彼女たちが探すシックスフォールド ◆John.ZZqWo



「泉ちゃーん! こっのくらいでいいー!?」
「あっ、そんな大声出したら……、あのもう確認できたんで彼女を連れ戻してください川島さん」
「はいはい、任せなさい――友紀ちゃーん! もう戻っていいわよー!」
「だからなんで大声っ!?」

まだ街の中が深い夜の中に沈んでいる頃、大石泉姫川友紀川島瑞樹の三人は何か実験のようなことをしていたようだ。
それは、どうやらもう終わったらしい。
30メートルほど距離をとっていた彼女らは集合すると、先ほどまで篭っていた一軒家の中へとまた戻っていった。


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「それで実験の結果はどうだったのかしら?」

12畳とおおよそ一般的な広さのリビングルームの中、テーブルを囲むように座ったところで最年長の川島瑞樹が口を開いた。
同じく席についた大石泉はひとつ頷くと、手にもっていた情報端末をテーブルの真ん中に置いて説明をはじめる。

「結論から言うと、この情報端末に表示される私達の位置は紛れもなく私達の位置そのものです」

その言葉に川島瑞樹はなるほどと頷く。
しかし三人の内の最後、姫川友紀は頭の上にクエスチョンマークを浮かべて手をあげた。

「それって当たり前じゃないの? それともなんか意味あるの?」

えーとですね……と大石泉は口ごもり、それは最初に説明したはずなんだけどなぁと心の中でツッコミを入れる。
とはいえ、一から説明するのも考えが整理できてよいと思いなおり、改めて詳しい説明をはじめることにした。

「この情報端末には私達の現在位置が表示されますが、それが何を基準としているかには二通りの可能性があったんです」
「……二通り?」
「それは、この端末そのものの位置を表示しているだけなのか、私達本人の位置を表示しているのかってことなのよね?」

川島瑞樹の言葉に大石泉ははいと頷く。
さきほどの実験――姫川友紀だけがわざわざ二人と距離をとったのはそれを確定させるためのものだった。

「私が姫川さんの情報端末を持って、姫川さんに移動してもらったわけですけど……」
「ふむふむ」
「彼女の名前は彼女が実際に移動したとおりに情報端末の上でも移動したってわけね」

そうですと大石泉は再び頷く。彼女と川島瑞樹の間ではこの実験の意味と結果がもたらす重要性、それが共有できているようだ。
だがしかし、姫川友紀だけはまだそれがいまいちピンときていないらしい。

「つまりですね。
 私達の位置を知らせる発信機やGPSのようなものはこの情報端末の中ではなく、私達自身の側にあるということなんです」
「えっ? それってどういうこと?」
「おそらくは……この首輪ね。そう考えるのが自然だわ」

言いながら川島瑞樹は自分の首にはめられた銀の輪をなでる。大石泉も同じようにしながら同意した。
姫川友紀も二人のしぐさを真似るが、依然としてその重要性にまで思い至った様子はない。

「結局は当然のことですけど、この首輪によって位置情報も把握されているのならばまずはこの首輪を外さないといけません」
「うん、さっきも言ってたよね」
「仮に情報端末が位置を知らせているものそのものだったら、
 これを捨てればもしかすれば企画を運営してる側からは見失わせることができたかもしれなかったんだけどね」

そんな安易ではないと理解していたが、厳然たる結果が出たことに川島瑞樹は小さな溜息をこぼした。
姫川友紀もようやく実験の意味を理解したようで、そうだったのかぁと同じように溜息をつく。
一方、大石泉はこのことについてメリットがないわけでもないと発言した。

「逆に考えれば、たとえはぐれるようなことがあってもその人の情報端末があれば簡単に合流できるとも言えますよ」
「ああ、じゃああたしの情報端末を川島さんに持っててもらえば、迷子になっても迎えにきてくれるんだ」
「……確かに、三人の間で情報端末を交換しておけばそれぞれを追うことで簡単に合流できるわね」

川島瑞樹は感心したと繰り返し頷く。
例えば、大石泉の情報端末を姫川友紀が持ち、彼女の情報端末を川島瑞樹が持ち、更に彼女の情報端末を大石泉が持てば
三人がそれぞれの位置を把握することになる。
そうすれば、もしはぐれてしまってもそれぞれが相手を追えば遠からず合流することができるだろう。

