彼女たちの前に現れる奇跡のサーティスリー ◆John.ZZqWo
青い星の世界は 敵も味方もなくて
愛し合って生きて行ける それがモモの願いなの
果てしのない宇宙に生まれる子供たちへ
素敵なもの伝えて行こう 夢の未来を目指して
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――それはギラギラと太陽が照りつけるある夏の日のことだった。
その時、“彼女”はまだ誰も立っていないステージを客席からじっと見つめていた。
見つめているのは彼女だけではない。ステージが始まるのを待ちわびている観客らが客席にはひしと詰めかけている。
客層は主に幼稚園から小学生低学年までの子供と、同伴する親。そして、一部のある特殊な層だ。
その特殊な層というのは、細かく言い出せばそれそこきりのないほどに分類できるのだがそれはともかく、彼女もどちらかと言えば後者だった。
少なくとももう前者だと胸を張って言えるほどの年齢ではない。
ステージの上には今日公演されるヒーロー&ヒロインショーのタイトルが書かれた幕が張られている。
そう。ここはある百貨店の屋上で、彼女はここで行われるヒーロー&ヒロインショーを見に来ていたのだった。片道1時間の電車に乗って。
ところ狭しとセットが組み上げられたステージから扇形に客席は広がり、客席では大勢の子供たちがいまかいまかとショーの開演を待ちわびている。
おとなしくしている子もいれば、中には通路を走り回ったり泣き出したり、ジュースをこぼしててんやわんやしていたりと慌ただしいことこの上ない。
逆に客席の最前列、あるいは最後列に陣取った“同類共”は静かなものだ。ある種の……いや、言葉を濁さず言えば不気味そのものだ。
彼らはいくつもぶら下げたカメラやビデオのチェックに余念がない。その姿だけを切り取れば希少な生物を観察する学者にも見えただろう。
そして、彼女自身はというとその隊列の中にはいなかった。かといって子供たちに混じって無邪気にしているというわけでもない。
彼らのように今日のステージを写真やビデオの中に収め、それを一生の宝物にできたらどれだけいいだろうと考えることはある。
けれど、彼らが持っているようなカメラやビデオはとても高価なものだ。
無理を言って親元から離れて数年。バイトをしながら未だ夢を追い続ける彼女にそんな高価なものを買う蓄えはない。
父から譲り受けた古いカメラなら持っているし、すぐそばの売店で売っている使い捨てカメラなら買うこともできるが、それでは満足できないだろう。
だったら、一番いい席で一生に残る思い出をこの目に焼き付ける。
それが彼女の選択だった。そのために始発に乗ってここまで来て、この百貨店の開店時間より何時間も前から並んでいたのだ。
驚くべきはそれだけ最善を尽くしてもすでに彼女より前に並んでいた人物が少なからずいたことだが、
幸いなことに、他に並んでいた連中はよい撮影ポイントを押さえるべく最前列かあるいは最後列に散ったので、彼女とバッティングすることはなかった。
ともかくとして、長かった待ち時間ももうそろそろだ。
彼女は肩から提げていた水筒から麦茶を飲んで喉を潤す。入れてきた氷はまだ残っており、気持ちよい冷たさに目が覚める。
ステージの上では司会のお姉さんがマイクを持って出てきて、スタッフがマイクの線が絡まないように引っ張っている。
腕時計を見ればもう開演時間まで10分もない。と、そんなところで――
「間に合った!」
そう言いながら彼女の隣の席に子供が飛び込んできた。
両手で支えるトレイの上にポップコーンとドリンクを乗せ、ここまでどれだけ急いできたのか激しく息を切らせている。
年齢は……小学生低学年くらいだろうか? 野球帽を逆さまに被っていてTシャツに半ズボンと、いかにも男の子らしい格好をしている。
胸にはここでショーをする戦隊ヒーローのバッジがあり、この子供がそのヒーローのファンであることが伺えた。
「ちょっと遠いかな……でも、いいや。間に合ったし」
その子は首をのばしてステージを伺うと、そう言ってからドリンクのストローに口をつけた。
彼女が最良だとした座席だが、ステージ全体を伺えることを重視したため客席全体から見ればかなり後ろの列になっている。
ゆえに背の低い彼女よりなお小さい子供からすればステージは遠く見えただろう。だからこそ席が空いてたとも言えるが。
