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――あれから暫くの時がたって、しかし彼女達は動いていなかった。
古関麗奈は肩で大きく息をしていて、時々咳き込んでいる。その横からは、
古賀小春が心配そうに覗き込んでいた。
麗奈は、正に限界を突破していた。ただでさえ行きで消耗していた体に鞭をうってまで走ってきたその状態は、すぐには立ち直らなかった。
「はぁ、はぁっ、はぁー………」
「だ、大丈夫……?」
「……こ、これが大丈夫に見えるの……アンタは……」
小春の言葉に、麗奈は精一杯の悪態をつく。
そんな事を言う少女の頭は未だ上がらなかった。
ただ疲れたから……だけではなく、もっと別の理由が少女の心にあった。
(ああもう……こんなこと言ってる場合じゃないのに……!)
小関麗奈はその実、小心者である。
例えば自分が悪いとわかっていても自分から謝ることはしない、というかできない。
そんな彼女が自分と、目の前の少女と真撃に向き合う……という事を素直に行動に移す事ができなかった。
あの時、自分の失敗に気づいた瞬間に、頭の中が真っ白になったような錯覚に陥った。
最悪……本当に最悪の場合、古賀小春は知らないところで死んでいた。ここは、そんな事さえありえる場所の筈だ。
それなのに、彼女を一人にしてしまった。本当に最悪な状況なら、あそこで小春との最期の、永遠の別れになってしまったかもしれない。
そんな事を思ってしまうと、どうもちゃんとそこにいた小春の事を直視できない。
安堵の気持ちが溢れてしまいそうで、それを抑えこめるのに必死だった。
「ご、ごめんね。ごめんなさい…」
目の前には無事で、そして随分と呑気ないつもの少女がいる。
彼女はあれから一歩も動けていない麗奈を心配して、自分が原因であるが故に謝っている。
――彼女と、このままずっといられたらどれだけ楽だろう。
不意に、頭はそう考えていた。
ここから灯台の往復は大変だった。だがそれでも、殺し合いなんてするより遥かにマシだ。
ずっとこんな事を続けていられれば。死にたくないし、殺すことだってしたくない。
あの時、頭によぎったような『甘え』が今一度、少女の頭をよぎる。
それが、そのなりきれずに決断を先送りにしてしまうことが、麗奈の甘さだった。
そう、ひいてはどちらかだ。殺すか、殺さないか。
麗奈の本心は一つだ。殺したくない。それが自身の気持ちであるし、それが通るのなら間違いなくそちらを選ぶ。
だが、全てはそう甘くない。この場所は勝ち上がって、一人にならないと帰れない。
もし抵抗すれば、死ぬ。首に巻かれたモノが、いともたやすく麗奈の命を断つ。
だから、殺さないといけない。そうしないと自分は死ぬし、『アイツ』も死ぬ。
だから彼女は、震えた手を抑えて、涙で滲んだ目をギュッとつむって、しっかりと銃を握って。
精一杯の虚勢をはって、たった一人になるまで精一杯頑張るつもりだったのに。
そのはずだったのに。
そうならなかったのは、間違いなくすぐ近くにいる少女のせいだ。
状況を実感していないいつもの雰囲気の、呑気な少女。
そんな彼女の姿だけを見れば、まるでいつもの日常のような感じがして。
結局は、そんな現実逃避をしていただけだ。こんな世界にも、彼女は彼女として存在していた事に、甘えていただけだ。
なら、どうする。殺すか?
