Chapter 1 : 職務

(投稿者:怨是)


 強力なMAIDは、この黎明期において奇跡的に続出していた。
 この技術が世界中に広まって以来、各国から様々なMAIDが生まれている。

 ジークフリートもその成功作の一つであり、それ故にエントリヒ帝国においては大々的に報道された。
 無論、致命的な機密だけはひた隠しにしたままで。
 いつの世に於いても、働きアリの統治は適度に視覚を潰しておくのが最適とされている。




 雨と夕暮れですっかり暗くなってしまった、午後の6時の事。

「……やれやれ」

 この嘆息の主は、ホルグマイヤーである。
 皇室親衛隊の一部門である公安SSの下請け業者のようなもの――通称“秘密警察”に所属する一人であり、また、対MAIDのプロフェッショナルでもある。

 ――ジークフリートの強さには、秘密がある。
 その単純なポテンシャルの高さに加え、厳格な訓練、周囲の支援。
 戦果の大半は脚色して報道され、国民達を沸かせていた。
 支援の一つに、この秘密警察の暗躍が含まれているのである。

「どうせなら上手い使い方を研究したいもんだ。こんな立場じゃなけりゃあな」





 時刻は今から11時間前の庁舎に遡る。
 午前6時には既に起床し、自室にて手記をつけていた時の事だった。
 本日の行動予定のおさらい、ブラックリストのおさらい、報告書のコピーのおさらい。
 秘密警察はその特性上、同僚にも手の内を明かすべきではない。
 重要な書類は全て、鍵をかけて保管するしかないのだ。

 左手の肘の肉に埋め込んだ(具体的な方法の明記は避けるが、衛生上の問題はとりあえずクリアしている)鍵を取り出し、箱を施錠する。
 機密漏洩を未然に防ぐため、職員らは全てこの庁舎で生活するのだ。
 当然ながら庁舎は厳重に管理され、ベルトのバックルに保管される鍵が無ければ自室の出入りすらままならない。

 秘密警察が“秘密”と名乗るのは、そのアンダーグラウンドな活動内容によるものが大きい。
 国家反逆者や政府転覆を狙うスパイ、その他帝国全土の士気を著しく削ぐおそれのある要素の排除。


 MAIDは例外になるのか?
 その道理は断じて無い。

 あまりに強すぎるMAIDは、エントリヒ最強と呼ばれるジークフリートの存在意義および価値を危ぶむものとして危険視されたのだ。
 事前に警告を行い補佐に回らせたり、戦果の報告数を分散させるなどで整合性を出してもやはり限界は出てくる。
 基本的に、報告された戦果に応じて装備や勲章などの手続きがなされるのだが、過少スコアで報告してしまうとそれらに影響が出るため、前線の士気が落ちるという悪循環に陥ってしまうのだ。本来のスコアと表向きのスコアを用意するわけにもいかない。
 そこで、何らかのプロパガンダによって事前に全国民に情報を行き渡らせ、その上で排除するという決定がなされたのである。

 ・苛烈なバッシングの末に「死んで当然だ」と思わせるような無残な方法で排除
 ・共産主義者であるとデマを流し、銃殺などで公開処刑
 ・愛国心の発露として捨石作戦への投入
 ・その他、考えうる限りの有効な措置があれば状況に応じて実行する

 これらを行うべく、秘密警察はSSと共同で現場担当官を派遣。
 兵士らに徹底した教育を行う。「MAIDとは距離を保て。決して親密になるな」
 この規則を破れば、軽度の場合は収容所にて再教育。
 重度なら、もはや語るまでも無い。



「押し倒しちまえば容易く折れるもんだよ。女っていうもんは。MAIDは犬みたいなもんだからなお更さ」

 喫煙所にて、同僚のマクレーヴィヒの言である。
 彼はレイシストであると同時にセクシストでもあり、男女問わず多くの人間の持ちうる固定観念をステレオタイプ的に持ち合わせていた。
 女は守られる存在でか弱く、コアを乗せない限りは決して男を超えることは出来ない。
 Gによる大戦での女性の役割は、兵士となる人間を生産するか、MAIDとして兵士となるか。
 そしてどちらの場合でも我々男性を支える存在で無ければならない。


 マクレーヴィヒの豪語にホルグマイヤーは複雑な心境だった。

 この理論は、多くの様々なフェミニストからすれば反吐が出るか、もしくは救いようの無い屑と見なして無視してしまうであろう。
 しかし、彼の生きている時代においてはこれらがまかり通っていたし、それで安定を保てていたのだ。あくまで表面上では。
 情勢と法が変われば変化を要求されていたかもしれないため、断言はしたくなかった。

「確かに今まで可愛がってくれた飼い主に、突然蹴り飛ばされて挙句の果てには保健所だ。意固地になる気すら起きないだろうよ」

 秘密警察的にはこれが一番、無難で妥当な返答だろうか。
 下手に情勢批判までしてしまえば一瞬で密告、飼い主である人間まで保健所送りと来るのは御免だ。
 今のエントリヒにおける我々など、煙草の灰である。風のひと吹きで霧散してしまう。
 手のひらであおぐだけで消える。

 303作戦についてもそうだった。
 グレートウォール近辺にてMAIDを用いた大規模G掃討作戦を行ったのだが、上層部の過信によってろくに作戦内容の推敲も行われなかった結果、多くの兵力を犠牲にし、テスト部隊以外の全部隊は撤退。救援要請も断り、そのまま無かったことにしたのだ。
 この件のもみけしに秘密警察は随分苦労し、国内の世論の雲行きが怪しくなるや否や、不穏分子を全て抹殺。
 その際の大義名分が、「彼らは存在しない作戦をネタにエントリヒを混乱に陥れ、国家転覆を狙うスパイ」というもの。
 当時圧倒的な支持率を誇っていたカリスマ社会学者にリベートをつぎこみ、新聞にて発言させた。
 即座に国民は付き従い、303作戦を論拠とした批判団体を逆に世論から孤立させたのである。


「まぁ出来の悪いワンちゃんだ。いい犬がすぐに手に入るとしたら、そんなもんすぐに愛想尽かすだろうよ」

 マクレーヴィヒが口元をにやつかせる。
 問題は、本当に“すぐ”手に入るわけではないという事だった。
 無駄な混乱を避けるためにSSとの情報共有はある程度なされており、秘密警察のメンバーなら誰もが『MAIDはコストが莫大である』と知らされている。
 外見や身体能力も含めて良い素体を見つけるのは楽なのだが、コアの採掘量が極めて少ないのはもとより、維持費や訓練費用などがかなりかさんでしまうのだ。
 ホルグマイヤーは彼の何でもない失言を軽く茶化す。 

「あんたの例え話は、いつもどっかで破綻するな」

 そんな簡単な会話を一言、二言交わした後、ホルグマイヤーはタイムカードを叩いて駅へ向かった。
 秘密警察の仕事は、何も戦闘だけではないのだ。
 他の組織との連携や摺り合わせも立派な仕事となる。


Prologue ◆ NEXT


最終更新:2008年11月08日 10:47
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