彼女たちが生き残るのに必要なルール24(トゥエンティフォー) ◆John.ZZqWo
空には光をさえぎる雲はいっさいなく、頂上を過ぎた太陽は奇麗な青空の中でいやらしいほどに輝き大地を乾かしていた。
その足元、ひび割れたアスファルトが赤茶けた荒野に一本の線を引いている。
車線も掠れたその道路の上には何者も……いや、道路の脇にある草むらから今、一匹のイグアナがペタペタと小さな足を交互に動かしながら出てきた。
「ヒョウくんそっちじゃないですぅ~」
と思いきや、今度は草むらをかきわけて一人の少女が飛び出してきて、イグアナを抱きかかえる。そして――
「ちょっと、小春! なんで道に出て行くのよ!」
更にはもうひとりの少女が飛び出してきて、イグアナを抱えた少女を更に抱えて草むらの中へと引きずって戻っていった。
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「アンタ、自分のペットくらいちゃんと管理しておきなさいよっ!」
古賀小春に怒りつつ、
小関麗奈は道の脇に生える草むらの中を這うように進んでいた。
先刻、燃え盛るスーパーマーケットを見て、次の目的をダイナーへと定めた彼女らはそのまま道を西に進んでいたのだが、
とても頭の回るレイナサマ曰く、
「こんな見通しのいいところをノコノコ歩いてたらいい的よ!」
ということで、街を出てからは今のように道の脇の草むらや雑木林に身を隠しながら進んでいたのだ。
「ここには誰かを殺してもかまわないってヤツがうろうろしてるんだからね。アンタも死にたくなかったらもっと慎重に行動しなさいよ!」
後ろを振り替えり小関麗奈は言う。
古賀小春は元々機敏ではないが、イグアナを抱いているとなおのことゆっくりするようだ。とはいえ、代わって抱きたいとも小関麗奈は思わないが。
「ありがとう麗奈ちゃん」
「はぁ?」
「だって、小春のこと守ってくれてるんだよね」
「ばっ……、なに言って……アンタが誰かに見つかるとアタシまで危険な目にあうのよ!
それにあんたはアタシの下僕でしょ。アタシのものなんだからそれなりに大事にするのは別に、ふ、普通のことよ!」
「えへへ、大事にしてくれるんだ」
「…………っ! と、とにかく進むわよ! 草がチクチクするし、いつまでもこんなところいられないんだからっ!」
前に向き直ると小関麗奈はガサガサと音を立てて草むらの中を突っ切っていく。
そんなことをすれば隠れている意味も半減だが、ともかく、その後をイグアナのヒョウくんが追い出し、それを追って古賀小春も草むらの中を進み始めた。
それからしばらくして、二人は目的地であったダイナーの前に到着していた。
がらんとして見通しのいい駐車場も、店の中も外から見た感じでは人の気配は感じられない。
それでも、小関麗奈は用心して片手に拳銃を握りながら店の扉を開く。すると、頭の上で鈴が大げさに揺れてガランガランという音が店内に響いた。
小関麗奈はその音に少しビビりながらも店内に視線と銃口を走らせる。
音が鳴り止めば店の中はしんとして、誰かが飛び出してくるという様子もなさそうだった。
「誰もいないんですかぁ~?」
少し間延びした声で小関麗奈の後ろから古賀小春が呼びかける。しかし、その声に応える者は現れない。
「みんなどこにいるんだろう……?」
古賀小春はヒョウくんを抱きながら店内の装飾などを眺めているが、小関麗奈――レイナサマはそんなに暢気でもなければ油断もしないデキる女だ。
呼びかけに反応がないのはこちらの不意を突こうと危ないヤツが隠れているという可能性もある。
「アンタはここで待ってなさい。アタシはちょっと奥を見てくるわ」
一息つくにしてもきっちり安全を確認した後だと、小関麗奈は奥を調べようとする。が、意外にも古賀小春が彼女の腕を引いた。
「えー、小春も麗奈ちゃんのお手伝いするよ? それに灯台の時だって――」
「あ、あの時はあの時よ! 今はもっと慎重にならないといけないの。
アンタはどんくさいし、武器も持ってないし……そ、そう。イグアナなんかキッチンに持ち込んじゃいけないのよ」
古賀小春は腕に抱いたヒョウくんを見て…………、うんと頷く。
「うーん、それはそうかも」
「わかったならここで大人しくジュースでも飲んで待ってなさい」
小関麗奈は古賀小春をボックス席に押し込むと、改めて拳銃を構え、カウンターを潜った。
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カウンターの中からキッチンを覗きこみ、それからゆっくりと小関麗奈はその中に入っていく。
