彼女たちは遠き日のトゥエンティースセンチュリーボーイ ◆John.ZZqWo
誰からも知られ愛される存在になる道を選んで
苦労は絶えないけれども後悔してない
毎日が楽しいから
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「みんな、ありがとぉ――――っ!」
アンコールを歌い終え、私たちは割れるような喝采を背に舞台袖へと走る。
最後のこの瞬間のために残しておいた一呼吸分のスタミナを燃焼させて他の三人よりも一秒でも早くあそこにゴールしたい。
みんなも考えていることは同じだ。特に話題に出したことはないけれど、この競争はステージ毎のお約束だった。
なぜなら、そこに“彼”がいるから。
「がんばったな、お前た……うぉっと!?」
やった! 今日の一等賞はFLOWERSの月見草こと
相葉夕美――つまり私ですっ!
他の三人には悪いけど、ダンスレッスン中にトレーナーさんに言ってポジションを変えてもらったのがきいたね。
藍子ちゃんはもっと体力つけたほうがいいかな。美羽ちゃんはもっと遠慮しなくてもいいんだよ? 友紀さんは案外こういう時はシャイだよね。
男の人の匂い、花のようないい匂いじゃないのに、どうして嫌じゃなくてこんなに安心するんだろう。
これが生き物のフェロモンなのかな? だったら人はどうして花の香り(フェロモン)をよい匂いだと思うんだろう。花も人に惹かれることがあるのかな。
「がんばったよプロデューサーっ」
「ああ、お前たちが一番だ」
そこはお前がって言って欲しいんだけどね、まぁ頭を撫でてくれるからそんな些細なことは帳消しかな。
ふふふ、見えないけれどきっと藍子ちゃんは私の後ろで羨ましそうにしているよ。
藍子ちゃんはアップで整えていることが多いからあんまり頭は撫でてもらえないんだよね。とはいえ……
「あー、もうっ、頭ぐしゃぐしゃになるよ」
くしゃくしゃもいいんだけど、でもそれはまた私の期待しているのとは違うんだよね。
「夕美ちゃんおつかれっ!」
「サンキュー友紀さん」
彼から離れて友紀さんから受け取ったスポーツドリンクを飲む。全てを発散した後の冷たい飲み物は格別においしい。
一息つくとすぐにその場でプチ反省会。
始めるのはいつも美羽。今日はあそこのステップを間違えちゃったとか、振りがワンテンポ遅れちゃったとか。
それを皮切りに、藍子ちゃんが緊張しすぎてMCの段取り飛ばしちゃったとか、友紀さんがあっけらかんと歌詞を間違えたとか言い出して、
でも毎回、プロデューサーがとってもいい顔をして――
「問題ない。がんばれるところはまた次によくすればいいんだ。今日のお前たちは今までの中で最高のお前たちだ」
って、言ってくれるんだ。
そしたら今度は逆にプロデューサーも交えての褒めあい合戦。
友紀さんのアクロバットすごく決まったねとか、美羽ちゃんのフォロー完璧だったよとか、藍子ちゃん今回は一番ハードなパートなのにやりきったねとか。
「夕美ちゃんのソロ、何度も練習で聞いてるはずなのに聞き惚れちゃった」
とか、藍子ちゃんに言われて……わー、なんかあの笑顔で言われると恥ずかしい! 赤面しちゃう! でも別にそういう意味じゃないから!
「歌は私の取り得だからねっ。そこはもう誰にも譲る気はないんだから」
それでも藍子ちゃんの笑顔には勝てない気がする。もしかしたらこれはコンプレックスなのかな?
顔を隠すように振り替えると、ステージの方からはまだ客席からの歓声が聞こえた。寄せては返すそれはまるで――
「どうしたんだ夕美?」
「え? ……あ、あぁ、また歌いたいなって思ってただけ、だよ。プロデューサー」
私がそう言うとスポーツドリンク(だよね?)を片手に顔を真っ赤にしていた友紀さんが「えー!?」とか大きな声を出した。
「そうじゃないって。今日は私も限界までがんばったよ。またっていうのはまたこんな機会があればなって」
そうですね。と、真っ先に同意してくれるのはいつの間にかにプロデューサーの隣にいる藍子ちゃん。そして美羽ちゃんも友紀さんも気持ちは同じだ。
勿論、彼も。
「じゃあここからはまた俺の仕事だな。今回は四都市でツアーだったから、今度は倍で組めるようにしてやるぞ」
「それって日本縦断になるかな?」
「すごい……ですね」
「今回もぎりぎりだったのに大丈夫かなー……」
「だったら特訓するしかないじゃない!」
特訓かぁ。そうだよね。今日の私たちが今まで最高だったんなら、明日の私たちはもっと最高で、一年後の私たちはもっともっと最高じゃないとね。
「そうだねっ! 特訓するしかないねっ! 例えば――」
――無人島でサバイバルとか!
