いねむりブランシュネージュ! ◆44Kea75srM



「寝過ごした」

 下唇をよだれで濡らした小関麗奈は、虚ろ目で絶望的な声を発した。
 宿舎の小窓から覗く陽光は、夜が明け朝が訪れたことをこれでもかというくらい知らしめている。
 時計という文明の利器に尋ねてもみたところ、現在時刻は午前九時過ぎ。
 朝と呼ぶか昼と呼ぶかはその人の生活スタイルによる、そんな時間帯にレイナサマは起床した。

「こ、こんなはずでは……」

 麗奈の華麗なる計画では、きちんと六時前には起きるつもりだった。なぜならその時間に放送があるからだ。
 放送というからにはたぶん島内施設のどこにいても聞こえるような大音量スピーカーを使うのだろうと考えていた。
 だからこそ麗奈は目覚まし時計や携帯のアラーム機能を使うこともなく(そもそもそんなものは持っていない)床についたのだ。
 そしたらぐっすり四時間弱。いやだって寝ついたのはほぼ夜明け前だし。そんなパッと寝てパッと起きるなんて芸当はできない。

「ああ……っていうか、放送聞き逃しちゃったじゃん。どうしよう……」

 寝ている間に事件らしい事件がなかったことは幸いと言える。
 最大の問題は、一度きりの放送を聞き逃してしまったということ。
 千川ちひろによる放送は六時間周期で一回。
 そこでは死亡者の名前と数、そして禁止エリアが告げられる。

「いや、待った。慌てちゃダメよ小関麗奈。レイナサマは慌てない。リカバーする術はちゃんとあるわ……そう、これよ!」

 冷や汗を隠しながらパンパカパーンと取り出したのは、スマートフォン型の情報端末。
 麗奈はちゃんと覚えている。放送で語られた内容は、この端末で後から確認することができるということを。

「ふふん。ネット配信全盛期のこの時代、生放送にこだわるなんてナンセンスよね。さて、と」

 さっそく情報端末を起動し、お目当ての情報を探し当てる。

「禁止エリアは……とりあえず、ここは大丈夫みたいね。わりと近いところが指定されてるのが気になるけど」

 十時から禁止エリア(踏み込めばドッカーン!)となる【C-7】エリアは、灯台から南下したところにある市街地だ。
 聡明なレイナサマは、禁止エリアというシステムの意味を正しく理解している。
 おそらくここに、殺し合いをせず逃げ隠れているアイドルがいるのだろう。
 禁止エリアはそんな彼女たちを燻り出すための処置に違いない。引きこもりがいてはイベントが円滑に進められないだろうから。

「……こっちは見逃されたってことなのかしら? それとも単純に、この二つのエリアのほうが引きこもりが多いってだけの話か……」

 殺し合いをしない引きこもりなら、麗奈自身も該当する。
 一応殺し合いをするというポーズは取ったし、休憩という名目もあるにはあるが……主催者がその程度で見逃してくれるかどうか。

「ま、このへんは考えても仕方がないわね。次……いよいよって感じね」

 端末をさらに繰り、麗奈は朝一情報のメインディッシュ――死亡者の確認に入る。

「じゅ、十五人て!? ウソでしょ。ちょっとハイペースすぎない……?」

 そのズラーッと並んだアイドルの名前を見て驚愕する。
 十五人。いまをときめくフレッシュなアイドルたちが、六時間で十五人も死んだというのだ。
 幸いにも、麗奈のよく知る人物の名前は見当たらなかった。
 拳銃を奪って草むらにぽーいしたあのデカ女(諸星きらり)も無事なようだし、いい子ちゃんの南条光も健在。
 その他、名簿にはちらりと名前を聞いたり、仕事や事務所で一度か二度顔を合わせたことがあるアイドルもいないわけではなかったが――

「あっ」

 死亡者の確認二週目に入ったところで、麗奈はふと気づいた。

「安部、菜々……」

 知っている名前はあった。
 安部菜々。それは南条光とプロデューサーを同じくするアイドルだった。
 ウサミン星などという媚びた設定とキャラで売っているぶりっ子アイドルだが、その徹底ぶりにはプロとしての誇りを感じるところもあった。
 見た目の幼さに反して実年齢がけっこういっているらしく(南条情報。真偽の程は定かではない)、
 麗奈が光と言い争ったり喧嘩したりしていると、お姉さんらしく仲裁役を買って出てくることが多々あった。

「なーんか、実感わかないわね」

 たとえばこの情報端末が新聞かなにかで、トップの記事に知人が事故で死亡したと書かれていたらどうだろう。
 ……どうだろう、と仮定しても、よくわからない。だって、目に映るのはただの名前なのだ。
 実際に死体を確認したわけでもない。末期の言葉を聞いたわけでもない。なにかの間違いとしか思えない。

「人の死なんて、案外こんなものなのかな……なんて、らしくないらしくない」

 情報端末の電源を落とし、床に放り投げる。はあ~と息をついて、それからベッドの上に大の字になった。

「緊張感が足りないのよねえ……ま、こんな島の隅っこのほうで寝てたんだからあたりまえなんだけど」

 わずかに身を捩り、隣人のほうに顔を向けた。
 隣人。つまりは同じベッドで一緒に眠っていた少女に。

「レイナサマが日和ったわけじゃないわ。元凶はコイツよ」

 隣人の名前は、古賀小春
 彼女はペットのヒョウくん(イグアナ!)を抱いたまま、依然として眠りの中にある。

「朝になったらどうするか考えましょ~……とか言って。自分もしっかり寝坊してるじゃないの」

 小春は殺し合いを強要されている身分とは思えないほど健やかな寝顔を浮かべていた。
 桜色の小さな唇からはすぅすぅという吐息が漏れ、控えめな胸は鼓動に合わせてゆっくりと上下している。
 むき出しのほっぺを指でつんつんしてみると、ぷにぷにとした弾力が返ってきた。

