(投稿者:A4R1)
クリル
《この話は
アラキの旅が始まる前のお話です。半年ぐらい前じゃ無かったかな?あれ?もうちょっと前だったっけ?》
軽い地吹雪の中を、凄まじい地吹雪を立てながら、ヴォストルージアの中心へと向かう一つの機械の中。
五人乗りの雪上駆動雪車の中から向かう先に近づく毎に積もる雪の景色を見てた。
…寒そう。
後部座席の三人席の左側。ドアに寄り掛かるように車内を見回すと、
こんな外界にもかかわらず胸元を大きく開いたライダースーツを着た運転手。
助手席にすわっているその双子のもう一人の人と何かのお話をしてる。
…けど、モーターの音とかと混ざって何の話をしているか聞き取れない。
白目を向いたまま熟睡している藤十郎さんを挟んだ席には、資料を整理するセテさんがいた。
「あとどれくらいでつくんですか?」
「
大華京国北部から出発して、その勢いが落ちていないなら、あと10分ほどで着くと思うよ。」
「ずいぶん早いペースですね…。」
地図とにらめっこしていると、助手席の人の突然の、
「ククに言われるなんて意外ね~。」
という言葉に首をかしげた。
「どういうことですか?」
「いや、ククちゃん、あらかた予想はつくと思ってたんだけど?」
「?」
助手席の人の顔を見てセテさんの顔を見て、もいっかい首をかしげた。
「クク君。特技忘れたの?」
「…何だっけ。」
修理工の服を着た助手席の人が、前に顔を向けなおした。
「それh「ジャンプするわよー!!」
「「「え、ちょ。」」」
その瞬間のセテさんの言葉が遮られ、雪車全体が大きく揺れた。
あまりの衝撃で、揺れたというかひっくり返ったという錯覚に陥りそうだった。
「あてててて…。」
「お、おぉおぉぉぉ…?」
藤十郎さんが目をさましちゃった…。
「…。」
ぼんやりとした目で私に顔を向けてる…。
す、すごく、髭そりあとが気になる…。
「お…おはよ…。」
「…あと42分…。」
「コラ!!」
運転手と私以外の平手が飛んだ。
顔を赤く腫れさせた藤十郎さんが最後の確認をとるように、
「本当にここで頑張るつもりなのかい?ククちゃん…。」
配属承諾書だと思ったんだけど、それを眺めながら寂しそうに私にそう言って口をすぐ窄めた。で、
「アンタ、出発前ノリノリだったじゃない。」
助手席に座ってた修理屋さんが鼻で笑った。
「気ぃ変わったん?」
「う、運転中に真後ろ見ないでよ!心臓にキツイ!!」
運転してた方の振り向きに助手席の人がげんこつ落とした…。
「いついかなる場所でも活躍するなら、やっぱり苦手な事は克服するのが一番だと思うんだ!!」
「やばいってなったらいつでも戻ってきなよ?帰らぬ人とか冗談じゃないよ、いろんな意味で。」
「押しつけがましいけど、やせ我慢だけはしないでね?」
「はい!」
「おー、えぇ返事。」
「持ち物確認ー!」
「はーい!」
「拳銃ー!」
「ありまーす!」
「弾丸ー!」
「ありまーす!」
「寒冷地用のいろんなやつー!」
「ありまーす!(大雑把すぎるんじゃないかなぁ…。)」
「ブリーフ!!」
「ありま…せーん!」
「なんでブリーフ!?」
「いや、サムい所はブリーフがいいんじゃないかなーと。
オイラは褌だけどね。」
「アンタ薦める気だったの!?」
「履いてもおらへんのに薦めるんかい!!えぇけど!!」
「たまにはいいかも…。」
「「履く気になっとるー!?」」
悪ノリで言った一言に前の二人が声を張り上げた。
前の座席の二人の素っ頓狂な叫びはなかなかの聞きごたえ…。
