ボクの罪、私の罪 ◆rFmVlZGwyw
俺は自分の罪を数えたぜ……。
―――さぁ、お前の罪を、数えろ。
―ある私立探偵の言葉
「はぁ、はぁ、はぁ……」
山を下る、二人の少女。
二人の足取りはおぼつかなく、身体、あるいは心の深い疲弊を窺わせる。
「……大丈夫?少し休もうか?」
先を歩く少女―――
島村卯月に、
十時愛梨が声をかける。
(ありがとう、私は大丈夫だから)
島村卯月は微笑み、静かに首を振る。
(でも愛梨ちゃんがきつくなったら言ってね)
やや大げさなジェスチャーでそう伝える。既に彼女達の間では、文字を使わなくともある程度の疎通ができるようになっていた。
それは声を失った少女にとっては必然の適応だっただろう。だがそれをごく短時間のうちに可能にしたのは、二人が同様のものを背負っていたからかもしれない。
―――それは、悲しい共通点であったけれど。
「うん、私はまだ大丈夫。ありがとう」
十時愛梨が答えると島村卯月は頷き、また前を向いて歩きだす。
既に二人はボロボロで、いつもの少女たちであったらすぐにでも座り込んで、あるいは地べたであろうと構わず倒れ込んでいただろう。
だが今は歩くことを止めない。前を向くことを止めない。
(愛梨ちゃんと一緒に、凛ちゃんとまた会うんだ。そこから、もう一度始めるんだ)
少女の瞳は、まだ死んではいなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
山を登る、二人の少女。
二人の足取りは危なっかしく、心身どちらか、あるいは両方の消耗を感じさせる。
「さ、幸子……大丈夫?休んでいく?」
鉢植えを抱えた少女―――
星輝子は、前を歩く
輿水幸子に声をかける。
「ボクはまだ行けますよ。輝子さんの方はどうです?疲れてるなら休憩にしますけど」
少しペースを落とすものの、歩みは止めずに輿水幸子が答える。
「フヒ……私は、大丈夫」
「なら行きましょう。輝子さんが疲れたらいつでも言ってくださいね」
「うん……あ、ありがとう」
「……そういえば、ネネさんはどうしてるんでしょうね? まだ反応はないんですよね」
「うん……何度かかけてはいるんだけど……出ない、ね」
遊園地を出発してから、彼女たちは時折こうした会話を続けていた。
それはお互いが一緒にいるという確認もそうだが、言葉を交わし、心を通じ合わせることの大切さを学んだからだろう。
―――それを学ぶための代償は、大きかったけれど。
「放送で名前が呼ばれてない以上、彼女もまだ大丈夫のはずです。今は焦らず待ちましょう」
「フヒ……便りのないのは、ってやつ?」
「この状況でそのことわざはどうなんでしょう……」
話をつづけながら、彼女たちは歩き続ける。
既に二人はフラフラで、いつもの少女たちであったら余計な会話もなく、黙って休息を取っていただろう。
だが今は立ち止まりはしない。前だけを見て進んでいく。
「やることは山積みですが、一つ一つ片付けていきます。そして、終わらせるんです」
少女は、まだ絶望に染まってはいなかった。
「山を下りて遊園地に行こう。今から行けばちょうどいい時間に着くし、フードコートで食べ物も手に入ると思う」
パウンドケーキを食べ終えた後、私、十時愛梨はそう提案しました。
「遊園地で放送を聞いて、凛ちゃんを捜索。いなかったら、今日はそこで休もう」
『だめだったら、町のほうに出て、もう少し探しても』
「ううん、ダメだよ」
焦りの色を目に浮かべる卯月ちゃんを、私は首を振って制止します。
「卯月ちゃん、凄い隈ができてる。全然寝てないんでしょ?」
冷静に卯月ちゃんを押しとどめる私を、もう一人の私が戸惑いながら見つめています。
「凛ちゃんを早く見つけたい気持ちは分かるけど、それで自分が倒れたら元も子もないよ」
何で自分は卯月ちゃんを心配しているんだろう。休ませてあげようとしているんだろう。
「そんなの、凛ちゃんだって望まないと思う」
自分にそんなことを言う資格なんてないのに。もう二人もアイドルの命を奪ってしまったというのに。
「私も、多分凛ちゃんも、卯月ちゃんに生きててほしいって、そう思ってるんだから」
―――プロデューサーの言葉を、果たせなくなってしまうかもしれないのに。
最終的に、卯月ちゃんは納得してくれ、二人で遊園地を目指すことにしました。
『あいりちゃん、ありがとう。私、一人のままだったらやっぱりだめだったかもしれない』
そうメモを見せる卯月ちゃんの微笑みは、まぎれもない『アイドル』のもので。
『うん、今日がだめでも、明日がんばる。きっと凛ちゃんを見つけようね』
なんで私なんかが隣にいられるんだろう、と考えてしまうのでした。
「何度目かの確認になりますが―――山頂の様子を確認して、そこで放送を聞いて、一旦これからの方針を決めます」
(おそらく、そこには死体が転がっているでしょうが……)
続く言葉を飲み込み、ボク、輿水幸子は、半日前に聞いた声を思い出します。
―――み、みなさん!私の声が聞こえまひゅはっ!
