飾らない素顔 ◆yX/9K6uV4E
――――さらぬだに、打ちぬる程も、夏の夜の、夢路をさそう、ほととぎすかな
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「
岡崎泰葉……十六歳……うん、実績も充分だし……アイドルとしてやっていけるんじゃないかな」
ある一人のプロフィールが書かれた紙を、栗色の髪をした童顔の男がひとつひとつ吟味するように、眺めていた。
書いてある情報、経歴、幼い頃から芸能界にいるだけあって申し分もない。
彼女が出ていた映像も見たが、素晴らしいものだとその男――プロデューサーそう、は感じる。
元々、プロデューサーは誰か一人、新しい子をプロデュースする予定だった。
それで、この子なら申し分無いと感じ、プロデュースしたいと思ったのだ。
「なんで、この子が最後の方まで残ったのか、よく解らないなー」
あるプロダクションが、この不況の波におされてか、潰れたという。
それに伴いそのプロダクション所属アイドル、モデルや俳優などが移籍などが行なわれている最中なのだ。
此処で声が掛からなければ、伸びる芽がないと判断され引退。
そういう厳しい世界に、彼女達はいる。
それでも、プロデューサーは不思議でならない。
岡崎泰葉という少女は実績、容姿だけ見ると真っ先に取られても可笑しくない筈なのだが。
なのに、そのプロダクションでも、最後の方まで声が掛かっていないのである。
それがいまいち納得が出来ずプロデューサーは首を捻るばかり。
「何でだろうな……まあ、とりあえず、早く連絡をするか……おーい、ちひろさん!」
「はい、なんでしょう?」
不思議ではあるが、首を捻っていても、何も始まらない。
一先ず、他のプロダクションにとられる前に、引き取る旨を伝えておかなければ。
そう思い、プロデューサーは事務員を呼んだ。
「この子、うちで引き取りたいんだけど……連絡お願いできる?」
「はい…………って、この子ですか………………」
「……どうしました?」
彼が指差したプロフィールに、ちひろは少し難色を示したように、顔をしかめる。
誰が見ても、彼女が歓迎していないのが解る。
その理由はなんだろうかと思い、プロデューサーは首を傾げた。
「うーーーん、やめておいた方がいいですよ」
「えっ、なんで?」
「その子、何で最後まで残ったか疑問に思いませんでしたか? 実績も容姿も優れているのに」
「そりゃあ、思ったけど」
「……ちゃんとした理由があるんですよ」
「理由とは?」
ちひろは、伝えようかどうしようか、一瞬迷ったものの、素直に理由を伝える。
そうでなければ、納得しないだろうと思ったから。
「……その子、凄い評判悪いですよ」
「えっ」
「その子に、強引な手で蹴落とされた子、うちのプロダクションにもいますし……結構この業界に残るのに、どんな手も使った子ですから」
「……そうなんですか?」
「まあ、彼女のプロデューサーからしてそういう方針みたいだから、仕方ない面もありますが」
「なら仕方ないんじゃ」
「それにしても、彼女自身、大分苛烈だったみたいですから……彼女が取られないのも、いらぬトラブル舞い込みたくないと思ってるんじゃないでしょうかね」
理由を聞いて、納得したようなしないような顔を浮かべて、プロデューサーは改めて、泰葉のプロモーション映像を見る。
堂々として、歴戦という感じがする。
でも、その顔は何処か楽しくなさそうで。
冷たそうに、彼女は何処かを見ている。
その姿を見て、彼は。
「…………でも、この子を、アイドルとして楽しませてやりたいなって、僕は思うよ」
「それはつまり?」
「そうまでして、この業界に残っていたのに……楽しくなさそう。きっと楽しみ方を忘れているんだ」
「……なるほど」
「だから、評判が悪かろうが、僕はこの子をプロデュースするよ。楽しい事、知らないまま引退なんてそれこそ、かわいそうだ」
「…………解りました、連絡しておきますね」
「よろしく」
やれやれと言いたそうに、それでも何処か楽しそうに、ちひろは頷いた。
そして、彼は、どう彼女をプロデュースするかを考え、また楽しそうに、笑った。
「…………そういえば、彼女のもとのプロデューサーに挨拶はしなくていいんかな…………」
「行方不明らしいですよ」
「そうなのか……どうしたんだろ」
「………………今頃、海の底に埋まってるんじゃないですかね?」
「えっ?」
「冗談ですよ、冗談」
冗談といった割には、ちひろの笑顔は、とても楽しそうで。
