荒木の旅 #1-4

(投稿者:A4R1)


「おーい!お待たせ!!」
髪を引っ張られたままの男に続いて店に入ると、衣類を守る防虫剤だと思う匂いがオイラを包みにかかって来た。
実家でよく使ってる樟脳よりもまろやかな感じがするな。蜜柑もしくは酢橘といったところか?
もうこれだけで異次元に足を踏み入れた感覚がする。
生涯でよく嗅いだ匂いは土の匂いだもんなぁ。後、草。次点は木材の臭いかねぇ。
お袋はお古の衣服を何所からともなく買ってくるし、新品の布の匂いなんてじっくり嗅ぐ機会も無かったし…。
ま、嗅がなくても死にゃあしないんだろうけど。

「ほ、ホホさん!近所のチンピラをつかまえて何するつもりなの!?」
朱色の短髪な女の子がその光景に慌てふためきつつ尋ねる。
「コイツがバカやる寸前だったから説教してやろうと思ってね!!
 あ、その前に『例の品』を出さないとね!」
そう言って、男の髪を掴んだまま店の奥に入った。
その男は何か弁明しようとしているが、楼蘭語じゃないからなんと言っているのかオイラにゃさっぱりわからん。
そっとしといてやろう…。

「クク。」
二人をぽかーんと見送っていた琥珀色の髪の子の頭をぽんと叩いたら飛び上がった。
「わっ!!あ、あ籐十郎さん。こんにちはぁ…。」
「おはようでもいいと思うけど。」
横を通り過ぎた二人を見送った丸くなったままの目で、オイラに振り返って改めて挨拶してくれた。
完全にオドオドしている目だ…。


寒さが苦手ならここにいればいいと思うんだ。このククちゃんは。
ぼ連とかいうクソ寒い国で、「まじどうしよう」とか言う列車で整備とかさせられてるらしい。
別にオイラから行けって言った訳じゃないんだよ、自分から行くって言ってたんだよホントに。たくましい子ね。
彼女の日常生活級の走りは自転車よりも速いんだよ。軽く10里(39キロメートルぐらい)強を十数分で走っちゃうのよ。
『軽く』でその速さだ。そりゃ、頑張れば機関車にもおっつけるわな。
強靭な足腰なのに、脹脛がもっちもちです。おいしそ…ゲフンゲフン。


「しかし、遠いとこからわざわざどうしたんだい?」
夏真っ盛りの地では流石に丈の短いズボンか。
蚊とかにやられそうだけど、大丈夫かな?
「ホホさんにお願いしてた新しい製品が、出来上がったって聞いたから取りに来たの。
 船から下りた後は全速力で走ってきたよ。」
「やるねェ。でも、業務に間に合って戻れるかい?」
「明後日までに戻ればいいって言われたから、多分大丈夫だと思う。」
「チェルのんの我が侭もあるのかい?」
「なんだか反論がしづらい~アハハハァ…。」     「ふぇ…ぶえっくしおぉーいいっ!!うぁー。」
「考えてみれば、あの子と一度もあった事が無いなぁ。」   「チェルノ…カゼひいた?(オジンクサ~…)」
「そういえば、籐十郎さんが戻った後、一人の頑固そうなヴォ連の兵士さんに、 「う、うっさい!この程度のカゼで心配されたくないわ!!」
 『アイツの目の前に不用意にMAIDを居させたら話が進まなくなる。』   「ボスが風邪ひいてたら世話ないか。」
 …っていわれてましたよ。」                        「そんな事言われる筋合いないわーっ!!」
「クライナフか…アイツ…余計な事しやがって…。」              「まぁ、身は大事にしたほうが(悪寒走)うぅっ!?」
「その人を知ってるんですか?」                      「クライナフさんまで…。」
「数年前に知り合ったヴォ連出身の奴だ。俺のお楽しみをいつも奪う奴だ…!!」 「それみなさい!アタイの風邪は次期に治るわ!!」
「もしかして、苦手だったり?」   「何だと…!?ならばこの風邪は返さねば!!」
「嫌いなわけじゃあないんだ…が…ッ!!」    「遠慮なく受け取ってなさい!!ボス(になる予定)のアタイからのプレゼントよ!!」
「奪われる物が問題なのね…。」   「食事中に騒ぐんじゃありません!!」
「そう…なんだッ…!!」   「「ごめんなしゃーい。」」
「何も歯を食いしばらなくても…。」   「元気ですね…(違う意味で)。」
「だから、いつか前触れも断りも無く会いに行くから覚悟しなさいと言っておきなさい。」
「ひええ。」
怪しめの笑みを見たククが震えあがった。