「まったく……甘いものばっか食べてるからこんなに柔らかくなるのよ。おもちかっての。このっ、このっ」

 小春のあまりにも幸せそうな顔が急に憎たらしくなって、頬をぐにぐにと引っ張ってみたりした。
 小春は少しだけ困ったような表情を浮かべたが、眠りが覚めることはない。
 手を離すとまたすやすやとした寝息が聞こえてくる。

「…………むー」

 麗奈はなんだかおもしろくなかった。おもしろくないから、どうにかしておもしろくしてやろうと考えた。
 ピコーン! そのとき、レイナサマの脳裏に天啓が下りてくる。
 思い立ったが吉日。麗奈はベッドから起き上がり、脇に置かれた机を漁り始めた。引き出しの中をがさごそ。

「お、あった。ふふふ……お花畑な夢を見ていられるのもいまのうちよ」

 ニヤァ……と悪い笑みを浮かべる麗奈。
 その手には、机の引き出しから取り出したサインペン(!)が握られていた。

 アイドル小関麗奈。プロフィールの趣味の項目に書かれた四文字は――いたずら。

 きゅぽん、とサインペンのカバーを取り外し、未だ夢世界から抜け出せていない小春へとにじり寄る。
 聡明なレイナサマの下僕諸君ならもうお気づきであろう。
 これからなにが起こるのか、それを当てるのは今日の夕飯がハンバーグかカレーライスかを言い当てることより容易い。

「レイナサマに逆らったらどうなるか……その身でとくと味わうことね――っ!」

 キュッ。キュキュキュ。キュキューキュッ…………キュッ。
 かくして、お姫様の美しい顔は悪い女王の手によって見るも無残な姿に変えられてしまいましたとさ!

「あーはっはっはっは! なにその顔! フリルド☆プリンセスの肩書きが台なしね! アーッハッハッハガッ……ゲホゲホ……ッ!」

 自身のいたずらの出来にたいそう満足したレイナサマは、声高らかに笑いそしてむせた。
 小春の可愛らしい寝顔はいまやサインペンの軌跡だらけ。白雪姫のような肌は真っ黒で、もはやゴブリン状態だ。
 …………さすがに少しやりすぎたかな。いや普段ならぜんぜんだけど。ほらこんな状況だし、ね?

「ううう……不覚っ。まさかこのレイナサマが反省してしまうだなんて……っ」

 顔に落書きされてもまるで動じない(というか未だ熟睡している)小春に、麗奈はどうしようもない敗北感を覚えた。
 自前のハンカチに水を湿らせ、小春の顔をゴシゴシとこする。サインペンは水性だった。ちゃんと書く前に確認した。
 落書きを綺麗に消し終わった頃、小春がようやくを目を覚ました。ヒョウくんを抱えたまま、ふぁ~っとあくびをする。

「あ、れいなちゃんだ~。おはようですー」
「おはよう――じゃないわよ! アンタ、いま何時だと思ってるの?」
「えっとぉ~……あ、もう九時だ。でも今日は学校がないので安心ですー」
「うん。ばっちり寝ぼけてるわね。いいからさっさと起きるわよ」
「学校がないのでまだ寝てましょ~」
「ハァ!?」

 麗奈は我が耳を疑ったが、小春は寝た。
 身体を毛布で包み、瞼を閉じて、漫画だったらぐーすかぴーなんて擬音が出てそうなくらい鮮やかに寝た。
 そのあまりにもお気楽なプリンセスを前に、レイナサマは――

「…………まあ、いっか♪」

 怒るでも呆れるでもなく、しょうがないなあと言わんばかりの微笑を浮かべ、小春の頭を優しく頭を撫でた。
 なでなで、なで、なで…………ガッ!
 突如、レイナサマのアイアンクローが小春の小さな頭を鷲掴みにする!

「なーんて言うとでも思ったかぁ――――ッ! 起きなさいよこのねぼすけぇ――――ッ!」
「ああううああううああ~」

 そのままぐわんぐわんと小春の頭を揺らす麗奈。
 脳がシェイクされ、哀れ小春はばたんきゅー。
 さっきとはまた別の意味で、再び深い眠りの世界へ――

「行かせるわけないでしょうがぁ――ッ!」

 レイナサマのおうふくビンタ!(気持ちやさしめ)
 小春のふっくらほっぺは真っ赤になり、眠気は忘却の彼方に消え去った!

 ……そんな二人のやり取りを、イグアナのヒョウくんは『朝から騒がしいなあ』とでも言いたげな瞳で見つめるのだった。



【A-8・灯台/一日目 午前】

【小関麗奈】
【装備:コルトパイソン(6/6)、コルトパイソン(6/6)、ガンベルト】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残る。プロデューサーにも死んでほしくない。
1:小春を叩き起こす。その後、今後のことを検討。
2:小春にも自分を認めさせる。

【古賀小春】
【装備:ヒョウくん、ヘッドライト付き作業用ヘルメット】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康、寝ぼけてる】
【思考・行動】
基本方針:れいなちゃんと一緒にいく。
0:うう、痛いですー。
1:まだ寝てたいですー。
2:れいなちゃんを一人にしない 。


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最終更新:2013年04月22日 23:34