「あっ」
小さな声に彼女は隣の子供を見る。どうしたのか、青ざめた顔でこちらを見ていた。
「あの……ごめんなさい」
「えっ?」
指差された場所を見るとシャツの袖に緑色の小さな染みができていた。
どうやらストローから口を離した際にジュース――おそらくはメロンソーダ――がはねてしまったようだ。
「あの……」
「いいよ。これくらい」
「よ、よくないよ! 汚しちゃったし!」
「平気だって。洗濯すればちゃんと落ちるから」
「そ、そうかな……? でも、ありがとう。お姉さんは優しいんだな」
笑顔で優しく言うと、子供のおびえていた顔も少しずつ明るさを取り戻して、そして笑顔になる。
「君もいい子だね。えぇと……」
「光(ひかる)!」
「光……くん? かっこいい名前だねぇ」
名前のことを口にするとその子供――光は、先ほどまでとは一転、顔に不敵なまでの自信を浮かばせた。
「お父さんが好きだった戦隊ヒーローから取った名前なんだ!」
「へぇ。えーと、じゃあ……光、ひかり…………ああ、光戦隊マスクマン!」
「うん、それ! お姉さんも知ってるの?」
「そりゃあもちろん。マスクマンかぁ、懐か……いや、さ、再放送で見たことあるなぁ!」
「うちにはお父さんが撮ってたビデオがあるんだ」
“仲間”だとわかったからか、光の顔はその名前のように輝いていく。
彼女としても嬉しかった。“仲間”の発見と交流は彼女らのような存在にとってはなかなか得がたいものなのだから。
「じゃあ、今日は戦隊ショーを見に来たのかな?」
「ううん! ホントはお母さんと買い物に来たんだ。でも、下でポスターを見たから絶対見たいって言って」
そして、お母さんは光いわく『バーゲンバトル』の最中だという。なるほどと納得し、彼女は少し苦笑した。
「お姉さんも戦隊好きなの?」
「けっこう好きかな。でも、今日はその後のを見にきたんだよ」
「その後?」
頭に疑問符を浮かべる光と一緒に彼女はステージの上に張られた幕を見上げる。
そこには戦隊ショーの後に続いて、『ワンダーモモ☆20周年リバイバルライブ』と書かれてあった。
「光くんはワンダーモモ知ってる?」
「ううん、知らない」
「アハハ……。そ、それはそうだよねぇ……。生まれる前だもんね」
「でも、お姉さんはワンダーモモが好きなんだね」
「そうだよ。それにね……ワンダーモモは光くんのお父さんが好きな光戦隊マスクマンと同じ年に生まれたスーパーヒロインなんだよ」
「ホントに!?」
光の口があんぐりと開く。
「じゃあ、お姉さんもお姉さんのお母さんがワンダーモモのファンだったの!? それでモモって名前だったりするの?」
「え? え、あ……あぁ、うん。そう! そうなんだよ。お、お母さんが好きだったからファンなんだよ。名前はちょっと違うけど……」
「へぇ~、すごいなぁ。じゃあ、仲間だね!」
「うん、光くんとナ――」
『みんなー! 元気かなー! 今日はヒーロー&ヒロインショーに来てくれてありがとうー!』
ヒーロ&ヒロインショーの開幕の時間だった。
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『みんな今日はヒーロー&ヒロインショーに来てくれてありがとう! 子供たちもお父さんやお母さん、そしてそれ以外の人も今日は楽しんでいってねー!』
ステージの上では司会のお姉さんが開演の挨拶をしていた。
続いて、マナーやしてはいけないことなどの諸注意。そしてヒーローを応援する時の仕方をよどみなく説明していく。
『ヒーローが危ない! ……って思ったら、いっぱい応援してねー! みんなの応援がヒーローの力になるからねー! じゃあ、一度練習してみようか』
司会のお姉さんが促すと客席から子供たちの声で「がんばれー」という声があがる。繰り返すとその声はどんどん大きくなっていった。
隣に座る光もそのたびに大きな声を出して、更には拳を突き出してトレイの上にポップコーンをこぼしている。
最前列に陣取った面々はまるで兵士のように微動だにしていない。彼女はというと、そんな姿に若干引きつつ、光といっしょに応援の声をあげていた。
『うん、これだけ大きな声が出せたら大丈夫だね! それじゃあ、これからヒーローを呼んでみようか……って、キャー!』