そんな問いが頭をよぎっても、とっくにそれを実行するような気持ちににはなれなかった。
だがだからといって、いつまでも目を背けてはいられない。
それは、彼女の為でもある。もう決断を先送りにする暇はない。
どちらに行くにしろ、最終的に小関麗奈は逃げたり、目を背けずに覚悟を決めなければいけない。
「…………小春」
少女はようやく声をだして、これからの話をしようとして。
『こんにちは、お昼の時間ですね! 』
しかし、それを嘲笑うかのように言葉が遮った。
* * *
『それでは、六時間後、また生きていたら、あいましょう』
言いたい事だけを言って、放送は終わった。
その後は、ただ沈黙だけが場を支配する。
(何てタイミングで流れるのよ……まぁ、禁止エリアも死んだ奴もまだ関係なさそうだけど)
それは、麗奈の率直な感想だった。
まるで測ったかのような放送タイミング。人が折角決意して話しかけようとした瞬間に流れるとか……と、心の中で悪態をつく。
で、それとは別に、その内容に関しては概ね問題はなさそうだった。
取り敢えず禁止エリアで閉じ込められる事も無く、光もきらりも死んではいない。
安堵した……とは言えないが、とりあえず当面の問題はない。
そう思って、改めて小春へ向き合う。
「……………」
だが話を続けようとして、近くの少女に違和感を感じた。
そこには唖然とした顔の少女がいた。
一体どうしたのかと思い、麗奈は少し戸惑う。
そういえば、小春が放送を聞くのは今回が初めての筈だ。前回はぐっすりと寝ていたし。
と、なると。初めての放送に彼女は一体何を思っているのか。
今までずっと甘い感情が目立っていた古賀小春がこの放送を聞いて、何を感じるのか――
「……ちょっと、小春?」
それがとても不安になって、不意に声をかけていた。
「……? どうかしましたか~?」
「いや、どうかしましたか、っていうか……アンタ、大丈夫?」
声をかけた後何を言うべきか分からず、自分で言った言葉に、自分で疑問に思う。
大丈夫って、何が?
ただ放送があって、小春がそれを聞いただけ。それだけの事で何かが起こる訳がない。
だというのに、感じたこの危うさは何だろう。
「……やっぱり、麗奈ちゃんは優しいです」
ぼそりとつぶやいた彼女の言葉は、間違いなく弱音だった。
彼女が一体この放送で何を感じたのかは麗奈にはよく分からない。
でも、確かにあの放送が彼女にとって何かしらを感じ取ったのは事実なのだろう。
そもそも、アイドルが、人が死ぬなんて事がつらくない筈はない。
特に『あの』古賀小春なら尚更、初めて聞いた放送に、思うところはあったはずだ。
本当なら、当面の問題はないだとか、そんな言葉で片づけられるような事じゃないんだ。
甘い、本当に甘い―――けど、その思いは、きっと捨てたらいけないものだ。
「……小春、あんた」
「でも~」
その次の言葉を発した彼女には、その時の面影は無かった。
先程までの、幼く弱かった言葉とは変わって。まるでいつもの彼女のような口振りで。
でも、その目は確かに、目の前の少女を見て。
「でも、今はれいなちゃんがいます」
はっきりと、そう言った。
「………い、いきなり何言ってんのよ」
「それに、ヒョウ君もいますから、わたしは大丈夫です~」
次の言葉を紡いでいた時には、もういつもの彼女だった。
彼女が何を思っていたか、麗奈には最後まで分からずじまいだったが、結局、それでいい。
あんな姿の古賀小春なんて、ファンもプロデューサーも、きっと誰も望んでいないだろうから。
あまあまで、危機感が足りないとは今でも思うけど、でも、やっぱりその方が安心する。
矛盾してる考えだとはわかっていたが、それでもそう思わざるをえなかった。
「あ……そう。大丈夫ってんなら別に良いけど……。
それより、これからの話よ。アンタもさっきの放送聞いて分かったでしょ?アタシ達もいつまでも―――」
タイミングの悪い放送だったけど、皮切りに話は進んで。
先程までの、幼く弱かった言葉とは変わって。『アイドル』として、彼女達は意思を見つけた。
* * *
たくさんの人が死んだ。
それを聞いたとき、少なくとも、小春はそう理解した。
八人の命が失われた、なんて言われても実感がいまいちわかない。
ただでさえ『あの光景』を見ていない上に、今までろくに危機に見舞われなかったから、かもしれない。
そういう事が行われていると理解はしていても、実感がなかった部分はあっただろう。
だから……というわけではないが、確かに甘い考えは、そこにあったかもしれない。
誰もそんな事はしていないって、そんな想いがあったのは、否定できない。
でも、現実は違うらしい。実際に人は死んで、人は殺しているのだという。
なら、どうして、『その人たち』はそんな事をしてしまっているのだろう。
それを考えた瞬間に、頭の中をあの放送がよぎった。
その女性は、言っていた。
プロデューサーの為に。
