彼女たちが盤面に数えるサーティートゥー ◆John.ZZqWo



飛行場から市街へと続く暗い道は、和久井留美にとって幾分か緊張を強いるものだった。

きれいに舗装され整った道路の脇にあるのは等間隔で並ぶ細い街灯くらいなもので、視線を遮るものはないと言っていい。
しかし、もう夜分ゆえに見通せる距離もそうあるわけでなく、もし誰かが向かいから歩いてきたとしても気づくのは寸前になってからだろう。
となれば必然、互いにま近くで相対することになる。
何も身を遮る場所で互いに顔が見える距離から殺しあい――そんなことを想像して、和久井留美は緊張に胸が痛むのを感じた。

「……………………」

少し風が強くなってきたことに気づき振り返れば、すぐ後ろにどんよりとした黒い雲が追うように近づいてきている。
ここで更に雨に降られてはかなわないと、和久井留美は道をゆく足を速めた。


 @


ほどなくして和久井留美は市街へと辿りついた。
目の前には今歩いてきた道が更に北――市街への中央へと向かって伸びている。地図が確かであれば、もう少し進めば左側にビーチが見えてくるはずだ。
付近にある施設や視界に映る建物を見ても、この島北東の市街が観光やレジャーを目的としたものというのはよくわかる。

通りに並ぶ店も、手作りの小物やアクセサリを扱ったお店。海のものを扱った土産物屋。そして、水着のまま入れるという飲食店など。
もし、今が昼間で更にもっと夏に近い季節であればこの通りはもっと眩しく魅力的に映ったに違いない。
しかし現実はそうではない。今はもう夜で、どんよりと雲が頭上を覆ってなお暗く、なによりも殺しあいの舞台である。

和久井留美は脇の道へと曲がると、後ろ髪を引かれることなどなくそのまま大通りから離れた。



「さて…………」

どこを寝床にしようか――と、狭い路地を歩きながら和久井留美は考える。
あまり簡単に入れる場所だと万が一誰かと“被る”可能性がある。とはいえ、裏をかけば、また同じように裏をかいた人物と“被る”というのも否定できない。

「これは、ちょうどいいわ」

しばらく歩いた後、和久井留美は足を止めて少し先にある店を見た。少し古いビルの1階にある100円均一のコンビニだ。
これから必要なものを揃えるにはうってつけだと立ち寄ることにする。
勿論、無用心には近づかない。和久井留美は手に入れたばかりの拳銃を片手に、暗闇の中で煌々と明かりを漏らすそこへと慎重に近づいた。

「…………あら、いやね」

幸いなことにコンビニの中に先客はいなかった。なにかがあって荒れているなんてこともなく、物質の調達もスムーズに進みそうだ。
どうして和久井留美が言葉をもらしたのか、それは片手に買い物カゴを持っていることに気づいたからだ。
なにもここではそんなに行儀よくすることもない。なのに、自然とそうしていて、気づけばカゴの中には半分ほど商品が入っていた。

苦笑し、とりたて困ることもないので買い物――ではなく物資の調達を彼女は再開する。
棚の間を巡り、必要だと思ったらとりあえずカゴの中に入れた。あまり荷物が増えても困るが、捨てることはいつだってできる。
まずは食料品。飲み物も邪魔にならない程度に。それから生活小物。絆創膏などの簡単な手当てをするものや、タオルや替えの下着など。
一応と武器になるようなものもないかと探してみるが、拳銃も手に入った今、有用だと目に映るものはこれといってなかった。

「まぁ、こんなものかしら」

一通り回ると和久井留美は買い物カゴをレジまで運ぶ。別に会計をするためではない。ビニール袋を取るためだ。
カゴに集めたものを用途別に袋に分け、それを肩にかけていたバッグへと移す。
手早く終えて、そして彼女は気づいた。

「降りだしたのね」

外を見ればガラス窓に水滴がつきはじめている。とうとう雨が降り出したのだ。
嘆息すると、和久井留美はちょうどレジの脇にあったビニール傘を一本抜いて、しとしとと降る雨の中へと出た。


 @


コンビニから出ると和久井留美は傘に雨粒を受けながらそのままビルをぐるりと回り、裏手にあった階段を上った。
このビルの2階から上はどうやら商社が入ってるらしく、ひっそりとした寝床にするには最適だとビルを見かけた時に算段していたのだ。
幸いか、無用心なことに玄関の扉に鍵はかかっておらず、和久井留美は開いたばかりの傘を閉じて中へと滑り込む。

「………………」

入ってすぐのホールとなっている場所は暗かった。明かりはわずかな非常灯と壁際の自販機が発する光くらいだ。
自販機の隣には3階以上に登るための階段とエレベータとがある。
少しだけ考え、和久井留美はそのまま奥へと進むことにした。探しているのは応接間だ。だとしたら客にこれ以上階段を上らせることはないだろう。

