Chapter 5-3 : 初陣、再び

(投稿者:怨是)


 1945年8月1日、午後1時頃。グレートウォール戦線、山の斜面に面した前線基地にて。
 アースラウグは訓練期間を終え、教育担当官であるジークフリートと共にこの地へと赴いた。今まではGを模した装甲車を相手にしていたが、今回は本物のGと戦う事になる。しかも、話に拠ればこの時期はGの動きが活発になるという。特にワモン級はこの辺りから繁殖期に入り、数が爆発的に増大するとの事で、形勢が不利になる前に攻勢に出て、卵を持ったGを優先的に叩くらしい。
 いきなり責任重大な作戦に駆り出されたものだと周囲は心配しているが、アースラウグはむしろこれを好機と考えた。ジークフリート直伝の戦闘技術があれば、そしてかつてこの戦場を戦い抜いた伝説の槍――ヴォータンを鍛え直したヴィーザルがあれば、必ず生還できる。それも、輝かしい戦果を手土産に。
 先に出撃したジークフリートを思いながら、アースラウグは作戦内容を記した書類に目を通す。

「始めまして。君は、アースラウグだよね。実戦は初めて?」

 炎のようなドレスを纏ったMAIDが、興味津々といった風でこちらに駆け寄ってきた。アースラウグはこのMAIDを知らない。恐らくこの戦場に暫く居たのか、それとも数多くのMAIDの中に埋もれていたのだろうか。兎に角、親しみを持って接してくれるのだから、こちらも第一印象を格好良く決めたい。

「初めてです。が、皆様の足を引っ張らぬよう、しっかりと修練を積んでまいりました」

「お。頼もしいねぇ。私はプロミナ。今回は君のサポート役を務めさせていただきます。よろしくね」

 漸く一人立ち出来ると想像していたアースラウグは、肩透かしを喰らったような気分になった。まるで話が違う。握手を求めるプロミナに、危うくヴィーザルを取り落としそうになりながら、釈然としない表情で応じる。

「……えぇっと、よ、よろしくです」

「どうかした?」

「いや、戦場って想像してたのとちょっと違うなって。もっと、こう……」

 何と表現すべきか。適切な語句が浮かんで来ない。華々しいと形容するのも、アースラウグ個人の感性に上手く嵌らない。かといって、個々人が各々の特技を最大限に生かしてGを圧倒する、などと云えば「戦いを甘く見ている」という印象を与えかねない。

「てっきり、一人で戦うものかと思ったのです」

 己の持ちうる語彙の内から精一杯に搾り出した言葉に、今度はプロミナが呆気にとられたようだ。彼女にとって余程突拍子もない発言に聞こえたらしい。暫くして「えー」「あー」と、掛ける言葉が見当たらずに思案している。

《第三戦闘領域にGの接近を確認! 迎撃班、出撃せよ!》

 プロミナの逡巡を断ち切るかのように、前線基地のスピーカーがサイレンと共にがなりたてた。周囲の足音が地面を騒がせる。方々より響き渡る怒声が、空気を加熱させた。
 辺りを見回すアースラウグの手をプロミナが取り、共に斜面を駆け下りる。

「最前線で捌き切れなかったGを掃討するのが私達の任務。さ、行こう!」

「はい!」

 夏の風が、アースラウグの髪を撫でた。大気中に混じった幽かな異臭が、これから待ち受ける戦いを予感させる。小銃より放たれる銃弾が立ちはだかるGを薙ぎ倒して行く様子を横目に、彼ら兵士の射程の外へと駆け抜けた。
 ――ここが、私達の……私の、戦場!
 疾走の興奮冷め止まぬアースラウグは、到着と同時にワモンを斬り捨てた。記念すべき、一匹目の獲物だ。

「まずは一体!」

 アースラウグとプロミナの両者は繋いでいた手を離し、ハイタッチを推進力に二手へ分かれた。アースラウグはヴィーザルを構え、遠方より接近するワモンの群れを睨む。「掛かってきなさい!」と一喝すると、ワモン達は翅を羽ばたかせて突進して来た。余程、血肉に飢えているらしい。一直線に飛び掛って来る一匹を、串刺しにして地面に叩き付けると、ワモンは即座に絶命した。