「ククちゃーん!!」
話をしているうちに、ホホが大きめの布を店の奥からもって出てきた。
「あ、これね!!」
「ほら、注文の品の『ドスコイ』よ。もっていきな。」
「『ドスコイ』だー!助かるよー!!」
「あぁ、『ドスコイ』はククには嬉しいだろうな。」
「早速着てみな。汚れても洗えば直ぐきれいになるし、ちょっとやそっとでヘタるようなシロモノじゃないんだし。遠慮なくさ。」
「はーい。」

『ドスコイ』を持って仕切り布の影に入ったククの後を着いていこうとしたら、
ホホに首根っこ掴まれて元の位置にもどされたでござる。
「入ったとしても、アンタの期待するような光景にはならないわよ!!」
「いや、手伝おうかなーと。」
「わざわざアンタがやるまでもないわよ!!第一、介入が必要な着替えでもないのにアンタが関わるって、
 ロクな事がありゃしないわ!!」
「オイラがそんな事するとでも思った?」
「お得意先の二階堂さんにアンタの前科を尋ねてみようかしら。」
「ゴメン。」


「いい物だよコレ~!!」
肩に先程の布製品を纏ったククが、
言葉の泥仕合で今すぐにでもへばりそうな空気を漂わせていたオイラ達の前に姿を表した。
「あ、『まんと』だったのかい。」
「あったかくて手触りもいい感じ~。」
裏地に頬ずりするほどか…包まって眠ればいい夢が見られそうだね。
この時勢もあることだしなぁ…。
「なに急にしんみりとした目になってんの。」
「シンミリしてもいいじゃないの。男の子だもの…。」
「子…?」

「こんな所で立ち話もなんだろうし、店の奥に入るか。」
「アンタが勝手に決めるんじゃないわよ!!」
「ケチんぼ!!」
「あのねー!普通はいくら親しい人でもホイホイ奥に入れるっていう事はないわよ!!」
「ちぇー。」
そう言っていたのに、奥からさっきの野郎とヌヌがノソノソ出てきた。
野郎は頭を布で全体的に覆っていた。モヒカンが完全に隠れてしまっている。
「やっと来たか。」
「そいつだけ奥に行けるって不公平じゃね?」
「おしおき部屋は誰でも入れられるけど。」
「そこだけかよー!!」
「いい年した男がゴネるな!!」


「何かまさかりのような髪形もってるあんた、なにモンだい?」
「シュバルッツ・ジャックマンって言うんだよね?」
「姐さんが答えるんじゃないよ!!」
焦りなさんな。命をとる集団じゃないつもりだから。
「この周辺を走り回る走り屋集団の一人だけどね、コイツはこう見えて組織の割と上のほうらしいのよ?」
「子供達に聞かれたら…。」
「あ、子供達の保育業してるんだったわね。」
真であるか!?
「フルで呼ばないで!せめて『ジャック』って呼んで!」
…なぜか罪悪感が湧いてくるんですけど。
「あー…ホホ、傷めつけはほどほどにしてもらえないかい?
 君とかを始めとしたまいどの起こした、厄介事の責任がオイラに降りかかると、オイラ泣いちゃう。」
「あぁ、アンタ似非でも技師だったね。」
「似非言うな!(仮)と言え。」
「(仮)もいらないー!!」

「あのさ?ホホ。あ、トウジュウでもククでもいいけど。」
「ん?」
「『ドスコイ』ってホホの新作でしょ?」
「そうよ。」
「その効能、まだ聞いて無いんだけど。」
ククの『まんと』の端を掴みながらヌヌが問う。
「あれ?言ってなかった?ホホ。」
「新作だからねぇ。」
作り主を見たけど、まぁ言っても問題は無いんじゃないかな?
「極寒でもあったかいのが欲しいってククが前から言ってたじゃないか。」
「あぁ!保温性を向上させたやつっていう事?」
「そうですよ!」
「あぁ~そっかそっかなるほど!!」
「そのネーミングの基準が分からないんですが…。」
恐縮そうに尋ねるモヒカンに
「そんなの無いわよ!!」
「ひっ…。」
ムキにならんでも…。