「ただし、自分の現在位置を把握できなくなるので市街地以外ではあまり有効でないと思いますが」
「自分の位置がわかんなきゃ、追いっこないもんね。うーん、この情報端末がふたつあればいいのに」
「そこらへん、それを実行に移すにはもう少し様子をみたほうがよさそうね」

とりあえずは、ひとつ結論が出る。だが彼女達が考えなくてはいけないことはこれだけではない。

「ある程度、指針は思い浮かんだので少し考えてみたいと思います。時間をもらっても構いませんか?」
「あたしに手伝えることは……ないよねぇ。たはは」
「じゃあお茶を淹れなおしましょうか。それになにか口に入れるものもあったほうがいいわ」

言って、川島瑞樹は姫川友紀の腕を引くと、彼女と連れ立ってリビングから出てゆく。
ひとり部屋の中に残された大石泉はバックの中から筆記用具を取り出して目の前に並べる。
そして、二人の足音が聞こえなくなるのを確認すると思索にとりかかった。


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「川島さん、頭よかったんですねー」

キッチンの中で棚を漁りながら姫川友紀は言う。

「あら失礼じゃない? 私、こう見えても以前はアナウンサーをしてたのよ」
「あ、そう意味じゃなくて普通にすごいなって」

棚の中に入ってたのは海苔だった。嫌いではないがお茶請けとしてはかなり微妙である。

「でもアナウンサーだったんですか? アナウンサーからアイドルって川島さんのプロデューサーさんも変な人ですね」
「そこは見る目があった――でしょう? じゃあ、あなたはどんな風にアイドルになったのよ?」

次の棚の中にあったのは自家製の梅酒だった。大きな透明の瓶の中に大量の梅が沈んでいる。

「あたしは、飲み屋でお酒飲みながらキャッツの応援してた時ですね。
 その頃はもう学校も行ってなくて、バイトしてそのお金で野球見にいくか、お酒飲むかってそんな生活してて、
 飲み屋で絡んだ相手がたまたまプロデューサーで、気づいたらアイドルすることになってて……みたいな」

その次に見つかったのは素麺だった。おそらくは暑中見舞いにもらったものだろう。大量に箱が積まれている。

「あんまり感心はできない話ね、それ」
「ええ。だから川島さんも泉ちゃんもすごいなって。
 あたしなんかあそこでアイドルになってなかったらニートまっしぐらですもん」

同じ贈り物ならクッキーなんかが出てきてくれるとありがたい。せめて煎餅くらいでもと次の棚を開ける。

「あの子は、ひとりだから……」

姫川友紀の棚を漁る手がぴたりと止まる。

「ひとり?」
「あの子がニューウェーブっていう3人組のユニットを組んでるのは聞いたわよね?」
「うん」
「でもここにいるのは彼女だけよ。彼女はたったひとりで仲間とプロデューサーの運命を背負っているの。
 きっと心細いし、色んな不安がのしかかってくるはずだわ。
 彼女は利発だもの、考えなくていいことまで考えちゃっているはず」

振り返ると、川島瑞樹もまた手を止めてこちらを見ていた。
その瞳はとても優しくて、ああ、こういうのがちゃんとした大人の女性なんだなぁ……と姫川友紀はしみじみ思う。

「それでも彼女は挫けない。きっと、挫け方をしらないのね。だからあんなに気丈に見えるのよ」
「じゃあ、応援してあげないとですね」

微笑みを浮かべながら姫川友紀は自分の中にあっただらしない部分を恥じ、叱咤していた。
彼女はこの殺しあいの中にFLOWERSのメンバーが揃っていることを知った時、仲間がついてると安堵し、
それでいて大石泉がひとりだと知った時には逆に羨ましいとも思ってしまっていたのだ。
その上、自ら何かをするという発想や気概も持ってはいなかった。どこか、最初から誰かに頼ればいいという考えだった。

「…………川島さん」
「何?」

それを改めなくてはいけないと姫川友紀は思う。流されるだけでなく、ちゃんと応援しようと。
それも他人事のように応援するだけではなく、例え応援しかできなくとも、自分が10人目の選手だという自覚でその場に立とうと。