「続いて、二体!」

 ろくに統制の取れていないワモン達はランダムに群がる。粗雑な動き、粗雑な戦法。訓練でGに扮した装甲車のほうが、むしろ綺麗な動きをしていたと呆れつつ、アースラウグは次の群れを眺める。

「……飛んで火に入る夏の虫とは、まさにこの事ですね」

 我ながら、快進撃だ。群れへ目掛けてアースラウグは接近し、一閃する。空気を切り裂く程の衝撃が、ワモン達を両断した。ワモン達はこちらの動きを見切ったと判断したのか、漸くヴィーザルを避けるような飛び方で押し寄せて来た。

 アースラウグへ向けて放たれた殺気はしかし、彼女の闘気に押し返された。頭と胴体を両断されたワモンの一匹が地上と激突し、のたうち回る。草を踏み締め、ヴィーザルをワモンから引き抜き、そのまま振り抜いた。体液の雨が降り注ぐのを宙返りで避け、背中へと刃を回す。
 ……確かな手応え! 周囲のGを一掃した感触に、アースラウグは酔い痴れた。得体の知れない恍惚感が、アースラウグの両腕を震わせる。

「さぁ害虫さん、次はどこから参られますか?」

「アースラウグ、後ろ!」

「っと……!」

 今まで影も形も見えなかったフライが、突如として背中に絡み付いた。報告書から、知能を持ったGが居るという話を知っていたが、まさかこの個体がそうなのだろうか。であれば、相手にとって不足は無い。迫り来る有象無象を討ち捨てるだけの単純作業には飽き飽きしていた頃合だ。
 フライの脚を左手で掴み、投げようとする。

「――!?」

 フライがその手を齧り、手首の関節に激痛が走った。痛みのあまり膝を突いた所を、フライは飛び立ち、地面に何度も叩き付ける。本能ではない、明確な敵意が読み取れる。こちらが幾らばたついても、振り解けない。

「離しなさい、このっ!」

 プロミナがそれを止めさせるべく楼蘭刀で立ち向かうが、フライはそれをふらふらと回避する。

「本当は一匹相手に使うもんじゃないけど、仕方ないな……」

 虚空を掻き回すだけの切っ先に業を煮やしたのか、プロミナは懐から小石を取り出して楼蘭刀に当て、マッチの要領で強く擦った。

「ハデス・ブレイカーだ! 味わえ!」

 真っ赤に燃え上がった刀を振り下ろすと、刀身から炎が飛び出し、フライに燃え移った炎が翅を焼き尽くした。
 アースラウグは、フライから解放されたのを見計らい、ヴィーザルを杖に着地する。羽を焼き切られたフライは、地面に腹を打ち付け、おぼつかない足取りで逃走を図る。プロミナはそれを見逃さず、一刀両断した。
 斯くして、苦難は過ぎ去った。まだ、銃声が遠くに響き渡っている。

「あ、ありがとうございます」

「大丈夫? 怪我は無い?」

「何とか……」

 ――これが、こんなのが……本物の戦場?
 その場に座り込み、呼吸を整える。こうなる筈ではなかった。もっと、華々しく敵を打ち倒し、無傷で初陣を飾る事こそが然るべき運命だったのではなかったのか。ブリュンヒルデであれば、それを可能とした。

「さ、厄介な奴はブッ倒したし、次へ行こう」

 悔しい。だが、涙は絶対に流さない。ここで泣けば、母たる軍神ブリュンヒルデに申し訳が立たない。暗澹とした感情を整理できないまま、アースラウグはプロミナへ向き直る。自分にもあの力があれば……と、自らの非力を呪うと同時に、プロミナの持つ魔法のような力に憧れを抱かずにはいられなかった。

「うん? どうかした?」

「何でもないです。行きましょう」

 ここで立ち止まっては、それこそ母の軌跡を辿る事など夢物語だ。それよりもまず、我武者羅に前へ進もう。多少の挫折はこの際、構っていられるものか。知能の高いGは母の居た時代には存在しなかったのであるから、同じ戦い方をしなければ良いだけの事。折角、信頼できるパートナーが傍らに居るのだ。互いの力を最大限に生かそう。
 眼前を見渡せば、次のワモン達の群れが既にこちらを捕捉している。動き方は決まった。アースラウグはプロミナと目を合わせる。

