ヘミソフィア ◆yX/9K6uV4E



――――人は歩き続けて行く。ただ生きてゆくために。












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「さて……ようやく落ち着いたわね」
「ん、そうだね」

高垣楓らが出発し、前川みくが私達のチームに合流して、少しの時間が経った。
私――和久井留美にとって動くタイミングが少し遅れたというのは、マイナスかもしれないが。
まあ、ナターリアの気が逸れたのがよかったといえば、よかったかもしれない。

「けど、みくはなんであんなドッキリの看板を持っていたんだ?」
「……さあ、詳しく教えてくれなかったし解らないわ」

最高の、あるいは最悪のタイミングで乱入してきた前川みく。
ドッキリ成功の看板を持っていた彼女は最初は何かを告げようとして。
ソファに横たえていた佐久間まゆの遺体を見たら、結局黙ってしまった。
解りやすい死の象徴に、彼女は黙るしかなかったかもしれない。

その後は、みくに飛行場であった顛末を光が伝えて。
みくはぽつぽつと及川雫と行動していたと此方に教え。
『不幸な事故』で、雫は死んだと教えてくれた。
どんな不幸だったか私は知る由もないし、知る必要も無かった。

そして、その話を聞いて、ナターリアがみくに一緒に、見回りにいかないかと伝えていた。
ナターリアもナターリアで不幸な事故で殺してしまった人だからだろう。
みくは意を汲んだのか、いたたまれなくなったのか、ナターリアの提案に乗った。

で、私達はこうやって、居残りしてる訳だ。
休憩を取りながら、二人の帰りを待っている状態で。
椅子に座った光は何か考えながら、俯いている。

「みくさんが言っていたんだ」
「……なんて?」

ぎゅっと握り拳を作りながら。
何かを自問するように。

「みくは『アイドル』だから、自分を曲げないって……」
「そう……」

あぁ、またそういう子なのか。
最初に殺してしまった子のように。
愚直にアイドルで居続けるという子なのか。

「なのに、皆、誰か仲間を……亡くしてる。殺してしまってる」
「……それが、この島だからじゃない?」
「そうじゃない……なんというかな……皆、信じる夢があって……アタシは、ヒーローで居たいと思って」
「……夢」

夢、夢か。
アイドルという、夢。
ヒーローという、夢。

そして、ヒロインとしたいという、夢。


「なのに、こんなに皆……苦しんでる……なんで……」
「―――それはね」

私は彼女の後ろに立つ。
私は……微笑んでいたのかもしれない。
でも、それは、きっと薄く冷たいものだろう。



「夢っていうのは、呪いと同じなのよ……呪いを解くには、夢を叶えるしかない」



夢を持って、微笑んで逝った今井加奈。
そして、今もアイドルという夢を捨て、違う夢を持ち続けてる、私。
今逝ったこの言葉もどこかで聴いたことがある気がする。

続きがあった気もする……確か。


――途中で夢を挫折した者は、一生呪われたままらしい。


だとするなら、私はアイドルという言葉に、一生縛られる続けるのかしら。
だとしても……

「えっ」
「一生呪いのままでも……どんな罪を背負っても、私は叶えて見せるわ―――さよなら」



諦めてたまるものか。


ガッと、鈍い音が、響いた。




――手に持ったガラス灰皿が血に塗れて。



目の前の少女は、ソファに横たわった少女と同じになるのだろう。



ヒーローという、呪いを背負ったまま。




【南条光 死亡】





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










「……ミクはサ」
「なんだ、にゃ?」


とぼとぼと、ナターリアはみくと一緒に歩いていた。
見回りというけれど、ナターリアにとってはみくと歩く口実が欲しかっただけだから。
みくは明るく振舞おうとしたけれど、ナターリアから見るとやっぱり陰があるように見えて。
なんだか、それは何処か自分自身を見てるようで。

「シズクが亡くなったなった後……ずっと一人だったんだナ」
「そ、そうだけど……それがどうかしたんだにゃ?」

独りは寂しい。
独りは苦しい。
だから、

「此処には、皆がいる。だから、あったかい。ミクも受け入れてくれル」
「にゃにゃ……」
「だから、心配いらないヨ 辛いなら、辛いと言えばいいんダ」

みんなといれば、温かいよ。

そう、みくに、ナターリアは伝えたくて。
みくは目をパチクリしながら、はにかんで。


「あ、あったりまえにゃ! みくも言う時は言うにゃ!」
「そか、ならいいんダ」
「……その、ありがと」
「……ウン」


だから、ナターリアも笑う。
いつも心に太陽を。
あたたかいものを抱えて生きていきたい。

「あはは……連れ出した理由も終わったヤ」
「……じゃあ、ちゃんと見回りするかにゃ?」
「そうだネ、じゃあ、ナターリアは南の……ミクがきた所を見てみル」
「じゃあ、みくは北にいくにゃ!」