「クッキー見つけた」
「…………こっちもちょうどお茶がはいったところよ」

そんな風に。些細ではあるが、姫川友紀はこの時変わった。


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テーブルの上には湯気をたてる紅茶のカップが三つに、姫川友紀の見つけたクッキーがのった皿が一枚。
贈答用のクッキーは高級品である。その味も、先につまみ食いした姫川友紀が保証してくれている。

ともかく、再び三人がテーブルに戻ったことで彼女達の検討会がはじまった。


「私達がクリアしなくてはならない問題は六つあります」

大石泉が発言する。彼女の手元には彼女自身が1時間ほどかけて作成した提案書のようなものが置かれている。
紙面には細かい文字が丁寧に書きこまれており、彼女の神経質さが伺えた。

「大きく分けると、『首輪』『主催者』『脱出』の三項目になり、それぞれの項目の中に二つずつの問題があります」
「主催者ってのはあたし達をさらって殺しあいをしろって言ってる人達のことなんだよね?」
「私達はまだちひろしか目にしてないけれど、他にもたくさんのスタッフが関わっているのは間違いないわよね」

なにせ、60人ものアイドルとそのプロデューサーを誘拐し、島ひとつを使って殺しあいをさせようという話である。
まるで映画の中の話のように荒唐無稽で、実際どれほどの規模の組織なのかなどというのは想像するのも難しかった。
そんな想像をはじめた二人に、それはまず置いておいてとことわり大石泉は話を再開した。

「六つの問題を順を追って説明していきますが、これはそのまま私達が解決しなくてはいけない順番になっています」

言って、大石泉は用意したものの中から一枚の紙をテーブルの真ん中に出した。

「最初は首輪です。
 ひとつ目は、この首輪から発される信号を遮断し、主催者から身を隠すこと。
 ふたつ目は、この首輪の中に仕込まれた爆弾を無効化し、一方的に殺害されるリスクを取り除くことです」
「この首輪は早く取りたいよね。息がつまるしさ」
「……なるほど、確かに何をするにあたっても主催者から監視されいつでも殺される状態であってはリスクが高いものね」

しかし、そんなに簡単に首輪は外せるのだろうか? と姫川友紀が疑問を呈し、川島瑞樹がそれを尋ねる。

「位置情報の信号――電波に関してはいくつか案がなくはありません。
 首輪そのものを電波を遮断する物質で覆うか、あるいは電波の届かない場所を見つけてそこに入るか……」
「あ、地下鉄なんかどう? ケータイの電波とか入らない場所あるじゃない」
「この島に地下鉄なんかないわよ。でも、アイデアそのものはよさそうね。この島に地下が全くないはずはないし」
「はい、私も例えば地下金庫のようなものを見つけるのが一番確実だと思います。
 ただそれだけだと、そこにいること自体は簡単にばれてしまうと思いますが」
「首輪を覆うってほうは?」
「確か、アルミかなんかで壁をつくると電波は防げるみたいな話は聞いたことがあるけど」
「それは間違いじゃありません。
 けど、アルミや鉛で覆ったとしてもこの首輪は私達の身体に接触していますから、その分100%までは達しえません」
「アンテナの数がギリギリまで減っても……」
「電波が少しでも届く以上、位置情報や爆破信号を回避したとは言えないか」

姫川友紀と川島瑞樹の二人は押し黙る。当然だが、そう簡単に首輪の問題はクリアできそうにない。

「次に、首輪の中の爆薬についてなんですが、これを解決できれば先の問題も同時にクリアできる可能性があります」
「えーと、それはつまり爆薬が爆発しなくなれば無理に外しちゃ駄目だってルールも無視できるってことだよね」
「それはけっこうだけど、さすがに爆薬の知識なんて持ち合わせていないわ。泉ちゃんはそこのところあてはあるのかしら?」

