(投稿者:フェイ)
「粗方、片付きました、か…?」
荒い息をはきながら斬り倒したウォーリアの胴へとヴォーダンを突き立て、とどめを刺した
ブリュンヒルデは周囲を見渡す。
死屍累々。斬り伏せられ、砕かれ、撃ちぬかれたGの死骸が山のように積まれている。
一方でメード達の損害も少なくはない。
エターナル・コアのエネルギーによって人間より高い再生能力を持っているとはいえ、即座に治るわけでも痛みが消えるわけでもない。
あるメードは引き裂かれた肩から流れる血で右半身を真っ赤に染め泣き叫び、またある者は折れた足を引きずりながら必死に歩いている。
痛々しい様子に顔をしかめながら、しかし倒れ伏して動かないメードが居ないことを確認し、ブリュンヒルデは安堵の息をついた。
「一先ず、乗り切れたようですね……負傷者は下がって救護をうけてください! 無事な者達で警戒を行います! 動ける者は今しばらく私に力を貸してください!」
なんとか声を張り上げ、激を飛ばす。
比較的軽傷なメード達には警戒任務を頼み、武器や防具を失ったメード達には動けないメード達の救護を任せる。
「…元気じゃのうブリュンヒルデ」
「…! 無事でしたか…目立った外傷もないようでなによりです、ハジメ」
「うむ…が、ちぃとばかり無理をしすぎたかの」
苦笑いをしてみせる壱は、ロボットアームを腕から外し小脇に抱えていた。
見れば、壱の装備していたロボットアームは指先が全て曲がった上にひしゃげ潰れていた。
また腕を覆う部分にも切り裂かれた後があり、コアエネルギーを受け緑色に輝いていた部位は輝きを失っていた。
「全く、柔なものじゃ。もう少しもってくれれば良いものを…。すまぬが、警戒の方は任せる」
「ええ。…ハジメがその子を犠牲にしてくれたおかげで助かった娘もいますから」
「そういってくれるとこやつも浮かばれるの…。では、もう一働きするとしようか」
ロボットアームを地面に置くと、壱は負傷したメード達の方へと走っていく。
面倒見よく傷ついたメード達に声をかけて元気づけていく様子を見れば、疲れも少し癒される思いでブリュンヒルデはわずかに笑みを漏らす。
「あの、ブリュンヒルデ様」
「…ああ、すみません。では警戒に廻りましょう。手分けして生き残りのG、あるいは第二波がいないか確認を。
一人で無理をしようとせず、発見したら必ず仲間を呼ぶこと。良いですね?」
「はい!」
「では、頼みます」
別れて警戒にあたるメード達を見ながら、自らも周囲の警戒へ当たる。
倒れ伏したGを見、しぶとく生き残っているものがいないかを確認、時折、死体の中へ埋もれていないかをヴォーダンでかき分けながら見ていく。
(新兵がほとんどのこの戦線で、死者が出なかったのは…)
自らを軍神と呼んでくれる帝都の人々たちには申し訳なく思うが、ブリュンヒルデは自分の力は大したものではない、と考えていた。
無論、自分が軍神と呼ばれることで人々が安心出来るのならばそれはやぶさかではないし、その為の努力はいくらでもする。
しかし、たった一人で前線を支える力など無い、驚異的なスコアは生き急いでるがゆえの特攻故。
周りで支えてくれる人がいるからこそ『軍神』と呼称される立場にいられるのであって、己を『軍神』などと思ったことはなかった。
その思いから今の戦闘を振り返り、戦闘の興奮状態から逃れた今だからこそ、ブリュンヒルデの胸に違和感が湧き上がる。
「…あの戦力差であれば、こちらも甚大な被害は避けられなかったはず……」
戦闘に入る前、哨戒からの報告を聞いたときには幾らかの犠牲が出ざるを得ない戦線に悔しい思いをした。
先ほどまでは皆が無事であったことを喜んでこそいたが。
「何故………」
改めて周囲を見渡した時、それに気づいた。
「………Gの死骸が……少なすぎる……?」
無論、重火器を使っているメードや壱のような高威力の打撃によって飛び散ったためしっかりとした死骸の残っていないGもいるだろう。
だがそれにしても少な過ぎはしないか。まるで、G全てがこちらへ来ずに別の所へいってしまったかのような―――。
「…………!!」
最悪の想像が脳裏をよぎった。
この戦線に集まった大量のGが全て陽動ならば、今頃その残りはどこにいる――?
人類側の戦力がすべてこの戦線へと集中している今、奴らは数は少なくともなんの抵抗もなく帝都への道を通過していることとなる。
奴らにそんな知恵があるかどうかはわからない――いや、あるのかもしれない。
303作戦で、ブリュンヒルデの仲間達を、全て屠った奴らならば―――!!
