蒼穹 ◆yX/9K6uV4E



――――魂は、型を変え、君の中へ








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「えっ」

蒼穹が既に消え失せ、夕闇が支配し始める頃合に、死者を告げる放送があった。
余りに無慈悲に呼ばれてしまった二つの名前に、渋谷凛自転車を漕ぐのをやめてしまう。
喜多日菜子岡崎泰葉……先程別れた二人だ。
最も泰葉との別れはまともではなかったけれど。

「……死んだ……?」

上手く、いけばいいと思ってた。
あの二人が仲直りすればいいと思っていた。
糸が絡まったら、解せばいい。
なのに、終わった、死んでしまったという。
そんな馬鹿な事があるか。
思わず、凛は今まで進んでいた道を、振り返って見てしまう。
道なりに真っ直ぐ戻れば、彼女達が居た水族館に戻れる。

「……いや、それは」

けれど、それはもう意味が無い。
亡くなっているのを確認した所でなんになる。
何にもならない、それはきっと意味が無い行為だ。

「私は、私が選んだんだから」

真っ直ぐこの道を凛は進んできた。
交わる事を凛は選ばず、そう、進むことを止めなかった。
彼女達の物語はあくまで彼女達の物語だと思い、その中に入ることをしなかったから。
二人だけの物語だから……


「二人……だけ…………!?」


凛がそう考えた瞬間、水族館に他に二人の人物が居たことを思い出す。
相川千夏双葉杏
正直、余り気にしていなかった。
杏はいつも通りに見えたし、千夏はさばさばしていた。
だから、信じた。信じてしまった。

――あの二人が、泰葉達に介入しないと、思い込んでしまった。

しないなんて誰が言い切れる。
まして、あって少ししか立ってないあの二人を、凛が理解できるのか。
何より、凛自身が既に経験し、泰葉達に話したというのに。
人を欺き、近づき、利用する。
新田美波がその手段を取ろうとしたように。

あの二人のどちらか、もしくは両方がそうでないと、誰が言い切れる?


「違う…………もしかしたら誰かが………………」


第三者が水族館にやってきて、泰葉達を殺した?
ないとは言い切れない。
言い切れないけど、信じる事は、凛には出来ない。




「……っ!」


ダンと、凛は自転車のハンドルを、強く叩く。
判断を、間違ったのだろうか。
凛が関わらないと決めたから、日菜子達を死なせてしまったのだろうか。
解らない、解らないけど。
けど、実際にあの二人は、死んでしまっている。
もう、二度と会うことはできない。
犠牲を、出した。

不意に、凛の脳裏に、日菜子の笑顔が浮かぶ。
笑って、凛を送り出した日菜子。
凛にも探す人がいるだろうと、凛を気遣って。

耳に、残る泰葉の声。
切なく、救いを求めるような声。
忘れる事は出来ない。

凛を信じて、日菜子は送り出して。
泰葉を救おうとする日菜子を信じたから、凛は……………………



「…………っ…………あぁぁあああああああああ!!!!」



感極まって。
凛は、叫び、涙した。
どうにもならない、気持ちを放ち、憔悴し、自分の身を抱いた。

無理だった。
日菜子達の死を直ぐに受け止め、犠牲を出した事を割り切って。
背負っていく事が出来るほど、凛は大人じゃない。




叫んで、叫んで。



凛は、犠牲を出した事を、認識して。
まるで、その死の上に立っているように錯覚し。
その事に対して、まるで怯えるように震えた。


「はぁ……はぁ……はぁ」

怖い。
ただ、恐怖を凛は感じていた。
犠牲をだしたことに対しての恐怖なのだろうか。
いや、違う。


「大丈夫……大丈夫」

泰葉達を、犠牲にしてまでも、卯月や加蓮達を、なお優先しようとする自分に。
死の上に立ってまで、なお、まだ凛は諦めない、諦める訳が、無い。
尚更、このまま、終わる訳が無い。

もう一度、卯月と話すんだ。
このままで終わってたまるものか。
もっと、もっと、話さなきゃ。
大丈夫、私は、必ず、卯月の下へ、帰る。

奈緒と加蓮にもあわなきゃ。
会って、会って、色々聞きたい。
昔みたいに、馬鹿みたいに、話したい。
大丈夫、私は、必ず、奈緒と加蓮の下へ、帰る。


「帰るんだ、必ず」

大丈夫、この恐怖が変わらない限り。
犠牲をだしてまで、優先する自分に恐怖を感じなくなる前に。
恐怖が、狂気に変わる前に。

それなら、この怯えを抱きしめながら進んでいくしかない。


「間違えるな………………行こう。まだ、何処までも、私は行ける」


そうやって、凛は、進む。
多くの犠牲の上に、例えいるのだとしても。
これからも、誰かの犠牲を出すとしても。


「情」によって、判断を間違えては、いけない。


凛は、そう決めたから。



そうでなきゃ、逝ってしまった人たちに、出してしまった犠牲に、顔向けできないから。



だから、凛は、そう考えた自分を信じて、進む。





大丈夫、其処に帰る。




ふと、空を見る。



まるで、血のような、紅だった。




蒼穹は、もう何処にも無い。



蒼が深かっかった頃は、もう何処にも、存在しなかった。





それでも、それでも。




まだ、あの蒼が深い頃に、必ず、帰る、帰れる。




そう、信じて。






【G-6一日目 夜】


【渋谷凛】
【装備:折り畳み自転車】
【所持品:基本支給品一式、RPG-7、RPG-7の予備弾頭×1】
【状態:軽度の打ち身】
【思考・行動】  
基本方針:私達は、まだ終わりじゃない
1:山の周りを一周して、卯月を探す。そして、もう一度話をしたい
2:奈緒や加蓮と再会したい
3:自分達のこれまでを無駄にする生き方はしない。そして、皆のこれまでも。





――定まって、初めて、戦えるのさ。


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最終更新:2013年10月11日 14:35