寝ても悪夢、覚めても悪夢 ◆ncfd/lUROU



ピピ、ピピ。
聞こえてきた目覚ましのアラームに、双葉杏は気だるげに体を起こした。
窓からは陽光が差し込み、杏に朝が来たことを教えている。
アラームを止めようとして、自分の部屋には目覚まし時計なんてなかったことに杏は気付く。
『自然に目が覚めるまでぐっすりと眠らないのは睡眠に対する冒涜だよっ!』とはかつて杏がプロデューサーに熱弁した言葉だ。
大方、隣の家の人がアラームを消し忘れていったのだろう。杏はそう結論付け、再び布団に潜り込もうとした。
そこで携帯が鳴らなければ、杏はいつも通りに二度寝をしていただろう。もちろん遅刻してプロデューサーに怒られるまででがワンセットだ。
布団から動かず腕だけを伸ばして、携帯を手に取る。画面にはプロデューサーという文字。
杏は一つため息をつき、しぶしぶその電話に出ることにした。

ピピピ、ピピピ。
通話を終えて、杏は布団からもぞもぞと這い出した。譲歩案としてプロデューサーに迎えに来させることには成功したし、飴を一袋まるごとくれるとなっては働かないわけにもいかないのだ。
アラームはまだ鳴っていた。既に隣人は家を出てしまっているのだろう。
パジャマ代わりにしていた『だが断る!』と書かれたTシャツを脱ぎ捨てる。その小さな身体が外気に晒される。
小柄すぎてブラジャーなどというものとは無縁のその上半身に冷たい朝の空気が触れ、杏は思わず身震いをした。
身震いといってもある部分が揺れることはない。ちなみに、大事な所は陽光さんが遮ってくれている。
十七歳にあるまじき身体を見て杏は嘆息した。別に胸の無さを気にしているわけではない。パンツを見られても気にしない花も恥らう乙女座が、そんなことを気にするはずもない。
ただ、欲を言えばもう少し身長が欲しかった。もう少し体重が欲しかった。
そうすれば、きらりに抱きかかえられることも、プロデューサーに強制連行されることもないからだ。
その流れできらり並に大きくなった自分を想像して微妙な表情を浮かべながら、杏は仕事着に袖を通す。
『働いたら負け』と書かれたそのTシャツを仕事着にしているのは世界広しと言えども杏だけだろう。そう言う意味ではこのTシャツも立派な個性である。

ピピピピ、ピピピピ。
食事や歯磨き、仕事の準備などを粗方終えた杏は、何の気も無しにテレビを付けた。
何やら大きなドラゴンが悪魔と戦っている。最近流行りの携帯ゲームのCMだろう。見知らぬ女性にレアカードを貸し出すメガネの男は心が広いなぁと杏は思った。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。プロデューサーだ。以前は杏に電話をかけてから慌てて家にきていたプロデューサーも、最近は慣れてきたのか杏の家に向かいながら電話をかけてくる。
パートナーとして仕事をしていくうちに培われた、杏が時間通りに起きるはずがないというプロデューサーからの熱い信頼の賜物だ。
はいはいー、とチャイムに答える杏の後ろで、テレビがCMからニュースへと切り替わる。
鞄とぬいぐるみを拾い上げる杏の耳に、ニュースキャスターの第一声が飛び込んできた。

『本日未明、●●県の民家にて、アイドルの城ヶ崎莉嘉さんの遺体が発見されました。死因は頭部を何者かに鈍器で殴られての失血死と見られ、警察は殺人事件の線で捜査を――』

ぬいぐるみが床に落ちる。聞こえてきた名前は、たしかに同じプロダクションに所属するアイドルのものだった。
振り返って画面を凝視しても、二度見しても、そこに踊る文字が変わることはなかった。

ピピピピピ、ピピピピピ。
アラームが、五月蝿い。今はそんな場合じゃないのに。知り合いが死んだっていうのに。
昨日莉嘉の顔を見たばかりだというのに。いつものようにカブトムシを捕まえて自慢していたのに。
そんな莉嘉が、死んだ。鈍器で何度も何度も殴られて。綺麗な金髪を血に染めて。
呆然とその場に立ち尽くす。さしもの杏も、身近な少女の訃報に何のショックも受けないわけはなかった。

ピピピピピピ、ピピピピピピ。
いつの間にか、隣にプロデューサーが立っていた。鍵を渡してあるのだから、家に入ってこれるのは当然だ。
だから、別にそれは驚くことではない。いつものことだから。けれども、杏は驚いた。プロデューサーがいたことに。プロデューサーが、”笑って”いたことに。