あの時。ボク達さんは"殺人鬼"に見つかる寸前でした。
そこをあの声を聴いてからそちらに向かい、結果的にボク達は命を拾ったんです。
(―――今ならわかる。あの後ろ姿は、ゆかりさんだった)
その事実に気付いた瞬間、ボクの中で再び罪悪感が頭をもたげました。
あの時、既に"殺人鬼"と化していたゆかりさんを倒しておけば。
もしくは、別ルートから走って先回りし、彼女の脅威を伝えていれば。
(未央さんは、助かっていたかもしれない)
島村卯月さんの呼びかけの中で、一緒にいると言っていた少女。
そして、最初の放送で名前を呼ばれた少女。
これらの事実を結び付ければ、
本田未央さんがどのような形で命を落としたかは容易に想像がつきました。
勿論、これは憶測に過ぎません。誰か呼びかけに答えたほかの"参加者"の手にかかったのかもしれません。
それに、当時のボク達は"殺し合い"の現状を完全に信じていなかったのだから無理もありません。
それでも、一度浮かんだ「もしも」は、ゆかりさんが未央さんを手にかける鮮明な光景とともに、ボクの中で無慈悲に展開されます。
その時のボクに道を示してくれたのは、またも、傍らの彼女でした。
「幸子、山頂に……行こう」
星輝子さんは、そう言いました。
「蘭子と同じように、報告……しよう。それに、まだ、二人が生きてることも」
そうだ。そういえば、未央さん、卯月さん、それに
渋谷凛さんは3人でニュージェネレーションというユニットを組んでいました。
それに、放送では2回とも残る二人の名前は呼ばれていません。
彼女たちが心変わりして、"参加者"となっている可能性は否定できませんが、少なくとも、まだ生きてはいます。
「……そう、ですね。今のところ、それを伝えられるのはボク達だけです」
そして、ボク達は今こうして山を登っています。
前回山頂から呼びかけられた時は、疲れているからと自分に言い訳をし、その声を無視しました。
今のボク達は、おそらくその時以上に疲れ、汚れているのでしょう。
それでも、今のボク達は行かなければなりません。
巡礼―――というには、道のりは短すぎる。
墓参り―――というのも、何か違う気もします。
報告―――最初に輝子さんが口に出したこの言葉が、そっけない感じもしますが、しっくりくると思います。
もう、ゆかりさんがあなたのような悲劇を生み出すことはないんですよと。
そして、あなたの仲間たちは生きている、希望はまだ残っていますよと。
勿論、それで脅威が全て去ったわけではありません。ちっぽけな自己満足かもしれません。
それでもボク達は、信じ続けます。この声が蘭子さんに、未央さんに届いていることを。
それが、これからの希望へ繋がっていくことを。
山頂から遊園地を目指す、一組の少女達。
遊園地から山頂を目指す、一組の少女達。
その二組は、あまりにも似通いすぎていて。
そして、あまりにも近すぎていて。
―――だから、出会うのは必然だったのだろう。
「…………ぁ」
ゆるやかなカーブを曲がり、ハイキングコースの休憩所となっているであろう東屋の向こうに、彼女たちはいた。
大丈夫?と声をかけようとするがやはり声は出ない。
(愛梨ちゃんの時と一緒だ)心の中で苦笑するが、すぐに思い直す。
(そうだ、今はその愛梨ちゃんが一緒なんだ)
十時愛梨とも一緒になれた。今なら、さっきより簡単に分かり合うことができると島村卯月は信じる。
十時愛梨が代わって声をかけようとしたが、その必要はなさそうだ。前方の二人がこちらに気付き、びくりと体を硬直させるのがわかった。
(ああ…これ、ほんとにさっきとおんなじだ)
島村卯月は直感する。そして数時間前に傍らの少女にしたのと同じように、両手を広げ、"笑み"を浮かべる。
