彷徨い続けるフロンティア ◆j1Wv59wPk2



雨の音が、途切れる事なく流れ続ける。


一人の女性がその中心で、雨を全身に浴びながら立っている。


雨の降り続けるなかで、女性の体は―で濡れていて。


その足元には草に隠れるように―――




――もう動かない、死体があった。






    *    *    *





『最期まで、頑張りなさい』

響き続けた女性の声が途切れ、辺りは静寂に包まれる。
そんな空間の中で、少女は一人立ち止まっていた。

「……………」


少女――緒方智絵里の頭の中では、多くの言葉が反芻していた。




みんな、太陽なんだから。その言葉を遺していった少女。

我侭ね、子供の考えよ。その言葉で夢を一蹴した人。

華麗に、救うのが『ヒーロー』というものだ。その言葉と共に身を呈して守ってくれた子。

そして、看取った少女の、幸せな夢。


ナターリアという名前。五十嵐響子という名前。南条光という名前。
それらは全て、彼女がさっきの女性の言葉から聞いた名前だった。そして、その放送で呼ばれる事の意味を智絵里は深く知っている。
分かっていた事だ。二人はその瞬間を目撃していたし、もう一人も長くは持たないであろう嫌でも理解できていた。
だから、意外だとか驚きだとかそういう感情は全くなくて。事実は、普通に受け入れた。



ただ、『死んでしまった』という事が。もう二度と想いを交わせない事が―――どうしようもなく哀しい。



「………っ」

やっぱり、こんな気持ちはここで断ち切らなきゃだめだ。智絵里はそう、改めて決意する。
哀しみは、止めなくちゃいけない。
人には人の、それぞれの確かな想いがある。大切な人がいる。譲れないものがある。
それは決して、こんな所で踏みにじられたらいけないものだから。
他の誰かが、同じような気持ちを感じてしまわないように。明るく、幸せな夢にするために。
その為に智絵里は、この殺し合いを止める。
間違っている人達を、変えてみせる。和久井留美のような、『冷たく哀しい夢』を。

(でも………今のままじゃ駄目、ですよね)

今からでも戻れば、あるいは和久井留美を探し出せるかもしれない。
だが、例え見つけられたとしてもそこからどうする。彼女を前にして、智絵里に何ができる。
結論から言ってしまえば、どうする事もできないだろう。
今の智絵里に、和久井留美の夢を変えられる程の力は無い。それほどまでに彼女は暗く、重い。


なら、どうすればいい。

足りないものがある、伝えられないものがある。それを伝えて、夢を変えてみせるには、どうすれば。


決まっている。その『夢』の力を、証明すればいい。
この悪夢の中でもまだ、沢山の人が。沢山のアイドルがいる筈だ。
そして、まだ多くのアイドルが心に太陽を持っている。
全ては仮定でしかないけど、それでもそう思えるだけの人達を智絵里は見てきた。
アイドルは、決して一人じゃない。同じ想いを持つアイドルは、必ずいるはず。

生きている皆で、決して諦めずに。

この夢は、決して絵空事なんかじゃない。
それを、証明してみせる。
『アイドル』としての緒方智絵里を証明してみせて、そしてまた出会えた時に……絶対に、変えてみせる。


それが、飛行場から立ち去る智絵里の決意だった。


    *    *    *


「ふぅ………」

額に浮き出る汗をぬぐい、足を進める。
今彼女は、道ならざる程荒れた場所を進んでいた。
飛行場から南へ、わざわざ本来のびていた道とは別の方向へ進む。

大きな理由としては、さっき聞いた放送にある。
禁止エリア――入ってしまえば、首に巻かれた爆弾が爆発してしまうらしい、そんな場所の一つに『C-2』が指定された。
それは、智絵里の居た『D-3』のすぐ近く。更に言えば、飛行場からのびていた道の先にあるエリアだった。
今から二時間後に、道の先が封鎖されてしまう。
踏み出そうとした一歩をいきなり邪魔されたような気持ちになったが、他にも道はある。
そもそも北西の道は既に探索済みだ。新たに誰かが来ている可能性もあるとはいえ、まだ探してない場所を見ていく方が効率的に思えた。
だから彼女は、大事をとって別の場所へと進んだ。今まで行った事の無い、南の方角へと。

(そろそろ、見えてくるかな……)