AM 10:51

「もうそろそろ戻らなくちゃいけないかなー…。」
「ククちゃん、もう行っちゃうの?」
「海渡らなくちゃならないもんねぇ。」
「プリン食ってからにし「明日出発するよ!!」
「「やっぱり。」」

「あ、そういえば籐十郎。」
「なに?」
「つい最近なんだけどね、『荒木』って名字の人から注文の依頼を受けたんだけどね。」
「まぁオイラも荒木なんだけど、それでどしたの?」
「いや、アンタの身内じゃないのかなーとか思ったんだけなんだけどさ。」
「んー。その人の名前は?」
「読み仮名が『じょーりん』だって。」

《ガタッ!!》

「うおっ!?」
「籐十郎さん!?」
「ジャック君までどうした!?」
「顔色がヤバくなってるよ!!」

手足の指先が凍った!
全身がたまらず飛び上がった!
何よりも恐るべき悪寒が身を蝕むッ!!
膝を机にぶつけた!!!

モヒカンの血色が気絶スレスレになるほど薄くなってるように見える。
かくいうオイラも視界がぐにゃらと歪み、足がもつれて倒れてしまいそうなんだけど。
いっそのこと気絶したほうが楽になれそう。
でも、タフなせいで気絶しなかった。こりゃツラい。


「ジョーリン・アラキ…かつて、この町に蔓延っていた幾つもの武装走行集団を、
 一度根絶やしにしたと言う噂の人!?」
モヒカンが頭皮がちぎれそうなほど掻きむしりながら恐れている。
「オイラのお袋そんな伝説を残してたんかい!?」
「この辺りのダウンタウンに住む走り屋なら知らない人はまずいないかと…。」
「おまいは生き残りか。」
オイラがひと睨みした瞬間にジャック君が飛び上がる。
「無関係です!いや、割かし真面目に!!!」
また顔を青くした。器用ね。
お袋だって分別無しなわけじゃないぞ当然。無関係な連中には手を出さない人だし。
こいつの仲間もやんちゃそうだったが、それ以外にやばい奴らがいんのかこの地帯。
まぁ、まだ収拾は楽な方だろうけど。

「へぇ、トウジュウのママなの?」
うお、話を急にふるか!?
「あ、あぁ…信じがたいが…実におっかぁだ…。」
「言葉遣いがおかしいが…恐れているのか?」
「恐れてるっつーのもあるけど、ハードルが上がったなとでもいうべきかなんか…。」
「お母さんは怖い人なんですか?」
「いや、呪怨も怒号もないんだけど…だけど!…あぁ、もうだめ、表現できにぇ…。」
考えれば考えるほど言葉が音を立てて崩れていく。
あぁ、だめだ、この感覚もうまく表現できない。助けてお袋。
「あぁ…藤十郎君の人格が粉々になろうとしている…!!」
「誰かお冷持ってきてェ!!」

落ち着いて店内を見ると、智代ちゃんぐらいの女の子を連れたお父さんの二人組みが3組ほど見えた。
「…居る…!!」
「え?」

「のびちぢみはいいぐあいだけど、もうちょっとがんじょうなきじをつかってればいいんだけどねー。」

「おしゃれするなんてひさしぶりー!!わくわくしちゃうわー!!」

「とてもはなやかないろあい…でもよごれそうなさぎょうのときにきるのは…ちょっと…。」

「急に声をひそめて、どうかしたんですか?」
「あの三組を見て…。」
「親子連れか。なごやかな光景じゃないか。」
『見た目には』親父さんと娘の二人組が、オイラ達から少し離れたところにまとまっている。
それぞれ思い思いの事を口にしているな…。。
「…なんでトウジュウが深刻そうな顔になってんのかわかんないけど…。」
「あの三人の女の子の誰かが『じょーりん』さんなのよ。」
「えっ!?あの内の誰かが藤十郎さんのお母さん!?」
「そんな…あの内の誰かだとしても、とてもあなた(オイラを見てる)の母とは思えない…!!」
「い、いやいや、お父さんのほうはまだ解る。しかし、あの少女の誰かが君の母さんだと!?」
「ありえないんだけど…。」
「どっこい事実だよみなさまがた。マジごめん。」
「あ、謝られても…。」

