彼女たちが辿りついたセブンワンダーズオブザワールド ◆John.ZZqWo
暗闇の中を走る。土を蹴って木の幹を避ける。ズルズルと滑る足元。急な勾配。キラリと洩れる青い光だけが頼り。
張り出した木の根。突き出した石。足をとられないよう避けて、踏んで。恐怖に追われ、恐怖から逃げる。
ザクザクと耳障りな足音。目を曇らせる熱い吐息。なのに遅々として進まない風景。
森の中の何もかもが自分を足止めしているようで。それでいて膨らむ恐怖は背中から圧迫してきて、前のめりになる。
枯葉を踏んで、苔を踏んで、転んでしまいそうになるも身体は器用にバランスをとってまだまだ加速する。
止まらない。止まらなければ危ないのに止まらない。止まりたくないから止まれない。
何もかもを理解してても、理解なんてものは走り出した身体を止めるのにはなにひとつ役にはたちはしない。
靴が土塗れにになるのもかまわず、露な白肌が傷つくのもかまわず、小枝が黒髪を引っ張るのにもかまわずに走る。
距離感もなにもない真夜中の森を、つむじ風に翻弄される木の葉のように乱高下しながらひた走る。
それでも恐怖からは逃げられない。背中にぴたりと張り付いた恐怖からは少しも離れることができない。
小さい悲鳴をあげて身をかがめる。這いつくばるように地面スレスレを逃げ惑う。
しかしそれでも恐怖からは逃げられなくて、そしてふとした瞬間、彼女は不意に暗闇の中で足場を失った――。
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「………………いっつ……っ、……」
一瞬の浮遊感からの衝撃。それから30秒ほどしてようやく
渋谷凛は口からうめき声を漏らした。
「最……、悪……っ」
悪態をつきながら渋谷凛は現状を確認する。
身体に痛いところはないだろうか? ある。たくさん。色々なところが痛い。当たり前だ、落下したのだから。
幸いなことに足は大丈夫……っぽい。しかし腕は、咄嗟に身体をかばった肘と、そして手のひらがじんじんとする。
だがそんなことよりもとにかく、おしり、そして背中が痛かった。
「あー……、もう、なんなのよこれ」
おしりが痛いのはしかたない。そこから落ちたのだから。もし痣なんかできてるととても困るが、まだ納得できる。
しかし背中は違う。確かに背中も落下によってしたたかに打ちつけたわけだが、それ以上にその痛みは荷物のせいだ。
背中に背負った本来はクッションとなるはずのリュック。その中でひときわ存在感を放つ円柱状のよくわからないなにか。
これのせいで、渋谷凛の背中は激しい痛みを訴えていた。こっちは確実に痣ができている。絶対に。
「なんでこれもってきたんだろ……」
溜息をつきながら渋谷凛は顔を見上げて自分が落ちてきたところを確認する。
たいした怪我もしなかったわけだが、それでもその高さは想像してたよりも全然低かった。身長よりもちょっと高いくらいだ。
「ハァ……」
もう一度、今度は大きな溜息をつく。決死の逃亡劇が一度途切れたことで幸か不幸か、頭の中は冷静になっていた。
さきほどまでの逼迫した恐怖感はない。
今あるのは理不尽さへの憤りと、現実のあやふやさ、そして視界の中にはいなくても確かに存在を感じさせる静かな恐怖。
「諦めなければきっとなんとか、なる……?」
山頂で
島村卯月、
本田未央の二人と肩を寄せ合っていた時には確かにそんな気分だった。
プロデューサーがひとり目の前で殺された直後だったけど、それでもまだその時はそうであればなんとかなるつもりだったのだ。
それは薄情ではあるが死んだプロデューサーが他人であること、すぐに仲間であり親友でもある二人と出会えたこともあるだろう。
あの二人の明るさ、いい意味で人畜無害なところがあの時の自分を助けていてくれたと渋谷凛は思う。
だがそれよりも、気楽だった一番の理由はきっと、自分が死ぬわけがない――などというそんな現実に対する認識不足のせいだ。
本田未央は死んだ。目の前で、血を流して、首と胴体とが離れ離れになって死んだ。いや、殺された。
渋谷凛は見た。首を落とされた体が一瞬だけはそのまま立っていて、それからぐたりと人形のように力なく倒れたところを。
今思い返しても、転がった首を見るよりもそちらのほうが恐ろしかった。思い返すだけで指先が震える光景だった。
死んだら死体になる。その当たり前を目の当たりにしたのだ。死体には意思の欠片も残らない。死ねば誰でもああなってしまう。
「未央……っ」
思い返し名前を呟くことでようやく実感が追いついてきた。追いついてきてしまった。
