Chapter 2-2 : Excuse for them

(投稿者:怨是)



 1945年2月26日。
 かつて皇室親衛隊主導の攻撃作戦によって、ルージア大陸戦争以来の大打撃を受けたライールブルクは、今や順当に復興しつつある。
 軍事正常化委員会復活の報せを受けた住民達が親衛隊側の駐留部隊を退け、古巣は再び彼らの手元へと戻った。
 駐留部隊によって建てられたジークフリートの銅像はそのままに。ただし、委員会を糾弾する内容の碑文は削られて。

 グスタフ・グライヒヴィッツ総統とフィルトルも再会し、逃げ延びていた他の所属MAIDもほぼ完全に揃った。
 負った傷こそ浅くはないが、軍事正常化委員会はまだ戦えるのだ。


 かつての古巣だった営舎の一室にて、フィルトルは入隊報告書に判を押しながら目の前のMAID――マーヴと、机に並べられた調査書を交互に眺めていた。
 素行不良、特殊能力持ち、正規軍所属時代は特殊装備所持と、思わずビンゴと叫びたくなる程の内容を、飲み込むべきか否か。
 人事部からは、既に事前審査を全て終えたと云われている。フィルトルの仕事と云えば、形式上の判を押しながらこのMAIDと挨拶を交わすくらいのものだった。

「……入隊理由について説明しなさい」


 少し以前に、シリルというMALEが入隊した。調査書によると、劣等感によるものだと説明されていた。
 フィルトルはその時、胸中で率直な感想を述べた。いつから軍事正常化委員会は、はみ出し者の駆け込み寺になったのだろうかと。
 大方、このマーヴというMAIDも似たような理由でここへ訪れたに違いなかった。
 貴重な即戦力とはいえ、思想が組織の意義に傷を付けはしないかという疑問だけは残る。
 既に形骸化して久しいものの、フィルトルの関わる事のできる範囲だけでもある程度の筋を通したいというのは我侭なのだろうか。
 マーヴが俯きながら、言葉少なにぽつぽつと口を開く。

「周囲が、アタシを最強のMAIDに仕立てようと躍起になってて、それで、アタシは耐え切れなくなった」

 なるほど、動機としてはそれなりに素質はあるとも云えた。フィルトルは緩慢に頷く。
 が、マーヴには覚悟が足りないのだ。これが義憤、例えば「そのような体制を正す手段を軍事正常化委員会から見出した」と云うのであればまだ良かった。
 その発言自体でなくとも類似する、気概のある態度があったのならば。だが、彼女にはそれすら無い。

 EARTHのMAID技師の権威であり、アルトメリア支部の創設に関わったレイ・ヘンラインの推薦だからと少しは期待したが、結局マーヴは目先の駆け込み寺を探していただけだ。
 その上、初陣で失禁するという痴態を晒すとは。フィルトルは実際にその様子を目の当たりにはしていないが、当日に帰還したマーヴの服の濡れ方から一目で解った。

「それで貴女はレイ・ヘンライン教授の甘言に惑わされて我が組織へと身を移し、挙句、戦闘行動に恐怖し、失禁した。
 当日の作戦終了時は屋根の上に居たとの事ですが、どのような意図があったのです」

「……ひ、人を殺すなんて、アタシは、そこまでやるとは思っちゃいなかったんだよ!」

「Gに殺された死体くらいは何度も目にしていた筈です」

 フィルトルにとって、情状酌量云々といったものは自身の領分ではないと考えていた。
 マーヴの数々の行動に止むを得ぬ理由とやらがあったとしても、それが甘えを正当化させる口実にして良い筈が無い。
 以前とある将校に「お前は憎まれ役にうってつけだ」などと嫌味を云われた事もあったが、いかなる人材であろうと毅然とした態度で臨むべきだ。