「私が前へ出ます。プロミナさんは、炎で支援をお願いします!」

「任せなさい!」

 プロミナが真一文字に群れを切り裂き、その一撃からあぶれたワモンをプロミナが焼き払って行く。逆にプロミナの存在を危惧したワモンが彼女に接近したのを、アースラウグがヴィーザルの投擲で阻止する。丸腰のアースラウグへ好機とばかりに接近するワモンを、プロミナがカンプピストルで焼夷弾を放ち、発生した炎でワモンは炭化した。

「行ける……!」

 アースラウグは感嘆した。独りで戦うより、楽しい。次々と繰り出される魔法が実に心強い。普通の兵士がカンプピストルで放つ焼夷弾とは比べ物にならない速度で、彼女の炎は敵を燃え滓にしてくれるのだ。プロミナが次の弾を装填し、敵側へと駆ける。同時にアースラウグはワモンの死骸に突き刺さったヴィーザルを回収するべく、後方へと駆け戻る。交差する二人は互いに顔を見合わせ、高揚する心を分かち合った。
 最初にアースラウグが予想していた――というよりも、求めていた――戦場とは違うが、なるほど、日頃から兵士達が演習場で隊列を何度も教官から手厳しく教えられているのは、仲間と共に戦う為であったのか。
 高鳴る胸に呼応するように、アースラウグ達の戦場は加速した。

「餌はこっちだよ!」

 道路の名残の一帯にて、プロミナが火炎瓶を投げ付ける。炎を避けて通る事無く、ワモンがそのまま突っ込んで来た。プロミナがその炎に触れて火力を増幅させると、体表が油に近い体液で覆われているワモン級は、清々しいほどによく燃えた。細胞のことごとくを炎にやられたワモン達は、瞬く間に灰燼へと帰して行く。

「この炎、まさに無敵ですね」

 ……アースラウグがその威力に感心していると、遠くから高射砲やロケット砲が轟々と砲声を上げ、数百メートル先の害虫達を喰らい尽くした。この区域への砲撃は作戦内容に記されていない。

「アース、危ない!」

 プロミナに庇われる形でアースラウグは伏せる。顔を上げると、煙に触れるほどの低空を数十機もの戦闘機が何かに急かされるような速度で飛び去って行くのが見えた。どの戦闘機もこちらには気付いておらず、皆、尋常ならざる殺気を機体から溢れさせているように感じられる。

「あ、あれは……」

「――軍事正常化委員会、黒旗だよ」

「黒旗……!」

 言伝に聞いた事はある。アースラウグが生まれる一年ほど前にクーデターによって結成された政治結社で、MAIDをこの世から根絶すべく、世界中のMAIDを殺したり、MAIDに関わる企業の施設を破壊して回るなど、暴虐の限りを尽くしている組織だったか。実際に、帝国のMAIDの中にも彼らに殺された者が何名も居るという。そんな彼ら黒旗も一度はジークフリートの手によって葬られたが、アルトメリアへ逃げ込んだ残党達が資金繰りやプロパガンダを行い、復活させたのだ。
 これが、黒旗という度し難い組織に対する共通認識である。アースラウグは拳を握り締め、虚空を睨んだ。傍らのプロミナが、肩を軽く叩いて諭す。

「奴らに目を付けられる前に、基地に戻ろう。もうすぐ日が暮れる」

 状況確認の為に駆け付けた他のMAID達に無事である事を伝え、二人は今日の戦果について談笑しながら前線基地へと戻って行った。背中を照らす夕陽が、暖かい。



 その様子を、軍事正常化委員会のMAIDの一人が双眼鏡越しに窺っていた。

「こちら観測班エーアリヒ。作戦本部、応答願います」

《こちら作戦本部、クラインベック少佐だ。要件を聞こう》

 中年の低い声が通信機を通して聞こえて来る。クラインベック少佐はエーアリヒと同じくエントリヒ帝国陸軍出身であり、それなりに面識もある。物静かな雰囲気に反して、意外と雄弁な男というのが、エーアリヒがこの男に抱いた印象であった。

「特定MAID、該当個体プロミナ……個体番号ESS-45082の不正を確認しました。ESS-45114、アースラウグと共闘中し、戦闘行動を終えて基地へ帰還する模様です」