「……………………」
キッチンの中もしんと静まりかえっているのは変わりない。だが店内と比べると風景が無愛想な分、不気味さは何倍もあった。
小関麗奈はごくりと喉を鳴らし拳銃をぎゅっと握って足を進める。
まずはしゃがみこんで調理台の下を覗きこむ。古びたダンボールや調理器具が乱雑に放り込まれているが、人が隠れているということはなかった。
ほっと息をついて立ち上がると、小関麗奈はそのままキッチンの中を一周。一応と、冷蔵庫の中も確認してここに誰もいないことがわかると、今度こそ大きく息を吐いた。
「二階もあるみたいね……」
キッチンの奥には二つの扉があり、片方は外の駐車場につながる扉で、もう片方の先には二階へとつながる階段があった。
再びつばを飲み込むと、小関麗奈は慎重に一段ずつ階段を上っていく。ミシ、ミシ、という音に緊張を高め、できるだけ音を鳴らさないよう慎重に。
「だ……誰かいないの?」
後二段で階段を上りきるというところで小関麗奈は足を止め、上にある部屋に向かって声をかけた。
「隠れてても無駄よ。このレイナサマには全部お見通しなんだから。そ、それにこっちには銃があるわよ! しかも二丁よ!
勝ち目なんてないんだから、……わかったら大人しく降参して出てきなさい!」
…………だが、返答はない。ここもまたしんとしているばかりだ。
「そう……、ど、どうなってもアンタの責任なんだからね」
小関麗奈は腰からもう一丁の拳銃を抜き出すと、両手に構えて階段を上りきり、そのまま部屋の中へと勢いよく踏み込んだ。
彼女なりに知恵と勇気を絞った行動ではあったが、……しかし、結局そこにも誰の姿もなかった。
「無駄に疲れただけだったわね…………、でも」
一通りの捜索を終え、小関麗奈は部屋の真ん中で溜息をつく。そして、散らかされてて薄汚い部屋を見回して顔をしかめた。
「男の一人暮らしってみんなこうなの? まさか“アイツ”の家もこんなだったりするのかしら? 事務所のデスクの上はきれいだったけど……」
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「あ、麗奈ちゃんおかえりなさーい」
階段を下りて店のほうへ戻ると、座っていた古賀小春が立ち上がり小走りにかけよってくる。
彼女の座っていたボックス席のテーブルの上にはなにもない。なにもせずに待つならなにか飲んでいればよかったのにと小関麗奈は思った。
と、小関麗奈はかけよってきた古賀小春を見てぎょっとした顔をする。
「ちょっと、アンタ! それどうしたのよ!?」
「え?」
きょとんとする古賀小春の横にまわって小関麗奈は彼女のスカートを見る。薄い色のふんわりとしたスカートにはべったりと赤いもの――血がついていた。
「いつこんな怪我したのよ? さっき草むらの中を通ってた時? ああもう、だからなにかあったらすぐに言えって言ったじゃない!」
「えぇ、ちょっと待って~。小春は怪我なんてしてないよ?」
「だったらこれはなんなのよ。……まさかイグアナ? ていうか、イグアナの血って赤いの?」
「ヒョウくんも怪我なんてしてないよ」
んー……と、うなりながら小関麗奈は血のついた部分を見つめ、触れてみる。
そしてどうやら怪我をしているわけではないと確認すると、今度は彼女が座っていたボックス席のほうも見てみる。
そして、ひっと上ずった声をあげた。
「どうしたの麗奈ちゃん?」
「テーブルと椅子……と、それに床にも血が垂れているわ」
よく見てみると、テーブルの端に血を垂らしてそれをこすったような跡があった。そしてその跡の下の椅子や床の上にも血痕が残っている。
「これを踏んじゃったんだ」
「そうね。でも、問題はそんなことじゃないわよ、ね。アンタわかってる?」
「怪我をした人がここにいたんだよね、麗奈ちゃん?」
「うん……、でも正解じゃないわよ。怪我したヤツがいたってことは怪我をさせたヤツもいたってこと。つまり……ここで誰かと誰かが殺しあったってことよ」
言って、血の気が引いていくのを小関麗奈は感じていた。
この企画(?)が始まってから、まだ誰かの死体なんかは見ていない。これまでは放送からでしか殺しあいのことを知ることはなかった。
そんな彼女にとって、これはまさしくはじめて見る、この場で殺しあいが行われているという決定的な証拠だった。
隣の古賀小春も言葉を発しない。おそらくは自分と同じなのだろうと小関麗奈は思う。つまり、怖いのだ。どれだけ強がってみようとしても怖くて怖くてしかたなかった。