なんだかんだ騒いでいるうちに、目的の施設に到着して、大きなゲートの前に雪車が停まった。
「ここが…。」
「クク君の所属する所だね…。」
「うん…。」
「凄いところだな、寒さが尋常じゃないぜ。みろ!」
そう言うと、藤十郎さんがどこからともなくバナナ(甘蕉)を取り出して、
そして、それを外気にさらした後、私の目の前に差し出して、
「すっげぇ!鳥肌になっちまったよ!!」
見せつけたのはバナナを持っている腕。
「「そっち!?」」
「今の流れだとこれ(バナナ)で寒さを表現するのかとと思うでしょ!!」
「確かに腕の鳥肌はどエラいけど!!」
「甘蕉はどうなってるの?」
「冷えてておいしいです!」
「食べてるーーーッ!?」
差し出されたからね。
「凍ってるの?」
「いいえ。」
「そんなに寒くないんじゃないの!?」
「せやろーな!バナナがすぐこおらへんぐらいやったら…(外に身を乗り出した)さっぶぅーッ!!」
「素直に温度計使いなさいよ!!」
「それはともかく、中の人に連絡だ。」
外気の温度に関するモメ事からやっと抜け出して、無線機を作動させると、
雑音が交じってはいるけど、男性の声が聞こえてきた。
「えー、こちら
アラキ・セテ。応答願います。」
《こちらヴォストルージア軍通信部。
同行技師はいるか?》
セテさんの同時通訳を聞き、藤十郎さんが軍の人と思しき方の通信に返事をする。
藤十郎さんは外国の言葉の聞き取りがすっっっっごく苦手なんだよね…。
いや、苦手じゃなくて全然できないんだった…。
そのためセテさんや他の人が同時通訳するんだよ。私も一応できるんだけど。
「はいどうも。今日は寒い中お越しいただきあんがとね。」
『どっちが訪れてんだよ。』
セテさんの通訳よりも先に返事が返ってきたの。それも楼蘭語で。
「クライナフ!?」
「お知り合いですか?」
「ああ。昔…(回想話も無しの無言)…ってことがあってさ…。」
「ちっとも説明しなかったーッ!?」
「すべて省くなッ!!」
「クライナフ君!元気にしてた?」
雪車を操縦していた方が声をかけると、
『悪いがその話は後回しにしてくれ。』
「んもう…仕事熱心なんだから…。」
返事を聞いて頬を膨らませた。
『藤十郎、前に言ったが、入るなら合言葉を言ってくれ。
忘れたって言うなら半日かけての身元確認を始めるぞ。』
「冗談じゃねぇぞ。こんな天気で素っ裸とかかちこちになるぞ…。」
「ぃややわぁ~褌もとってまうん?」
「い、いやいや、そこまでとらないから!!」
頬を赤く染めて聞いた運転手さんが、セテさんの反論を聞いて愕然とした。
「そ…んなアホな…!!」
「期待してたの!?」
「風邪引くだろ…。」
『おい、合言葉はまだか?』
「はいはい…。」
急かすクライナフさんの欲求に嫌々答える藤十郎さん。
「言うぞ?えー…。」
(私たちも覚えたほうがいいかも。)
(特に私は今後ここを出入りするでしょうし…。)
(心して聞くわよ…!)
(ゴク…。)
<痔・高血糖 以上だ>
「藤十郎さんの持病の一部じゃないですか!!」
『確認した!今門を開く!』
凍てつききったかのように見える金属の門が、見た目に違わずに重々しく開いた。
「よーし。」
(いやいやいやいや…。それを合言葉にするってある意味大胆かもしれませんが…。)
身を乗り出して意気揚々とする藤十郎さんに聞こえないように、
セテさんが私に耳打ちした。
(各国の軍医の診断を受けて、発覚した病気を合言葉にしてるんだよ。)
(疾患持ちなんですか!?)
