フォースド・トゥ・フェイス、アンノウン ◆kiwseicho2
ほんの少し視界を広げると、学校の屋上から見える夜空は広く、
そこには沢山の小さくきれいな星たちが、われよわれよと輝いていました。
――暗くて黒いこの世界を照らすたくさんの小さな光。
きっとこの会場に連れてこられたアイドルたちは皆、ちょっと前まではあの空に居て、
つらい現実に、悲しい出来事に、変わらない毎日に光を当てて、
世界中の人たちの望みを背負って、愛されていたんだと思います。
今もまだ、それは変わりません。
みんなの中にいる“アイドル”はきっとまだ、変わらず世界を照らしています。
それでも少なくとも私は。
私のなかの“アイドル”はもう、
空から落ちて土に汚れて、きれいな星では、なくなってしまいました。
*
ふぅ、と深呼吸を一つしたあと、私、
三村かな子はM16A2を
大槻唯ちゃんの身体に向けて構えたまま、
3秒間その場に制止して彼女の反応を伺いました。
「殺したと思っても油断はするな。まずは呼吸の有無を確認しろ。
芝居が上手くても、単に気絶でも、訓練も受けていない者に肩の上下までは誤魔化せん」
私に殺し合いの“訓練(レッスン)”をしてくれたスペシャルトレーナーさんがこんなことを言っていたのを思い出します。
あの人は他にも何回も、口癖のように私に「確認しろ」と言いました。
「確認しろ」「油断するな」――「自分で考えろ」。
ふわふわと生きている私のような人間は、常に気を張っていないと足元をすくわれてしまうぞ、と。
殺し合いのための特訓の日々はとってもとっても辛かったけれど、
これに関しては確かに、その通りだなぁ、と思ってしまいます。
いつだって私はプロデューサーさんに言われるがままアイドルをしてきました。
レッスンも、お仕事も、
自分からこういうのはどうでしょうって言うことはあんまりなくて。
最初にプロデューサーさんに声をかけてもらったあのときからずっと、
アイドルとしての私はプロデューサーさんに任せっきりだったように思います。
この殺し合いに巻き込まれる前の最期のお仕事、ひとりで行ったあのお仕事は、
いつもどれだけプロデューサーさんが頑張っていて、どれだけ私がプロデューサーさんに頼っていたのかを教えてくれました。
プロデューサーさんがかけてくれた魔法が解ければ――私はまだまだ、普通の女の子だったんだって、確認させてくれました。
「大槻唯、死亡確認、です」
3秒神経を研ぎ澄ませて彼女の死体と周りの空気に異常がないことを確認したあと、
私は銃を下ろして、急いで私の殺した大槻さんの死体のそばに駆け寄ります。
このころにはもう、私の顔は正常な、見れる顔へと戻っています。――急がなければなりません。
でも、ダンスのステップを踏むように、なめらかに行わなければなりません。
まずうつ伏せに倒れている大槻さんの身体をゆっくりと仰向けにします。
続いて彼女の死んだ手が握っている曲剣、カットラスをなかば強引に、その綺麗な手から引きはがします。
そばに落ちているデイパックから、そのまま大槻さんの支給品を回収します。
「……ストロベリー・ボム」
私はここで初めて、大槻唯ちゃんもまた、ちひろさんが息をかけたアイドルの一人だったことを知りました。
じゃなきゃ私が何度も使用訓練をしたこのアイドルを殺す凶器が、11個もデイパックに入っているはずがありません。
でも、だとすればこれは「潰し合い」になるのでしょうか。
いいえ。私は違うと思います。
なぜって、一週間の“訓練(レッスン)”の最期に、スペシャルトレーナーさんは私にこう言ったからです。
「訓練(レッスン)は開始後すぐに、現地でも行われるだろう」。
……始まってすぐの端末の更新。
一撃で決めず、臆して話し合いでもしていればこちらが死んでいただろう相手の支給品。
考えるまでもなく、そういうことなんでしょう。
59人のアイドルを敵に回す最後のアイドル。
その資質が私にあるのかどうか――私、三村かな子はまだ、試されているんです。
「試されているのなら。期待以上のことをしないといけない。そうですよね、ちひろさん。トレーナーさん」
ストロベリーボム(はじける、赤い実。ひどい名前だと思う)を自分のデイパックに収めきって。
カットラスを右手に持った私には、ここから立ち去る前に一つ、やろうと思っていることがありました。
これは明確には命令されていない指示。私が自分の意志で行う、私なりのこの殺し合いへのアピールの仕方。
「示しますね。私がアイドルを全滅させられるってことを。
私以外の“アイドル”を全員殺すことが出来るってことを、目に見える形で……っ……」
それはとってもふざけた行為です。
本来なら行わなくてもいい余分な動作だし、きっと私がこんなことをするなんて、誰も思ってないだろうことです。
でも――私がみんなの“敵”になると決めたなら、
悪役であるなら、これくらい酷いことをしないといけないって、思ったから。
私はその場にひざまずいて、星と月の明かりでわずかに分かる大槻さんの死に顔に左手をかけました。
うつ伏せに倒れるとき額を打ったらしくて、おでこには小さな切り傷がありますが、外人さんみたいに整った綺麗な顔です。
大槻唯ちゃん。
お仕事で一緒になったことはないけれど、私は同じアイドルとして、この“顔”をよく知っています。
つやのある金髪にギャルっぽい格好の近寄りがたい姿とは裏腹に、明るい笑顔と人懐っこさでいろんな人と交流があって、
数人で集まればその輪の先頭に立ってみんなを引っ張っていくような女の子。
消極的で、ぱっとしない見た目で、お菓子作り以外にはあんまり自信もない私とは対照的で。
最初に情報端末に表示された彼女の名前を見たとき、内心私はこれは運命なのかもしれないと思ったくらいでした。
いいえきっと、運命なんでしょう。
三村かな子が最初に奪った“アイドル”が大槻唯になることは、なにかに定められていたのでしょう。
私は右手のカットラスの刃を慎重に持って。
大槻さんの“顔”に――彼女の“アイドル”に、刃を入れていきます。
私はアイドルを全滅させるアイドル。私以外のアイドルから、全ての“アイドル(偶像)”を奪わなければならない存在。
では、アイドルとはどこにあるんでしょうか? それは、命を殺せば奪えるものなんでしょうか?