そうして、みくとナターリアは別行動を取る事に決めた。
みくを見送って、ナターリアは南に進路を取って、歩き出し始める。
そうだ、皆が此処に居たんだ。

楓達は今、離れてしまったけど、それでも、確かに。
一度は寒さを知って。
それでも、諭され、温かさを取り戻して。

「皆に、応援されて……やっぱり、イイネ」

そう、応援されながら。
自分達は、アイドル、ヒーローになるんだ。
だから、それが、いい。


「太陽……大分沈んじゃったナ……」


とことこと、歩いて。
そして、気がついたら、太陽はオレンジ色になっていた。
もうすぐ、完全に沈む。
空は、茜色で、とても綺麗だった。

「なんだか……」

切ないような、哀しいような。
そんな色で、何処か、終わりを示すような感覚に襲われて。


「何……考えてるんダロ……あっ」


ぶるぶると、頭を振って。
南の入り口に、自転車から降りた人影を見つける。
その人影には見覚えがあって。



「キョーコ!」



大切な、友人の姿だった。
再会できて、よかった。
その喜びに、胸が一杯で。



「ナターリア!」



五十嵐響子も、ナターリアの姿に気がついて、はにかんで笑う。
そして、ナターリアに駆け寄って。




「バイバイ」






そして、銃声が、鳴った。





落ちゆく太陽と、同じ色のモノが、空に、舞った。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「やった……やった……やったーっ!!」

私――五十嵐響子の胸に湧き上がるのは、ただ歓喜だった。
大好きな、大好きなプロデューサーが、これで一先ず、救われる。
誰も殺せてない、殺せるわけが無いナターリアが死ねば、危機は無くなるんだ。
達成感で、胸が一杯だった。

これで、ナターリアも苦しまずに、逝ける。
何も知らずに、死んでいく事が出来るんだ。
よかった、それがよかった。

「……ぇ……ぁ……キョーコ……なん……デ?」

…………あれ、まだ生きていた。
……鉄砲で撃ったけど……見ると、少し外れたみたいだ。
脇腹を打ち抜いていて……でも、確実に死ぬ傷だ。

ナターリアは地に伏せ、不思議そうに、苦しそうに私を見ている。
本当……苦しそう……楽に死ねないけど……御免ね。

隣で、智絵里がビクビク震えていたけど、気にしない。
今は、彼女に構ってる暇はないの。

「なんで……って……それが、必要だったからだよ、ナターリア」
「…………え?」
「プロデューサーを救う為に、大好きなプロデューサーを……その為に、もう何人も殺したの」

友達と、大好きな人。
どちらかを天秤にかけられたら。
私は凄く悩んだ。
でも、大好きな人を救う方を選んだ。
だから、貴方を殺すの。
ナターリア。


「そっかぁ…………これは……罪が巡ってきたのカナ……でも……キョーコも殺したんダネ……」
「……え?…………『も』ですって?……そ……んな、まさか」

……え?
まさか。まさか。
そんな、馬鹿な。
あのナターリアが、ナターリアが。
そんな……そんなぁ。

太陽のナターリアが。


「ナターリアも……殺したの?」
「…………ウン……二人も…………」
「そんな………………」



あの……ナターリアが、殺した?
いや、きっと事故みたいなもので……
いや……でも、きっとそうだとしてもナターリアの手で殺したという事で……
……それは、それは


「あは……あはは……あははは」
「キョー…………コ?」


どうして。
ねえ、どうして。



「太陽の貴方が、人殺しなんて、してるの!?」



ナターリアが、人を殺してるんだ。
ありえない、ありえちゃダメだ。
貴方は、笑ってないのといけないのに。
貴方は、何時までも太陽であって欲しかったのに。

だったら、なんで、なんで……

「なんで、私は……ナタ……ナターリアを殺しちゃおうとしたの……大切な友人を、親友を……いや、いやぁぁ!?」



殺す『必要』があったから、殺そうとした。
でも、殺す必要なんて、無かった。
ナターリアが殺してたから。
それを知っていれば……私は……
私は、私は、大切な友人を……友人を……あぁ……


撃っちゃった。


「……ぁぁ……いや……でも、それは、仕方ない事で……違う……いやぁ」


自問自答して、答えが巡る。
解答なんて、出やしない。
頭の中で、色んなのが、巡る、巡る。
ひたすら、正しい解答を探して。

でも、心のなかで巡るのは、ただの哀しみだった。


「響子ちゃん……大丈夫?」
「五月蝿い、黙れッ!」


智絵里の声が、聞こえる。
五月蝿い、ただ五月蝿い。
なんで、こんな時に話しかけるんだ。
この女は……

「だって、響子ちゃん……泣いて……」
「……えっ」


頬を触った。
雨に打たれたように、濡れていた。
可笑しいな、雨なんて、降っていないのに。
可笑しいな、目が、滲む。


「違う、違う……泣いてなんているもんか! 私は泣かない!」


泣く筈が無い。
私が選んだ選択だもの。
どんな哀しみがあっても、私は泣かないと決めたんだ。
ナターリアを殺すと選んだのも、私だっ。
だから、だから、


泣くな、私っ!