貴方達の為に。
――――――。
(それは、ぜったい違うよ)
その続く言葉を、彼女は否定する。
誰かの為に、そんな事をしているのなら、それは絶対に、違う。
(そんな事をしても、ファンのみんなは喜ばないよ)
そう、その人が大切に思っている人なら、そんな事をしても絶対に喜ばない。
そんなのは、ダメだ。
悲しくて、辛くて、救われない。
みんなから嫌われて、自身も辛くて。そんな道が、正しいはずがない。
だから、もしもその人にであったら、その道を正そう。
あの時、小関麗奈を説得した時のように、間違った道を進もうとしているなら、そして既に進んでいるとしても。
そんな事をしている『アイドル』は違うんだよ、って教えよう。
具体的にどうすれば良いのか、よくわからないけど。
現実を理解していない、甘い考えなのかもしれないけど。
それが、きっとここにいる古賀小春に出来ることだから。
アイドルとしてこの場所で、できることだって、そう思うから。
ギュッとヒョウ君を強く抱く。そのつぶらな瞳はじっと小春を見つめていた。
(アイドルは、楽しいもんね)
胸に秘めた想いは変わることなく、むしろ強固なものになっていた。
* * *
禁止エリアぎりぎりを通った先にあった光景は、異様なものだった。
「………また、建物が燃えてる……」
目の前の建物からは煙が出ている。
だが、あの時灯台から見た炎のように激しくはない。
建物の状況から見て、強い火が弱まった…とも考えにくかった。
その事実と考察から導き出されるのは、また新しく火を点けられた、という事。
よくもまぁそんだけ熱心に放火するもんだと、麗奈は恐れを通り越して半ば呆れていた。
「……とりあえず、ここは論外ね。そうなると後はダイナーか……」
流石に煙が出ているような建物に入り、しかも休もうなんて気にはなれない。
となると、目的地にここは選択できない。そうなると、彼女の中の選択肢ではダイナーしか残っていない。
勿論、他の場所もないことはないだろう。そもそも休むだけならそこらへんの建造物でも事足りる。
(でも、地図に乗ってる建物の方が人は来るでしょうね……)
だが、そんな場所では彼女達の『目的』は果たされない可能性が高い。
あれから彼女達が腰を落ち着けて話し合った結論、それは当面は他の参加者を探す、ということだった。
幼く、弱い彼女達だけでは何かをする事はできない。
だから、彼女達が殺し合いをできない――しないと決めた以上は、仲間を集めないといけないだろう。
会っていない残り全員が殺し合いに乗っている……というのは考えにくい。
当てはなくとも、すぐに決意できるものでもない。少なくとも麗奈が思い当たるアイドルは、誰も殺し合いに乗るようには思えなかった。
人を殺すということが、そう簡単に決意できるものじゃない。
だから、ひとまずは必ずいるであろう殺し合いに否定的なアイドルと合流をする。
二人では具体的な案は浮かばなくても、大勢いれば何かいい案が浮かぶ筈だ。
「……よし、次はちょっと遠くなるけど、いいわよね?」
「うん。大丈夫だよ~」
同行人に同意を求めて、いつもの雰囲気で返される。
もう彼女にあの放送後のような陰りは見当たらない。
結局あれが何だったのかはわからなかったが、少なくとも彼女の中では踏ん切りはついたらしい。
大して何もしてない麗奈からしてみれば、先ほどまで心配していたのがアホらしくなってくる。
「ふ、ふんっ。下僕はいつでも命令を聞けるようにしておくものよ!」
しかし、彼女自身にとっては癪だがそれも含めて『古賀小春』なのだろう。
彼女が彼女であり続けるように、また自身もまだ自身でいられる。
それがどれだけ幸運なのかはわからないが、だがいつまでもこのまま……というのも難しいだろう。
彼女達の進む道には、それだけ多くの困難が待ち受けているだろうから。
「だから……その……気遣いとかしないで遠慮なく言いなさいよ!?
内緒にされる方がむしろ迷惑なのよ!分かった!?」
「は~い」
それでも、彼女達は進んでいく。彼女達が彼女達であるために。
【C-6 スーパー近く/一日目 日中】
【小関麗奈】
【装備:コルトパイソン(6/6)、コルトパイソン(6/6)、ガンベルト】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残る。プロデューサーにも死んでほしくない。
1:ダイナーに向かって、殺し合いに乗らない人を探す。
2:小春と向き合ってみる。
【古賀小春】
【装備:ヒョウくん、ヘッドライト付き作業用ヘルメット】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:アイドルとして、間違った道を進むアイドルを止めたい。
0:麗奈についていく。
1:ダイナーに向かって、殺し合いに乗らない人を探す。
最終更新:2013年08月14日 21:24