ヒーローの登場かと光が身構える。だが、響き渡ったのは司会のお姉さんの悲鳴で、開いたゲートから飛び出してきたのは怪人と悪の幹部だった。
続いて戦闘員がぞろぞろと客席に雪崩れこんでくる。あっという間にステージと客席は悪の組織に占拠されてしまった。
悪の幹部が「この人間どもを浚ってやろう」と言うと、客席から泣き声も聞こえ始めてくる。
彼女としては隣で拳を震わせている光が飛び出していかないか心配だったが、光の勇気が爆発するよりも少し早く、次の展開が訪れた。
「この声は!」
悪に支配されたステージに正義のヒーローの声が響き渡る。
フラッシュ、そして小さな爆発が起きて新しくゲートから飛び出してきたのはこのショーの主役たちだった。
「がんばれーっ!」
光の、そして幾重にもこだまする応援の声の中でヒーローが悪の戦闘員らを打ちのめしていく。
拳を握って飛び掛り、地を這うように足を払い、華麗に足を上げてキックし、次々とあざやかに戦闘員らをステージの“奈落”へと叩き落とす。
暗く沈んだ客席は一転して歓声に満ちる――も、しかしまた再び子供の悲鳴と応援する声にあふれた。
敵の怪人が特殊な能力でヒーローたちを動けなくしてしまったのだ。
「こんな時に……」
光がうめく。そしてその声に応えるように新しいヒーローがステージへと飛び込んできた。いわゆる、番組途中で登場する追加戦士だ。
客席は再び歓声。動けなかったヒーローが新しいヒーローに助けられると今度は怪人と5対1だ。あっという間に形勢は逆転し怪人は追い詰められる。
しかしそれをみすみす見逃す悪の幹部でもない。
彼がステージの端から大きな声を出し不思議な力を使うと、怪人は一度スモークの中に姿を消して、今度は巨大な怪人が姿を現した。
セットを大掛かりに使ったその異形はかなりの迫力であったが、客席の子供たちはもう恐れたりはしない。彼らはこの次の流れをよく知っていた。
「すげー!」
光が歓声をあげる。ステージの一方に聳え立つ巨大怪人と相対するように、ステージのもう一方に正義の巨大ロボが現れたからだ。
「乗り込むぞ!」とヒーローたちがゲートを潜ってステージから姿を消すと同時に巨大怪人と巨大ロボのバトルが始まった。
派手な効果音とともに火花が飛び散り、爆発が起きて煙がステージの上を流れる。光といっしょに見ていた彼女も拳を握る迫真のバトルだった。
「やった!」
巨大ロボの必殺兵器が炸裂すると巨大怪人は派手に煙を吹いてステージから姿を消した。
光はガッツポーズをとる。だがしかし、ステージの上にはまだ悪の幹部が残っている。
悪の幹部が号令をかけると再び戦闘員らがステージに雪崩れこんでくる。今度はさっきの倍以上の数だ。そして悪の幹部も戦闘に参加してくる。
勝利したかと思えばまた途端に旗色が悪くなる。客席は再び静まり返り、そしてヒーローたちは敵の猛攻になすすべなく膝を屈してしまった。
「がんばれ――っ!!」
その時、静まり返った客席の中で一番最初に声をあげたのが光だった。彼女も驚くような大きな声を光は目に涙を溜めてあげていた。
「負けるなー! がんばれええええええええっ!」
光につられて他の子供たちも負けじと声をはりあげる。その心はあっという間に客席中を伝わり、ステージを揺るがすような大声援となった。
敵を跳ね除け立ち上がるヒーローたち。そして、彼らが名乗りを決めるとここぞとばかりに主題歌が流れ始めた。
大声援は大歓声に変わる。
ヒーローたちは今までにないアクロバットを見せて戦闘員らをやっつけていく。
高いところに飛び移り、また大きくジャンプし、宙を駆けて戦闘員を次々と奈落に叩き落し、拳を振るい、キックを炸裂させて戦闘員を退場させる。
それぞれの必殺技が披露されると、残るは悪の幹部だけとなった。ついにクライマックス。そこで登場するのは5人で決める最強の必殺技だ。
「やっつけろー!」
客席からの声援を受けて最大の必殺技が炸裂し――そして、正義は勝利した。
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『みんな、いーっぱいの応援ありがとー!』
主役たちも退場すると、再び司会のお姉さんが現れた。応援してくれた子供たちをねぎらうと、あわせてこれからの予定や色いろな説明を行っていく。
それは例えば、この後会場の隣でヒーローとの握手会や撮影会があること、次の映画の前売り券がこの百貨店で買えることなどだ。