此処で、止まってしまったら、何もかも、台無しになってしまう。
それは、それは、ダメなのよ。


「私が、プロデューサーを、護らないといけないんだ!」


私は護らなきゃ……護らなきゃいけないんだ。


「……そっかぁ…………ヤッパリ……キョーコは……プロデューサーが好きなんだネ」
「……えっ……ナターリア?」


気がついたら、ナターリアがお腹を押さえながら、立ち上がっていた。
こっちに、少しずつ近づいてきて。

「……そうよ、だから、殺すの。殺すしかないの。それしか……無いじゃない」
「……ねえ、そうなノ?……本当にそうなノ?」
「そうに決まっている。そうだと思うしかない」

だから、私は拳銃を向ける。
距離にして、三メートルもない。
少しずつ、手を伸ばすナターリアが怖かった。

「……それッテ……やっぱり、寒いヨ……哀しいよ」
「寒い?……哀しい?……そんなの、関係ない、それしかない」
「ねぇ……キョーコ……ずっと前……約束した……事……覚えてる?」

約束。
あの、夕暮れ時の、教会で、誓った約束。
私と、ナターリアで。
その時一緒に仕事をしていた、久美子さんは、笑って茶化していた。
でも、すぐ傍で恥ずかしそうに笑っていたプロデューサーがいたのは、忘れない。

「プロデューサーと結婚したいって……私達は言っていた」
「……ウン……そうだよ……その時の気持ちって……温かったよネ」
「それが、それがどうしたっていうの?」

ああ、確かに温かい。
それは大切な思い出で。


「それを思い出しテ……忘れてないなら……キョーコはきっと戻れル」


戻れる?
何処に、戻れるというの?
私達は、戻れない所にきているというのに。


「キョーコはオレのヨメ……」
「はっ?」
「そう、ファンの人が言っていた……」
「それが、どうしたというの?」

今更、何を。
苛立ち混じりに拳銃を向ける。
もう、無駄な会話を打ち切りたい。

本当は、殺したくないのに、拳銃を向ける。
そうで無いと自分が可笑しくなりそうで。

「ダカラ……ワタシ達はミンナの嫁さんで……ワタシ達の夢は、ミンナに祝福されているんダネ」
「……何がいいたいか解らないよ? いい加減に……してよッ!」
「キョーコ…………キョーコはワタシを太陽といったネ?」
「その通りじゃない」
「違う」

ナターリアが手を伸ばす。
気がつけば、触れ合う、距離だった。
とんと、胸に手を置いた。

「キョーコも、太陽ダ。 皆、皆、心に太陽がある」

ナターリアの手は、温かい。
今にも、死ぬというのに。

「プロデューサーを、想う思い……温かいヨ……その気持ちを、忘れないデ」

私に太陽?
私が温かい?

「そんな訳が、無いッ!」

そんな訳が無い。
そんなわけがあるもんか!


「私はナターリアを撃った。 私の想いの為に、好きな人の為に、殺そうとしたッ! そんな私が太陽な訳があるもんか!」


違う。違う。
私は、ナターリアを殺すんだ。
そんな私が、太陽であってはならない。


「じゃあ……許すヨ」
「はっ……?」
「キョーコのやった事全部……」
「え……」
「キョーコ……皆に思われて……皆に望まれて……ナターリアも望むから」


哀しく、笑う、ナターリア。
私は、崩れ、落ちそうになる。



「素敵な、お嫁さんに、なるんダ……キョーコ、なら、なれる」
「何いって……」
「だって、ワタシの『親友』だから」


あははと、ナターリアは笑う。
ワタシの胸に手を当てたまま、

太陽のように、笑ってる。


「何、馬鹿言ってんのよ……本当、信じられない……流石、ナターリアだ」


そして、


「あは……あははっ…………あはははっ! 本当、ナターリアは、変わってない! 例え人を殺しても、変わってないね……あははっ!」


私は、太陽のように、笑えた。
涙は晴れて、虹になってるかもしれない。


「むぅ……これでも、凄い苦しんだんだかラ……でも」
「でも?」
「だから、キョーコも変わってないよ……素敵な、お嫁さんのままダ、温かいね」


変わってない。
私は何も変わってない。
温かいまま、なのかな。
わかんないや。



「よく、解らないよ……でも解ったことがある」


解った事がある。




「ナターリアは、私にとって大切な、友人だって事」
「うん……」
「撃って……御免ね……」
「ウン」
「仲直り……しよっか?」
「ワタシはそもそも何もしてないヨ」
「言葉のあやだよっ」


許されない事かもしれない。
許されちゃいけない。

でも、それでも、私たちは、大切な友人同士だった。



手を、伸ばす。


握手しようとして。







「……っ!? 響子、危なイ!」





ドンと、突き飛ばされた。





そして、ドスンと強い音がして。






ナターリアが、吹き飛ばされたのを、私は見るしかなかった。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










ナターリアが吹き飛ばされて、私はすぐに、ストロベリーボムを投げたのは覚えている。
当たったかどうかなんかは確認出来なかった。とりあえず、距離をとりたかったから。
幸い襲撃者は、投げ込まれたものに警戒して、距離をとったらしい。

とはいえ、燃え移るものもないから、そんなに威力は無いだろう。
けど、いい。
今は、距離をとって、ナターリアの元に。
智絵里は、既に、ナターリアの元に駆けていた。


「ナタ…………リア……」


けど、もう、見た瞬間、解った。
もう、完全、無理だ。
色んなものが、どうしようもないくらいに、紅い。


「……ゴホッ……キョー…………コ…………」


ああ、ナターリアが冷たくなっていく。
握った手が冷たい。
あんなにも温かったのに。
ナターリアが哀しく笑う。
殺そうとした私を護ってくれた。
なのに私は何も出来そうもない。


