コズミック・ボンバードメント

(投稿者:神父)


それは、遅かれ早かれ必ず起こる事だった。
五万年前、現在のアルトメリア連邦トゥーランに差し渡し20mほどの天体が落下し、直径約1.5kmのクレーターを形成した。
400年前、現在の大華京国西馬自治区に総質量1000kgになる天体郡が落下し、三万ヘクタールの土地を徹底的に蹂躙した。
50年前、現在のザハーラ共和国アルコバール近くにニッケル系隕石が落下し、同都市は350kmの差で破壊を免れた。天文学的には誤差の範囲である。

そして1945年現在。
グリーデル王国ブレリッジ天文台において、一枚の天体写真が撮影された。
双子座をほぼ中心に捉えたその写真は、素人目にはありきたりの夜空としか見えないだろう。
が、ともすれば感光作業中についた傷と間違えかねないような小さな白い点が、この地上に極めて重大な影響を及ぼす可能性があった。
その天体を発見した天文学者は即座に権威筋へ通報し、何らかの対処を取る事を求めた。また、彼は同時にその天体の軌道要素を計算していた。
天体───マハーラの伝承に言う破戒王、「カーリダーサ」の名を与えられた───は、彼の見立てが正しければ直径20から30m、
その質量は十万tを超えるものと推定され、陸地へ落下する事になれば五万年前のトゥーラン・クレーターに匹敵する被害を生ずる事になる。

だが、彼がカーリダーサの軌道を計算して追加の報告を送ると、政府の反応は突然に鈍いものとなった。
カーリダーサは、今やGの巣窟と化したバストン大陸へ落下し、その周囲数十kmの範囲を焼き払う。そうなれば、結果的には人類の利益となるのだ。
故に、人類の主導者たるG-GHQはこの大いなる鉄槌に対し、積極的に手を出そうとはしなかった。



グスタフ・グライヒヴィッツがその報告書を受け取ったのは、G-GHQに遅れる事一週間後であった。
彼ら軍事正常化委員会が非合法の組織であり、水面下での活動を余儀なくされている事を考慮すれば当然の事だったが、それでも彼は苛立っていた。

「隕石だと。まったく馬鹿げている……調査隊の一つも送らんのか、奴らは?」
「そのようです」

報告書を携えて執務室へ現れたフィルトルは、淡々と答えた。
総統が苛立っている時は同情的な態度を取ったり、励ましたりすると逆効果だという事を彼女は学んでいた。
もっとも、それ以前に彼女は誰かを励ますという事が苦手だという事情もあったのだが。

「アルトメリア支部へ繋げ」
「は。……調査隊を出させるおつもりで?」
「当然だ。Gがそもそも何であるのか、我々にはわかっておらんのだぞ。隕石を叩き込まれた後に奴らがどんな反応をするのか、皆目見当もつかん」
「しかし、通常兵器による攻撃が成果を挙げているのですから、隕石による被害も常識的なものになるのではないでしょうか」
「結果を見るまではわからん。だが、もしそうだとすればそれはそれでよい。我々は義務を果たした事になる」
「……承知致しました」

フィルトルは硬い表情のまま執務室を後にして、連絡をつけに出て行った。
グスタフは机の上に両肘を突き、手を組み合わせてしばしの黙考に沈み込んだ。

……Gがこの世界に突如として出現し、またそれに対抗しうるMAIDなる存在が公表された時、彼が抱いた印象は不信感であった。
尋常ならざる存在、既知の科学/技術体系からかけ離れた突然変異的な異物、超常的な何か。
その不信感のために、彼はあえて国防三軍にMAIDを大々的に運用させようとはしなかった。
そしてその代わりに、あのテオバルト・ベルクマンはSSによるMAIDの一括運用を認めさせた。
命令系統は統一されていた方がよい。その点に関してはグスタフも同意し、テオバルトの手助けすらした。

「だが、今となっては……」

他に誰もいない部屋で、冷え切った空気に向かって彼は呟いた。独り言を口にしていた事に気付き、かすかに首を振る。

MAIDたちは着々と戦果を挙げ続け、戦場にも馴染んでいった。
それでも不信感を拭えなかったグスタフは、MAIDに関する技術がどこから出来したものであるかを密かに調べさせていた。
そしてある日、彼は答えを手に入れた。あまりに常軌を逸した、とても正気の人間がやる事とは思えぬ現実を。
テオバルトについては、政界入りした当初から信用ならないとは思っていた。それでも彼は職務に熱心であり、また忠実でもあった。
いつ、どこで道を間違えたのだろうか。人類の存在すら危険に曝すような選択をするなど。