胸がしめつけられ目頭が熱くなる。本田未央は死んだ。もう話すことも遊ぶことも、一緒にレッスンや歌うこともできない。
彼女はわけもわからないうちに殺されてしまい、納得することも、なにひとつ夢を叶えることなくいなくなってしまった。
喪失に涙の粒が浮かび上がり、そしてそれが自身にも迫る現実であることに一筋の線を描いた。
繰り返し、本田未央の身体が崩れ落ちる場面がフラッシュバックする。あれが人間が死ぬということなのだ。
ひとしきり声を殺して泣いた後、渋谷凛は伏せていた顔をあげた。
目元は赤くなっていたがその瞳にはまだ意思が、強いものではないが確かに残っていた。
理不尽な現実を理解し、それでなおその身をひたす恐怖に立ち向かうだけの意思が彼女にはあったのだ。
諦めるなんてらしくない――それはみんなから返ってきた言葉だが、だからこそ彼女を支える言葉になりえた。
「どうしようかな……」
言いながら渋谷凛は暗闇の中で立ち上がる。
ずっとここで隠れててもいることもできるがそうもいかない。やることもあるし、なにより地面がじめじめしている。
水気を含む地面の冷たさは打ち身のおしりには気持ちよかったが、その湿気でスカートや下着が濡れるのは困る。
「ていうか、ここ、どこ……?」
ポケットから地図を取り出そうとして、しかしやめる。代わりに情報端末を取り出して電源を入れた。
記憶が確かならこちらでも地図が、それに時間も確認できるはずだ。
最初に真っ白な画面が映り、指先でいじると画面が切り替わって渋谷凛の名前を中心に拡大された地図が表示される。
「こっちのほうが早いじゃない」
なんでさっきまでは紙の地図を見ていたんだと毒づきつつ渋谷凛は自分の現在位置を確認する。
「…………あんまり離れてない、な」
山頂から逃げてきたわけだが、地図上で見る限りほとんど距離は離れていない。せいぜい200メートルほどだろうか。
途端に怖くなって渋谷凛は自分が落ちてきた小さな崖に身を寄せた。
情報端末を胸に抱いて耳をすませる。もしかすればすぐ近くに本田未央を殺した
水本ゆかりがいるかもしれないのだ。
だが殺人鬼の足音は聞こえてこない。時々、風に揺られた木々がサラサラと葉を鳴らす音が届くだけだ。
ほっと止めていた息を吐くと、渋谷凛はあらためて情報端末の地図を見た。これからの行く先を決めなくてはいけない。
「卯月は……と、榊原さんはどこに行ったんだろう……」
あの二人がどちらに向かって逃げ出したかは見ていない。あの時は必死だったしゆかりを前に目をそらす余裕はなかった。
そして自分が山の中を逃げている間にも見なかった……はずだと渋谷凛は思う。
それに足の速さは、少なくとも島村卯月よりかは上だという自負はあるので、見なかったのならこっちにはいないはずだ。
「…………………………………………………………とにかく、探そう」
考えても結論はそれしかでなかった。もしかしたら割と近くにいるのかもしれないし、全然遠いのかもしれない。
案外、あんまり逃げておらず山頂の近くのどこかで隠れているのかもしれない。
渋谷凛ができることは、彼女らが水本ゆかりにまだ見つかっていないことを祈りながら探すことだけだ。
決心すると、かなり時間をかけて悩んだ末に懐中電灯の明かりをつけ、彼女は足元だけを照らしながら歩き始めた。
@
できるだけ歩きやすい場所を選びながら進むこと20分ほど、渋谷凛は深い森を抜け岩肌をさらす斜面へと出る。
石灰色の岩肌は青い月光をよく反射し、森の中からすれば眩しいほどに明るかった。
「ここ……?」
渋谷凛は斜面を見渡し、そして情報端末の表示を確かめる。画面の中央には彼女の名前と重なって『遺跡』と表示されていた。
こちらへと向かってきたのは、もし島村卯月らもこの情報端末も見ていたら名前のある場所に来るんじゃないか、
そんな風に考えたからだ。だがしかし、見渡す限り『遺跡』と呼べそうなものは視界の中にはない。
「もう少し向こうかな」
情報端末の地図は割とアバウトっぽく、一点を指しているようでその範囲はけっこう広い。
ということで、渋谷凛はもう少し表示されている点の中心に近づこうと石灰色の斜面へと踏み出して行った。
遮蔽物のほとんどない中をおっかなびっくりといった様子で。
だがしかし、歩けど歩けどそれらしい建物のようなものは見当たらない。ただただ石灰色の斜面に岩がごろごろしてるだけだ。
もしかして何もないのか、それとも埋まっているのか、と思い始めた頃、渋谷凛は変なものに気づいて足を止める。
「…………?」
L字のブロックのようなものだ。石でできていて表面はザラザラしている。印象としては海辺のテトラポッドっぽい。
これが遺跡?
