(投稿者:怨是)
「は」
ガレッサと呼ばれたMAIDはつい先日まで、外交官らや総統直近のMAIDである
イレーネに同行し、交渉の為に
ベーエルデー連邦へ赴いていた。
彼女は物憂げな表情を浮かべながら報告書を提出する。
内容は、ベーエルデー連邦の辺境にて発見された“目標”を回収すべく連邦の政府高官と三度目の交渉を行うも、失敗に終わったというものだ。
「報告の詳細は、ご覧の通りです」
平時におけるガレッサの任務は、他の黒旗所属MAIDとは一線を画している。
1943年以降、彼女の古巣である
エントリヒ帝国皇室親衛隊にて『バーツナー型交渉形式』と呼ばれる新たな交渉方法が編み出された。
互いの勢力のMAIDを丸腰の状態で部屋の角に置き、人質とする交渉形式である。通常は公平性を期して何らかの仲介組織を呼び寄せ、両者を監視させる。
無論、交渉中に妙な動きをすれば、動いた側のMAIDが射殺される。今日における貴重な戦力たるMAIDを失えば、その損失は非常に大きい。
ガレッサはこの人質役として外交官達に同行し、黒旗の“理智の顔”となり、つい以前までベーエルデー政府の重鎮達とこの形式で交渉していた。
彼女はそこそこの稼動年数を重ねているために落ち着きもあり、その上、離反前――皇室親衛隊に所属していた頃――の実績もある程度諸外国に知れ渡っている。更に云えば組織的にも信頼が厚く、外交担当としては適任とされている。
「先方は依然として目標の受け渡しを拒否。相手方の人質は前回、前々回に続き、
キルシーというMAIDです」
キルシーは
マーヴと同じくタイフーン計画によって生まれたMAIDの一体で、現在はベーエルデー連邦の軍事顧問かつルフトヴァッフェの総司令官たるカラヤ・U・ペーシュの側近として仕えている。そのような重役であるから、人質として差し出すのはある意味で丁重な扱いとも云えたが、大層な怪力と暴れ癖で知られる難物であり、とうてい交渉の場に出すべき手合いではない。
彼女が出てきた時点で既に交渉は決裂しているのではないかという意見すら、周囲からは出ていた。
ガレッサも、彼女が嫌いだ。あの怪力は制御装置によって人間並の身体能力まで抑えているものの、何かの弾みでその制御を外してしまえばこちらの命が危ない。その上、傲岸不遜にして慇懃無礼なあのMAIDは稼動年数にして三歳程度でありながら、六歳のこちらを見ては、退屈そうな表情で無言の問いかけをするのだ。問いかけの内容までは解らないが、年長者を敬う心など毛頭無いといった風情が何よりもガレッサの気分を損ねた。
あれは、自分に並ぶ奴が世の中に存在しないと確信しきった手合いだ。三度も顔を合わせては、いい加減こちらの気も滅入る。
「……」
報告書を受け取ったフィルトルからは、労いの言葉は出ない。
対するガレッサも、別段それを期待してはいなかった。彼女にとっては、労いとは確かな成果を挙げた時に賜るものだ。
フィルトルは報告書の束を食い入るように見通す。途中のページを何度も往復する度、彼女の眉間に皺が刻まれた。ガレッサは堪りかねて口を開く。
「先方いわく、帝国が一度見捨てたものをベーエルデー連邦が引き取ったも同然であり、それを今更返す道理は無いとの事」
さる目標の素性について、エントリヒ帝国皇室親衛隊がかつて捨て駒にした者だ、と隣国のベーエルデー連邦の面々は断定した。
何故彼らがそれを知っていたのかは、ガレッサもフィルトルもある程度までは察している。
「既に親衛隊側も、目標摘発の動きを見せているそうではありませんか」
報告書のページの一つを、フィルトルは冷ややかな眼差しと共に、爪で弾いて示す。
目標と云うのはとある一体のプロトファスマを指している。名は解らないが顔は判っている。親衛隊側のMAIDから出てしまったものであるから、彼ら皇室親衛隊も血眼になって探しているのだ。
「今回新たに入手した情報によると、親衛隊の外交官も以前から何度か交渉を行っているようです。数にして七回。1944年春季から極秘裏に行われていたものも含めればそれ以上かと。
ただ、皇帝派か宰相派のどちらなのかまでは、まだ判明しておりません。外交部からの言伝ですが、追って調べるとの事です」
――考えようによっては、私は古巣の尻拭いの片棒を担がされているのか。
元皇室親衛隊のガレッサにとって、これほど迷惑な話も無い。人伝に聞いた程度ではあるが、303作戦についての知識が彼女にはある。プロトファスマの一体はそこから生まれたという説もある。親衛隊側も身内の錆をこれ以上広めたくないのだろう。何せ、303作戦は表向きには存在しない作戦であり、口に出す事も憚られる、いわゆる禁忌だ。故にガレッサも口外しないで居る。
ガレッサはその致命的な事実を隠しつつ、溜め息混じりに方便の為の泣き言を混ぜた。
「……とんだ巻き添えをこうむったものです。お陰で彼奴めは懐に財を溜めるばかり。
このままでは将来、経済的な面を切り口に人類が蝕まれるのは時間の問題かと」
「それを知りながら」
フィルトルは片眉を上げる。たった一言を放つその口元の歪みが、彼女の苛立ちを如実にあらわしていた。
ガレッサが口ごもるや否や、フィルトルはいよいよ怒気を露わにし、
「Frontier of MAID襲撃作戦によって、我が組織が多数のMAIDと互角に渡り合える事も証明済み。更に、総統閣下直近のイレーネもつけた破格の待遇です。