「な、なんでアナタがそこから出て来て……っ!しかも笑ってるんですか……!」
先頭の少女―――輿水幸子の口から出てくる言葉も、先ほどとほとんど変わらないもので。
「こ、来ないでくださいッ……!撃ちますよ!!」
向けられた銃こそおもちゃみたいに小さかったが、多分本物なのだろう。
(あ、ここは順番が逆だな)
そんなことを考えながら、「卯月ちゃん!」と呼びかけられた声に振り向く。
(大丈夫。大丈夫だから)
笑みを崩さず頷く。すると十時愛梨は何かを察し、武器を構えかけた手を降ろす。
「えっ……」
その声に再び前を向くと、もう一度、怯える輿水幸子へと足を踏み出す。
東屋の端を視界に収める。輿水幸子は東屋を横切ってすぐ。もう少し。
「あ、あぁぁ……」
こちらを向いたままの銃口。でも今度は怖くない。
なぜなら、島村卯月は信じているから。
「うわあああああ!」
目の前の少女を。
「駄目ぇぇぇ!」
後ろで見守っていてくれる少女を。そして―――
「幸子ッ!」
もう一人、目の前の少女を支えているのであろう、同じ目をした少女を。
「…………ぁ」
坂を上り、半日前に自分たちがいた東屋の向こう側から、その二人は出てきた。
一瞬体が強張るがすぐに身構え、星輝子を守るように一歩踏み出す。
その顔には覚えがあった。
島村卯月―――山頂で呼びかけを行い、結果、仲間を一人失ってしまった少女。
十時愛梨―――自分たちの頂点たるシンデレラガールで、プロデューサーを失ってしまった少女。
島村卯月がここにいる理由は察することができる。恐らく十時愛梨とは戻って来る途中で会ったのだろう。
だが、理解できないことが一つだけ。その一点が、輿水幸子を恐怖させた。
「な、なんでアナタがそこから出てきて……っ!しかも笑ってるんですか……!」
思わず口を突いて出る。そう、彼女は「笑っている」のだ。
本田未央が殺されたのは知っているはずなのに。
そこから出てきたということは、おそらくその亡骸も見てきているはずなのに。
蘭子を失ってしまった自分たちは、そんな穏やかな笑みを浮かべることができないというのに!
自分の理解できない存在を前に、反射的に銃を向けてしまう。
ああ、自分は何をやっているのだろう。こんなもの使いたくなんてないのに。ちゃんと相手を見極めようと言ったばかりなのに。
昔どこかで聞いたことがある。持たざる者は持つ者を排除しようとすると。自分を超越した存在が許せないのだと。
全てを許したとしか思えない彼女に嫉妬している?自分たちが持てない心の広さを持っているから?
―――いや、理由はもっと単純だ。
自分は、島村卯月が、島村卯月の笑みが、信じられないだけだ。
水元ゆかりと組み、本田未央を殺し、そして今なお自分達を惨たらしく殺す算段をその笑みの裏でしているのではないのかと思っているのだ。
「卯月ちゃん!」
後ろに控えていた十時愛梨が反射的に武器を構えようとする。
ほら、やっぱり。彼女も一枚噛んでいるのだろう。今回は正当防衛を装った趣向だろうか?
頭の中で勝手にシナリオが組み立てられていく。疑念が恐怖へと、そして怒りへと変わり指先に伝わる。
だが次の瞬間、島村卯月が振り向き十時愛梨を見て頷く。何かを感じたのか、十時愛梨が手を降ろす。
「えっ……」
思わず戸惑いの声が漏れる。なぜ?なぜ十時愛梨は撃つのをやめた?この理解できない現象はなんだ?
島村卯月は向き直ると、再びこちらに歩んでくる。
"何で彼女は笑ってられる?""未央さんと何があった?""殺し合いに乗ったんじゃないのか?""愛梨さんはなんで銃を下げた?""ボクは撃つべきなのか?""今こそ見極めないといけないのではないか?"