斜面はあまり急ではなかったが、それでも山を登る行為は確実に智絵里の体力を奪う。
それでも、今ここで足を止めるわけにはいかない。
北の他に近くにある名前つきの施設は、この先にある。
山の頂上付近にある天文台と、その近くにある温泉。
冷静に考えると地理条件があまり良くなく、人がいるかと言われると少し厳しい。

だがそれは、今彼女達がいる状況で考えれば少し変わってくるだろう。

今智絵里が望んでいるのは、人と出会う事だ。
だが、他の参加者達も同じように行動しているかと言われれば、多分違う。
ここは、殺し合いの場だ。
例えば人があまり来なさそうな場所で、怯えて隠れている……なんて可能性は否定できない。
智絵里が今探しているのは、正にそんな人だ。
この場所で、未だ哀しい夢に囚われていない人。その輝きを、穢していない人。
そんな人との合流して、協力することができれば、この胸の中にある夢は、形になっていく。
そう思っていたからこそ、智絵里は躊躇する事なく山を登り続けていた。

「はぁ……」

一体、どれほど歩き続けただろう。
たった独りでこれほど歩いた事は、もしかしたら初めてかもしれない。
最近の彼女には、いつだって隣に誰かが居た。
だから、歩く時もいつも隣に誰かが――――


「…………っ」


違う。



歩く時に隣に誰かがいたんじゃない。

緒方智絵里という少女は、誰かがいないと歩けなかった。


彼女がこの場所に連れてこられて、一人で何をしただろう。
殺す――と思っても、結局誰も殺せず、ここまできた。
勿論、殺せなかったのは結果的に良い事なのは違いないが、それでも彼女は独りでは一歩すら踏み出せなかった。
それに、今の彼女の気持ちだって、沢山の人の生き様を見てやっと芽生えたものだ。
結局、彼女は独りでは何もできなかった。それは、否定しようのない事実だ。

今までだって、たくさんの迷惑をかけてきた。
逃げ続けてきて、あの人にも、他の人にも迷惑をかけてきた。
そんな少女がアイドルとして成長したのは、いつだって見捨てずにいてくれた人がいたから。
彼女の歩いてきた道は、一人では歩けないほど、不安定だった。

少女は今、初めてたった独りで歩く。
頼れる人も、逃げ出した自分を追ってくる人も、隣を歩く人さえも、ここには居ない。
全て、智絵里自身が決めなくちゃいけない。
今まで通りでは駄目だ。これからは、成長しないといけない。
改めて気付いた事実を深く噛みしめて、独り歩いていく。

「あ………」

そして光景が変わり、少女は顔をあげた。
目の前には、自然の中で人の手が掛けられた場所――地図に書いてある『温泉』がそこにあった。

「…………」

智絵里は、その入り口に恐る恐る近づく。
地図には温泉としか書いていなかったが、その実しっかりとした設備があった。
つまり、その分人が隠れられるスペースは十二分にあるという事だ。
そしてその人物が、最初に彼女が予想したような人とは限らない。
誰も居ない可能性だってあるし――あるいは、いたとしても好意的な人とは限らない。
油断して、死ぬわけにはいかない。自分の身は、自分で守らないといけない。
彼女を守ってくれる人は、ここにはいないのだから。

「だ、誰かいますか………?」

入口近くに人影がない事を確認し、奥の方へ声をかける。
当初の予想通りの人がいるとするなら、敵意が無い事を証明しないといけない。
見渡した限り、人はいない。奥の方に潜んでいるのか、あるいは元から居ないのか。
そのどちらの可能性も捨てきれない以上、このまま進むしかない。

「………?」

そうして奥へと進み、恥ずかしながらも全部確認しないといけないと思い『男』の方も調べて。
一つの部屋に入った時、智絵里はあるものが目についた。
目の前にあったのは、何の変哲もない、別にあっても不自然ではないもの。
それがある事が問題じゃなくて、その状態が疑問だった。

目の前にある鏡は、粉々に割れていた。

(これ……一体誰が……)

元から割れていた可能性も、無くはない。
ここが初めから寂れていたような所なら、わざわざ直さずにそのままにしているのも頷ける。
ただ、もしもこれが他の参加者によるものなら。

(まだ、誰かいるのかも……)

そう感じた智絵里は、周りを見渡す。
人の気配は全くなく、その鏡以外に誰かが居た痕跡も感じられない。
慎重に慎重を喫した人物ならあるいはいたかもしれないが、どちらにしろ確証を得られるものは何もない。
そもそも慎重に動く人が鏡なんて割るだろうか、なんて疑問も浮かばない事は無かったが、これらも全部憶測にすぎない。
ここであれこれ考えるよりも、実際に探索する以外に状況を整理する方法はなかった。