「夢……が、ある……んダ……」



お願い、神様。
せめて、ナターリアを温めさせたい。



「らい……ゴホッ……ステージで……踊るんだ……皆に応援されながら……皆を……温かくする……夢」


そのための、ほんの少しの時間をください。


「出来るカナ……叶うカナ?」
「出来るよ、出来る……ナターリア!」
「じゃあ、キョーコも、チエリも……ヒカルも、皆で……踊るんだ」


なのに、彼女は逝く。
哀しいぐらいに、早く。


「きっと、、幸せな……ゆ……め」
「うん……」
「それは、とっても、あったかい……ネ」



ナターリア。
私の友達。
私の、私の、親友。





「あたたかい……だっ……て……ワタシ達は……ゴホッ……皆が…………」






お願い、逝かないで。
もっと、話が、したい。



ぁぁ




太陽が沈む。




「みんな………………太陽……なん……ダカラ…………」








それでも、ナターリアは。





――――真昼の太陽のように、笑っていた。






【ナターリア 死亡】












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










「それが、彼女の終わりね」

そういって、紅蓮の炎の向こうで、現れた人が居た。
その人は、私にとっても、既知の女性。

「和久井……留美」
「そうね、久しぶり。五十嵐響子」

手には無骨な銃。
拳銃のような、ちゃちな銃じゃない。
人の身体を吹き飛ばすような、銃だった。
ったく、ちひろさんもずるいな。
こんな銃、この人に支給させるなんて、ずるいよ。

「一人始末して、残りを始末しようと思ったら、他にも居るなんて……ついてるやら、ついていないやら」
「やっぱり……」
「そういう、貴方も『やっぱり』ね。知り合いのなかで、絶対、こっち側にいると思ったもの」

和久井留美。
ブライダルショーの時も一緒だった。
この人も、きっとプロデューサーの為に。
……そういうことなんだろう。

「やっぱり、皆、夢を追いかけるのね、今逝ったこの子も、そうだもの」
「夢……」
「そう、夢。貴方も、プロデューサーと一緒になりたいって夢を抱えて、戦ったきたのでしょう?」
「もしかして全部聞いてました?」
「粗方ね」

そして、隙を狙ったのか。
流石、留美さんというべきか。
どう言えば、解らないけど。
かなりこちら側としては、やばい。

距離はつめられてるし、智絵里は震えたように、ナターリアと私、そして留美さんを見てるだけだ。

考えろ。今、彼女は私と何か話そうとしている。


「皆……夢を見ている……いえ、私も見ているのかもしれない」
「留美さんが?」
「そう、和久井留美個人として……あの人と添い遂げる……という夢をね」
「……その為に、ナターリアを……っ!」
「貴方も変わらないでしょ?」

反論できないでしょう、と言いたげそうに留美さんは微笑む。
私はその言葉に、唇を噛んだ。
その通りだ、非常に近しい位置に、私達は居て。
それ故に、対立して。

「だから、アイドルという夢を捨て……私は此処に居る」

彼女は毅然と、しているんだ。
何も、何も言う事が、出来ない。
実際、私も似たようなものだから。

「……しかし、皆……ね」
「……何か?」

何処か、鼻で笑うように、皆という言葉を、留美さんは口にする。
私は気になって、それを聞く。
ナターリアが語ったものを否定するような、それがなんとなくだが、気になって。

「別に……夢というのは、ね。そんな、皆で思うとか……何もかも温かいものじゃないのよ」
「……え」
「何もかもから、軽蔑されても、何かもから敵になっても…………」


和久井留美、という人間はそうして、



「叶えて、見せる。そういう冷たいモノよ……孤独でも、それでも、なお、叶えなきゃいけない、切実な願いでしょう?」




夢というものを見続けて。
一方で、夢というものを、突き放していた。


「そうかもしれません……」


そうかもしれないと、私は思う。
確かに、そうして、私は戦ってきた。
誰かを殺して、誰かを傷つけて。
切実な願いだったと思う。



「けどっ!」



けれどっ!
けれど、私の想いは!
けれど、ナターリアの想いは!


