(投稿者:神父)
注意深く照明を落とされた会議室に、再び男たちが集まっていた。
「長官、単刀直入に聞くが、あれは失敗ではないのか?」
会議卓の上座に座った男が、疑惑を含んだ声で問う。
長官……
テオバルト・ベルクマンはその疑問を払拭するように努めて明るい声を出した。
「いいえ、閣下。あれは予想以上の成功と言えましょう……場所についてはともかく、ですが」
「その場所が問題なのだ。君や君の部下が例の調査隊を妨害しているのは知っているが、私の相手は皇帝だ」
「心痛、お察し致します」
「冗談で済む問題ではない。下手をすれば我々全員が尻尾を掴まれかねんぞ」
「無論、承知しております。陛下ご自身についてはこちらからは手出しできませんが、それ以外のすべてに関してはどうとでもなります」
「信用してよいのだろうな」
「言うまでもありません。陛下の権力などいまや半ば骨抜きも同然ですからな」
「半ば、では困るのだ。完全に形骸化してしまわなければならん」
「……今後の戦局に、無闇やたらと口を突っ込まれてはかなわない、と?」
「ふん、今すぐにでも暗殺したいくらいだよ、まったく。……ところで、予想以上の成功と言ったが、それはどういう意味かね?」
「技術部の報告によれば、永爆はさらなる威力を発揮しうるとの事でして」
「ほう?」
「アクスーグヌートの一件は新たな可能性を示唆しました。“双子が生まれた”とでも言うべきでしょうな。
我々は瘴撃型永爆をさらに発展させ、コアを二つ使用して二重構造にする事で威力を乗算する事ができます。
アクスーグヌートの
あれなどまだ手ぬるいと思わせるほどに」
「コアをより多く消費しては意味がないと思うのだがね」
「威力の増加はその上を行きます。試算によれば、およそ四倍程度になる見込みとの事。
また、驚くべき事に例の直掩MAIDは無事に帰投しております……あの爆発の中心からです!」
「そのMAIDはどうした?」
「精密検査にかけました。技術部は思いがけないデータに狂喜しております」
「ふむ……まだ使えそうかね、そのMAIDは?」
「使えます。もっとも今は任務に復帰しております……しかし、あれはあまり表向きのMAIDではありませんが?」
「いや、別に表向きに使おうというわけではない。ただ、暗殺のために使えるカードを確認しておきたかっただけだ。
……そういえば、例の技術大尉がいないようだが?」
「残念ながら、彼は戦死しました。例の
Si387に同乗していたもので……骨どころか灰も残っておらんでしょうな。
技術部の折衝役としてはこれ以上ないほど腕利きの人材だったのですが……惜しい事をしたものです」
「永爆の開発に支障が出そうかね?」
「多少の遅れは避けられませんな……あれには各方面の連携が不可欠ですのでね。
しかし、最大限の努力はしましょう。開発主任……例の技術中佐にも奮起するよう命じます」
「よろしい。では、諸君―――」
ギーレンが立ち上がり、全員がそれに倣う。
「―――戦争を続けよ。ジークハイル」
「「ジークハイル」」
“アクスーグヌート爆発”の夜から二週間。
今のところ、
ドルヒの予想は外れていた―――
サバテは、ハインツに事の経緯を語ってはいなかった。
彼女がその日の訓練を終えて自室に戻ると、扉の下に一通の手紙が差し込まれていた。
「……?」
差出人には「Oskar Magath」とある。封筒の中には手紙だけではなく何か小さなものが入っているようだ。
エヴナの言っていたマガト技術中佐の事だろう……彼女は封筒を改め、特に不審な点もないため封筒を開ける事にした。
封印を破り、中身を手のひらに落とす。便箋が一枚と、宝石の嵌め込まれたネックレスが入っていた。
「ネックレス……?」
シンプルな作りの銀製ネックレスである。
ただ一つのセグメントに、精緻なブリリアント・カットの施された1カラットほどの透き通った宝石があしらわれている。
サバテはその輝きに数分もの間見とれ、ようやっと我に返って便箋を開いた。便箋には震える筆跡で以下のように書いてあった。
「報告は聞いた。経緯がどうあれ、娘の最期を看取ってくれた君に、彼女の魂を贈る」
サバテはたった一行のその便箋を読み返した。エヴナの魂……エターナルコア。
オスカーは、サバテが持ち帰った彼女のコアの欠片を研磨して装飾品にしたのだ。
「……エヴナさんの……」
サバテはネックレスを両手で包み込み、そして意を決したように首にかけた。そこには先客がいた―――ブルクハルトの壊れた懐中時計だ。
二つの形見は微かな音を立てて胸元に収まった。まるでそれが当然の事であるかのように。
彼らを殺した事を、サバテは決して忘れないだろう。
その罰が己の良心に責め苛まれるだけの事だとしても、それこそが自ら道を選ぶという事……人間であるという事なのだから。
人は常に過ちを犯す。それを償うのは人でなければできない事だ。
1945年10月31日。
この日、サバテは罪を背負って生き続ける事を決意した。
だが彼女がこれから何をすべきか、あるいは何を成す事になるのか、歴史はいまだ語ろうとはしなかった……。
最終更新:2008年11月10日 01:07