頭の中で疑問符が渦巻く。思考が追いつかない。
「あ、あぁぁ……」
情けない声が漏れる。手が震える。
だが島村卯月はもう目の前だ。どんなに震えていても、この距離なら外さない。外しようがない。
「うわあああああ!」
頭の中が恐怖と疑問で埋め尽くされ、理解を放棄しようとした、その時。
「幸子ッ!」
仲間の声が聞こえた。今、唯一信じられる仲間の声が。
「…………ぁ」
カーブを曲がったところで島村卯月が何かに気付いたような音を漏らした。すぐに追いつき、おそらくは休憩所であろう東屋の向こうに立つ二人を見つける。
二人には見覚えがある。手前にいるのは輿水幸子。度肝を抜くパフォーマンスで売り出しており、最近はスカイダイビングでLIVE会場に降下という荒業をこなしたと聞いている。
そして後方で何かを抱えているのは星輝子。こちらもLIVEではパフォーマンスを重視していて、(なぜか今も着ている)ヘビメタファッションと激しい口調が特徴的だった。
声を出せない島村卯月に代わって声をかけようとする。と、二人がこちらに気付き、びくっと身を震わせた。
こうなっては下手に声をかけると逆効果だ。どうしよう……と卯月を見ると、既にやることは決まっていたようで、両手を広げて前進していた。
(ああ、あたしと同じようにしてるんだ)と理解すると、輿水幸子に視線を向ける。
「な、なんでアナタがそこから出てきて……っ!しかも笑ってるんですか……!」
そこには、驚愕に目を見開き、瞳に恐怖の色を浮かべた輿水幸子がいた。
(あっ……)
十時愛梨はその姿に先ほどの自分を重ねる。あれは理解できないものを見せられ、恐怖していた自分そのものだと。
そして次の行動を直感的に理解した。まるで自分がそう念じたから動いたかのように、輿水幸子は自分の想像通りの動きを取った。
「こ、来ないでくださいッ……!撃ちますよ!!」
そこに握られるのは冗談のように小さな拳銃。だがアレは多分本物で、引き金を引けば島村卯月は倒れるのだろう。
「卯月ちゃん!」十時愛梨は咄嗟に自分の獲物を構えようとした。だが―――
(大丈夫。大丈夫だから)
こちらを振り向いた島村卯月と目が合った。それを見た瞬間、十時愛梨は自然と銃を降ろしていた。
なぜか、そうしなければならない気がした。
「えっ……」
輿水幸子が戸惑った声を上げる。そう、さっきも島村卯月に同行者がいたら同じように止めさせ、同じように自分も戸惑っていただろう。
再び島村卯月が歩き出す。輿水幸子は困惑の色を浮かべながらも、銃は構えたままだ。
(ああ、本当に、さっきとまるで同じ―――)
そこで十時愛梨ははたと思い至る。さっき同じように島村卯月が近付いてきたとき、最終的に自分はどうした?
島村卯月に、その微笑みに耐えきれず――――――引き金を引いたのではなかったか。
(―――!!)
その時は弾切れだったため、結果的に彼女は助かった。だが今はどうだ?まさか弾切れまでさっきの再現なのか?
……いや、まずないだろう。そこまでの奇跡は信じられない。となると、輿水幸子は引き金を引き、島村卯月は―――
(ダメだ……!)
十時愛梨は再び武器を構えようとする。だが腕が上がらない。
頭では構えなければと思っているのに、腕を動かすことができない。
お前は出番を終えたのだと、もうそのシーンに勝手に戻ることは許されないと言われているようだった。
(そんな……)
これは罰なのだろうか。プロデューサーを失い、最後の言葉に従って人を討ち続けながら、そのくせ殺すことができなかった島村卯月に何かを見出そうとした、自分の勝手への。
(でも、でも……!)
自分なんかを助けてくれた、あの子と同じ希望を持った少女を、死なせてほしくない―――!
「うわあああああ!」
絶望に染まった輿水幸子の叫びが耳朶を打つ。それと同時に、十時愛梨は叫んでいた。
「駄目ぇぇぇ!」
そして、十時愛梨はもう一つのイレギュラーに気付く。
あの時は、お互い一人だった。だが今は違う。島村卯月には自分がいるし、輿水幸子も―――
「幸子ッ!」
一人では、なかった。
「…………ぁ」
坂を登り、半日前に自分たちが使った東屋を視界に入れると、同時にその向こう側にいる人影も目に入った。
身体が強張る。幸子が自分を守るように一歩踏み出す。幸子の体越しに、改めて二人を確認する。
前にいるのは島村卯月―――彼女も放送で水元ゆかりの死を聞いたはずである。自分たちと同じように報告しに行って、その帰りだろうか?
後方の少女は見間違えようもない、シンデレラガール、十時愛梨。同じように島村卯月の呼びかけに集まって、一緒に逃げていたのか?
彼女たちはもう乗ってしまったのだろうか、どう話せばいいのか、と考えていると。
島村卯月が両手を広げ、こちらに笑って近づいてきた。
それを見た瞬間、星輝子は、何となく理解した。
彼女は、許して、受け入れたのだと。
本田未央の死を。そして彼女を殺した水元ゆかりを。
それだけの悲しみを乗り越えたから、こんな穏やかな笑みができるのだと。
同じ悲しみを味わったから分かる。なら、自分たちは争わずに済むだろう。
安心し、声をかけようとした瞬間。
「な、なんでアナタがそこから出て来て……っ!しかも笑ってるんですか……!」
―――え?