「あの子の私達の夢を、想いを……舐めるな。舐めないくださいよ。留美さん」


貴方の夢が、どんなに切実かはわからない。
貴方の夢がどんなに、強いものかわからない。


けど


「ナターリアが見た夢は……温かかったんですよ。人の想いの温かさを貴方は知ってる?」
「…………」
「まるで、太陽の光のように、温かくて、そして強くて」



そんな、冷め切った私の心さえも、太陽をともして。
私の思いは、温かくなって。


「皆のお嫁さんになるって……私の夢を、皆に祝福されるように、言って」



あの子は、そうして笑っていた。
ねえ、そんなあの子の夢を。



「皆を応援して、そして皆に応援されるように、目指したあの子の温かい夢を、誰がっ! 誰が笑えるものかっ!」



舐めるな。
ずっと、太陽で。
傷つきながらも、罪を犯しながらも。
まっすぐ生きようとしようとしたあの子の夢を。


笑うな。


それは、絶対に、許さない。



「私は、許されない事をしたかもしれない……けど、私は一途に彼を想って、そして、あの子を、夢を素敵だな、温かいなと想えたの」


ねえ、留美さん。
ナターリアは、笑っていたよ。
笑顔で、凄い、飛び切りの笑顔で。


「留美さん、そうやって、ヒトリで居て、楽しい? 何もかも捨て去って、嬉しい? 貴方の夢はとっても、冷たいよ、寒いよ」



全然響かない。
そうやって、ヒトリで何もかも解りきったような貴方に。
あの子の温かさも、幸せな夢も。
何もかも、理解されてたまるか。


「貴方は……そんなもので、ヒトリで、幸せになれるか。ハッピーエンドになるものか。あははっ……酷く……滑稽で」




そして、ポケットに隠し持っていた一つの爆弾を、右手に、持つ。




「哀しい夢、だよ。皆を知らない、冷たい夢である貴方が……あの子の……温かい夢を否定できるものかっ!」





目の前の哀しい女性に向かって、投げようとして。






「だから?」




銃声が響いて。
その瞬間、私の右腕が吹き飛んでいた。
血がありえないぐらい吹き出た。
からんからんと爆弾が転がっていく。




「そうやって、選んだのよ。何もかも、響かないように、喜びも感じないように。私が選んだ夢は、そういうものよ」



あくまで、冷たく。
和久井留美は、私を見下ろしてた。



「其処に、呵責も、何もかも無い。冷たくヒトリで? それでいいのよ」



貴方には解らないかもしれないけど。
と彼女は言って。



「私と彼の道は、そうやって、血の道を進んだその先にあるのだから。 だって、私が選んだのは、そういう愛だから、夢だから」


でも何処か泣きそうなのに。


「温かいのは知ってるもの……だって、彼がくれたものは温かい……それでも、私は捨てて、選んだ。ただ愛の為に。幸せになるために」



だからと彼女は言う。





「何も、愛も知らないただの幼い少女が、大人を」






和久井留美は、あくまで薄く、笑っていた。








「舐めるな」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇












一体、わたしに何が出来るのと想っていた。
こんな狭い箱庭の現実を変えるために、何ができるのと。


人生の半分も生きてないわたしが。





でも、崖っぷちに立った時。




哀しみと苦難が、私の手を掴み。





――――自分自身の在り処が、初めて見えたんだ。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇












「へぇ……」
「な、何……やってるのよ」


そうして、わたしは、立っていた。
震えているだけのわたしを捨てて、ただ、和久井留美の前に、立ち塞がっていた。
手を広げて、響子ちゃんを護るように。



「もう……逃げません。こんなの、こんなの」




――――緒方智絵里は、立っていた。




「ただ、ただ、哀しいだけ……です。そんなの、哀しいよ、そんなのダメだよ」



逃げないと、心に誓って。
とても哀しいように見える和久井留美に、私は相対している。


「馬鹿ッ! ドジ! ノロマ! 早く、逃げなさいよ! 何やってんのよ! 私を見捨てなさいよ!」


後ろから、響子ちゃんが非難する言葉が聞こえる。
逃げれるチャンスをふいにした私を、許せないように。


「嫌だっ! 逃げません、逃げてたまるか!」

それでも、わたしは逃げない。
逃げたくなんて、無い。


「もう、嫌だっ……嫌なんです、こんな哀しい事」

哀しかった。
苦しいほどに、哀しかった。
響子ちゃんとナターリアちゃんの結末。
分かり合えて、それでも結局、決別は来て。


「どうして、この殺し合いは、この島は……こんなに哀しいの?」
「……それが、殺し合いだからよ。解りきった話でしょ?」

留美さんがそういいます。
でも、そんな解りきった事でも。

「わたしは、いやだ。認めたくない……認めてたまるもんか」

まるで、我侭を言うように、言葉を紡ぐ。
留美さんは私を睨み付ける。
子供を見るような、目で。


「やっと見つけた……やっと決めることが出来たんです…………わたしの在り処を、私の未来を」


変わる事が出来ないと思っていた。
変われないと思い込んでいた。
それでも、変わりたい、と思った。
プロデューサーに会った時のように。
自分が、心の底から。

そして、


「響子ちゃん、ナターリアちゃんを見て……わたしは、温かいと同時に……哀しいと思いました」



哀しみが、わたしの在り処を見つけてくれた。
ナターリアちゃんと響子ちゃんの最後の邂逅は、心が温かくなって。
でも、それでも、やっぱり哀しいと思ったんです。


「響子ちゃんも、ナターリアちゃんもいい子なんです……ううん……皆、アイドルが、そうなんだ……だから、こんな哀しみに塗れた……のなんて……ダメ!」


いい子達だったのに。
なのに、こんな殺し合いで歪ませられて。
そんなのは、絶対に可笑しい。
そんな、哀しみ、誰も、望んでいない。


「だから……だから……!」



わたしは、宣言する。


「もう、二度と哀しみなんて、ダメなんです。哀しみは……断ち切らなきゃ……いけない……からっ!」


御免なさい――――さん。
大好きです、本当に、大好きです。
泣きたいくらい、大好きです。

でも、でも、わたしは、



「だから……わたしは、殺し合いを……とめなきゃ……哀しみはとめなきゃ、いけない」



そうしようと思ったから。
そうしなきゃ、ダメだと思ったから。
これ以上、こんな誰が哀しむなんて、いや。
もう、沢山。


「……智絵里、貴方……何をっ……ごほっ」
「御免ね、響子ちゃん……でも、でも、私は……もう、あんな哀しい事見たくないの」
「……この、馬鹿っ……」
「…………思い出したの」