川島瑞樹の問いに大石泉ははいと素直に頷く。そして紅茶を一口飲むと、滑らかにその説明をはじめた。

「内臓されている爆薬は威力から見れば、ニトロメタンかセムテックスあたりだと思いますが、
 爆発の際に発光がなかったことからセムテックスかそれに類するものと考えて間違いないと思います」
「ニトロはなんとなくわかる気がするけど、セムテックスって何?」
「それはこんな細い首輪の中にある分だけでそんなに強力な爆発を起こすのかしら?」
「セムテックスはいわゆるプラスチック爆弾の一種で、粘土状で形状の融通がきき、衝撃や温度などで勝手に爆発しない爆薬です。
 なので私達が激しい運動をしても爆発することはありませんし、その点を考慮してもこれが使われている可能性は高いですね。
 威力に関しても元々十分なものを備えていますが、首輪の内側に向かってU字で詰まっているなら少量で更に威力を発揮します」
「泉ちゃんがどうしてそんな詳しいのかは聞かないけど……」
「こんな細い首輪でも私達の首を飛ばすのに無理はないってことね」

あるいは、みせしめとなったプロデューサーの首輪が特別だったのでは? などという希望はあっさりと否定されたことになる。
それでも顔色ひとつ変えない大石泉を少しうらめしくも思いつつ、姫川友紀は話の先を促した。

「セムテックスが入っている場合、外側から爆薬そのものを変質させて爆発しないようにするのはほぼ不可能です。
 ですが、セムテックスはさきほど言ったように簡単に爆発する代物ではないので、首輪の中に起爆装置も一緒に入っているはずです」
「じゃあさ、その起爆装置がある部分をぎゅって潰しちゃったらOKだったり?」
「まさか……、そんな簡単に――」
「姫川さんの案は間違ってはいません。ただ、そう簡単にはいきませんが……」
「やった、当たってた!」
「喜ぶのは早いわよ。簡単じゃないって言ってるんだから」

大石泉は小さな顎を上げて首輪をよく見えるようにすると、それをつまんでくるりと一周させる。
たったそれだけの小さなアクションで、姫川友紀と川島瑞樹の二人は簡単ではないという意味を理解し、落胆の溜息を吐いた。

「この首輪は外側からではどこが前後かすらわかりません」
「ってことは、もし首輪の中身や起爆装置の位置がわかったとしても――」
「――“今はどこにそれがあるかわからない”。だから手が出せないってことよね……、それこそ透視でもしない限り」
「ええ、ですから透視すれば解除できる可能性はあるんです」
「今度は川島さんが当り!?」
「透視って何かの比喩かしら? 超能力が使えるアイドルがうちにいるなんて話は聞いたことないけど」
「エックス線――いわゆるレントゲン撮影で内部構造を解析できる可能性があります。
 その時、あらかじめ印を打っておけば中身の向きがわからない問題もクリアできると思います」
「だったら病院に行ったら首輪解除できるんじゃない? レントゲン室って電波も入らなそうだしさ」
「そうね、一応は放射線を扱ってるんだし遮断する処理がされているはず……」

案が具体的になってきたところで、暗くなっていた二人の表情も一転する。
だがしかし、前も今も表情を変えない大石泉はゆるゆると首を振ってそう簡単な話ではないと言った。

「内部構造がわかっても、都合よく外側から起爆装置を処理できる形になっているかわかりませんし、
 その段階で新しい問題が浮上することも考えられます。エックス線を当てることで起爆装置が作動する可能性もありますし」
「とりあえず、やってみる……じゃあ、駄目だよね。ごめん」
「人の命がかかっているものね。そう簡単に試してみようということには……」

今度は三人の顔が暗くなる。反抗あるいは逃走の初手である首輪の問題だけでも、それをクリアするのはかなりの困難のようだ。
しかし、その困難のハードルをひとつ下げる方法を大石泉はすでに考えている。
川島瑞樹もこの沈黙の中でしばらくして気づいた。姫川友紀も彼女に遅れ、そのことに気づき、そしてその発想の恐ろしさに首を振った。

――誰か、すでに死んだ人の首輪をサンプルとして入手できれば。

それはあまりにも非人道的な気がする。同じアイドルの子の首を切断して首輪を回収するなんて想像するだけで怖気が走る。
しかしそれはなにより、死人が出ること――アイドルがアイドルを殺すことを肯定することになってしまう。
だからこの時三人は、三人ともがその発想にたどり着いていながらも、それを口に出すことはなかった。