「あ、みんな、ちょっといい?」
「ん?なに?」
「あら、なにかしら。」
「え…なんですか…?」
サバサバしている・ひょうひょうとしている・楚々としている三人の少女が、
親御さん同伴で集合した。
まぁ、お袋は気分屋だから、あっさりオイラの親だとすぐには申告しないんだろうなぁ…。
ひげ面と麻服と色眼鏡の親父さんの御三方はというと…なんで三人とも笑みを含んだ顔でオイラを見てる…。


三人の女の子が横に一列に並んでくれた。
女の子と言ったが、この中にオイラのお袋がいるんだ…。
一人目は、右の後ろの短い髪の毛をやっとの思いで三つ編みにしている子。
二人目は、やや短い髪形で他の人を順繰りにチラチラ見ている子。
三人目は、おかっぱ頭でさっき声をかけた直後からそわそわし続けてる子。
「このうちの一組が藤十郎さんの両親…。」
「うわあ…そう言われたら、みんなそれっぽく感じてしまうのが怖いわ…。」
「しかし、よく観察すれば、顔つきや髪質に似通う部分も見受けられる…。」

みんな本格的におっとぉとおっかぁを見極め始めた。
が、議論だけで半日かかる予感がしたからとっととばらす。
「おっかぁ、その子らと何処で会って来た?」
「いや、すぐそこで会ったのよ。やだ、別に会い方なんて大したことないじゃないのォ!!」
二人目の女の子のような人がそう口を開き、オイラの周りの人々も口をあんぐりと開いた。
「藤十郎君の母さんですか?」
「えぇ。こっち(無理矢理三つ編み)は採掘屋さんの鋼鐵(はがね)さんの「りん」ちゃん。」
「おう、りんだ。えーと、オヤジとアニキとアネキたちといっしょに、かやくのげんりょうをほりだしてんだ。」
「ねえ、りんちゃんは今幾つ?」
「えー、神のちよと同い年だけど、アヤジ、アタイっていくつだっけ?」
「ばっきゃろー!ワシ自体自分の年をロクに覚えないってぇのに聞くだなんて意味がねぇだろう!!」

ガハハハと親子そろって豪快に笑う二人はその辺にして、
「アナタはどちらの方なの?」
「わ、私ですか…?」
りんちゃんの威勢のいい声質を先に耳にしたものだから、聞こえた事は聞こえたんだけど、
細くてちっちゃすぎるあまりに、まるで内緒話でもしようとしてるんじゃと錯覚した。
「申し訳ないのだが、我々の耳が少々遠いようで…。」
「あ、ごめんなさい…えぇと、私は小村まゆといいます…はい…。」
「ずいぶんおとなしいわね~。」
首から紐で下げられた麦わら帽子で口元を隠して、視線を落として頬を赤くしてる。
「まゆちゃんもちよちゃんと同い年なの?」
「は、はい…。それと、ちよちゃんは私達の牧場から卵と牛乳を販売してくれるんです…。」
「アタイのトコのかやくのげんりょうもな!」
りんちゃん、がっつくなぁ。
「おぉ…単に友達ってわけでもないんだね…。」
「私達が出品している商品の中で、特に卵と牛乳をよく買って頂いているお客様のお母様…条臨さんでしたよね?」
「えぇ!!甘党一家の紅よ!!」
「あ、いつもお買い上げ頂いているようで…ありがとうございます。」
「あんたんとこでとれるもので作った菓子がまぁうまいのよ!
 うちらの腕だけじゃないのよ!あんたんとこのおかげもあるのよ!きっと!!」
「オイラも卵と牛乳をよく買うんだよ。個人的に一番好きな味わいになるのは、
 小村さんとこのものを使ったときかなぁ。やっぱり。
 一番好みな口当たりになるのは小村さんとこのだ。うん。」
「そう言って頂けるとありがたいです…。」
小村親子がそろって深くお辞儀をするのに対し、鋼鐵親子は
「なんだなんだ!?とーじゅーろーのアニキの作るおかしはうまいのか!?」
「じょうりんちゃんが作るのもうまいが、なんだい息子君もうまいってぇのかい!?」
期待のまなざしをオイラに突然むけた。
「お、落ち着きなさいお二人方。飯後につくろの牙定石じゃないでsか。」
「籐十郎君、君も落ち着くんだ。」
「『飯後につくるのが定石じゃないですか。』って言いたかったのよね?」
「…かも。」