廊下を進むと事務机が並んだオフィスに出た。机の上はどれもよく整理整頓されている。彼女の所属する事務所とは大違いだ。
暗い中で目をこらすと更に奥にいくつかの扉が見える。そのひとつにあたりをつけると和久井留美はオフィスを堂々と横切り、そして静かに扉を開いた。

「ゆっくりできそうね」

厚い扉の向こうは予想したとおりに応接間だった。
背の低いテーブルを3人がけのソファが挟んでいて、壁には絵画がかけられ、棚にはトロフィーや表彰盾が並んでいる。
和久井留美は荷物を絨毯の上に下ろし、ソファへと身体を投げ出す。高級そうな革張りのソファはふかふかと柔らかく、やすやすと受け止めてくれた。
気を抜けばそのまま安眠の中に引きずりこまれそうなほどだ。しかし和久井留美はその誘惑をぎりぎり振り切り身体を起こす。
休息が目的で、そしてここでそれが得られることも判明したが、休む前にまだいろいろと終えておかないといけないことがある。

座りなおし、まずはさきほど下のコンビニで集めた物資をテーブルの上に広げていく。
とりあえずは食事だ。
ここまでは動きが鈍らないようにと最低限の量をこまめにとってきたが、1度休むと決めたのなら、今度は後からガス欠することがないようしっかりととる。



「いただきます」

給湯室のレンジを使って用意したのはレトルトの中華丼だった。それに、完熟トマトのスープパスタにペットボトルのレモンティー。
奇妙な組み合わせだが、和久井留美自身は疑問に思っていなかった。ただ好きなものを組み合わせただけだ。そしていつも彼女はこんな感じだ。
元々、頓着のないほうではあったが、アイドルになり家に帰る時間が不定期になるとそれはより悪化(?)してしまった。

「ん、いけるわね」

業務形態が一定でない以上、いつ家に帰るかは定まらない。その上、仕事の中やその延長線上にある打ち上げやつきあいで食事をとることも増えた。
自炊をするにもそういった事情から日持ちしないものは家には置けない。となると、その時その時でコンビニで買って帰るというのが効率的だとなる。
仕事帰りにコンビニにより、マーケティングの成果から生み出された新商品を誘導されるままに買って食べる。
企業が想定する働く独身女性――彼女の食生活はその見本どおりの形だった。

いまや彼女にとって料理とはオフの日のホビー。あるいはなにかしらの目的を持って行われる“戦略活動”にすぎない。

「――ごちそうさま」

ひとりきりだと食事は早く済んでしまう。和久井留美はそれに物足りなさを感じることもなく食べたものを片付け、次の行動へと移った。


 @


荷物を整理しなおし、起きた後に食べるものを用意し、歯磨きをして、身体を拭いて、下着を交換し、そしてようやくソファへと横たわる。
上着は脱いでむかいのソファの上にある。猫耳はテーブルの上に、パンプスは足元に、ストッキングも脱いだ――が、いつのまにかに伝線していた。
新しいストッキングがいるのだが、物資を調達したばかりだというのにその肝心のストッキングを手に入れるのを和久井留美は忘れていた。

「………………」

今から取りに行くというのは億劫だ。それに雨の中ストッキングを取りに行くリスクが、ストッキングをそのものと釣り合う気がしない。
ここから出る時に調達するというのがベターな線だろう。けれど、これからのことも考えるとどこかでスカートからズボンに穿きかえるのがよいとも思う。

「………………ハァ」

どうでもいいことだ。そんなことよりも、意識を手放してしまう前に考えておかないといけないことがある。
これからの行動。
殺しあいというゲームに対し、どう対応し、どういう戦略をとれば有利となるのか。



第1に重要なのは先ほどの放送で呼ばれた死者の数とその内訳だ。
6人。死者の数は放送の度に順当に数を減らしている。このペースを維持するのなら、この殺しあいは後1日かもう半日はかかるように思える。
しかし、それ以上に時間がかかるのでは? という懸念が和久井留美の中にはあった。

ナターリア、南条光、そして五十嵐響子。6人の死者のうち半数が自身の手によるものなのだ。
他のライバルをリードしている――などとは浮かれていられない。
自分が殺した3人の除けば3人しか死んでいないわけで、それは他のライバルが3人しか殺せていない。あるいはライバルが動いてないことを意味する。

「響子ちゃんを殺したのは失敗だったかしら……」

強力なライバルであった五十嵐響子を殺害し、少なくとも彼女といる間は同調してたはずの緒方智絵里も、もうライバルとして動かない公算が強い。
ライバルが減ることはそれだけ取り分が増えるということではある。
だが、ライバルでないアイドルにしてもリスクなしに狩れるものでない以上、早々にいなくなられても困るのだ。