響子ちゃんが、無くなった腕を押さえて、此方を睨みます。
血が…………。
でも、わたしは、告げなくちゃ。
思い出したことを。

「わたし、プロデューサーさんを好きになって、とっても幸せになったんです」

好きになって。
そして、幸せになって。
とても心が、幸せで。
不幸なんて無くて。


「だから、この幸せな気持ちを……誰かに伝えなきゃと、ううん、ファンの皆に伝えたいと……心の底から、思えたの」


幸せが、幸せを呼ぶ。
そんな幸せな連鎖が、何処までも続けばいい。
何処までも、何処までも。
繋がり続ければいい。


「それが、『アイドル』の緒方智絵里だったんです」


幸せを、ハートを届ける天使と言われたように。
それが、私のアイドルとしての、原点だったから。


「だから、それを忘れずに、生きたい。生きていく、哀しみなんて伝えない」


だから、もう逃げない。泣かない。


「撃ちたかったら……」
「これで撃てる訳ないでしょ……馬鹿じゃない……」
「……響子ちゃん」


響子ちゃんのため息が後ろから聞こえてくる。
そして、不気味なまでに黙っている留美さんが居て。
留美さんは、やがて笑って。


「そう……貴方は『アイドル』としての夢を選ぶのね」
「ううん……わたしは、プロデューサーの事も諦めません」
「貴方が殺さなきゃ死ぬかもしれないのよ」
「……けれど、わたしは、わたしは『アイドル』として……あの人に逢いたい……それが、わたしの願いだから」

アイドルとしての夢。
けど、わたしはあの人の想いを捨てた訳じゃない。
だって、あの想いがあるから強くなれた。
アイドルになれたんだ。

「我侭ね」
「我侭ですっ……どれか一つを選ぶなんて、出来ない……だから、全部選びます。全部が救われるように」
「子供の考えよ」
「……子供ですから。だから、私は子供で……いいんです」

どれか一つを選ばなきゃいけないのが大人なら。
わたしは子供でいい。
子供のまま、全部を選んで。
それを叶えたい。


「そう、でも私は貴方のようになれないわ」
「……わたしも……です」
「独りで、罪も罰も、背負って、私は、私だけの夢を叶える」


それが、和久井留美という女性が選んだ道なんでしょう。
でも、私はその夢を。


「哀しいですね……とっても冷たいです」
「……そうかしら?」
「そうです……それしか無いと思って……だから」


だから、私は


「アイドルとして、和久井留美の『冷たく哀しい夢』から、『温かい幸せな夢』に変えて見せます。貴方を、変えてみせる」


この人を変えなきゃ、いけない。
大人である事で、夢を見れないなら。
夢がそんな冷たく哀しいものであってならない。

夢って……


「夢は……温かい幸せな……『太陽』みたいなものなんです」


太陽なものだから。



「……そう、あはは……本当、舐めきってるわね。変えてみせる? 変わらないわ、私は私」
「でも、貴方は…………『アイドル』だったじゃないですか」
「……昔はね」
「今もです……よ」


皆、アイドルだったから。
今も、それはきっと皆、変わらないと想うから。
だから、変えてみせる。

変わらないものに、自分自身に戻るだけ、なのだから。


「じゃあ……まず、この危機をどうにかする事ね、そうでなきゃ、ただの夢想家よ」


目の前に、向けられている銃。
わたしは、それを、強く睨んでいて。
けど、わたしは、脇目で、さきほど一人の人物が見つけたんです。
その人は、自分が何とかするからと、身振り手振りで表現していました。


きっと、留美さんがしとめたと思った『アイドル』






「なら……、そのアイドルの危機を、華麗に、救うのが、『ヒーロー』というものだ!」




彼女は、頭からおびただしい血を流しながらも。
それでも、かっこよく。
それでも、強く。



「なっ……どうして」
「知ってるかい? 『ヒーロー』というものは、困った人を助ける為なら、何度でも、蘇るのさ!」





わたしたちを救おうとする、ヒーローが居たんです。







【南条光 蘇生】








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










ぐわんとぐわんと頭が揺れる。
正直、今でも意識を手放しそうだ。

死ぬかと思った。
というか、死んでいたと思う。
けど、完全に意識を手放す寸前で、聞こえたんだ。



――このままでいいの? ワンダーモモ!



託された、命を。
想いを。
私が倒してしまった人の声が。


――悪は滅びてないぞ! 立ち上がれ! ワンダーモモ!



だから、アタシは、立ち上がった。
ぐわんとぐわんと頭が揺れる。
目が赤く染まってるかのように、視界が赤い。
上手く歩く事も、辛い。
でも、立ち上がって、向かう。
和久井さんの姿が見えた。

必死に、追った。
何度も転んで。
意識を手放しそうになって。
それでもなお歩く。

見失っても、方向だけは忘れずに。
そして、やっと、辿り着いて。

ナターリアは倒れていて。

それでも、必死に立って、頑張ろうとした少女が居た。


だったら、助けなきゃ。


それが、ヒーローなんだから。



転がっている爆弾を見つけた。
アタシは、それを取った。


そして、和久井さんと女の子が会話している中で、アタシは距離をつめた。
一息に飛び込めば、詰められる距離で。
少女は察して時間を延ばしてくれた。



いよいよ、和久井さんが少女を殺そうとした、そのタイミングで。





「なら……そのアイドルの危機を、華麗に、救うのが、『ヒーロー』というものだ!」




アタシは、叫んだ。
叫んだ拍子に意識が飛びそうになった。
でも、まだ、まだ、死ねない。
和久井さんが、拳銃を向けると同時に

「おっと、和久井さん、これが見える?」
「……響子ちゃんが飛ばした爆弾ね」
「そうだ」
「投げてあたるとおもうの?」
「当たらないかな」
「じゃあ……」
「悪の怪人がやるよね、死ねば、もろともって」