《砲撃地点に入り込んでいたのがその二体か。事故が起こらずに済んだのは幸いだな》

「全くですね」

 自身で手を下したいからという理由で、エーアリヒは頷いた。そしてそれが不可能である事を知っている為に、エーアリヒの胸中は暗澹たる様相を呈していた。
 G-GHQとの重要な会議を近日中に執り行うため、『如何なるMAIDであろうとG-GHQの下部組織たるEARTHに登録されている以上は彼らの財産であり、無闇に傷つけてはならない』と組織末端まで通達されている。何せ、会議の内容はG-GHQから各国に対し軍事正常化委員会への攻撃行動を止めさせる代わりに、各国の動きをG-GHQにとって都合の良いものへと誘導する条約を結ぶといったものだ。
 その局面でMAIDを二体も砲撃に巻き込んでしまったとあらば、最悪の場合、会議の予定自体が台無しになってしまうどころか、G-GHQ加盟国の全てから支援を断ち切られ、孤立してしまう。本来なら数回警告した時点で修正が見込めないならば、“削除”或いは“決別”を迷わず実行するところだが、延々と担当官らしき関係者へ向けて読まれもしないであろう警告文を送り続けているのも、そういった理由だ。
 歯痒い思いをしつつも、エーアリヒとて仕事熱心な性分ゆえに、攻撃禁止令を飲まざるを得なかった。どうせ今回も、と半ば諦め気味にクラインベック少佐に訊ねる。

「……それで、少佐。該当個体は如何様に?」

《現時点では判断しかねる。大規模な不正を目視した際に接触を図ろう》

 否、それでは慎重すぎるどころか、もはや消極的とさえ呼べる。第一、プロミナは訓練期間を終えて間もないのか、殆ど単体で見かけないのだ。今回とてツーマンセルを組んでいた相手が新兵のアースラウグだから良いものの、ベテラン、それも気が強くて手に負えない類のMAIDであれば接触は難しい。

「黙認しろと云うのですか。今のうちに教育しておく方が、彼女の為になります」

《体裁を整えぬ内に指摘すれば、奴も納得せんだろう。それでは“修正”の意味がない。それに、近日中にG-GHQとの会議も控えているのは知っているだろう。今、お前がスタンドプレーに走れば、組織にとって不都合が生じる。万人が頷ける行動を心掛ける事で、お前の望む環境も自ずと出来てくると思うがね》

「そういうものなのですか」

《お前も陸軍時代に感じただろう? 私から見ても彼奴らの独断専行ぶりは眼に余るものだった。彼奴らを疎むのなら、然るべき時期まで待て》

「了解」

 半ば投げ遣り気味に通信機を切り、エーアリヒは舌打ちした。実際のところ、反論する術も持てないのだ。
 G-GHQと軍事正常化委員会の行動原理はある程度は一致している。G-GHQはただ単純にMAIDを束ねる事を目的とした組織ではなく、対G戦線を抱える各国を統括するという大義名分を掲げている。結成当時、下部組織のEARTHがGに対する有効な対抗手段として偶然にもMAIDを発見したというだけで、決してMAIDへの依存を推奨している訳ではない。何らかの不合理が生まれれば当然、手を尽くして潰そうとする筈なのだ。
 エーアリヒを初めとする軍事正常化委員会の面々の見解として、炎は酸素との複雑な化学式を経て発現する現象である。世界の“(ことわり)”から逸脱すれば、それは魔術めいた何かでしかない。コア・エネルギーを即ち魔術と定義させてしまえば、それは物理法則の崩壊を肯定する事となる。さて、その対価を支払う者は誰なのか。それは今の所、判然としないが、いずれは支払わねばならないだろう。それも、大きければ大きいほどだ。己の持っている道具に対して無知である事ほど、恐ろしい事はない。

「仕事と私情は分けますよ……我慢も仕事の内ですからね。ですが……」

 だからこそ、エーアリヒは感情の整理を付けられずにいた。この瞬間に殴ってでも解らせねば、プロミナはG-GHQと軍事正常化委員会との交渉が成立するまでの間に、何度も不正を働くに違いないのだ。そうして――あの忌々しいひび割れマント(ルフトヴァッフェ)の連中程ではないにせよ――確実に、MAID全体の品格を貶めて行く。

「……許可さえ下りれば、手加減はしない」

 プロミナとアースラウグの居た方角を、エーアリヒは眼鏡を掛け直しながらじっと睨み続けた。いつか交差する機会が、なるべく早いうちに巡って来てはくれないものかと、胸中で祈りながら。


最終更新:2010年10月21日 20:30
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。