と、疑問に思い渋谷凛はブロックの周りを回って文字でも彫られていないかと探すが、しかしそれらしきものはなかった。
釈然としないという表情で渋谷凛はブロックを睨みつける。
そう、これは工事現場かなにかのブロックにしか見えない。とてもじゃないが、謂れのある遺跡っぽさなんか感じられない。
じゃあ違うのかなと、再び歩き出そうとしたところでようやく渋谷凛は遺跡の存在に気づいた。
「あ…………」
ブロックはひとつではなかった。
割れたり地面に半分埋まっているものもあるが、ここら一帯にゴロゴロしている岩――それが全部、L字のブロックだ。
謎のL字ブロックが無数に転がっている石灰色の斜面。とっくの前に渋谷凛は『遺跡』の中にいたのだった。
そしてこの遺跡の中を更に進むこと少し、彼女はこの中でもひときわそれっぽいオブジェを発見した。
「『BABEL』…………?」
地面に埋まった正方形の石版にはうっすらとそう読める線が彫られている。
そしてその向こうには遺跡らしいと呼べるオブジェが存在していた。
とはいってもなんのことはなく、ここら一帯にいくらでも転がっているブロックがただ積み重なられたものだ。
遺跡というよりかは、どちらかというと前衛芸術っぽいかもしれない。
「無駄足だったかな。……でもせっかくだし」
渋谷凛は積み重なれたブロックに足をかけてその上へと上る。それを繰り返して少しずつオブジェの頂上を目指した。
なにも記念だとか遊びたいなんて考えではない。ただ、高い所に上れば仲間を探しやすいと思ったからだ。
人目はないしどうせいてもみんな女の子だ。彼女は誰からの視線も気にすることなく、大胆に足を上げてブロックを上る。
「高っ……」
頂上まで上ってみると意外と――おおよそ10メートルくらいだろうか――高さがあり、渋谷凛はわずかに身震いする。
でもその分、眺めは絶景だった。ここから山の麓まではこれより高い木もなく海まで一望することができた。
「街だ」
北東のほうへと視線を向ければ暗闇の中にかすかに浮かぶ建物の凹凸。そして星のように瞬く街灯の明かりが見えた。
羽虫は光に誘われるというが、そうでなくとも今の渋谷凛にとって街灯の光は心をくすぐられるものだ。
そこは暗い森の中で震えているよりかは何百倍も居心地よさそうに見える。
「………………ん?」
その街灯の青白い光の中にひとつ、真っ赤な光が揺れていた。
この距離からでは小さくしか見えないが、しかしそれでも周りの街灯の光よりかは遥かに大きいことはわかる。
「そんな……」
なんの光だろうか? 考えてすぐに答えにいきつく。揺れる赤は炎の赤だ。なにかが燃えている。何を、何のために?
渋谷凛は両手で自分の身体を抱くと頂上のブロックの上でへたりこんだ。
あれは、あそこでも殺しあいが行われている――それを証明する光、いや炎だ。
同じアイドルを殺してもいい、そんな風に考えている子が水本ゆかりの他にもいる。それを知らせる狼煙だ。
60人のアイドル。仲のよい子、そうでない子、有名な子、よく知らない子、全員が殺しあいをしている姿が脳裏をよぎる。
ある子は包丁で別の子を刺して殺してしまう。またある子は命乞いをする子を拳銃で撃ち殺してしまう。
殺そうとする子に殺されるだけの子。だが殺されるままの子もいつしか反撃に出る。そのうち全員が殺しあうようになる。
わかっていたはずなのに渋谷凛は打ちのめされた。この島の全ての場所が殺しあいのステージなのだということに。
安全な場所はない。安全な人物なんてのもありえない。水本ゆかりだけではない、他にも殺しあいをしている子はいる。
新田美波だってそうだったのかもしれない。彼女は自分らを利用するつもりだったと言ったのだから。
いや、もう島村卯月だって大丈夫なのだとは言い切れない。だって彼女はひとりだけで逃げ出してしまったではないか。
諦めなければと返してくれた彼女がいの一番に諦めてしまったのだ。見つけ出したとして、どうするというのか。
「諦めない……できることを探す……」
それって本当のこと? みんな殺しあいで生き残ろうと必死だよ。私達だけがバカなんじゃない?
逃げ出した彼女にそう問いただしたい。そう渋谷凛は考えて、そんな自分を自己嫌悪した。
「殺されそうになったら相手を殺しても正当防衛……」
だけど、
「そんなこともうできないよ」
島村卯月のほにゃっとした笑顔に希望を抱き、本田未央の哀れな死に様に人が死ぬ意味を知った今、
渋谷凛に人殺しを――例え正当防衛であろうとも、することは考えられなかった。もう人が死ぬのはみたくなかった。
だから、ささいなものでも希望が欲しくて、しかし希望はもう逃げ出しその色は褪せてしまったと気づいた時、
「ねぇ、諦めないのが私だって言うなら、どうして私を置いて逃げたの?」
彼女はそこから一歩も動くことができなくなってしまった。
【E-6・遺跡『バベルの塔』/一日目 早朝】
【渋谷凛】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、RPG-7、RPG-7の予備弾頭×1】
【状態:全身に軽~中度の打ち身】
【思考・行動】
基本方針:??????
1:どうすればいいの?
最終更新:2013年02月15日 04:58