AM 11:14

「甘い物は飯の後に限るのよやっぱ。つーか、そろそろ昼飯にしたいんだけど。」
現地時間はまだ正午じゃない。でもオイラの体内時計は楼蘭仕様だ。
楼蘭はお昼かな?あれ?楼蘭とココって時差はどれぐらいあったんだっけ。
そんなことはどうでもいいんだ。おなかがすいてるんだ。
「ここから車で2分ぐらいの所にレストランがあるからそこで食べてくれば?
 いろいろな大食いチャレンジやってる店だし、藤十郎とヌヌにはちょうどいいんじゃない?」
ご丁寧に、オイラのベルトに挟んでいた小型地図を奪って、赤鉛筆で○印をつけた。
目印になりそうな建物が多いから、この立地条件ならオイラでもまぁ迷わないね。
「それいいね!」
「ちょっと体ほぐしといた方がいいかも。」
「スポーツじゃないんですから…。」
「まぁ、移動するから各自、荷物まとめといて。ちょっと気になる人見かけた。」
「誰なんだ?」
「知り合いの人だよ。なんなら先にお店に行って席を確保しておいて。
 もう一人もよく食べる人っぽかったからさ。」
「昼食のお客のピークにはまだ早いですよ。席も多い店ですし、焦らなくても大丈夫ですよ。」
お店の情報をくれたジャック君にまたしても喰いついたホホ…。
「なんでアンタがそこまでわかってるの?」
「え、いや、時々通う店なんですが…。」
やばい。いたたまれない空気になろうとしてるからささっと出よう。



店から出ると、流石にこの時間は人通りも増しているな。
店内の大きい鏡…多分客が試し着する時に使うんだろう鏡ごしに見た事がある姿が見えたんだが。
店を出て右手、小道に入って少し行ってから左の道に入って行ったのが見えたんだ。
暗いだけならともかく、それに加えてジメジメしてる道だ…建物の壁や道に苔とか黴とかが見て取れる…。
ぼろぼろの紙切れと、小道に入った瞬間に感じた臭いの主であろう檸檬が乱雑に散らばっている。
長時間いたら片頭痛と嘔吐感が訪ねてきそうだ。これは滅入る…。

突き当りの奥から物音がする。何かを引きずる音から何かにむしゃぶりつく音に変わった。
その音の主は、袋小路の先にいた。オイラに背を向けてうずくまっている。
背中の大きさと膝の長さから見るに、背丈は三尺と少しか。
喰いつきに一心不乱になっているようで、こっちに振り返る気配がない。
「おーい。」
呼び声に気づいたらしく、その子はゆっくりと振り返った。
右肩越しにこっちを見た時、ぎょろりとひん向かれた左目と、
黄色がかった汁で汚れた口周りを公にした。
「やっぱりケケか。」
「え!?藤十郎がナンでここにいンの!?」
急いで口周りをぬぐい、こっちに向き直った。
「飛行機を間違えた。」
「アンたらしいわ…。。」
少し濁った声質で驚いていた女の子の手元には大量の生ごみが握られていた。
さっき引きずってたのはそれが入っていた袋だったか…。なるへそ。
「…最近いい物食べた…?」
「野菜くズだけ生活三日目よー!ウォーリアーの肉が食ベたいノにー!!」
手にしたままだった萎びた植物を口に運んでは涙声で嘆いた。
左半分の血の巡りの止まった顔でさえ遣る瀬無さをにじませている。