そう、特攻。
カミカゼアタックというんだっけ?
それ。
もし、和久井さんが少女に銃を向けたら、アタシは突貫する。
それば、一緒に死ぬだけ。
今、銃を打ち込んでも、きっと少女は逃げてくれるし。

まあ、どっちにしろアタシは死ぬけど。

今更、命を惜しんでたまるか。

いまが、命を尽くす。


その時だ。


ヒーローはそういう時が、いつかあるんだ。

「っ……」
「だから……そこの少女、逃げろ」
「えっ」
「時間を稼ぐから、そこの子、連れて! 早く!」
「でも……」
「大丈夫、倒して、追いつくから!」


目で、合図して。
その子は、戸惑いながらも。
私が笑ったら、素直に聞いてくれた。
笑ったら、死にそうになった。

でも、まだ、死ねない。



「……やってくれたわね、といえば喜ぶ?」
「悪役っぽくて、素敵だね」
「そう…………ま、いいか。焦らなくてもいいでしょう」
「余裕だね」
「……だって、そろそろ限界でしょう?」


和久井さん、視線だけ、少女に送って。
でも、アタシは、それを見る目すら、よく見えなくなってきた。
完全に限界がきてる、らしい。
ろれつも、正直、限界。



「留美さん、夢は呪いだっていったけど」
「ええ」
「違う」


だから、これだけは、言わなきゃ。


「『夢』ってのはな時々スッゲー熱くなって、時々スッゲー切なくなる。そういうものだって、ヒーローが言っていた」


大好きな、ヒーローだ。
今も何度も見る。
かっこいいヒーローだ。
本当に。


「だから、温かくて、熱くて、でも、時に、辛くなって、挫けそうになっても、それはいつまでも、輝くんだ、それが夢だ」


で、さ。


「夢は、皆に、祝福されて、いつまでも、願われる、温かい、誰からも望まれる夢なんだ」


それが、夢というもので。


「だから、和久井さんの夢は、きっと………祝福されなきゃ……叶わない……」


和久井さん、ちゃんと、祝福されなきゃダメだ。


「そういう、皆が見る夢を……」



そういう誰もが見る夢を。



護るのが




「そういう夢を、護るのが、『アイドル』で、『ヒーロー』の役目だ!」





ヒーローってものじゃないかな。




だから、アタシは、きっと。



夢を







「ゆ………………めを……まもれたんだ……よね……プロデュー……なな…………」






そのまま、崩れ落ちた。




頑張ったねという声が聞こえる。





菜々さんと、ナターリアと、プロデューサーの声。






あぁ





「アタ…………シは………………ヒー……ローに……なれたん…………だ……っ!」








【南条光 死亡】














     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

















「はぁ……はぁ」
「響子ちゃん……大丈夫?」
「……はぁ……はぁ」
「響子ちゃん……」

ダメだ、哀しくなってしまう。
響子ちゃんを肩に背負って、一生懸命歩いているけど。
響子ちゃんは、もう限界だ。
片腕を失って。

あまりにも、血を流しすぎた。

もう、持たない。

返事が、あまり返ってこない。


「……ちえ…………り」
「なに……?」
「あなた……馬鹿……まぬけ、ぐず……こっちの気持ちも知らないで……ゆめばっか……さけんで……ばかみたい……」
「あぅ……」
「ほんとう…………しんじられ……ごほっごほっ」

血を吐く響子ちゃん。
あぁ……。
もう……。

嫌だよ……こんなの。


「貴方の夢は…………なに?」


そっと、囁く。
私の思いを。


「心に、太陽を。温かい気持ちで……ヒーローのように、哀しい夢をたちきり、幸せな夢を叶え……ます」


何もかも、背負いこむ気持ちで。
わたしは、そう答える。


「……よくば……り…………」


欲張りですよ。
涙が溢れてくるくらい。


「じゃあ………よく……ばり……ついでに………これも……おね……がい」



それは、響子ちゃんの夢でした。
人魚姫の時、願った、


五十嵐響子、本心からの、


夢でした。



「あの人と一緒に…………あのひと…………を、ハッピーエンド……へ…………連れって……いって」





皆が幸せになるように。
あの人と一緒のハッピーエンドを。

ただ、願った。



哀しいぐらいの、恋した少女の




幸せな夢でした。




「……はい」
「……よかった」




それ以降、響子ちゃんの息だけが聞こえてきて。
わたしはそれでも、一生懸命歩いて。




「……さん、ごは……じゅんび、でき……ました」


やがて、声が聞こえてきました。
それは、五十嵐響子が最後に見ている。



幸せな夢。



「もう……こぼし……て……ます……よ?」



ダメだ、涙が出てくる。


「なたー……すしばかり……たべ……の……だめ…………えいよう……き……ちん……」


ないちゃ……だめ……



「こら…………おにいちゃ……だから……しっかり……しな」



響子ちゃんの弟さんです。
独りで、寮に住んでいた彼女は。


いつも、家族の心配をしていました。



「ちゃんと……ふくをきて…………ほら、いって……ら……っしゃ」



大切な、大切な家族。



「――――いい……てんき…………きょうは…………みんな……で」



家族との、思い出。


「はな……みに……でも……いこう………………もちろん……さんも、なたー……りあ……も……いっしょ……です……よ」



幸せな、幸せな。





「えへへ………………ずっと、となりで…………みんな…………だいす……………………」





夢でした。

それ以降。





響子ちゃんの言葉が、



「あぁぁ……うぅぅ……あぅあ……」





紡がれる事は、ありませんでした。




「うぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」







【五十嵐響子 死亡】









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「何が……どうなって……にゃぁ」


そして、前川みくが辿り着いたのは一番最後だった。
なんだか嬉しくて、北まで進んで、やる気になって室内の中までよく見回った。
そしたら、かすかに音が響いたなと想ったら。