(今までに発覚した慢性病は10種類ぐらいあるんだ…。)
(うわー…。)
車体の揺れに会わせて振られる腰をまじまじと見ちゃった…。
門からだいぶ進むと、格納庫だと思う建物に誘導された。
「よし、持ち物はきちんと持っとけ。」
その一言の後に、雪車の戸を開いた。
防寒着で覆われていない顔を叩くような寒波に堪らず震えた。
顔以外の肌を覗かせているのが一人いた…。
「ソソ君!!」
「急にどないしたん、セテ?」
「この猛吹雪の中で服の胸元を開けたら風邪引くでしょ!!」
「しゃーないやん。このサイズしかなかったんやから。」
「服のサイズは私と同じでしょ!!」
「フフ着てるの、サラシ巻かんとアカンやん!!」
「面倒くさがってる場合か!!」
雪車を運転していたソソさんにあれこれとツッコミが浴びせられる。
「双子だもんね。…でも、体型も一緒なのに、何でソソ君だけそんな着方するの!?」
「う…ぶぅえっくしぇえい!!」
「ちょ、ちょっと!?」
「本当に風邪引いたんじゃないですか!?」
「そんなわけないやろぉ~…(ズズッ)」
「鼻水はすすっちゃダメだよ!!」
「やべぇなぁ…セテ、オイラ軍医のところに寄ってから合流するから、
ククちゃん、フフちゃんと一緒に配属部隊の所に行っといて。
必須書類は食べんなよ!!」
「普通は消化できないでしょ!!」
「普通は食べませんよ…ね?」
「ククちゃん。アンタの反応が一番正しいわ…。」
藤十郎さんとソソさんが医務棟に入ったところで、
今回連絡を交わした何人かの軍の関係者さんがこっちに来た。
「セテさんフフさん。」
「「なに?」」
「ここの軍の方々には、私の名前は『クリル・ノートハイク』と伝えてあるので、
今はなるべく『クリル』と呼んでください。」
「オッケー。」
「…気の利いたギャグが思いつかないんだけど…。」
「汗を垂らすほど考えなくていいんですよ!!」
「フフ君もカゼひいちゃうんじゃ…。」
「わだしがかんたんにがぜをひぐわけがないでぞう?」
「は、鼻声になってる…!!」
「医務室送りッ…!」
「そ…そんなこと…認めない…!!」
「とりあえず鼻水を拭こうね…。」
助手席に座っていたフフさんが悪寒を押さえ込んででも医務室送りを拒んでいる内に、
軍の人が声をかけてきた。
「アラキ・セテ君、そしてフフ君にクリル君。ヴォストルージアへようこそ。
猛吹雪の中こちらからの出迎えも送れず申し訳無い。」
「お気遣いありがとうございます、タリーナ・レスサーニャ大佐。」
大佐と呼ばれた女性の方が、数人の兵士さんを連れて私たちの元に歩み寄ってきた。
セテさんが大佐と名乗る人と握手をすると、私たちの紹介に移った。
「こちらは機械工を担当しております、アラキ・フフです。」
「初めまして。」
「こちらこそ。」
「今回は送迎係ですが、普段はアルトメリアにて大型機械の修理を生業としてます。」
堅い握手をしたまま、大佐がフフさんの服の臭いを嗅いで小さく頷いた。
「成る程。我々の軍にて扱われるものとは違うグリスの臭いは、君からのものだったのか。」
それを指摘されたフフさんが、防寒着に染み付いた汚れを指でこすり、恐る恐る
「あ、まず、かった、でしょうか…。」
と尋ねたけど、
「そんなことはない。恐らくそうではないのではないかと思い尋ねただけだ。
深い意味はない。気にしなくていい。」
大佐さんの短い笑い声を聞いて、苦笑いを浮かべて縮んだ。
「さて、クリル君。」
「は、はいッ!!」
「我々の元に就くのは君だと知らされている。」
「は、はい。」
「いろいろと掛けるべき言葉はあるが、それは後ほどにまとめて贈るとしよう。
恐縮では有るが、今は君を歓迎する意を表するのみに留めさせて頂く。」
差し出された右手を恐る恐る握ると、力強く握り返された。
「あ、これからよろろしくおねがいいたします・。」
握手する手が震えだしてきたよ…。
「君…緊張しているのかね?」
汗が凍りそうなほどの寒さの中で握手する右手から、汗のしずくが滴りだした。
大佐さんの手から滴っているのが霞む視界でも確認できた。
「す、すすす、すみません。。。」
「クリル、震えがひどくなってるわよ!!」
手袋で守られていない右手の感覚が無くなっていく。
汗が本当に凍り出した!!