星輝子には、それが自分の前に立つ少女から出た言葉だと一瞬わからなかった。いや、理解できなかった。
なんでそんなことを聞くんだろう?自分たちは同じだというのに。
だって、自分たちも蘭子の前で沢山泣いて、悲しみを乗り越えて前に進んでいるんじゃないか。
でも、と星輝子は思い至る。
そういえば自分たちは笑えただろうか。
二人で罪を背負っていく覚悟はした。
蘭子を想って泣いて、そこから立ち上がった。
でも、あんな風に全てを受け入れる笑みをすることは、まだ多分できない。
「こ、来ないでくださいッ……!撃ちますよ!!」
その声に現実に引き戻される。輿水幸子が銃を構え、こちらに歩いてくる島村卯月へと向けている。
その手は震えていて、恐怖に怯えているのが伝わってくる。
(ああ―――そうなんだ)
星輝子は人とのコミュニケーションが得意ではない、むしろ逆だ。
だが、だからこそ他人の顔色を窺い、判断することに長けていた。
だからこそ島村卯月の笑みの理由に気付くことができたし、この時の輿水幸子を理解することも出来た。
(幸子は、押し潰されそうなんだ)
自分のせいで蘭子が死に、自分に人殺しをさせてしまった、と彼女は言った。
二人で罪を分け合おうとは言ったが、彼女は、その重荷を軽くはできなかったのだ。
「卯月ちゃん!」
後ろで十時愛梨が銃を構えかけるが、島村卯月が振り向いて頷くと、そのまま降ろす。
そのやりとりから、彼女たちの繋がりを感じる。
そうだ、自分たちもこうすれば、と星輝子は幸子に呼びかけようとして。
「―――」
声が、出ない。
(えっ……!?)
おかしい。さっきまで自分は普通に話していたはず。
声が出ないと、幸子に誤解を説明することもできない。
幸子に分かってもらって、4人で―――そこまで考えたところで、はたと気付く。
(そうか、私……幸子に理解してもらえないのが、怖いんだ)
今、幸子は恐慌状態に陥っている。自分の話さえ聞いて貰えないかもしれない。
一緒に頑張って背負って乗り越えて―――それなのに、まだ自分と幸子は通じ合えていないのではないか。それを確認するのが、怖い。
やるべきことは分かっているのに。
失敗するかもしれなくても、自分はそれをやらないといけないのに。
「えっ……」
幸子が困惑の声を漏らす。武器を向けている相手を前に、武器を降ろさせたことが理解できないのだろう。
ここだ。ここで声をかけて銃をしまってもらえば、分かり合うことができる。
でも、(何でそんな馬鹿なことを言うんだ?)と思われてしまうのが怖くて。
彼女たちと自分たちの絆の差を、味わってしまうのが恐ろしくて。
星輝子の喉は、完全に声を出すことを拒否していた。
彼女の苦悩を嘲笑うかのように、時は確実に進んでいって。
いつの間にか、島村卯月はすぐそばまで歩み寄ってきていて。
(こ、このままじゃ……このままじゃ……)
幸子は震えたままだが、徐々に引き金に力を込めているのが分かった。
取り返しのつかないことになってしまう。でも自分には踏み出すことができない。
(お願い、誰か、誰か―――!)
星輝子は願った。ただ、何かを信じて願った。
「うわあああああ!」
「駄目ぇぇぇ!」
そして、声が、聞こえた。
――――――なまえをよんで。
「幸子ッ!」
「ひぐっ、ぐすっ……」
少女が、地面に座り込んでいる。
「もう、いい……もういいんだよ……」
その後ろには、別の少女が抱きついている。
「――――――」
そこへ歩み寄った少女は、
しっかりと、二人を抱きしめた。
「……」
そして、最後の少女はその光景を、静かに見守っていた。
「本当にすみません……取り乱してしまって」
『ううん、大丈夫』『幸子ちゃんたちも、つらい目にあったんだね』
数分後、4人はとりあえず東屋に座って休憩していた。
輿水幸子も完全に落ち着きを取り戻したが、腰が抜けてしまっていて、3人がかりでベンチへ座らせた。
日はもう完全に傾いており、恐らく放送はここで聞くことになるだろう。
「まぁ、それなりに……でも、卯月さん達こそ何があったんです?なんで筆談……?」
『うん、ちょっと長くなっちゃうんだけど……』
そして一人目の少女は、再び自分の罪を数える。
何も考えずに声を上げ、仲間を死なせてしまった。
その死を目の当たりにして、残った仲間を置いて逃げ出した。