「プ、プロデューサー!?」
「おはよう、杏。ほら、仕事行くぞ」

そう言って杏の手を引き歩き出そうとするプロデューサーはいつも通りだ。
それが、怖い。莉嘉が死んだというニュースを、プロデューサーも見ているはずなのに。

「何言ってるのさ! 莉嘉が、莉嘉が!」
「知ってるさ。というより、杏も知ってただろう? だって……」

そこでプロデューサーは言葉を切って。表情を崩さないまま、言った。

「杏が殺したんだからさ」

ピピピピピピピ、ピピピピピピピ。
プロデューサーが何を言っているのか、杏には理解できなかった。
杏が殺した? 誰を? ……莉嘉を?

「……あはは、やだなぁプロデューサー。そんな冗談、おもしろくないよ?」
「冗談なんかじゃない。莉嘉を殴って殺したのは杏だよ。何度も何度も殴って、さ。
 なあ杏。ニュースではただ殴られたとしか言ってなかったのに、どうしてお前は何度も何度もなんて思ったんだろうな?」

変わらぬ笑顔でプロデューサーが問いかけてくる。それに答えようとして、杏は答える術を持たないことに気がついた。
なぜなら、ニュースを見て、杏は自然とそう思ったからだ。自然とその光景が、莉嘉が何度も殴られる光景が、脳裏に浮かんだから。
何故なのか、なんてわからない。だって自然に浮かんだんだから。まるでそれを実際に見たかのように、自然に。
黙りこくる杏を見て、プロデューサーはさらに言葉を重ねた。

「それにさ、杏。人を殺して、しかも『寝て忘れよう』なんて、許されるわけがないんだよ。……ほら、莉嘉もそう言ってる」

そう言って、プロデューサーが何かを指差した。釣られてそっちを見てみると、そこにはテレビがあった。
その画面には、寝ている誰かが映しだされていた。いや、寝ているのではない。
倒れているのだ。金髪をところどころ赤く染めた少女が。
その少女が、ゆっくりと上体を起こし、杏の方を向いた。
血に濡れて、目を濁らせて、それでも杏を見据えて、少女は――城ヶ崎莉嘉は、口を開いた。

「許さないよ、杏っち」

ぽつりと、一言。普段の莉嘉からは想像もできない、ぞっとするほど冷たい声が、スピーカーを通して聞こえてきた。
そこで、テレビの画面は暗転した。テレビの音声が途絶え、アラームだけが部屋に響いていた。
その音は、初めよりも大きくなっていて。そこで杏は、ようやく気付く。
いつも通りのプロデューサーの、いつも通りじゃない部分。首元で輝く、金属質の光沢に。

「なぁ、杏――」

プロデューサーが、何かを言いかけた。言いかけて、爆音と閃光に遮られて、消えた。
後に残ったのは、崩れ落ちる首のない死体と、転がるプロデューサーの頭。
その頭がころころと転がって、杏の足にぶつかった。杏と頭の目があった。その顔は笑っていた。
アラームは、鳴り止んではいなかった。






ピピ、ピピ。
聞こえてきた目覚ましのアラームに、杏ははっと体を起こした。
窓からは陽光が差し込み、杏に朝が来たことを教えている。
嫌な夢だった。恐ろしい夢だった。いつもの杏なら、嫌な夢を見た後は寝直すのだが、そういう気分にもなれなかった。
人を殺したという罪悪感と、自身もプロデューサーも死ぬかもしれないという不安があんな夢を見させたのだろうと杏は結論付けた。
夢は夢でしかない。現実において杏がするべきこととは関係がない。生き残るためには、印税生活のためには、こんなところで死んでいられない。
そう考えていても、悪夢は悪夢だ。見せつけられたプロデューサーの死は、聞かされた莉嘉の怨嗟の声は、杏の頭に引っかかり続けていた。
アラームを止めて、ベッドから這い出る。這い出て、杏の動きが止まる。ギギギ、という効果音がしそうな動きと共に、杏はゆっくりと、おそるおそる目覚まし時計を見た。
杏は、血の気が引く音というものを初めて聞いた気がした。そして、思わず叫んだ。

「……寝過ごしたーっ!?」

目覚まし時計の短針と長針は、午前九時半を示していた。


【C-7/一日目 午前】


【双葉杏】
【装備:ネイルハンマー】
【所持品:基本支給品一式×2、不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x1-2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:印税生活のためにも死なない
1:寝過ごしたーっ!?

※放送を聴き逃しました。また、レイナ様のように情報端末で放送の内容を確認できることを覚えているかは不明です


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最終更新:2013年02月11日 07:31