「寒さに弱いというのは本当だったのだな。」
握手を解いてもらった後に手袋に手を戻した時の暖かさといったらもう…。
「此処で立ち話を続けるのもなんだろう。
クリル君の配属するところへ案内する。着いて来たまえ。」
大佐の案内に導かれて立ち入った建物は…。
「列車の格納庫ですね。」
「うむ。我が軍が総力を尽くし開発した『戦略級複合式機動列車砲
マーチドゥシアー』の格納庫だ。」
そこに立ち入るなり、おぉ…とため息を漏らすフフさん。
「一両ずつじっくり見てみたいわ…。」
フフさんがこぼした一言にセテさんが
「いくらなんでも国の主力列車に他所のMAIDが触れたらまずいでしょう…。」
と不安げに訪ねた。すると、
「整備技師に訪ねてみてはどうか。」
と言われるや否や、フフさんが
「よーし!誰が技師か見当がついたわ!!」
セテさんが引き留めるより先に駆けだしていった。
「大佐!本当にいいんですか!?」
「修理工を営む者が触れる分には一向に構わん。
それよりも…だ。」
「どうかされたんですか?」
「うむ…。」
途端に私に険しい視線を向けた。
「な、何でしょうか?」
あまりの剣幕に覆わず声を一度飲み込んだ。
「私はマーチドゥーシアに乗り込む兵士に指令を送る役割を担っているが、
全体の運用を行う一人のMAIDが最前車両に構えている。」
「この列車を
一人で?」
「何両で走るんですか?」
「最高で50両だ。」
「「50両!?」」
図らずとも、私とセテさんの叫び声が格納庫の中で反響した。
よくよく考えてみると、一両一両のサイズが、乗り物として見るととてつもなく大きい。
もしかしたら一軒家よりも大きいという破格のサイズで、列車の一両にすぎないという事に驚いた。
そんな車両が50両も繋がった列車を、たった一人のMAIDで動かすという事を聞かされて
いよいよそのMAIDがとてつもない力の持ち主じゃないかなっていう怖さを感じてきた…。
「そのMAIDの名前は…。」
「チェルノだ。」
「チェルノ…君か…。」
「知ってるんですか?」
「…ヨヨさんから聞いた分しか分からないけど、超心理原子物理学委員会というところから出てきたその子だって。」
「原子…まさか放射能でGを攻撃するんですか!?」
「いや、高熱を持って、もしくは高熱によって発生したプラズマを武器としている。
それが、マーチドゥシアー全体の動力源でもある。」
「ぷ、ぷらずま?」
「簡単に言うと、空気中に放電された状態でしょうか?あまり自分もあまり詳しくは無いのですが…。」
「そうとらえてもいいだろう。」
せわしなく兵隊さんが行き交う中、外へ続く方向を大佐さんが指差した。
「あの先頭に有る三つの車両が動力の源となる、発電牽引車ノカロロニだ。
本来はチェルノ専用の軌道兵器だったが、上層部の命によりこの体裁となっている。」
「その…
チェルノちゃんはさぞかし嫌がったんでしょうね…。」
「うむ…説得には骨が折れたが、今は役割を受け止めてくれている。しかし…。」
「しかし?」
「まだ内心はマーチドゥシアーのためにノカロロニを使われる事を嫌がっているかもしれないという事ですか?」
「彼女の意地の張りようから見て、そう思っているという可能性は高いだろう…。」
大きいため息をついて、ノカロロニが見える位置で立ち止った。
「マーチドゥーシアに乗り込むのは我が国の同士のみではない。」
「許可が下りれば自分達も乗り込めると?」
セテさんに向かって頷いて、大佐が続ける。
「うむ。しかし、等しき志を持つ他の国の者が乗り込むという事に、まだ彼女は慣れ切ってはいない。」
「大事にしているものを奪われちゃうって思っているんでしょうか…。」
「そこまで気が立っているであろう状態で面会しても大丈夫なのでしょうか?」
「…少なくとも、私にはおろか、彼女の担当主任にすら臍を曲げて、なかなか完全に心を開かない。
無理を伴う欲求を多く与えてきたツケかもしれないな…。」
大佐が空を仰ぎ、息を大きく吐きながら俯いたかと思うと、私に向きかえった。
「…クリル君。彼女は長らく他国のMAIDとの交流を行ったことがない。
その事に関して君が、彼女が出会う最初のMAIDだ。」
その役目の重大さに気がつくのに、私の頭でも3秒は必要無かった。
最初の任務としては、とてつもない役割になってしまったかも…。
「……。」
万が一のことを考えると、一度引いた寒気が悪寒と化して帰ってきた。
この大きさの車輌を動かすだけのエネルギーが暴走でもしたら…。
辺りは一瞬で焼き野原に…。
纏わり付く恐ろしさを掻き消す一言が浮かんできた。
「分かりました。会いに行きましょう。会わない事には始まりはありません。」
会う前から怖がったままでいるわけにはいかない。
行けばきっと分かるはず、きっと、分かり合えるはず。