Gを喰って強くなるまいどのケケの食費はどんぐらいかかるか、…考えたくないや。
世界の戦線に行けば食べ物には困らないっていう事で歩かせてみたものの、うまくいかなかったんだろうか。
一回しんだ体でもっぺん動き出してるから、動き方はちょいとぎこちない。
昔読んだ書物にあったな。なんだっけか。あぁ、「ぷ~どぅ~」つったっけ。
そん中にあった「ぞむび」、あぁいうかんじらしい。
でも、食べ物に食らいつく時はすごく生き生きする…欲の力はバカに出来ないな…。

「Gの肉じゃないけど、大食いチャレンジが出来る店に行くんだけど、一緒に行くかい?」
「行キたい!!けど、こノカッコと臭いのマまじゃーなー。」
食事前であまり言葉で言い表したくない臭いが彼女から漂ってきた。
彼女の左の半身も青あざの様に痛々しい色に染まっている。
オイラの施しで改善できる見込みは無いね!!

「他に誰もイない所デ一人なラマだいいけド、大人数ノ中で切り離サレて食ベタくないわー。」
「うーん…肌を隠して臭いを出来れば消せればいいかな?」
「でカい布と香水とかがアれば…。」
布で問題の個所を覆い、香水で臭いに打ち勝つというか。
毒を以て毒を制すというやつですね。オイラ、匂いのきっつい香水キライなのよ。
「そんな都合いい物がすぐ手に入る訳ないだろ常に考えて。」
「うー…ん?」
眉間にしわを寄せて涎を垂らしながら熟考していたケケが、オイラの方を見て何かに気がついたようだ。
「どした?」
「後ロ見て!」
「ん?おにゃのこの二人組だが。」
ケケが急に早口で話しだしたが…。
「あの制服…どコの組織ノか知ッてる?」
「知りませんなあ解りませんなぁ。」
黒地に赤の模様が見えるけど…何だろう、お世辞にもいい趣味とは言えない見た目に感じる気がする。
「そロソろこチらに気づクカモ。隠れるかラ任せルわ。」
「え?なんで?」
そう言うと、ケケが建物の縦の溝の間をするすると登って行ってしまった。
おーい。と言ってももう遅そうだった。


さっきの二人組に目をやると、あちらもこっちに気がついたようだ。
こっちを見ると顔を見合わせて、かばんの中から紙束か何かを取り出して、何かを確認しているみたい。
オイラを見てから何かの確認…。はて?「世界美男子こんてすと」の誘い?
確認を済ませたらしく、二人が足早にオイラの方に近づいてきた。
一人は見るからに偉そうだろッ!!って言わせたがってる感じだな。
もう片方は頼りなげな身なりながら、オイラを見て放さないよう気張ってるな。
用件は聞けばわかるか。聞くとしようか。

「ちょっとアンタ。」
「ん?(キョロキョロ)」
「バンダナつけてるアンタ以外いないでしょうーが!!」
「ば、馬鹿な、お袋はこれを「鉢巻」だと言っていたのに…!!」
「どうでもいいわ!!(小声で何か言ったか?)」ドロシー、他には誰も見てないわよね?
「(小声)はぃ、誰の気配も無ぃですぅ。(だが、オイラの耳まで届いた)」
どうも穏やかな話題の持ち主じゃないみたい。やだなぁ。
「アンタ、「荒木 藤十郎」ね?」
「ま、まーそうだけど、何か?」

「単刀直入に言うわ。アンt「上官!」
「なんだ!」
「たんとぅちょくにゅぅとは何でありますか!!」
「それか。単刀直入に言うとだな「上官!」
「なんだ!」
「たんとぅちょくにゅぅとは何でありますか!!」
「それか。単刀直入に言うとだな「上官!」
「なんだ!」
なんなんだアンタら。