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それから、二人は血痕のあったボックス席の隣で遅くなった昼食をとり、今後の方針を話しあうことにした。
その昼食に関しては――
「お店のものを勝手に食べたらいけないんだよ、麗奈ちゃん」
「なに言ってんの! 誰もいないしこんな緊急事態なんだから、そんなきれいなことばっか言ってられる場合じゃないでしょうが。
それに灯台のベッドだって勝手に借りたじゃない。それとどう違うのよ」
「ベッドは借りてもなくならないけど、食べ物は食べたらなくなっちゃうから泥棒になっちゃうよぉ」
「だからそんな場合じゃないって言ってるの! アタシたちは今、生きるか死ぬかなのよ? そんないい子ぶるのは“アイツ”ひとりで十分よ!」
――というやりとりがあり、結局はワルである小関麗奈が食べ物を泥棒して、それを下僕である古賀小春に分け与えるという形で落ち着くことになった。
テーブルの上には、ハンバーガーを作ろうとしてパンズが見つからなかったので結局パティだけを焼いたただのハンバーグと出来合いのマッシュポテト、
ケースの中にあったアップルパイ、それと、コップについだオレンジジュースが並んでいる。
食事も進み、テーブルの上に並んだものが半分くらいになったところで小関麗奈が話を切り出した。
「今後のことについてなんだけどね……」
「次はどこにいくの?」
テーブルの向かいに座った古賀小春は邪気なく問いかけてくる。そう、彼女の言うことは大事だ。目的地を決めなくては動くことはできない。
けれども、小関麗奈にはその前にきっちりと彼女と話しておかなくてはいけないことがあった。
「それは……それは、まだいいのよ。それよりも言っておきたいことがあるの。というか、ずっと言いたかったというか、言っておかないといけなかったというか……」
「麗奈ちゃん?」
「つまり、アタシはアタシで小春は小春ってこと! でもって、アタシはアタシの……悪の道を貫くのよ!」
小関麗奈の言葉に古賀小春の眉が八の字になる。上目遣いの瞳はかすかに揺れていて、どうしてそんなことを言うの?と問いかけているようだ。
「か、勘違いしないで! 別に誰もかれも殺してアタシが優勝してやる、なんてもう思ってない。この島を出る時は小春、アンタもいっしょよ」
「よかったぁ……、麗奈ちゃんは本当は優しいもんね」
「だーかーらー! それだけじゃ駄目なのよ! いい子ちゃんぶってるだけじゃここでは生き残れない。
アンタも見たでしょ? ここじゃあ実際に殺しあいが起きてるの。血迷った連中がそこらへんをうろうろしてるのよ」
古賀小春の表情はさっきよりかは柔らかくなった。けれどまだ不安の様子が伺える。きっと自分のことを心配してるのだろうと小関麗奈は思った。
「だから、いざとなったら……、いざとなったらだけど、その時は反撃しないと二人とも殺されるわ。だから、アタシもその時は反撃する。
常識ってルールを破るのよ。犯罪よ。こんな風に食べ物だって勝手に食べたりするわ」
小関麗奈はテーブルの上のアップルパイを取ってかじりつく。いかにも安物の、べったりとした甘さのパイだった。
「麗奈ちゃん……」
「んぐんぐ……ひかた、……んぐ。しかたないことなのよ。そう決めたんだから。アタシは悪の道を貫くってね。でないと、アタシたちは生き残れない」
また古賀小春の瞳が震え出す。その視線は心をチクチクと突き刺し、小関麗奈も泣きたくなるくらいだった。
けれど、小関麗奈はアップルジュースを一口飲み、心を落ち着かせて話を続ける。ここからが、話の本番だった。
「今のは絶対だからね。それで、アンタにお願いがあるの」
「小春に?」
「そ、そうよ……アンタは、アンタは悪いことなんてしなくていいの! そのままで……そのままでいいからずっとアタシといっしょにいなさい!」
「え……えぇ?」
古賀小春は目を見開き、まぶたをパチパチとする。かなり驚いているようだったが、逆に小関麗奈のほうはというと恥ずかしくて顔から火を吹きそうだった。
「いい? バランスの問題なの。アンタみたいな、なにもできないいい子ちゃんじゃここでは生き残れない。
だからアタシがアンタに変わって悪いことを……しなくちゃいけない時だけするの。
そして、アタシが……アタシが……、どうしてもやっちゃいけないことをしそうな時は、小春。……アンタがアタシを止めなさい」
「麗奈ちゃん……?」
「駄目だって言ったでしょ? ファンもプロデューサーもアタシのこと嫌いになっちゃうって、だから、そういう時は……また、アンタがそう言えばいいのよ!