そして、助けを求めて追ってきた仲間を、目と耳をふさぎ、口をつぐんで見殺した。
これが、少女の罪。そして、奪われた仲間と声は、その報い。
「……でも、さっきは、笑ってた」
星輝子の言葉に、島村卯月は十時愛梨へ話したことを繰り返す。ただし、一つ付け足して。
『凛ちゃんは、まだ生きてる』『未央ちゃんからは元気をもらった』『あいりちゃんとも山の上でいっしょになれたから。今度は、はなれない』
横から、ハッと息を飲む音が聞こえた。島村卯月は十時愛梨に微笑みかけ、頷いた。
『凛ちゃんを見つけて、もういちどニュージェネレーションをする。その時は、みんなにも見ててほしいんだ』
「そう、だったんですか……」
また3人でニュージェネレーションをする。その意味が、輿水幸子には何となくわかる気がした。
自分も、
神崎蘭子の想いを受け継いで、そして本田未央の想いを受け継ぐために、登っていたのだ。
「……卯月さんは、強いんですね。ボクは、結局自分の罪に押し潰されて、このザマです」
「幸子……それは違う。私も、最後の最後まで止められなかったから……だから、一緒」
「……ごめんなさい。卯月さん達がそうなってしまった一旦は、ボクにもあるんです」
「『ボク』、じゃなくて、『ボク達』ね……」
そして次の少女たちは、自分たちの罪を数える。
卯月たちの呼びかけに向かわず、そちらへ向かった水元ゆかりに何も対処しなかったこと。
自分たちの認識の甘さと臆病さで、神崎蘭子を見捨て、死なせてしまったこと。
その後、結局水元ゆかりと闘わざるを得なくなり、殺してしまったこと。
少女たちは、背負った罪の十字架に耐えきれず、過ちを犯しかけた。
過ちはまた罪となり、少女たちの背にのしかかる。負のスパイラル。
「……そうなる前に、輝子さんが止めてくれました」
「フヒ……あれは、私だけじゃ、ないよ」
「……?」
(ありがとう、蘭子)
抱きつく直前、彼女は、確かに堕天使の声を聴いた。
きっと、心配性な、でも以外と引っ込み思案な彼女の、精一杯のエールだったのだろう。
「それで、さ。これから……どうする?」
「あ、そうか……もう今から山頂へ行く理由はないんですよね」
元々、山頂へはニュージェネレーションに代わって(?)報告するのが目的だったので、島村卯月が山頂から降りてきている以上、今すぐ目指す理由はない。
『よかったら、私たちといっしょに来てほしいんだけど……』
島村卯月がおずおずとメモを差し出す。
「え……いいんですか?ボク達は、その……」
『私たちを、うとうとした?』
「はい……そんなボク達が、卯月さん達と一緒にいる資格なんて……」
うつむいて答えると、ぽん、と肩に手を置かれた。
びくっとして顔を上げると、島村卯月は静かに首を振った。
『しかくとか、そうむずかしく考えちゃダメだよ』
『幸子ちゃんは、うたなかった。私たちとこうして話せてる。それだけで十分だよ』
『だから、いっしょに行こう』
そうメモを見せる彼女の瞳は、どこまでもまっすぐで。
輿水幸子は頷き、ありがとうございますと涙ぐんで言った。それ以上何か口にすると、また涙があふれてしまいそうだったから。
星輝子も、ありがとうと一言。その顔からは、涙がぽたぽたと零れ落ちていた。
十時愛梨は、少女たちの独白をただ聞いていた。
(そっか……だから卯月ちゃん、一緒に行こうって言ってくれたんだ)
声を上げて、死なせて、逃げ出して、見捨てて。
きっと彼女は物凄く後悔したんだろう。自分を恨んだんだろう。3人分の罪の意識が彼女を苛み、その声を奪っていった。
でも、彼女は折れなかった。
山頂に戻って、『ニュージェネレーション』を復活させる、と誓って。
銃を向けた自分も、助けてくれようとして。
そして今、輿水幸子と星輝子へも救いの手を差し伸べている。
その姿は、間違いなく自分が『希望』を託そうとしていたアイドルの姿だった。
(―――行こう。私は、ここにいちゃいけない)
ここは、私のいるべきところじゃない。
高森藍子と決別した自分が、いていい場所じゃない。
そして彼女は、やおら立ち上がると宣言する。
「……ごめんね。私は、やっぱりここにはいられません」
「愛梨さん!?急にどうしたんです!?」
「卯月さんの、トモダチ、だったんじゃ……?」
(愛梨ちゃん……?)