グスタフ・グライヒヴィッツはいつ何時であろうとも行動の人であった。
それゆえに批判を受ける事も多かったが、彼には間違いなく一貫した論理があり、人としてあるべき倫理を持ち合わせていた。
彼はこの馬鹿げた現実を無批判に受け入れる事などできるはずもなく、苦慮の末、クーデターという選択肢を取った。
そして今、彼と彼に同調した人々は敗れ、消え去ろうとしていた。彼が計画した通りに。

彼らの言う特定MAIDの基準とは、すなわち排除の難度である。
人類がGを排除したとて、その後には味方であったはずのMAIDが脅威と化す。人類自身の手によってだ。
MAIDが人類間の戦争に持ち出される前に、MAIDそのものを削減せねばならない。
ジークフリートを持ち出したのは、彼女があくまで人類に忠実であるからだ。戦果などおまけのようなものに過ぎない。
戦争が終わる前に一体でも多くのMAIDを排除し、戦後に備える。それが彼の第一の、そして恐らくは叶わぬ目標であった。

ではもう一つの目標はと言うと、そもそもMAIDが脅威になりうるという事実を市井に広めるという事であった。
これはある意味では非常に容易であった───単に、正規軍を相手取ってMAIDを用いた戦闘行為を行えばいいのだ。
とはいえ、このやり方に関しては彼の良心が少なからず痛んだ。彼にとって、いや、軍事正常化委員会にとって人類は敵ではありえないはずだ。
そして、そのようなまともでない手口に走る人間は排除されねばならない。
成功の見込みなどまるでないクーデターを起こしたのは、そのような危険人物を集め、当局の手に委ねるためでもあった。
……彼自身も、いつか正当な裁きの場に引き出されねばならないだろう。そして、真意のすべてを腹に収めたまま、処刑台に消えるのだ。
それでいい。人生が欲求と自己満足の連続に過ぎないならば、後世の人々に評価される必要などどこにもない。ただ、やるべき事をやって死ぬだけだ。
もっとも、自らに課した義務をやり遂げる事が出来るかどうかと言えば、それはほとんど不可能に近い。

すべてのMAIDと刺し違える( ・・・・・・・・・・・・・・ )、それが彼の最終目標だ。

「───閣下。総統閣下?」

物思いから覚めると、不審げな表情のフィルトルが目の前にいた。直立不動のまま具合を尋ねるというのはいかにも彼女らしい。

「……戻ったか」
「はい、先ほど。その受話器に───」

目で執務机にある黒塗りの電話機を示す。

「───繋がっておりますので。よろしければ、私はお邪魔にならぬよう失礼致しますが」
「ご苦労、下がってよい───いや、少し待て」
「何でしょうか」

回れ右をしようとした状態から、フィルトルが視線だけを送ってよこした。元々の目つきが悪いおかげで、睨みつけられているような気がする。

「もし死ねという命令が下された時、お前はどうする」
「……どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だ。フィルトル、お前は命令で死ぬ事が出来るか?」
「……」

フィルトルはしばし考え込んだ。心なしか目の下の隈が深くなったようにも見える。

「……その命令が必要であり、適切だとすれば、従います」
「その基準は?」
「総統閣下の命令であるか否か、です」
「なるほど。……よろしい、下がれ」
「は」

フィルトルが退出したのを確認し、グスタフは受話器を取り上げる。
扉が閉まるその瞬間、幻視がよぎった。白い異界。緑の世界へ押し入り、侵食する無生命。白骨の色、凍原の色。
彼が死に見入っていると、受話器の向こうから空電交じりの声が聞こえた。

「失礼ながら、合言葉を」
「……生命推力( ヴ ィ リ デ ィ タ ス )

あの異界の向こうには無限の可能性が秘められていると言うが、その可能性たちの中に、どれだけの破滅が含まれている事か。
彼は強く目を閉じ、幻視を意識から追い出した。



最終更新:2009年10月25日 23:43
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