心を折れば死んでしまうものなんでしょうか? 地に落ちたアイドルは、星としての光を消してしまうんでしょうか?
私は、違うと思います。アイドルが死ぬのは――“顔”を奪われたとき。
その“顔”を誰にも思い出されなくなったその時に、きっとアイドルから光は失われ、アイドルは少女から失われるんです。
だから私は、59人の敵として、人と“アイドル”を両方殺します。
みんなの顔から“アイドル”を剥がして、笑顔も泣き顔も、嫌な顔も驚いた顔も全部奪って、誰でもない誰かにしてしまえば。
――アイドルとして死ぬことすら、許さなければ。きっとそれは正しく最低なアイドルの敵だ。
ナイフとして扱うにはカットラスは少し大きかったけれど、訓練の甲斐もあってか、数分でそれは完了しました。
他の部分を傷つけることなく、その場所になにも残すことなく、
いま大槻唯ちゃんから奪われた”アイドル”は、私の左手からぷらんと吊り下げられた薄い皮になっています。
「ごめんなさいっ……貴女のアイドルは、いただき、ました」
私はその皮を左手で握りしめ、ぐちゃぐちゃと手の中で混ぜてもとのかたちを分からなくして、屋上の柵の向こうへ投げ落としました。
こんな普通なら無駄な作業、あと何回行うことができるか分かったものではありません。
出来るのなら、丁寧に、迅速に。
左手に残った小さな彼女の肉片と、彼女の血を、私はある種の懺悔をこめた儀式めいて、舌べろでちろりと舐めます。
鉄に似たその紅い液体とざらざらした皮膚の粒が与える味は、
おいしくありません。
おいしくありません。
おいしくありません。
それでも。私は他のアイドルから“アイドル”を奪って、彼女たちを世界から消して――レベルアップしないといけないんです。
*
屋上から一階降りて。
手洗い場で手を洗っていると、ポケットにいれていた端末がバイブレーションしました。
画面を見るとそこには事務的な文体で、【視聴覚室のPCからアプリ“ストロベリー・ソナー”をDLせよ】と書かれています。
私の仕事がひと段落した後を狙ったかのようなタイミングです……。改めて、怖気が背中を伝いました。
ストロベリー・ソナーとは何なんでしょうか?
名前からして、ストロベリー・ボムの位置を把握できるアプリなのかもしれません。
普通の武器ではなくお手製の武器を作った理由は、発信器としての役割を仕込むためだったんでしょうか。
あるいはもっと単純に、参加者の位置がわかったりするアプリなのかもしれないけれど――どうやらここから先は、
さっきのように「どこどこに誰がいる」といった強力すぎる情報は、私にも制限されてしまうようでした。
「自分で考えて動け、ってこと、ですよね……」
暗にそう言われることで、
ちひろさん達に言われるがまま動けばいいやなんて考えている私がいたことを、改めて確認させられました。
それじゃダメだって、ダメだったんだってあれほど思い知らされたばかりだっていうのに……やっぱり私は、バカなんです。
プロデューサーさんにもバカなことはよせって言われてしまいましたし、きっと天地がひっくりかえるくらいのバカなんだと思います。
でも、いいんです。
私がどれだけ救いようのないバカになったって、プロデューサーさんさえ生きていれば、
きっとあのひとはいつかまた、私ではないどこかの女の子に、私みたいに魔法をかけてくれるはずだから。
こんな私でさえ“アイドル”にしてくれたプロデューサーさんなら――その誰かを私みたいに、いや私よりもっと、輝かせてくれるはずだから。
私はもう地に落ちて、あなたを救うことしかできないけれど。
あなたはもっと沢山の女の子を輝かせて、あの空へ打ち上げることができるから。
だから――私にかけてもらった魔法は、もう解いてくれたって構いません。
私のことは、忘れてください。
代わりに……私が顔も知らない誰かを、何人だって何十人だって、あの舞台へ連れて行ってあげて、ください。
私は、視聴覚室へと向かいました。
【F-3・学校/一日目 深夜】
【三村かな子】
【装備:US M16A2(27/30)、カーアームズK9(7/7)】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり)
M16A2の予備マガジンx4、カーアームズK7の予備マガジンx2、カットラス、ストロベリー・ボムx11】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。アイドルは出来る限り“顔”まで殺す。
1:“ストロベリー・ソナー”を視聴覚室でDLする。
1:次に殺す相手を探す。
※ストロベリー・ソナーがどんなアプリなのかは次の人に任せます
最終更新:2012年12月12日 19:51