメード。
無愛想な態度は相変わらずなのだが、僅かばかり感情の起伏が感じ取れるのは、この長身のメードが彼女にとって、心許せる数少ない存在なのだからだろうか。
「
ネメシアのウソツキ。 ウソツキ、ウソツキ、ウソツキ―――」
「あいたっ!? 痛いって、痛いから!やめて
タンジーやめて!」
タンジーと呼ばれた敵メードが、手にしたグングニールでゴンゴンとネメシアの頭を叩く、叩く。
ネメシアはというと、痛い痛い言いながらも、多少は罪悪感があるのか、両手で頭を抱えながら、甘んじてタンジーの抗議を受け入れていた。
場の雰囲気が、先程までの殺気立っていたものとはうって変わって、微笑ましい姉妹喧嘩のような様相を呈していく。
「あ、あの~」
頭越しに行われる二人のやりとりを、しばしの間ぼーぜんと眺めていたアースラウグだったが、我に返って口を挟んだ。
その声にタンジーとネメシアがぴたりと動きを止めて、はっとした表情でアースラウグの方へと振り向く。
どうやら本当に頭の中から彼女の存在が抜け落ちていたらしい。
「……わすれてた」
「そんな!?」
てへっ、とタンジーが舌を出した。
うろんに開かれた半目とその無表情っぷりとが相まって、白々しい態度に拍車が掛かっている。
自分は縛り上げられたり、そのまま地面に転がされたり、散々な目に合わされているのに!と、アースラウグはショックを隠せない。あんまりだ。
「悪いねお嬢ちゃん。 こいつは何時もこんな感じなんだ。 悪気はない(?)から許してやってちょーだい」
「はぁ……」
ネメシアができたてほやほやの、頭のでっかいたんこぶを意に介することなく、アースラウグに笑いかけた。
そのままアースラウグに近付くと、地面に転がった彼女に巻き付いている鎖を掴み、身体を起こしてやる。
アースラウグがきょとんとしていると、ネメシアがずいっと顔を近づけてきた。
近い。すんごく近い。
「あいつ不器用だからさ、こんなことになっちゃったんだけど―――いて! あたしらも真剣だったんだよ。 コトがコトだからさ」
諭すネメシアの頭が、グングニールでゴンと小突かれた。
タンジーが「余計なことを言うな」的な表情で無言の抗議をしているが、ネメシアはそれに構わず話し続ける。
彼女は知りたかったのだ。村の方角からやってきたアースラウグが見てきたものを。今あの村で何が起きているのかを。
「だから、あたしらに教えてほしいんだ。 あんたが見てきたものを。 あんたが知っている全てを」
関連項目
最終更新:2009年06月08日 23:09