「意志を固めたか。」
「はい。」
「セテ君、申し訳ないが君がクリル君の同伴をできる範囲は限られている。」
「乗組員としての権限がありませんからね。」
「お~い!!」
にこやかな表情で戻ってきたフフさんの手には、
斤の状態の食パンと見紛うほどの厚さの紙の束があった。
「何ですかそれ!?」
「マーチドゥシアーの機関部とかの、あれよ、骨組みとかの、ええと、何だ。」
「まさか、設計図をもらったわけじゃないでしょうね!?」
「違うわよ!使用を重ねることによって起こりえる故障とかトラブルへの対処方法を、
技師さんたちと一緒にまとめた冊子よ!」
「まとめた結果が…これ…。」
「やはり車両種毎に一冊になるか。」
「それと、修理工としての搭乗権限も取得したわ!!」
「大佐、いいんですか?乗組員の責任者から受け取ったものでも…。」
フフさんが差し出した搭乗許可証には「機構作業員級」と書かれている。
フフさんの名前の下に、責任者の名前も書かれてるみたいだけど。
…崩し書きは読めないの…。
「多種多様な技術を集合させた車両を維持するために、一人でも多くの有力な作業員を欲しているのが事実だ。
その作業員達を取り締まる者の命があったのならば、私は拒否などしない。」
「大佐…太っ腹ですね…。」
「私のウェストに関しては触れないで頂けるかね…!?」
「た、大佐!!そういう意味じゃないです!!」
慌てふためくセテさんに、大佐が一瞬険しくした表情を説いて無邪気に笑った。
「冗談だ。」
その会話を尻目に、フフさんが私に衝撃的な事実を告げた。
「クリル。アンタ、点検師としてここで働くことになってるみたいよ。」
「えっ。」
唐突な連絡に動揺して冊子を落とすかと思った。
そして、フフさんの後をついてきた技師さんが、大きいナップザックと工具を差したベルトを私に…。
恐る恐る受け取ったけど…。
私…機械の扱いは得意じゃない…。
「クリル君。目が点になってるよ。」
「なーに気難しく考えなくても大丈夫よ!!」
フフさんが笑いながら両肩を揉んでいるけど…。
見たこともない工具がいくつもベルトにささってるし、
ナップザックに詰め込まれていく分厚い冊子の情報を理解できる自信が、無い…。
「ええぇ…。」
声が言葉がただただ漏れていく…。
「おっびえすぎよ、このっ!」
フフさんが渇を入れるつもりか頭突きを決めてきた。
「いたっ!?」
突然帽子を取られて、後ろから突かれて、心の用意もしてないから、ただ痛みが…?
(もうこれでばっちりよ!!)
フフさんの声が頭の中に響いたように思った瞬間、
体中を電流の様な何かが、にゅるりと通って行った。
「先日完成した販売車両の三両目がこれだ。」
「売店もあるんですか?」
「うむ。だが、要事には兵器などの物資倉庫として運用される。」
「なるほど。」
大佐が指した車両は、確かに他の車両に比べ、塗装も綺麗で使用された跡が無い。
「説明をするよりも、自らの目で確認した方がいいだろう。さぁ、乗りたまえ。」
「失礼いたします。」
「おじゃまします。」
「ちわ~っす。」
フフさん、挨拶が軽すぎる…。
列車の最後の位置に繋がれた車両に入ると、銃器が壁に棚にずらりと陳列されていた。
硝子の棚の中では銃弾が鈍く輝いて並んでいる。
ライターオイルからロケット弾にまで値札が添えられている。
「銃弾と銃器の販売車両と見受けられますね。」
「当初は食糧、医薬品、雑貨類が一つの車両で販売されていたが、バル社に経営権を譲渡した。
例えば、車両維持に関する費用などを自ら負担するといった条件をつけてだ。」
「なるほど。」
「いらっしゃいませ。」
カウンター越しに挨拶したのが、そのバル社の人かも。
「彼女はバル社支店として、ここで販売を執り行う事となったMAIDだ。」
「此方の支店を担当させていただかせる事となりました。
センティア・ラウス・バルです、御見知り置きを。」
黒い服を着て、淡々とした話し方で深々とお辞儀をしてあいさつしてくれた。
「はじめまして。アラキ・セテと申します。」
「クリル・ノートハイクです。今後ともよろしくお願いいたします。」
「機会の修理の事なら、このフフに任せて!!」
「この列車の正式な乗組員となったMAIDはクリルちゃんとお聞きしていますが、
間違いないですね?」
「はい!」
「彼女の主な業務は列車の巡回点検、並びに修理だ。今回が彼女にとって初めての乗車のため、
多少緊張しているようだ。何かあった場合は支援を執り行ってもらいたい。」
この極寒の地を踏みしめている事が大きな緊張感の要因だと思う。
過剰冷却の先に待つものは、頑慢な死の足音…。
想像しただけで全身の温度が得体のしれない何かに吸われていく…。
ダっダメダメ!!こんなことを考えちゃ!!