にも関わらず進展は一向にない! どのように交渉したら、このような白紙も同然の報告書を提出できるのですか!」
と、一気に捲くし立てた。うなじが焼けるほどの声音にガレッサも肝を潰され、かぶりを振って反論する。
「しかし、かの国は小国ながらおよそ100体ものMAIDを保有しています。解決を焦って下手を打てば我々が潰されかねません」
ベーエルデー連邦は議会一致でMAID依存の経済政策を採っている上、連邦側の企業は皆、こちらに比べれば規模こそ小さいものの自主独立を貫き通す強豪達であり、更には政府が全力で経済的援助を行っていた。対して黒旗とパイプのある企業はどちらかと云えば反MAIDの姿勢が強い為に、企業を用いた懐柔工作も難航を極めるだろう。情報操作もまた、かの国に比べるとこちらが不利だった。慎重に手立てを考える必要がある。
「ガレッサ。反論は許可しません。ベーエルデーとは敵対関係にありますが、我々は帝国の領土に居ます。彼らが無闇にこちらの本拠地に対し総攻撃に出れば国際世論が難色を示すでしょう」
「それは存じております、ですが……」
クロッセル連合諸国が主立った攻撃手段をとらなかったのは、エントリヒ帝国の領土に土足で踏み込む事への躊躇があった。何せ、対G戦線ではない。戦線から離れた市街地である。
「問答無用。上層部は、次の作戦を既に準備しています。3月3日、当該区域にて強行偵察を行う予定です」
「――え?」
同様の理由で、ガレッサは背筋を冷やした。ただでさえFrontier of MAID襲撃から日が浅く、諸国は黒旗に対し並々ならぬ感情を持っているであろうこのご時勢に、わざわざ挑戦的な行動を取る必要が何処にあろうか。
いかに地下組織とは云えど、そのような真似をすればベーエルデーへの
宣戦布告と同義ではないか。
「そ、それこそ本末転倒はありませんか! 下手に刺激すればまたライールブルクを追われる事になります」
「上層部の決定です。私達MAIDが口を出せる問題ではありません。それに、先手は打ってあります。
先日、外交部の他の人員がクロッセル各国の同志を通じて、G-GHQに書類を提出しました。この件の交渉はもう不要しょう」
そう云ってフィルトルはG-GHQに提出したらしい書類のコピーを手渡すと、立ち上がり、ドアのほうへと手を向ける。退室しろという合図だ。
ガレッサはその言外の要求のままに踵を返し、出入り口に立つと一礼した。
「では私はこれにて失礼致します」
「ああ、そういえば。会議には貴女にも参加させます。明日までには偵察の人員を決めておくこと」
「……了解。その序でに親衛隊側で交渉に向かった連中が皇帝派か宰相派かの目星も、私のほうで付けておきます」
「細心の注意を払いなさい。以上」
フィルトルはぴしゃりと言葉を区切ると、そのまま扉を閉じてしまう。否定の言葉が含まれていない以上、細心の注意を払いなさいというのは、フィルトルなりの「頼みましたよ」という意味で発した事になる。否定の言葉であれば、彼女は必ずハッキリと云うのだ。
よくよく愛想の無いMAIDだと、ガレッサは少し苦々しい気分になった。
ただその一方で、MAID的道徳に忠実であるという評価も下さざるを得なかった。MAIDは須らく自らの主に忠義を尽くす、いわば“犬”であるべきだ。Gの討伐を以って人類全員に奉仕するという意味では全人類が主とも云えるが、それでも直接仕える主人以外へと軽々しく愛想を振り撒くのは、主人を省みぬ軽薄な行為だと教えられてきた。
「昔気質ではあるな」
廊下を歩きながら、ふと呟く。
かつての暗黙の戒律を守るMAIDは年々減るばかりか、皇帝側から進んで取り下げさせたせいで今や絶滅したと云っても過言では無い。出会うMAIDの多くは、触れる者に満遍なく愛想を見せるかその真逆か、或いは気に入った親しい間柄に心を開く者しか居ない。
番犬の時代は終わった。居るのは雑種と狂犬と駄犬だ。そこに威厳は生まれまい。僅か十年にも満たぬ間に、こうも変わってしまった事がガレッサには嘆かわしくて仕方が無かった。
とはいえ旧態依然に偏りがちなガレッサの精神も、これを合理的解釈を以って受け入れる程度には成熟していた。
人間同士の精神のぶつかり合いが表面化した為に、逆にMAIDの愛想は求められているとも云える。愛想は毒にも薬にもなるが、それなら薬になるような使い方をすれば良いのだ。無愛想が過ぎては味方――特に同僚から部下に至るまでの全てのMAID――も安心できず、そうなっては組織への義理の不履行となってしまう。実際、無愛想の筆頭たる
シリルやロナなどは身内からも良い印象を持たれておらず、後者に至っては唯一好意を抱く
ゲルセミナというMAIDを除くとほぼ孤立無援と云っても良い。
――回想を中断する。
過去に拘りがちなこのMAIDは、一度考え込むと、改めて「やめる」と胸中で呟かねば延々と続けてしまうという悪癖を抱えている。
今はそれよりもまず、人員について早急に考えを固めねばならない。黒旗にて新たに彼女の教育担当官となった
デヴィッド・B・ダニエルズ中尉の元を訊ね、相談する事にした。彼は元グリーデル陸軍の情報将校であり、しかも妙齢ゆえに戦場での駆け引きにも長けている。
ガレッサの記憶が正しければ、この時間帯は小ホールで仲間と酒を飲み交わしている筈だ。
最終更新:2009年12月06日 03:34