「………はぁ」

そう考えて、智絵里は溜息をつく。
この旅館は、想像していたよりも広い。
その分、探索にも随分と苦労を要するであろうことは想像に難くなかった。
だが、隅から隅まで捜さなくては意味がない。
それが自分の身を守る為でもあり、夢を叶える第一歩になるものであるはずだから。

そう思いながら、智絵里は割れた鏡の前を離れた。



    *    *    *


「ふぅ………」

ソファのある部屋で、智絵里は一息つく。
念には念を入れた探索で、しかし誰がいたわけでもなかった。
鍵のついたもの等は確認のしようが無かったが、それ以外の部分で誰かが居た痕跡もあまり見当たらず。
とりあえずここに来た事は、結局のところ無駄足だったと言うほかなかった。

(天文台には、誰かいるのかな)

このすぐ近くにも、施設はある。
ここまで登ってきたのだから、そこまで確認するのは難しい事ではない。
ただ、この山の頂上というのはこの旅館以上に足が伸びなさそうである。
あまり行くメリットが感じられないのが、正直な所だった。
まだ、山を下って学校や病院の方に行った方が人が居そうだ。
地図とにらめっこしながら、智絵里はそんな事を考えていた。

このまま山を登って天文台まで行ってみるか。
それとも山を下りて南の街、あるいは遊園地にでも向かってみるか。

少女の中では、二択。
そこまで絞り込んで、いざ決意しようとした矢先。


(あ…………)

ふと、智絵里は瞼が急激に重たくなるのを感じた。

その瞬間を感じ、智絵里は強く首を横にふる。
彼女は自身が思っている以上に、心身ともに疲れていた。
なにせ、彼女は既にこの場所で18時間以上も行動している。
元々体力のある方では無い智絵里にとって、そろそろ活動限界が近づいてきていた。

(駄目……今、寝ちゃ………)

ここに人はいないであろうことは既に確認している。
しかし、果たしてここで寝てもいいのだろうか。そんな思考が頭をよぎる。
新しくやってきた誰かに寝込みを襲われる可能性だってあるし、そもそも悠長にしてる暇があるのかも疑問だ。

だが、体はそんな意思とは無関係に休憩を求めていた。
今すぐにでも立たないとまずい。そう思っていても、体は全く動かない。
このまま意識を手放す事を、強く望んでいる。
駄目だ駄目だと思っていても、少女の意識はあっさりと闇へ沈んでいき―――ー



―――暗い部屋の中で、少女の寝息だけが部屋の中で聞こえていた。



    *    *    *



夕暮れの、河原だった。


「…………?」


その中央に居た少女は、困惑した様子で辺りを見渡す。
まるで、何故自分がここにいるのか分からないように。


「―――い、おーい!」


そんな少女の耳に、呼びかけるような声が聞こえた。
その声の気付いて振り返ると、こちらへ向かって走ってくる男性の姿があった。


「…………っ!?」


その姿を見るなり、少女はびくりと体を震わせた。
信じられない、と言った様子で、男を見ていた。


「やっぱりここに居たか、探したよ。
 また四つ葉のクローバーを探してたのか?」
「ぁ……――さん……なんで……?」


男の投げかける質問に答えられず、少女はただ困惑しているばかりで。
ふるふると震える姿は、元の容姿もあいまってまるで小動物のようだった。


「………? それはそうとさ、聞きたい事があるんだけど……」
「は、はい……」


その姿に首を傾げつつも、男は少女に問いかける。
少女の方もまた、ただ返事をする事だけはできた。
一体何が起こったのか全く分からないような顔で、それでも必死に理解しようとしていた。


「響子、どこにいるか知らない?」



次の言葉に、少女は頭に強い衝撃を受けたような思いになった。



「智香も唯も事務所に顔を見せてくれなくてさ……あぁ、ナターリアも来てないんだ。
 彼女達が休むなんて、よっぽどな事だと思って……なんか聞いてないか?」
「ぇ……ぅ………」


男はかくも純粋な顔で智絵里に問いかける。
知っている。少女は、彼女達がどうなったのかを知っている。
正確に言えば全部を見たわけじゃないが、一人は確実に知っているし、他の人達の事も聞いている。

彼女達は……もう、戻ってこない。
二度と目の前の人には、会えない。

その事を伝えようと……いや、伝えられるはずもなく。
唇が震えて、上手く言葉にならず、血の気が引いていく。
どういえば良いのかも分からずに、ただ時間だけが過ぎていって。