プロデューサーはその表情にぞっとして、触れない方がいいなと思ったのだ。
そうして――――岡崎泰葉の、新たな一歩が、こうして彼女の知らないうちに始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
泰葉が、プロダクション移籍をして、また少しの時間が経った。
泰葉は、業界に長くいただけあって、よく出来る子だった。
けれど、やっぱり楽しそうじゃなかった。
それは、哀しいぐらいに、泰葉にとって『作業』だった。
出された営業をレッスンをあくまで事務的に。
淡々とやっていく。
僕は、それほどまでに泰葉が追い詰められていた事を知っていた。
笑顔すら事務的で、まるでそれは『人形』の笑みで。
そんな彼女を、見てると切なくなっていく。
だから、僕は彼女に、担当のアイドル、
喜多日菜子を一緒に居させるようにした。
本当の笑顔で、笑って欲しかった。
本当に、アイドルってものが楽しいって知ってほしかった。
だから、泰葉と日菜子を一緒に居させようと思った。
自然に、楽しい。
自然に、笑えなきゃ意味が無いんだ。
僕は、そう思ったから。
そうやって、二人がいるようになって。
泰葉の顔から、笑顔が増えてきた。
幸せそうに触れ合っていた。
それははたから見ると、楽しそうで。
だから、僕も一緒に、笑っていた。
彼女が楽しいというものに付き合ってあげた。
二人でいることも増えた。
僕と、日菜子と、泰葉で過ごす日も増えた。
泰葉が、苛烈でもなんでもない、普通の子として、いられるように。
僕は、ただ、静かに寄り添い続けた。
日菜子達との交流や、空間が、時間が。
きっと彼女を癒してくれる。
そう思って。
そして、夏のライブが会って。
彼女は明確に変わり始めて。
輝きたい、アイドルでいたい。
そう思い始めてるんだな、って感じた。
だから、その機会をあげようと僕は思ったんだ。
日菜子と一緒に、テーマランドでのライブだった。
ファンタジーの世界がテーマの遊園地。
三人で遊んでから、その後がライブだ。
三人が、三人とも楽しみにしていて。
けれど、その時、僕は気付かなかった。
――――彼女の傷に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「くそっ、何処いったんだ、泰葉は……」
「……見つかりませんねぇ」
「迂闊だったな……日菜子、手分けして探すぞ、日菜子は西側を頼む」
「任せてください~」
テーマランドを、僕たち三人で見ていて。
日菜子も、泰葉も楽しそうにしていたんだ。
勿論、僕も。
アトラクションに乗って、泰葉は可愛い声を上げて。
日菜子は観覧車で、そりゃもう。
けれど、変化があったのは、ショーだった。
操り人形を使ったショーで。
紐に吊られて、自在に操られる人形を見るたび、泰葉は強張っていった。
最後、操り手が去り、操り人形が動かなくなったのを見て、泰葉は逃げ去っていってしまった。
まるで、トラウマから逃げるように。
失念していた、僕は。
泰葉が、前のプロデューサーの、いわば人形だった事に。
その事に、彼女自身が傷ついて無い訳、無いんだ。
だから、僕と日菜子は慌てて、彼女を探している。
あちらこちら回って。
息を切らしながら、それでも絶対見つけようと思って。
「……此処にいたの……泰葉」
「あっ……プロデューサー」
そして、僕は泰葉を見つけた。
それは、沢山のオルゴールが流れる、オルゴールハウス。
オルゴールに合わせて、機械仕掛けの人形が踊り、光が輝く。
そんな、オルゴールを、彼女は一人ベンチに座って待っていた。
僕は、彼女の隣に座って。
「結局、ショーやパレードなんて全部造り物……」
「……泰葉」
「……でもあんな風に華やかでいたい気持ちはウソじゃないから」
音にあわせて踊る人形を見ながら、彼女は何を考えているのだろう。
造り物と断じながら、華やいでいたいと思った泰葉。
続きの言葉を、彼女は紡ぐ。
「でも、私の笑顔は、所詮造り物。人形のままの笑み」
「違うよ」
「違うなんて、ないです。私はきっと、何も変わってない。 操られなきゃ、何をすれば解らない」
でもと、彼女は、言う。
「私は、輝くことを諦められない。輝くことをあきらめたら、ひな壇から降りるしかない」
ああ、彼女は、やっぱり、いつまでも、此処に居たいんだ。
それは、誰かを裏切っても、切り捨ても、居たい世界なんだ。
「人形は、人形のまま……だから……」
彼女は、まるで、泣きそうに笑って。
「夢ぐらい……見させて」
そう言った。
僕は――――