「くっ……!」
疲労に痛む体に鞭打ちながらブリュンヒルデは戦略本部へと駆け込んだ。
救護活動を行っていた壱や他のメード達が、血相を変えて飛び込んできたブリュンヒルデを見て驚くが、かまっている暇はなかった。
通信装置をつかみ、大声で叫ぶ。
「こちらブリュンヒルデ! 総合本部応答を! …こちらで倒れているGが少なすぎます、至急この戦線以外でのGの動きを確認して下さい!」
『了解した、今から確認を飛ばす、しばし待て』
通信が切れると、その場を重い沈黙が包みこむ。
誰もが、ブリュンヒルデの切迫した表情に声をかけられずに戸惑うばかりであった。
沈黙の中にいるブリュンヒルデにとって、通信の返答を待つ時間が異常に長く、5時間にも10時間にも感じられた。
ノイズと共に返答が聞こえた瞬間、ブリュンヒルデは通信機を手に取る。
『こちら総合本部、戦略本部、聞こえるか?』
「こちら戦略本部、ブリュンヒルデです!」
『―――確認した。
エントリヒ帝国の国境東側から帝都へ向け、Gの大群が侵攻中だ…』
一瞬にしてその場にいる全員の顔が青ざめた。
今いるクロッセルとの国境付近とは正反対――どんなに急いだところで到底間に合わない距離だ。
「残存戦力は…っ」
『……分かっているだろう、現在稼働中の戦力はほぼそちらへ向けていた』
「ならば……帝都は…帝国の人々は……っ」
『…………』
再びの沈黙。
『………ん? ……いや、少し待ってくれ』
ヒビが入りそうなほど握り締めていた通信機から聞こえてきた声に、ブリュンヒルデはわずかに力を緩める。
『確認した…現在、
レギンレイヴが向かっているとの報告が―――』
「レギンレイヴ…!」
ブリュンヒルデの顔に安堵の笑みが浮かんだ。
彼女ならば大群を押しとどめながら十分に渡り合うことが可能だろう――その間に自分達が戦場まで到達できる。
そんなレギンレイヴへの信頼と、大事な妹が帝都を守ってくれている、という誇りがブリュンヒルデの胸を暖かくさせる。
これならば―――。
「………レギンレイヴ、が?」
カラン、と背後で何かが落ちる音がした。
振り向いてみれば、先程よりもさらに顔を青ざめさせた壱が、水を使いきり空になった水筒を取り落としていた。
「……どうしたのですか、ハジメ。レギンレイヴならそうそう遅れは……」
「そんな問題ではない…あ奴は……あ奴のコアエネルギーはもう……!」
その先の言葉は容易に想像がついた。
暖かくなった心に冷水をぶちまけられ、ブリュンヒルデは思わず壱の胸ぐらを掴み持ち上げる。
「どういう……どういうことです!? あの子の検査結果はっ…!!」
「ぐっ……検査、するまでも、無かった…ということじゃ、よっ……まずは、離して、くれんかっ…」
苦しげな壱の声に我に返ったブリュンヒルデは慌てて壱を地面へと下ろす。
壱は地に足を付けると、二、三度咳をして呼吸を落ち着かせる。
「……あ奴は随分前から、自分の体の不調を隠して戦っていた…。いつ、倒れてもおかしくないほどに」
「…そんな……」
ブリュンヒルデの脳裏にレギンレイヴとのやりとりが甦る。
あの時も、あの時も、あの時も。
全ての笑顔は、自分への対応は無理をして、嘘を付いていたものだというのか。
「そんな状態のあ奴がいってどうなる…なぶり殺しにされるだけじゃぞ…!」
―――レギンレイヴが、シヌ?
息がつまり、身体が硬直した。
寒気が全身を包み、今まで抑えていた震えが止まらなくなる。
「……そんな……!」
何故気づいてやれなかった、何故察してやれなかった。
自分に残された、たった一人の妹の気持ちを―――!
「何をしておる…!」
言いながら、壱がどん、とブリュンヒルデの背中を押す。
硬直が解かれふらつくブリュンヒルデに、壱が声を張り上げた。
「ゆけ、ブリュンヒルデ! ここはなにがあろうと私らが引き受ける! ぬしはあの馬鹿者を引きずってでも戦場から連れて帰ってこい!」
「……すみません、ハジメ。頼みます!!」
本来ならば、ここで軍神であり皆のまとめ役であるブリュンヒルデがここを離れることなど許されない。
救援ならば他の誰かに一小隊を任せ向かってもらえば良いのだ。
だが、そんな考えは毛頭なかった。
「通達!! ブリュンヒルデはこれよりグレートウォール前線東部におけるレギンレイヴの救援に向かいます!」
最終更新:2011年03月05日 23:32