「……響子ちゃん達なら、向こうにいたわよ」


その空間に、また一人の女性が現れた。


「あっ、千夏さん」
「彼女達も色々あって疲れてるから、迎えに行ってあげたら?」
「そうなんですか……一体何してたんだろう」
「本人の口から聞けばいいわ。あの子達も、あなたに逢えたら疲れなんて吹き飛ぶわよ」


ただ困惑するばかりの少女を尻目に、二人の男女は話を進めていく。
何故彼女がここにいるのか。そもそも何故あの人がここにいるのか。
一部の記憶だけがはっきりとしている少女は、理解がまるで追いついていない。


「では、行ってきます」
「えぇ……………さて、智絵里ちゃん」


暫くして、男を見送った女性が近づいてきた。
その女性は、少女の名前を呼ぶ。少女の方もまた、女性の方を深く知っていた。


「あ……千夏、さ」


なんと言えばいいのか分からず、でも何か言わないといけない。
そんな思いで口を開いて、喋ろうとした瞬間。



「ごめんなさいね」



その言葉が紡がれる前に、少女の体は地に伏せた。



「―――――――」

そんな、とも言えず。どうして、とも言えず。
言葉が血となって口から出ていく少女の姿があった。


「……これで、あと――人。もうそろそろ佳境と言った所かしら」


その姿を、水が濡らす。
あっという間に、世界は雨に包まれた。
その中心にいる女性は、そんな事おかまいなしとばかりに空を見上げる。
少女の方からは顔は見えない―――筈なのに、なぜかその姿には、哀愁のようなものを感じられた。


「もう、あの人のアイドルは私しかいない………あなたは、私が助けるわ」


どれだけ体が冷え切っても、指一本動かなくとも、光景すらぼやけて見えなくなっても。
その声だけは、なぜか鮮明に聞こえた。
決してこちらを振り向かずに立ち去る女性に、少女はただ見送ることしかできなくて。
雨の中、ただ独りだけ取り残されて。




そこで、少女の意識は途絶えた。






    *    *    *




「…………ッ」



眠気は、吹き飛んでいた。
体中を嫌な汗が包んでいる。息も荒く、心臓も荒く高鳴っている。
自分の体を触る。どこにも傷は無いし、血で汚れているなんて事もない。
あの光景はただ、気を失ったように眠った少女が見た夢でしかなかった。

「千夏、さん」

ふと言葉に出たのは、一人の女性の名前。
あの夢の中で出てきた、あの人の担当する、智絵里以外に唯一生き残っている人で。

――そして、夢の中で刃を向けた人。

夢の中の出来事は智絵里自身が作りだしたものであって、あの女性も、所詮は智絵里の中の存在でしかない。
しかし、だからといってあの出来事を否定する事もできなかった。
冷静で、頭脳明晰な人。彼女もまた、あの人に恋をしていた……と、思う。
だからこそ、そうとしか思えない。相川千夏はまだ、間違いなく殺し合いに乗っているだろう。

――千夏さんは、今の私をどう思うのだろうか。

きっといつかは邂逅するであろう彼女の事を考える。
彼女もまた、和久井留美のように一蹴するのだろうか。
相川千夏は『大人』であり、物事は現実的に考える人だ。
だから、きっとこの思いを鵜呑みにはしてくれないだろう。

それでも、彼女の事だって諦めるわけにはいかない。
同じ人を想う関係でも……そんな関係だからこそ、譲る訳にはいかない。

恋をめぐる戦いは、こんな殺伐としたものじゃない。
また二人で日常に戻って、互いにあの人の事を想って。
最終的にあの人自身に決めてもらう。そういうものの、はずだ。

そこからがスタートだから。
だからこそ、こんな場所で終わりになんてさせない。させちゃいけない。

まだゴールには遠く、道はぼやけて見えなくても。

確かな気持ちだけは、この胸にあった。




外は、あの夢のように雨がぽつぽつと降り始めていた。




【F-3/一日目 夜中】


【緒方智絵里】
【装備:アイスピック ニューナンブM60(4/5)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×16】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:心に温かい太陽を、ヒーローのように、哀しい夢を断ち切り、皆に応援される幸せな夢に。
1:他のアイドルと出会い、『夢』を形にしていく。
2:大好きな人を、ハッピーエンドに連れて行く。


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最終更新:2014年02月04日 23:43