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「残りについても説明しますね。次は主催者についてです。
 みっつ目は、主催者がこの企画を運営管理している場所を突きとめ、そのシステムを破壊、あるいはのっとることです。
 よっつ目は、人質になっているプロデューサーの監禁場所を突きとめ、助け出すことです」

なるほどと頷く姫川友紀と川島瑞樹の二人だったが、その表情には心の内の困惑が浮かび上がっていた。
首輪もそうだが、この主催者に対してというのは明らかに更に困難さが増しているように思える。

「主催者の居場所を突きとめ制圧できれば、問題の大部分はその時点で解決できると思います」
「密かに潜入して警備の目をかいくぐってボスを捕まえれば、とか? なんかミッション・インポッシブルだね」
「……インポッシブルって不可能って意味よ?」

あらら……と顔を青くする姫川友紀だが、大石泉はかまわずに話を進める。

「制圧というはやはり不可能だと思います。私達に武器が配られている以上、向こうにその備えがないと思えません。
 しかし、首輪の問題を解決した後ならば、密かに潜入してこの企画を管理しているシステムにアクセスできる可能性はまだあります」
「でも首輪の問題が解決してるなら逆に必要なくないかな?」
「いや、首輪を全員が解除できるとは限らないわ。その場合、解除できた子に全員の運命を託す必要もでてくる。
 それに私達のプロデューサーにも首輪ははめられていることを忘れちゃいけないわ」
「少なくとも、遠隔爆破だけでも防ぐことができるようになればこの島から逃げ出せる可能性が生まれると思うんです」
「そこまでやってもまだ可能性なんだね……」
「それ以前に、どうやって居場所をつきとめるのかって話もあるわ。
 そこのところはどうなのかしら? 少なくともこの島の中にあるっていうならまだ探す気にはなれるけど……」

それについてはひとつだけ情報がありますと大石泉は椅子から立ち上がり、そしてなんの躊躇もなく自分のスカートをめくりあげた。

「これなんですが」
「え? なにしてるの? いや、ちょ……かわいいけどさ……」
「わ、私だってまだまだいけるのよ!?」
「…………あ、ち、違います! 変な意味はありません! この爪痕を見てもらおうと……」
「へ、爪痕?」
「どういうことなの……?」

大石泉は片足を椅子の上に立てると、ふとももの内側の一点を指差す。ふたりが目をこらすと、確かにそこに小さな爪痕があった。

「これは、私が自分でつけたものなんです。あの教室のような場所で眠らされそうになった時に」
「あー、私も眠っちゃいそうな時に時々やる」
「なるほど、そういうことね。それで、その時になにかわかったことがあったの?」
「いえ、眠気に抵抗することはできなくて、私もみんなと同じように眠ったと思います。
 ただ、私が目を覚ました時、まだこの爪痕はくっきりと残っていたんです」
「それってどういう……?」
「わかったわ。あそこで眠らされてから起きるまでは爪痕が消えないくらいの時間しかなかった。
 つまり、時間が経ってないから距離もそんなに離れていない――あの教室みたいな場所はこの島の中かもしれないってことね」

川島瑞樹の推論に大石泉はそのとおりですと頷き、スカートをもどして椅子に座りなおす。

「あそこがそのまま主催者の居場所かはわかりませんが、あの時点でちひろさんと幾人かのスタッフがいたことは確かです」
「主催者の足取りを追うヒントくらいは残ってるかもしれないってわけだ」
「じゃあ、まずあの“教室”を見つけるってことね。この地図にある学校がそうだといいんだけど……安直かしら?」
「いえ、確かめてみる価値はあると思います。
 それで、あの教室で起こったことなんですけど、考えているうちに疑問に思ったことがあるんです」
「疑問?」
「なにか不自然な点があったということかしら?」

大石泉は言葉を発することなくただ頷く。そして沈黙したまま少し間を空け、それから恐る恐るといった風に口を開いた。

「あそこにみんなのプロデューサーが全員いたと思いますか?」
「ん、どういう意味……?」
「…………えーと、それはつまり、殺されてしまった十時さんのプロデューサーさん以外のって意味よね?」