「上官!こんな事ばかり言ってられないんですぅ!!」
「誰から始めたんだコレ…まぁいい、アンタ。」
息上がりっぱなしじゃないッスか。上官。
「MAID技師ね?」
「一応。」
「我がヴェードヴァラム師団に入らないか。         
 我々ヴェードバラム…あぁ言いずらい団名ね…!! 
 ヴェードヴァラム師団は世界SEIFUKUという            
 大いなる目標を掲げる大型組織であり、       
 その目標に近づく一歩として、各国の名だたる    
 MAID技師を招集、主戦力となるMAIDの確保     
 により、いかなる脅威をも…脅威をも…        
 えーとちょっと待ちなさい…            
 口上の写しが…あれ!?なんでないのよ!!   
 いつもはこのポケットに…              
 何よ!メモじゃなくて領収書じゃない!!      
 備品にかける経費をケチるべきじゃなかったわ…。  
 マグの弾丸…フローラルの香水…あ!これよ!!  (フローラルねぇ…効き目は弱そうだけど無いよかましか。)
 脅威をも恐れぬ無敵の組織とすためよ。
 アンタが組織に入るという事に対する選択肢は
 はいかYESかOKよ。」

「まいね。」(ダメだい)

「・・・ん…んん?」
実家の方言で否定したが…通じてないのか?
「したはんでまいねっていってらっきゃぁ。そっだこともしかへねばないねんだが?」
  (だーかーらーダメだって言っているだろっつーの!そんなことも教えないといけねぇのか?)
「な、何を口走りだしたの…。ドロシー、解る?…って居ない!!?」
「ちっちゃい子はこう(股間をキュッと)したままどっか行っちゃったぞ。」
本当は少し話して帰しただけなんだけど、気付かなかったのか。
「…仕方ない、私一人でやるわ…。アンタがこっちに来る気は感じられない。」
「合気道未経験の男に何を言って―」
冗談の一つも言いきらない内に弾丸を一発放たれた。
「力ずくででも取り込むとするわ!」
身を翻すのがちょっとでも遅かったら右肩に風穴があいていたな…。
「身の確保に鉛玉を使うとかまずくね?」
「真打ちは切り札よ!」
そう言うと、カバンから金属製の箱を…いや、スプレー缶か!!
あの中に疾しい薬とかが詰まってて、それを捕獲対象にぶちまけてコロリさせてから頂戴しようって魂胆だな!!
…缶に穴があいているけど。
奴さん、吹きかけようとした時にやっと気がついた。
「え!?なんで!?」
「睡眠薬スプレークっそまずー!!」
何かを口に含んだままのケケが、上官の真後ろで吠えた。
「ギャーーーーーッ!!!!ゾンぶふぇー。」
気が抜けるような言葉を言い残して、そのまま倒れてしまった。ついでにいびきをかき始めた。

「睡眠薬不味かった?」
「吸えバ、とろ~んってなるよウな感覚になルンだろうけど、口に入レたらビリビリするわ!!」
しきりにペッペと唾を吐きだした。うわぁ、涎が糸引いちゃってるよ…。
「で、コの人は何者なンだか…。」
「べーどばらんしだんとか言ってたな。どこかで聞いた覚えがあるんだが…。」
「あれヨ。世界征服を目論んデるという集団よ。ロクナ集団じゃなイノには違いはなイわ。」
「カバンの中でも見るか。」
「そウね。」
「後、この銃は没収なッ!」
「…うれしそウね。」

「それ以外にオイラの目にかなうものは…無い…。」
「悪の組織にシては持チ物に面白みガないわ。」
「えーと、香水は有るな。フローラルの香りだとさ。」
「悪クハないんじャないカしら。後は包帯…。」
「予備の弾丸…化粧品…なんかの表…ドス…でんでん太鼓…。」
「怪我の事考えテなかッたのかしラ?」
「ちっこい子にまかせっきりだったとか。」
「それもアりうるわネ。」
布らしき布がないなぁ。はんけちも持ってないとは。
「仕方ない。上着や手袋などをかっぱらいましょう。」
「やっパり。」
ケケがところどころ破れている海軍風衣類の上にその上着を着た。
…赤い模様が嫌だ。
「その赤い模様取る。」
真っ赤な飾り縫いを引き千切るオイラをケケが不思議そうに見る。
「何デ?」
「真っ赤な色が苦手なんだよ。」
「初耳ネ。そンナのが苦手ダなんて。」
「自分の鼻血にびびって気絶しそうになったのはオイラぐらいなもんだね!!!!」
「威張ルな!!」




 ・ 


関連項目

最終更新:2010年07月05日 10:09
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