「でも、人が人を殺すのは、見たことが無かったんだ」

「あちらが敵対行動を取る限り、否が応にも引き金を引かねばなりません。そういった機会は少ないとしても、慣れるよう心がける事。いいですね」

「そんな……少ないなら尚更慣れるなんて無理じゃないか、だって」

「反論は許可しません」

 マーヴの口ごもる様子に、フィルトルは人差し指の爪で何度も机を弾いて応じた。
 この汚濁の経歴に満たされた空戦MAIDの唯一の救いは、恐らくは対G戦闘の成績が平均値を維持している事だ。
 少なすぎても戦力としては欠陥があり、多すぎても組織のバランスを損なう恐れがある。

 軍事正常化委員会は本来MAIDを不要とするのではなく、あくまでMAIDに依存しすぎない戦いを模索し、それに基いて周囲に提案し教導せねばならない。
 これは組織の頭首たるグスタフ・グライヒヴィッツの思想だった。フィルトルもそれを遵守し、それに準拠し続けるべきだと考えている。
 組織内には不要論を唱え続ける者も少なくはないが、フィルトルにとってはそのような急進的な理論こそ本末転倒であった。

 そも、ボーダーラインとはバランスを保つためのものである。
 帝都栄光新聞は、先のFrontier of MAID襲撃作戦を「MAIDを全滅させる事によって利益を生じさせるための行為」などと報じた。
 否。そうではない。かのイベントに展示されたMAID達は思想、運用方法、装備、その他様々な面に於いてあまりに非現実的なものだけが揃っていた。
 彼女らに関して軍正が攻撃に至る為の、確固たる論拠を周囲に説明しうる資料が幾つも存在する。この組織は事前に各国にも警告を続けた。にもかかわらず、各国首脳は警告文に見向きもしなかったのだ。
 視線を遠くへ遣り物思いに耽っていると、マーヴが遠慮がちにこちらを覗き込んでいた。

「アタシゃ、これからどうなるんです……?」

「ヘンライン教授がアルトメリア支部の所属ですから、貴女もそこに配属となります。人事部は、当面は彼の目の届く範囲へ置くのが妥当との判断を下しました」

 そこまで云い終えてから、マーヴに書類を差し出して部屋の外へと案内する。
 挨拶もそこそこに済ませると、廊下で待機していた二人の兵士がマーヴの横に立ち、そのまま彼女を連れて去って行く。

 部屋へ戻ったフィルトルは再び椅子に座り、書類を束ねつつ大きな溜め息をついた。
 後は人事部の仕事だ。彼らが資金面や航空機の状況を鑑みて然るべき便を選択し、マーヴをアルトメリア支部へと送るのだろう。
 マーヴをアルトメリア支部に配属させるほうが合理的であるという人事部の見解は、フィルトルから見ても同意できた。

 マーヴのこれからの活躍如何で、彼女に対する組織の評価は幾らでも変わる。
 しかしそれを差し引いても彼女はフィルトルにとっては相容れぬ部分が多すぎ、結果として辛く当たり続けて双方の神経をすり減らしかねない。
 不毛な軋轢を続けるよりは、信用に足るかどうかはさておきレイ・ヘンラインの居るアルトメリア支部に置いたほうが動かしやすいのは間違いないのだ。
 ぬるま湯に慣れていた彼女の事だ。この組織に来た以上、毎日何ガロンもの泥水を飲まされるのはアルトメリア支部であろうと同じだろう。
 否、飲まされ続けねばならない。あらゆる病原菌を取り除き、在るべき形へと戻すためには、まずはこの組織が示しをつけるべきだ。


「……総統閣下がお戻りになられる前に、紅茶でも飲もう」

 何にせよ一服入れる時間が欲しい。ゆっくりと感傷に浸らねば、ここ数週間の激務に身も心もやつれるばかりだ。
 立ち上がり、机を見下ろせば、雑然と積み上げられた書類の山脈がフィルトルの精神を磨り潰そうとその威容を惜しげもなく振りかざしていた。
 複雑な思考はいつの日も突然訪れるものである。俄かに熱を帯び始めたこめかみを指で押さえ、眉間の皺を深める。
 何かを睨んでいないと立って歩く事もままならない性分は、自分でも対処に困った。