はい、と大石泉は深く頷く。

「人質になっているプロデューサーの人数は参加させられているアイドルよりも少ないはずですが、それでも数十人はいるはずです」
「そうだよね。……でもあの殺された男の人、とときんのプロデューサーさんだったんだ」
「あのシンデレラガールのプロデューサーよ? 私は事務所の中でも有名なんだと思っていたけど」
「私はあの扉の外に全員のプロデューサーが待機させられていたとは想像できないんです」
「たしかに、縛られたプロデューサーさんが全員廊下で立たされているとかシュールすぎるかも……」
「つまりなにが言いたいのかしら……十時さんのプロデューサーがあそこで殺されるのは最初から予定のうちだったってこと?」

川島瑞樹の言葉はどうしてか険があり、大石泉はただわかりませんと首をふるだけだった。

「彼女があそこで声をあげて、そして彼女のプロデューサーがみせしめになったのはただの偶然かもしれません。
 シンデレラガールのプロデューサーですから最初からあそこで殺されると決まっていた可能性も十分に考えられます」
「泉ちゃんの言いたいことってさ――」
「――やめましょう。これは話し合っても益のある話題じゃないわ」

姫川友紀の言葉を遮り、川島瑞樹が話を終わらせる。
大石泉が想像したこと。それは考えてはいけない最悪の可能性――十時愛梨が、つまりアイドルの中に裏切り者がいるという発想だ。
確かに、考えてみればあの場面でああも都合よくことが進むのは不自然だと思えなくもない。
だがしかし、それでも同じアイドルを疑うことはしてはいけないと川島瑞樹は考える。
それをしてしまえば、彼女達の足元を支えているものは残らず瓦解し、ただ殺しあう未来しか残らなくなってしまう。

「……すいませんでした。では、人質になっているプロデューサーの件ですが」
「うん、絶対見つけないとだよね。じゃないとがんばる意味が全然ないし」
「そうね。あの人達も私達を信じてくれていると思うし、報いた恩はしっかり返さないとね」

川島瑞樹は話しながら考える。冷静に振舞いながらもその実、ギリギリの淵に立っている大石泉――彼女を救いたいと。
必要なのは挫けてもいいと知ることだ。彼女が限界を迎えるまでの間にどこかでそれを教えたい。
そう考える。


 @


「最後は、脱出です。
 いつつ目は、この島より脱出する手段です。
 むっつ目は、脱出した後、私達の安全を保証してくれる相手を探すことですね」
「んー、やっぱ脱出は飛行機でかな。この島には大きな飛行場があるしさ。旅客機があれば全員一緒に帰れるんじゃない?」
「馬鹿、飛行機なんて誰が操縦できるのよ。
 それに飛び立つことだけでなく着陸もしなくちゃいけないのよ。そうそう、素人の手におえるものじゃないわ」

時間も進み、検討会も最後の段階へと進んでいた。残された課題は、どう脱出し、そして脱出した後の安全をどう確保するかだ。

「私も飛行機を使うのは無謀だと思います。さすがに私達の中に飛行機の操縦免許を持っている人はいないでしょうし。
 適当な船を港のどこかで見つけるのがいいんじゃないかと思います」
「じゃあ、豪華客船にしようよ。たくさん人を乗せるんだからやっぱり大きな船じゃなきゃさ」
「だからその豪華客船を操縦できる人がどこにいるって話よ。
 クルーザーかヨットがいいんじゃないかしら。私、ヨットなら操縦の経験あるから動かせるわよ」

川島瑞樹の得意げな発言に残りの二人が驚きの声をあげる。

「……あ、川島さんが操縦できるなら船がいいですね。その時はお願いします」
「ほんとに動かせるの~? むしろ、そういうのすっごい苦手そうだなってイメージしてたんだけどな」
「なんでよ、私だって船の一隻や二隻動かせるわよ。
 とりあえず、大きめの漁船くらいならなんとかなるんじゃないかって思うわ。だから頼りにしていいのよ」