飛行場で出会い、そしてもう殺してしまったナターリアや南条光、それに前川みくもまた他のアイドルを殺害したアイドルではあったが、
しかしその実情は殺しあいという状況に押されて偶発的に起きた、いわゆる不幸な事故というものだった。
つまり、最初の放送では「こんなにも殺しあいにのる子がいるのか」と驚いたが、それは半分正しく、半分は正しくないということだったのだ。
あの時想定したよりも、積極的に殺しあいを行おうというライバルの数は少なかった、というのが現実だろう。

「残り30人……、か」

アイドルの数は当初の半分へと減った。まだ1日も経っていないのに29人ものアイドルが死んだと思うと尋常ではない数だ。
実際に何人も手にかけているにも関わらず、それがどういうものなのか和久井留美にも実感はわかなかった。
しかし、これから先、もう30人も殺さないといけないと考えると大きなため息が出る。

「それでも、まだ2人か3人、それ以上も期待していいのかしら……」

飛行場を離れた高垣楓らの中からと、もう2人がこの島のどこかで死んだ。
あの五十嵐響子が手をかけていた可能性はなくはないが、それを考慮してもまだ数人のライバルがこの島にいるのは確実だ。
今回はたまたま標的を見つけられず、あるいは逃げられてしまって殺しそびれたというライバルもいるだろう。

「……なんにしても様子見ね」

次の放送までと言わず、更にその次の放送まで動かないというのもありだと和久井留美は考える。
休息をとるならまとめてとったほうが効率的だというのもあるが、なにより自分が盤面に影響を与えないことで、自分以外の要素を浮き彫りにしたい。
死者の数はどう推移するのか。ライバルはどれくらいいると推定できるのか。そして――

「(――運営側はどうこの企画を最後まで進めるつもりなのか)」

現実がどういった状況であるにせよ、このままだとこの後に中だるみが発生するのは間違いない。
運営はこれをアイドルたちが休むためのインターバルとするのか、あるいはなんらかのてこ入れを実施してくるのか……?

「(アイドル同士の遭遇を増やすなら禁止エリアを増やす……か、もしくは全員が殺しあいにのるように脅しをかけてくるか……)」

方法はいろいろあるように思える――が、それも運営側の指針を計らなければただ可能性を羅列するだけにすぎない。

「(やはり、ここは様子見ね)」

和久井留美はそう結論付けた。
これまではどうこの状況に馴染みアドバンテージを得るかが問題だった。
振り返ると満点からは程遠いゲーム運びだったが、今の状況は悪くない。前川みくを殺害したことで拳銃も手に入れることができた。
これから目指すべき点は、“最終的に勝つ方法”の想定とそのための行動だ。
そのためには一度様子を見て他のアイドルの、なにより運営側がこのゲームに変化を与えるつもりがあるのかどうかを見極める必要がある。

その結果、例えば禁止エリアの数が急激に増えて島が狭くなるのだとしたら、積極的に先手を打っていくのがいいかもしれないし、
あるいは、運営側が再びプロデューサーの命をちらつかせて全員に殺しあいを強要するなら、リスクを避けて逃げと待ちに徹するという方法もある。

「(まずは、次の放送……ね。ちょうど1日が終わる節目。“揺さぶり”がくるのだとしたらこのタイミングである可能性が高い)」

和久井留美は少しだけ目を開いて壁の時計を見る。
そして、まだ少しだけ眠る時間があることを確認すると重い瞼を閉じて、その身体を柔らかいソファに、そして眠りの中へとゆっくり沈めた。



外では雨足が強まりつつあった。
ざぁざぁと音は大きさを増し、厚い雲に覆われ月明かりさえない暗闇の街にただただ雨音だけが満ちていく…………。






【B-4 市街地/一日目 夜中】

【和久井留美】
【装備:前川みくの猫耳、S&WM36レディ・スミス(4/5)】
【所持品:基本支給品一式、ベネリM3(7/7)、予備弾x37、ストロベリーボム×1、ガラス灰皿、なわとび、コンビニの袋(※)】
【状態:健康、】
【思考・行動】
 基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える。同時に、トップアイドルを目指す夢も諦めずに悪あがきをする。
 1:次の放送まで眠る。
 2:放送でなんらかの事態が発生すればそれに対応できるよう考える。
 3:なにもなければ、更に次の放送まで休むかどうかを検討する。
 4:いいわ。私も、欲張りになりましょう 。

 ※コンビニの袋の中には和久井留美が100円コンビニで調達した色いろなものが入っています。


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最終更新:2014年08月30日 22:50