 代用紅茶を湯で溶かしていると、窓や屋根を小さく叩く音が断続的にフィルトルの鼓膜へと届く。
 やがては断続から連続へと変わり、それから程なくして彼女は雨が降り始めた事に気付いた。
 雨が屋根を叩く時に発せられる、あのか細い打撃音は指の爪で机を弾く音色によく似ている。

 紅茶を片手にカーテンを開き、雨の降りしきる窓の外を眺めた。
 町の所々の建築物は、その内装や骨組みを痛々しく露出している。
 この町への攻撃を指示したのがあのギーレン宰相だと聞き、多くの者が恐怖に打ち震えた。
 彼は些かの容赦と感情を見せる父親、マクシムム・ジ・エントリヒ皇帝とは違う。その政策は合理主義に基いた冷徹なもので知られている。
 にも関わらず、徹底攻撃によって一夜でこの町を地獄の業火に叩き込んだのは、他ならぬスィルトネートが引き金だったという。
 スィルトネートの捕縛作戦を考案した幹部はもう居ない。名の知れた幹部の殆どが、皇室親衛隊の公安部隊の手によって投獄された。
 彼らのその後の行方はフィルトルも知らされていない。恐らくは“正統なるエントリヒ国民を自称する者らにとっての悪”に相応しい末路を遂げたのだろう。

 歴史の教養を多少なりとも積んでいれば、ルージア大陸戦争の前例から戦犯の扱いがどのようなものであったかを窺い知る事が出来る。
 あの戦争ではグリーデル、エテルネ、ヴォストラビア、アルトメリア、レベルテ、楼蘭が協商側として。
 ベーエルデー、ルインベルグ、バイザント、ダキア、そしてエントリヒが同盟側として手を結んでいたという。
 同盟側のエントリヒ皇帝が休戦協定及び講和条約を結んだ事で戦争は幕を閉じたが、結果として同盟側は全て敗戦国となった。
 莫大な賠償金を支払い、軍事裁判によって一部の将校らは戦犯として裁かれた。戦犯に下された判決の殆どは、銃殺刑だった。

 今のエントリヒ帝国における処刑方法のトレンドは絞首刑らしい。銃殺よりも残酷との理由で採用されたのだと、兵士達の井戸端会議から小耳に挟んだ。
 そうなると、元軍正幹部の面々も絞首刑に処されてしまったのだろうか。
 せめて銃殺であったなら、兵士として死ねた。絞首刑は、ただの犯罪者の死に方だ。
 彼らの死を悼む暇は無いが、フィルトルとてそれなりの情と云うものは持ち合わせている。

 ライオス・シュミットのようないけ好かない男とて、今思い返せば悪くは無い人格者だった。
 組織の方針にまで踏み込むほどの口煩さは閉口したが、総統が彼を高く評価したのも頷ける程度の素養は持ち合わせていたように思える。
 あの8月末の夜、シュミットは騎士道精神を以ってしてフィルトルを守り通した。
 その後の行方は知らないが、組織の残党狩りが今まで本格的に行われなかった所を鑑みるに、彼は守秘義務も遵守したのだろう。
 MAIDシュヴェルテはあの逃走劇の数時間前に、列車砲から川へと転落、死亡したという報告を受けた。
 柳鶴はそれよりも更に以前に、戦車砲の直撃を受けて死亡したという。死体も残っていないらしい。
 他にも挙げればきりが無い。が、割り切ってしまえばそれまでだ。

 世界中の多くの人々は彼らの死をどう見ているのだろうか。
 この組織の人間が死んだところで、自業自得などと嘲うのだろうか。


「死者との接し方はおろか、私には生きた仲間との接し方すら未だに解らない」

 雨音に紛れ独白する。誰も答えなかった。
 その場に誰かが居たところで誰も答えようの無い類の問いである事もまた、彼女は知っていた。



最終更新:2009年11月17日 17:57
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