「だって私は、もうアイドルじゃないから。本物の"ヒトゴロシ"になっちゃったから」
3人からの視線を浴びながら、最後の少女は自らの罪を数える。
考えなしに声を上げ、プロデューサーを死なせてしまった。
プロデューサーの最後の言葉に従うために、殺し合いに乗る決意をした。
木村夏樹を撃ち、
多田李衣菜も殺した。
高森藍子に自分勝手な『希望』を押し付け、自分は絶望し殺していくと決めてしまった。
山頂で本田未央の死体を見つけ、その笑顔が理解できず顔を撃ってしまった。
銃声を聞きつけてきた島村卯月の笑顔が怖くて、撃とうとした。
彼女にかかった最後の魔法は呪いの楔となり、彼女を罪の牢獄へと引きずり込む。
けれどそこから出ることは許されない。その牢獄の中でしか、彼女はシンデレラでいられないのだから。
「だから、私は皆といる資格はないの。私は卯月ちゃんみたいな希望はもうないし、幸子ちゃんや輝子ちゃんのように誰かの生を背負う覚悟もない」
ゆっくりと、彼女たちに背を向ける。
「私の中にあるのは、―――さんの言葉だけ。でも、その言葉が残ってれば、何だってできるから」
機関銃を握りしめ、歩き出す。
「卯月ちゃんの希望、叶うといいね。私はもう祈る資格はないけど―――」
その時、とん、と。
後ろから軽い衝撃が走った。
『それでも』『それでも私は、あいりちゃんをみすてたくない』
後ろから十時愛梨に抱きついた島村卯月は、彼女の腕に指で文字を書き続けた。
『あいりちゃんは、こんな私といっしょにいてくれたから』『私はもう誰ともはなれないって決めたんだ』
それは、今まで散々彼女がかけてきた声と同じだった。それだけに、嘘偽りのない本心だった。
「私、卯月ちゃんを殺しちゃうよ……?そうしないと、プロデューサーさんの言葉を果たせないから……」
『でも、今まであいりちゃんは私をころさなかった』『起きてから、なんどもチャンスはあったのに』『だから私は、今のあいりちゃんを信じる』
「それでも……それでも、きっと最後には裏切っちゃうよ?そうしないと、生きていけないから」
『さいごにはそうなるかもしれなくても』『それまではいっしょにがんばろうよ』『あいこちゃんもきぼうをすててないんだよね』
「本当に……本当に、それでもいいの?」
『もちろんだよ』
「あのー……お二人で盛り上がってるところ申し訳ないんですが……」
その言葉にはっとして振り返る。
輿水幸子がばつの悪そうな顔で近付いてきていた。
「ええと……卯月さんは愛梨さんを同行させたいということで、愛梨さんも説得されかかってる、ってことですよね」
「う、うん……」
十時愛梨は曖昧に頷きながら、内心では苦笑していた。
(あはは……そうだよね、やっぱり嫌だよね。それが普通だよね……)
怖がられ、避けられることはよかった。ただ、島村卯月が自分と輿水幸子たちの間で悩むであろうことを考えると申し訳なく思った。
「ボク個人の意見を言わせて頂きますと……正直言って、愛梨さんが本人が言うとおりの人なら、反対です」
「本人の……?」
十時愛梨はその言葉にわずかに引っ掛かりを感じた。自分で明かした内容なのに、どうしてわざわざ回りくどい言い方にするのか?
「ですが、今の愛梨さんはそうは見えません。いや、愛梨さんの供述自体は本当なんでしょうけど、ボクは今の愛梨さんはそれができる人間のようには見えません」
「えっ……」
「だってそうじゃないですか。現に今までだって、ボク達を纏めて殺すチャンスは何度もあったはずです」
「それは……」
「卯月さんを囮に使うとしても、ボク達の注意が向いてる間にその機関銃でパパパっとやればよかった。でもあなたはそれをやらなかった」
「……」
「愛梨さん、あなたはプロデューサーに『生きろ』って言われたって聞きましたけど…それ、必ずしも皆を殺して生き残れって事になるとは限らないですよね」
「だって、それ以外に方法は……」
「確かに、唯一はっきりしてる方法はそれだけです。でも、それだけで他の可能性を放棄しちゃいけないと思います」
そう言うと、輿水幸子はポケットから何かを取り出した。
「それ……」
「ええ、首輪ですよ。蘭子さんのものです」
自嘲気味にそう言うと、十時愛梨の目の前に首輪を突きだす。
「これを誰か、機械に詳しい人に見せれば何かわかるかもしれません。もしかしたら外せるかもしれません」
首輪をポケットにしまうと、輿水幸子は続けた。
「荒唐無稽な話だと思いますか?でも解除できる可能性はゼロじゃありません。そうすれば、極端な話、愛梨さんは生き延びることができる」
残酷な話だが、十時愛梨の人質たりうるプロデューサーはもういない。首輪さえ解除して逃げることができれば、十時愛梨は自由の身となり、殺し合いの結果にかかわらず生き残ることができる。
「あなたは先ほど希望を捨てたと言いましたが、生きる希望だけは捨てていないんでしょ?ちひろさんも言ってたじゃないですか。あがいてみせましょう。最後まで」