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「うわああああああああああああああああああああああっ!!!」
悲鳴をあげて私は目覚め、る……目覚める? それは、それはつまり今見てたのは夢で、どうしようドキドキが止まらない。
私、砂の上で寝て、そう、ここは砂浜だ。寄せては返す波音が耳に心地よい砂浜。
近くには大きなゴムボート。その向こう側に薄い煙が立ち上っているのは穴を掘って作った即席のコンロだ。すぐ傍にはバケツが転がってる。
そう、私は無人島でサバイバルをしているんだった。
「………………ねぇ、誰かいる? 誰か、いるー?」
反応はない。そりゃそうだよ無人島なんだもの。……そして、殺しあいの最中だから。最悪なことにそれは夢でもなんでもなく。
首に手をやると指先が硬いものに触れる。これ、私が買った首輪じゃないかな? なんて考えてもそんな記憶は一切掘り起こせない。
「あー……」
ヘコんでる。あんな夢を見たからかな? あんな夢? あんなってことはないよ、生まれて今までで最高の記憶だよ。
この殺しあいに巻き込まれる一ヶ月ほど前、私たちFLOWERSは始めての単独ツアーライブに挑んだ。
モールのイベント会場、街のライブハウス、TVスタジオでしか歌ったことのない私たちが、初めてホールやドームって名前のつく場所で歌ったツアーライブ。
今までとは比べ物にはならない会場の広さに圧倒されて、とても埋まるとは思えない客席の多さにすごく不安になった。
ツアーの初日まで、レッスンやリハを繰り返しながら、私たちは湧きあがる不安を抑えることができず、4人で怖い怖いと毎日言いあってた。
美羽ちゃんは私が抜ければいいんじゃないかとか訳のわからないことを言い出して、友紀さんは負けても次があるとか前向きなのか後ろ向きなのかわからなくて、
藍子ちゃんはすごく思いつめた顔をして「私は私ができることをするだけです」ってまるで特攻隊みたいな悲壮な決意を滲ませて、
そして私はあの頃は部屋に花が増えたなぁ。生花もそれ以外もいっぱい。ひとつの不安を紛らわせるためにひとつの花を買って部屋に帰ってた。
今思えば、すごくおもしろおかしいよ。
だいたいプロデューサーが意地悪なんだ。チケットがどれくらい売れているとか全然教えてくれないんだもの。
後から聞いたら、そのほうがお前たちは団結するって、まぁそれはそうかもしれないけれど、やっぱり意地悪だよね。女の子を泣かせていたんだし。
そしてそんな不安は全くの杞憂だった。ツアーは初日からまさかの満員御礼。
これはこれで逆に今まで見たことのないファンの多さに私たちはガッチガチに固まっちゃったんだけどね。
でも、いざ最初の曲が始まってみれば、そんな緊張とは裏腹にレッスンの成果が私たちを自然に導いてくれて、いつもよりも声は遠くまで広がって
楽しいって気持ちだけが私たちの中でいっぱいになった。
ツアー初日の最中のことは今ではよく覚えていない。ただ覚えているのはずっとすごくハイになっていたって記憶だけ。
ライブが終わっても楽屋で、ホテルに戻ってからもみんなで同じ部屋に集まって、次の日のことも考えず寝ちゃうまでずっとはしゃいで笑いあってた。
「あー、そっかー……」
私、生きたいんだ。もう一度、FLOWERSのみんなとプロデューサーといっしょにライブしたいんだ。
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「サバイバルしなくっちゃね」
砂を払って立ち上がり、まずは火の確認。……うん、うっかり寝ちゃったけど、がんばって起こした火はまだ残ってる。
寝ちゃう前、島を一周して戻ってきた私はまずランチをいただくために火を起こすことにした。
特訓するぞって半分冗談で集めた知識がこんなところで役に立つんだから人生はわからないっていうか、あの時ちひろさん聞いてたのかな……?
ともかく、まずは砂浜を掘ってくぼみを作り、そこに拾い集めた石を敷き詰めた。
そしてこれも拾い集めた細かい枝やなんかをそこに敷いて、更に少し迷ったけどありったけのメモ用紙を雑巾みたいに絞って、そこに並べる。
それで固形燃料を少し取ってマッチを一本使って火をつけた。
で、ここからが肝心なんだ。私はちろちろとした火が大きくなるまで何もせずにじーっと待った。じっとね。
火が燃えやすいものから燃えにくいものへ、小さな破片から大きな破片へと少しずつ移っていくのを辛抱強く(しろと本に書いてあったので)待った。
それから、火が大きくなってきたらその火を壊さないように砂浜で見つけた流木を薪として足していったんだ。
今、私の目の前ではその薪の端っこが赤くなって小さいけど確かな火となって燃えている。
「とりあえず放っておいても大丈夫かな」
ちなみにランチは午前中に採ってきたアカガイだったよ。バケツに海水を汲んで火の上で煮てみたんだけど、これがまたしょっぱーくてね。
やっぱり真水を使っておけば……というのはできあがった頃には後の祭りで、でもそれなりにおいしくもあったかな?