姫川友紀は川島瑞樹の言葉に半信半疑であったが、ともかくとして話は進み、ようやく話題は最後のものへと移る。

「これが一番重要だと思うんですが……」
「身の安全ってやつだよね。確かにこんなことしでかすんだから、逃げてもどこまでも追ってきそうだね」
「私達は仮にも有名人なわけだし、ただ逃げるだけだと簡単に捕まってしまうでしょうね。
 なにより、自由のない逃亡生活なんて現状とほとんど変わらないわ」
「島を出ることができたら、できるだけ早い段階で警察に連絡をとって保護してもらうのが望ましいですね」
「でも、こんなことをしちゃう組織なんでしょ。警察も買収されてたりしないかなぁ」
「そうだとしたら、それこそどうにもならないから、そうでないことを祈るばかりね。
 後はこの事態を明るみに出すことができれば、あるいは向こうは手出ししにくくなるかもしれないわね」

そして、議題も消化されて検討会はとうとう終了する。
テーブルの上の紅茶はどれも冷めきり、この時はクッキーも綺麗に――主に姫川友紀の口の中へと――皿の上から消えていた。






 @


三人は、立てた計画を実行に移すべく、それぞれの武器を手にこれまで篭っていた一軒家の前へと出る。
夜明けは近いが、まだ夜の闇はすべて払われたわけではない。
しかし無駄にする時間も、なにもせず過ぎ去る時間に耐える心も持ち合わせていない故に、彼女達は未来へと向け出発する。

「では、ここから南の市街地へと向かいたいと思います」
「最初はこの『学校』ってついてるところを調べるんだよね」
「それから『漁港』で扱えそうな船を探す、ね。大丈夫よ、きっと動かせる船がいくつかは見つかるはず」

大石泉は棒状のスタンガン(マグナム-Xバトン)を持っている。
これと、どういう意図で支給されたのかはわからないが、島村卯月のデビューCD『S(mile)ING!』が彼女の支給品だった。
姫川友紀が手に握っているのは少し小ぶりな少年野球用のバットだ。支給されたものではなく、この一軒家の中で見つけたものである。
彼女のバックの中に入っていたのは電動ドライバーとその先端のセットだったが、武器にするには心もとないのでこれを拝借したのである。
そして川島瑞樹が構えているのは少し不思議な形状をした拳銃だ。
P11という名前の銃だが、五発装填のシリンダーから五つのバレルがそのまま伸びている形状というのは他に類を見ない。
それもそのはずでこのP11という銃は水中用の銃である。そのためにその設計からして普通の拳銃とは異なる点は多い。

「情報や調査も必要ですが、現段階で一番重要なのは人を集めることです」
「何をするにしても人手はいるし、いっぱい仲間がいれば安心するものね」
「それに、仲間を見つけて安心させてあげれば、それはこの殺しあいを阻止することそのものでもあるわ」

彼女達は一歩一歩ずつ歩を進めてゆく。その足取りはけして早くはなかったが、しかし足を前に踏み出しているのは確かなことだ。
そして、その遠く先、水平線の向こうにはうっすらと次の朝日が浮かび上がろうとしていた。






【A-4/一日目 早朝】

【大石泉】
【装備:マグナム-Xバトン】
【所持品:基本支給品一式×1、音楽CD『S(mile)ING!』】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。
1:他のアイドル達を探しながら南の市街へと移動。
2:学校を調査して、ちひろの説明を受けた教室を探す。
3:漁港を調査して、動かせる船を探す。
4:その他、脱出のためになる調査や行動をする。
5:難しいことは…………、考えないようにしないと。

※村松さくら、土屋亜子(共に未参加)とグループ(ニューウェーブ)を組んでいます。

【姫川友紀】
【装備:少年軟式用木製バット】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
1:他のアイドル達(特にFLOWERSの仲間)を探しながら南の市街へと移動。
2:学校を調査して、ちひろの説明を受けた教室を探す。
3:漁港を調査して、動かせる船を探す。
4:その他、脱出のためになる調査や行動をする。
5:仲間がいけないことを考えていたら止める。

※FLOWERSというグループを、高森藍子、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいます。四人とも同じPプロデュースです。

【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
1:他のアイドル達を探しながら南の市街へと移動。
2:学校を調査して、ちひろの説明を受けた教室を探す。
3:漁港を調査して、動かせる船を探す。
4:その他、脱出のためになる調査や行動をする。
5:大石泉のことを気にかける。
6:千川ちひろに会ったら、彼女の真意を確かめる。

※千川ちひろとは呑み仲間兼親友です。


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最終更新:2013年02月05日 17:26