「私……は……」
突然渡された選択肢。確かにそれが上手くいけば、アイドルを殺さず最後の魔法にかかることができる。
(でも、私はもう戻れない)
俯いた脳裏に木村夏樹、多田李衣菜を撃った時の光景がちらつく。そうだ、私はもう動き出した。今更そんな虫のいい話が許されるわけが―――
「う、撃った二人の事……気にしてる……?」
「!」
「輝子さん……」
最後の一人、星輝子も立ち上がり、こちらに歩んできていた。
「分かるよ……私も、ゆかりさんを撃った事、忘れられないから……」
撃った罪を背負っているのは、一人だけではない。撃った重みを知っている少女は、言葉を紡ぐ。
「で、でも、だから殺し続けなきゃいけない、ってことは、ないと思う……。それは、二人が、余計に、悲しむよ……」
「じゃあ、どうしろって」
「受け継ぐんだよ」
それは、彼女たちがたどり着いた答え。
「自分が撃った人たちの分も、生きていく。そういう覚悟を持つんだ。愛梨さんのプロデューサーと言ってることは一緒だし、無駄に背負おうという気もなくなる」
「受け、継ぐ……」
「一人で駄目だったら、私たちも協力するよ。現に私と幸子は、トモダチとして分け合って背負ってるし……フヒ」
「輝子さんの思い付きでボクを巻き込まないで下さいよ……」
輿水幸子があきれ顔を作るが、その顔は満更でもなさそうだった。
『私にも背負わせて!みんなの思いがあれば、きっとがんばれると思うから!』
島村卯月も、笑ってメモ帳を見せる。重みではなく、励みにしよう、と。
「っ……私、は」
うつむいたまま、十時愛梨が声を絞り出す。
「いっしょに、いられるの……?」
許しを請うように発された声に、島村卯月は優しい抱擁で答えた。
「ぇぐっ……ひっぐ……うわあぁぁぁぁぁん……っ」
その胸の中で、少女は、いつまでも泣き続けた。
【E-5/一日目 夕方】
【島村卯月】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、包丁、チョコバー(半分の半分)】
【状態:失声症、後悔と自己嫌悪に加え体力/精神的な疲労による朦朧】
【思考・行動】
基本方針:『ニュージェネレーション』だけは諦めない。
0:愛梨ちゃんが落ち着くまで、こうしてよう。
1:皆でいっしょに凛ちゃんを探そう。とりあえず……遊園地?
2:凛ちゃんを見つけて、戻ってきて……そうしたら、どうしようかな?
3:もう誰も見捨てない。逃げたりしない。愛梨ちゃんとも幸子ちゃん達とも分かり合えたんだ!
4:歌う資格なんてない……はずなのに、歌えなくなったのが辛い。
※上着を脱いでいます(上着は見晴台の本田未央の所にあります)。服が血で汚れています。
【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(30/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×3】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生きる。
0:皆と、いっしょにいていいの……?
1:皆は、最後まで他の方法を探してみろって言ってくれたから……探してみようと思う。
2:どうしても駄目だったら……その時は……
※山頂を出発する前にスコーピオンのマガジンをリロードしました
【星輝子】
【装備:鎖鎌、ツキヨタケon鉢植え、コルトガバメント+サプレッサー(5/7)、シカゴタイプライター(0/50)、予備マガジンx4】
【所持品:基本支給品一式×2(片方は血染め)、携帯電話、神崎蘭子の情報端末、
ヘアスプレー缶、100円ライター、メイク道具セット、未確認支給品1~2】
【状態:健康、いわゆる「特訓後」状態】
【思考・行動】
基本方針:トモダチを守る。トモダチを傷つける奴は許さない……ぞ。
0:卯月さんたちと合流できた!幸子も分かり合えてよかった……!
1:愛梨さんが耐えられなさそうなら、皆で背負う。それで愛梨さんが殺し合い以外の道を考えてくれるなら、苦じゃない。
2:マーダーはノーフューチャー! ……それでも幸子が危ないなら、しなくちゃいけないことなら私がするよ。
3:ネネさんからの連絡を待つ。
【輿水幸子】
【装備:グロック26(11/15)】
【所持品:基本支給品一式×1、スタミナドリンク(9本)、神崎蘭子の首輪】
【状態:胸から腹にかけて浅い切傷(手当済み)】
【思考・行動】
基本方針:かわいいボクを貫く。 自分に出来ることをやる。
0:機械に詳しい人を探す……って、ホントに居るんでしょうか?
1:もう輝子さんには、人殺しなんてさせません。
2:愛梨さんは危うい人ですが、多分今は大丈夫です。ボク達が道を示してあげる限り、殺し合いには乗らないでしょう。
3:……もう、現実から目を逸らしたりはしませんよ。
最終更新:2013年09月03日 18:18