子供をつれてきた親たちはどこも困ったなという顔をしているが、今の子供たちのテンションに押し切られるのは間違いないだろう。
「すごかったー」
「そうだね。勝ってよかったね」
光のしみじみとした言葉に彼女も同意する。気づけば握りっぱなしだった掌は汗に濡れていた。
「勝つよ! 正義だから!」
「うん、そうだったね……。正義のヒーローは負けないよね」
ヒーローのショーが終わり、ステージの上では大勢のスタッフがセットを動かしたり運び出したりして次のショーの準備に取り掛かっている。
客席から子供をつれた親子の姿も消えようとしていた。彼らと入れ違いに入ってくる客はいるが、その中に子供はほとんど見られない。
「ねぇ、お姉さん」
「なにかな?」
「ワンダーモモってかっこいい?」
「うん、かわいいしかっこいいよ!」
「そっかー。じゃあ、見てみようかな」
「……ほんと?」
「うん、お姉さんは仲間だし、いっしょに応援してくれたし、だからお姉さんのヒーローも応援しないとな!」
光はにっと彼女に笑顔を見せた。まるで太陽のような、眩しくて、熱くて、でもほっとするような――それは正義のヒーローのような笑顔だった。
「あ、ありがとう……」
彼女の声は震えていた。どうしてか、光の笑顔に泣きそうになるほど感動していた。
そこにあったのが世代を超えた繋がり、見つけたくとも見つからなかった奇跡の可能性だったからもしれない。しかし――。
「光――!」
遠くから光を呼ぶ声がする。振り返れば会場の出入り口からこちらへ――光へと呼びかける女性の姿があった。
「お母さんだ……」
消え入りそうな声で光が呟く。光の母親は両腕に大きな紙袋を提げていた。『バーゲンバトル』では上々の成果をあげられたらしい。
「ほら、お母さんが呼んでるよ」
「でも……ワンダーモモが……」
「残念だけど、今日はしかたないね。でも、絶対にここでしか見られないわけじゃないから」
「そう? ビデオとか出てる?」
「うん、もちろん。もしかしたら光くんのお父さんが持ってるかもしれないよ」
その時、ひときわ大きな声で光を呼ぶ母親の声が届いた。光は歯を食いしばって顔をゆがめ、そして振り切るように立ち上がる。
「これ、ポップコーンとジュースあげる……あげます!」
「うん、ありがとう」
「帰ったらお父さんに聞くから! ワンダーモモのビデオ持ってるかって!」
「きっと光くんなら気にいるから期待していいよ」
「じゃ、じゃあ、今日はありがとう! いっしょに応援してくれて、ワンダーモモのこと教えてくれて!」
泣き顔と笑い顔が混じったような顔でそこまで言うと、光は背を向けて母親の元へと駆け出した。
一段飛ばしで階段を駆け上がりみるみる間に遠ざかっていく。
そんな後ろ姿を視線で追いかけながら彼女は残念なようなほっとしたような小さなため息をついた。
いっしょにワンダーモモを応援できなかったのはとても残念だ。あの子ならきっと気にいってくれるという確信があっただけになおさら。
けれど、今ではないとしてもあの子がワンダーモモを見てくれるのだとしたら、それはそれだけでとても嬉しいことだった。
あの子がワンダーモモを好きになり、そして声援を送るならばそれでいい。
なぜなら、ファンの声援はヒーローとヒロインを、アイドルを“永遠”にするのだから。
「あーあ……、でもやっぱりいっしょに見たかったな」
苦笑し、彼女は光からもらったドリンクを飲む。やはりその中身はメロンソーダで、もう炭酸は抜けているしずいぶんとゆるくなっていた。
「(“いつか、もし……また出会うことがあったら感想を聞かせてね。光くん”)」
『――それではこれより、ワンダーモモ☆20周年リバイバルライブを行います!』
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そっと胸に手を当て 心の声を聞いて
悪い人は誰でもない 悪の波長のせいだわ
この世界にはふせげない つらいこともあるけど
同じ時を生きていくの 今日もあなたとふたり
コドモのころ夢見た おちゃめなヒロインはね
ときに厳しくときには優しく 大事なものを守るの
正義がなにか見失い 迷うこともあるけど
ほほえみをわすれないよ……
あなたに教わったから
最終更新:2014年02月27日 21:19