「あら。急に汗なんてかいちゃって。(フフッ)よっぽど緊張しているのね?」
センティアさんがクスリと笑うと、ハンカチを持ってカウンターの席を外した。
「大丈夫よ。他の人が言うほど彼女は気難しく無いわ。」
「そ、そうですか…。」
噴き出る冷や汗を拭いてくれた。
「まぁ、わがままが過ぎると言う者もいるが…振り回されても、あまり気を病まないようにな。」
「はい…。」
「あまりビクビクしてるとナメられちゃうんじゃない?」
「その性格を考慮して、チェルノちゃんと衝突しにくい人が適任だと判断したのでしょうか?」
「無きにしも非ずだな。」
この日よりも前に配属手続きのために来た事があって、
ここの兵士さんか誰かが『チェルノに会わせたらいいかもな…。』
って言ってたけど…この事だったなんて…。
「…本日は楼蘭技師の荒木藤十郎の同伴で訪れるとの連絡を受けたのだが?
彼の姿が見当たらないな。」
「運転手の体調が思わしくなくて医務室につれて行きました。」
「彼の作るプリンは食べられないのか…。」
「そこですか!?」
「噂には聞いてはいますが、食べたことがないんですよ。
本日始めて頂けると思っていたのですが…残念です…。」
「何回もご馳走して貰ってるけど、なぜかうまく再現出来ないのよね…。」
「技師として扱いましょうよ…。」
「じゃ、クリル。早速、挨拶に行ってみる?」
「そうですね。」
セテさんに言われて、車両から出ようとした時、フフさんに呼び止められた。
「クリル。作業員からいくつか気になる噂を聞いたわ。」
「噂?」
えぇ。というと腕組をして眉間にしわを寄せた。
「一つはチェルノちゃんが気に入らない奴は、片っ端から焼かれているっていうものなんだけど…。」
「彼女の教育を担当している『ゲリスルト主任』は、事有る毎に彼女に熱風を浴びせられている。
基礎戦闘力が高く時折体術も絡めてくるが、それによる同士に死者が出た事例は無い。」
「それなら大丈夫そうですね。」
「死なないならいいわね。」
焼かれてみてほしいって視線はやめて。
「あと、もう一つの噂は、いや、噂じゃないかもしれないんだけど。
物凄い身長のメディックがいるんだって。ここに。」
「物凄い身長…
フランケンさんぐらい?」
「さらにデカいらしいわ。250cmを超えてるとかいう話よ…。」
「大佐さん知ってますか?」
「エカテリーナ・エイゼンシュテインの事だな。
今回医療車両に乗り込み、備品類の運用試験に参加するとのことだ。」
「そうですか!」
「彼女は年下の人物が好みらしい。抱擁や頭をなでることに驚かなくてもいい。」
「彼女…らしいじゃないですか。」
セテさんの笑顔を大佐さんが見据えた。
「仲間、なのだな。」
「はい。元々は同業者だったんですが、いろいろな事情があってここに来たみたいですね。
元気そうでなによりです。」
「それは結構。」
そして小さくつぶやいた。
「願わくば…彼女にも良き仲間が現れん事を…。」
最終更新:2010年08月25日 22:52