「甘えるな」
パチンと、彼女の頬を、叩いたんだ。
「……えっ?」
「夢ぐらい、見せてだって。何を言ってるんだ、君は」
「あ……う…………うぁぁ…………」
「夢は………………」
泣き出した彼女を、僕は
「君が、見せるんだ」
そっと、優しく、撫でるんだ。
「いいかい? 君は、夢を見せる側なんだ。君が、夢見た世界を、ファンは、憧れるんだ、夢を見るんだ」
あやすように。
「君は、アイドルだろう? 君の夢を、君が望んだ世界を、見せるんだ、見せつけるんだ」
諭すように。
「ほら、私達の居る世界は――こんなにも、楽しいんだって。 私達が叶った夢は、こんなにも、美しいんだって、こんなにも、輝いてるんだって!」
泰葉は、泣きながら、それでも、此方を、信じるように見て。
「私に出来るんですか……?」
「出来ると思うから、僕は君を拾ったんだよ、君は一人じゃない、僕たちがいる」
そっと、抱きしめた。
彼女は震えながら言った。
「もうさびしいのだけはいや……だからお願い、どうか私を……」
きっと彼女は、人形のままでいるのが、寂しかったんだ。
何もかも切り捨て、夢に縋る自分が。
そうして、一人きりになって。
だから、僕は
震える彼女を支えよう。
僕は強くそう思って。
「うん、ずっと、見てあげる。だから僕にも夢を見せて。 君がアイドルとして、輝く姿を。 アイドルとして、楽しむ姿を!」
そうやって、僕は、彼女に言う。
彼女は、笑って。
素晴らしく、可愛く、綺麗に、笑って。
「はい」
そう言ってくれたんだ。
「泰葉ちゃん!」
「喜多さん……」
日菜子もやってくる。
僕は
「ほら、日菜子も言ってやりたいことが沢山あるみたいだよ」
「……はい」
「いってきなよ」
泰葉の背を推して、日菜子の下へ。
日菜子は泰葉の手を握って。
「ライブまでには、戻ってきますから! 二人きりで話をさせてください~!」
「ああ、いってきな!」
かけ落ちするように、走り出していった。
そうだよ、泰葉。
君は、笑えるんだ。
楽しく、とても楽しく。
それが、君の持つ、ものなんだ。
人形じゃない。
君の
――――アイドルなんだよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうして、岡崎泰葉。最後の、舞台の時間に戻って。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は、喜多さんんの手を取ろうとして。
私達に襲い掛かるものの、影に気付く。
今から、私だけ走り去れば、逃げ切れる。
それ位の距離でした。
けど、私は、
思い出しました。
プロデューサーが言ってくれたことに。
アイドルは、夢を見せるものなんだって。
私が望む世界を、ファンに見せるものなんだって。
だから、私は最も見せたい人たちに。
プロデューサーに。
喜多さん……ううん、日菜子ちゃんに。
私の、夢を。
私のアイドルを見せるんだ。
それは、もう、誰も蹴落とさない、姿。
いつまでも、輝いて。
いつまでも、笑って。
自分らしく、いる、私自身を。
見せるんだ!
そう思った。
だから、私は日菜子ちゃんを突き飛ばしました。
運がよければ、彼女は助かるかもしれない。
助かって欲しい。
――――私の大事な親友だから。
そして、炎が、巡る。
熱い。
死んでしまうんだ
けど、それでも、いい。
私が過ごした時間は短かった。
もっと夢を。
それなのに、死はやってきた。
でも――!
わたしは、今、こうして、笑っている。
笑ってると思う。
幸せに!
だって、私はもう、あの人の影は見えない!
私は、私の叶った夢を。
誰かに見せるために。
輝いて笑ってるんだ。
ああ、そうか。
こういうことなんだ。
夏のライブの時、皆が輝いていたのは、こういうことなんだ。
だって、だって。
――――――アイドルって、楽しいものなんだ!
ああ、もっと色んな人に知ってほしい!
ほら
「アイドルって――――楽しい!」
炎が回る。
でも、最後にこれだけは伝えなきゃ。
プロデューサー、日菜子ちゃん!
「私は人形じゃない…………!」
そう、私は――――
手を伸ばした、あの夏の輝きは、
きっと、もう、私のてのひらに。
何処までも、輝いているんだ。
そう思ったら、
私は、楽しくて、笑っていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
其処に在ったのは、岡崎泰葉の―――――飾らない素顔でした。
最終更新:2013年12月26日 20:58