そ、そうすればアタシがアンタを守れて、アンタはアタシを守れて万々歳よね!? 完璧な計画でしょう!?」
言い切って、ぽかんとした小春の顔を見て、小関麗奈は彼女の返事を待つ。怖くて、恥ずかしくて、もう大声をあげて外に飛び出していきたい気分だった。
きっとこんなに自分をさらけだしたことは今までになかった。プロデューサーを相手にしても、彼は理解者だったからこんなにもはっきりとした言葉は必要じゃなかった。
だからこれはやっぱりはじめてのことで、はじめてなのは怖くて、恥ずかしくて、答えを待つ間は不安ばかりが募ってしまう。けれど――
「うん、さすが麗奈ちゃんだねぇ」
にっこりとした表情で彼女がそう言った時に、心の中にたまっていたその不安は喜びに変わったのだった。
「そ、そーでしょう! このレイナサマの計画はいつだって完璧なんだからね! ほら、もっと褒めていいのよ!」
「うん、小春も麗奈ちゃんといっしょにがんばる」
「アハ、アハ、アハハ……! じゃ、じゃあ、さっさとご飯を食べて今後の具体的な計画を練るわよ!」
けれど、恥ずかしさだけは変わらずそのままで、それどころか心がふわふわしてしまうこれはなんなのか。心の中で沸き上がる感情に小関麗奈は混乱するばかりだった。
真っ赤な顔を隠すようにうつむき、一口だけ齧ったアップルパイを口の中につっこむ。もぐもぐもぐと……。
「うぇ! ゲ、ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!」
「きゃああああああ! 麗奈ちゃん大丈夫!?」
噛み砕かれたパイ生地がテーブルの上に散らばってにわかに大惨事が起きた。古賀小春は驚いて、そして席を立って小関麗奈の背をさすってくれる。
普段なら振り払うのだけど、今は顔が赤いのもごまかせるし、それに嫌な気分ではなかったので小関麗奈はその手に甘えるように背中を丸めるのだった。
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彼女たちはついに(?)、危険で危険で危険な殺しあいの場へと踏み込んでいく。
そんな彼女たちのために、こんな荒唐無稽で危ない場所で生き残るためのアドバイスを――そう、つい先ほどまでここにいたあの少女の知識からひとつ。
【ルール24:生き残るためには犯罪も】
【B-5 ダイナー/一日目 午後】
【小関麗奈】
【装備:コルトパイソン(6/6)、コルトパイソン(6/6)、ガンベルト】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残る。プロデューサーにも死んでほしくない。
0:ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!
1:(誰かに会ったり、島から逃げるための)具体的な計画を練るわよ!
2:小春はアタシが守る。
【古賀小春】
【装備:ヒョウくん、ヘッドライト付き作業用ヘルメット】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:アイドルとして、間違った道を進むアイドルを止めたい。
0:麗奈ちゃん大丈夫~?
1:ご飯を食べ終わったら、麗奈ちゃんとこの後のことを話しあう。
2:麗奈ちゃんが悪いことをしないように守る。
※着ている服(スカート)に血痕がついています。
最終更新:2013年10月11日 14:02