やがて大きな音が、聞こえて。
慌てて、戻ったら、ナターリアと南条光が事切れていて。
和久井留美も倒れていた。



「留美さん! 留美さん!」
「……んん?」
「大丈夫だったにゃ!?」
「……襲われて……頭に衝撃受けて……いた……」
「無理しなくて……」
「……皆は?」
「……にゃぁ」
「……そう……悔しいわ……私がいながら」


みくが、留美に息があることを確認すると、ゆすって、彼女は目を覚ました。
留美は辺りを見回して、二人が死んでいる事に哀しそうにしている。
みくは切なくなって。

「一体何が……」
「ツインテールの子……智絵里だったかしら」
「緒方智絵里……」
「知ってるかしら?」
「一応にゃ」
「彼女が殺したんだと思う……私は最初に、おびえた様子にだまされて、光が、部屋で殴られて、慌てて私たちは逃げたけど、そこで気絶されせられた……」
「あ……の、女が」


緒方智絵里。
その子が、殺したというのか。
皆がいるといったナターリアを。
みくから奪ったというのか。
みくから、奪ったのか。


「許せない……許せない……にゃ」
「ええ、許せないわね」
「絶対に……」

みくはその先の言葉は言わなかったけど。
きっと怒りに満ちているのだろう。

「……ちょっと戻って休もうかしら」
「……え?」
「流石に……ちょっと休憩は取りたいわ」
「……そ、そうだにゃ」

そうやって、留美はよたよた立ち上がって。
みくは慌てて、ついていく。
でも心には、何もかも奪ったという、少女の事が。



憎くてしかたなかった。











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







びっくりするくらい綺麗に騙されたわね。
少しぐらい疑いなさいよ。
まあ、実際人が死んでて、私も、少し血にぬれて倒れていれば、疑いづらいか。


……まあ、殺したのは私で。
倒れてたのも、演技で。
血に塗らしたのは、後で適当に、そこに広がってる血から、たしただけど。

南条光が倒れた後。
私はそのまま、倒れてみくが来るのを待っていた。
気絶してる振りをして、あたかも襲われてるように。


正直みくも殺してよかったんだけど。
智絵里逃げられたのが、ね。
その時点で私が乗ってる事がこの島でばれても仕方ない。
そのことが考慮にいれるべきだ。

なら、どうする?
彼女を殺人者にしたてあげればいい。
全部見てるのは、彼女しかいないんだから。
多分、響子は死んでいるだろうし。

だったら、私の意見を補強する人が必要で。
早い話が証言人だ。
だから、みくを選んだ。
暫く、休みたいし。
流石に三人も殺せば、疲れはする。
何かあったら、彼女が色々説明してくれるだろうし。


で、後で殺せば言いだけだ。


それだけの話。




……しかし、緒方智絵里か。



夢、夢と。



温かく幸せな夢、ね。



アイドルだと、私に対して言う。



でも、ごめんなさいね。



それでも、私は……どうしようもないぐらいに。



彼に愛される事を、




選んだ、花嫁なのよ。




だから、だから、私は私の道を行くだけだ。




ナターリアと、光と……響子と……智絵里の言葉が響く事なんて。



ありえちゃいけないのよ。






【D-4 飛行場/一日目 夕方(放送直前)】





【和久井留美】
【装備:ガラス灰皿、なわとび】
【所持品:基本支給品一式、ベネリM3(4/7)、予備弾42 ストロベリーボム×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える。
1:みくを利用しつつ休憩
2:『ライバル』の存在を念頭に置きつつ、慎重に行動。無茶な交戦は控える。
3:『ライバル』は自分が考えていたよりも、運営側が想定していたよりもずっと多い……?
4:夢……か。


【前川みく】
【装備:セクシーキャットなステージ衣装、『ドッキリ大成功』と書かれたプラカード、ビデオカメラ、S&WM36レディ・スミス(4/5)】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:健康 憎悪?】
【思考・行動】
基本方針:みんなを安心させて(騙して)、この殺し合いを本物の『ドッキリ』にする?
1:和久井留美と一緒に休憩
2:智絵里が……?











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








哀しんで、哀しんで。


それで、この哀しみで終わりにしようと思って。

彼女を、安置させて。





わたしは、歩き続けていました。





ただ、わたしは、生きているから。




夢を、叶えるために。
哀しみを断ち切るために。




わたしは、歩くんです。






【D-3/一日目 夕方(放送直前)】




【緒方智絵里】
【装備:アイスピック ニューナンブM60(4/5)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×16】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:心に温かい太陽を、ヒーローのように、哀しい夢を断ち切り、皆に応援される幸せな夢に。
1:そして、大好きな人をハッピーエンドに連れて行く。
2:留美を変える。






――――始まりの荒野を独り、もう歩きだしているらしい。私は灰になるまで、私であり続けたい


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ナターリア 死亡
ナターリア補完エピソード:うたかたの夢
和久井留美 次:愛の懺悔室
前川みく

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最終更新:2014年02月27日 21:21