なにより、元からある食料には手をつけなかったからサバイバルとしては大きな前進だよっ! (金平糖は舐めたけどね)
その後、砂浜に寝転がって……よく覚えてないけどそのまま寝ちゃったのかな。
「そうだ。放送……」
だから、放送を待っていたはずで、でも結果として聞き逃していたので、気づいた私は急いで端末のスイッチを入れた。
「………………………………」
放送の内容はいいことと悪いことが半分ずつ。いいこととも悪いことともとれることがひとつずつ。
ひとつは――真っ先に確認した禁止エリアのこと。
とりあえずは私と関係ないところだったのでセーフだ。もしここがひとつめの禁止エリアに指定されていたら、私はさっきの夢を見ながら死んでいたことになる。
そして、もうひとつは8人という死者の数。
前回よりかは減ったけれど8人という死者の数は多いよ。みんなまだ殺しあいをしている。だから私の目的が達成されるまではまだ遠い。
でも、多いけれど減ってはいる。きっとこれからはもっと減るだろう。だから私の目的が達成されるまでに近づいたのかもしれない。
どっちが正しいのかはわからないけれど、ただ、今はこんなことを考えるのがちょっとだけ虚しいかな。
「及川さん死んじゃった……」
画面に並ぶ死者の名前をひとつずつ見て、つぶやく。
及川雫。実家が酪農家をしていて、私たちFLOWERSの4人は番組でそこに行ったことがある。
彼女は少し不思議な人だったな。作業服を着てる時は完全に酪農家の娘なのに、アイドル衣装に袖を通すと途端に目を離せないアイドルになる。
極端な二面性が、すごく自然に共存しているアイドルっぽくないのにアイドルでしかない不思議な人だった。
番組でいっしょになったことがあるのは彼女だけじゃない。周子ちゃんや、前の放送で呼ばれたナナちゃんだってそうだ。
それだけでなく、仕事がいっしょになったとか関係なく仲良くしている子はいっぱいいるし、親しくない子でも同じ事務所なんだから仲間意識はある。
みんな同じ事務所の同じアイドルで、大輪を飾るひとつひとつの花で、――そしてこれからもひとつひとつと枯れ落ちていくんだ。
そして最後の花だけが残って、そんなものが残ることに意味があるの?
その花は強くてもきっと悲しい花だ。だって、その花は自分以外の全ての花が枯れてしまったと知っているんだから。
今回も、FLOWERSからは誰も死者はでなかった。
もしこのまま藍子ちゃんが最後まで残ったら、彼女はそれでも笑うと思う。でもその心には悲しみが押し込まれている。
高森藍子という花は今もここで悲しみという水を根から吸い上げているんだ。だから、例え花が咲いたとしてもその花の色は悲しみの色になるんだよ。
そんな花を作ることにどんな意味があるの? 私はないと思う。いや、認めない。私たちは悲しみで咲く花じゃない。
だから絶ち切るんだ。
どれだけ願ってもこれは終わっていく途中で、その終わりの後に悲しいひとりを残さないために、叫びたいくらいに悲しいけれど、私は――……
「さぁって、次の放送まではとりあえずセーフだし。夕ご飯のために釣りでもしようかなっ!」
【G-7 大きい方の島/一日目 午後】
【相葉夕美】
【装備:ライフジャケット】
【所持品:基本支給品一式、双眼鏡、ゴムボート、空気ポンプ、オールx2本
支給品の食料(乾パン一袋、金平糖少量、とりめしの缶詰(大)、缶切り、箸、水のボトル500ml.x3本(少量消費))
固形燃料(微量消費)、マッチ4本、水のボトル2l.x1本、
救命バック(救急箱、包帯、絆創膏、消毒液、針と糸、ビタミンなどサプリメント各種、胃腸薬や熱さましなどの薬)
釣竿、釣り用の餌、自作したナイフっぽいもの、ビニール傘、ブリキのバケツ、アカガイ(まだまだある?)】
【状態:疲労(小)】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、24時間ルールで全員と一緒に死ぬ。万が一最後の一人になって"日常"を手に入れても、"拒否"する。
0:とりあえず釣りでもしようかなっ!
1:サバイバルを続行っ!
※金平糖は一度の食事で2個だけ!
※自分が配置されたことには意図が隠されていると考えています。(もしかしてサバイバル特訓するって言ったから?)
最終更新:2013年08月14日 21:24