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だけど、それでも ◆n7eWlyBA4w



 夢のようなものを見ていた。


 上も下もなく、入口も出口もなく、扉もなければ窓もない。

 そこに夢と呼べるほどのかたちはなく、夢と呼べるほどの確かさもない。

 不安という名の重い重い闇の中にいて、感覚を失いただひたすら沈んでゆくのが分かるだけ。

 疲れ果てた心と体が求めたこの眠りはあまりに昏く深過ぎて、自分の輪郭すら薄れてぼやけてしまう。


 ――しかし、目覚めている時の彼女に、果たして確かな輪郭はあったのか?




   ▼  ▼  ▼



 瞼を開けて、暗い視界を自分の感覚として受け入れるまでに、卯月は少しの時間を必要とした。

(……ここ、は……)

 目をこすりながら、ベッドの上で上体を起こす。
 夢を見ていた覚えはないのに何故か不安感だけがこみ上げていて、発作的に身震いした。

 周囲を見回しても、ベッド以外は最低限の設備だけが置かれた簡素な部屋だということしか分からない。
 卯月はほつれかけた記憶の糸を辿り、ここが遊園地の救護センターの一室だということだけは辛うじて思い出した。
 だけど眠りに落ちる前の記憶は霞がかかったように不鮮明で、ここへ来てから何があったのかすら心当りがない。

 卯月は動悸を抑えるように左胸に手を当てた。
 ぎこちなくも意識して息を吸い込み、酸素を脳細胞に送り込む。
 何度か呼吸を繰り返すうちに、ぼやけていた記憶が少しずつ形を取り戻すのが分かった。

 山頂で、十時愛梨と出会った。
 未央が"いなくなってしまった"のは悲しいけれど、それでも愛梨と心を通わすことができた。

 それから、輿水幸子と星輝子の二人と出会った。
 行き違いとか、不信とか、簡単ではなかったけれど、分かり合うことができた。

 そして、それぞれの罪の告白があった。
 誰もがみんな痛みを抱えていて、だけどそれをみんなで支えて、歩いていけると思えた。

 そうだ。愛梨とも、幸子とも、輝子とも、分かり合えた。
 きっと他のアイドルとも心を通じ合わせることができる。今ならそう思える。
 卯月の心に充足感が広がってきていた。深い眠りは心身の疲れを幾分取り去ってくれたようだった。
 あとは、凛とまた会うことさえ出来れば、もう一度ニュージェネレーションを……


(…………凛ちゃん!?)


 頭の中の血液が急激に冷えた。

 咄嗟に壁に目をやると、蓄光式の文字盤がぼんやりと浮かんでいるのが視界に入った。

 時刻はとっくの昔に零時を回っている。既に四回目の放送は為されたはずだ。
 愛梨たちはきっと、熟睡している自分に気を遣って起こさなかったのだろう。

 震える手で端末を操作する。何度も操作ミスしながら、目的のページに辿り着いた。
 もしもこれで凛が既にいないということが分かったら……きっと自分は心の底から絶望してしまうだろう。
 それでも見ない訳にはいかない。意を決して、卯月は視線を走らせた。


 第四回放送時点での、新たな死者は三名。



 ――前川みく。

 ――輿水幸子。

 ――星輝子。


(………………………………)


 画面を見たのは一瞬だけ。
 卯月はすぐに視線を外し、天井を仰ぎ、大きく息をついた。


(………………………………ああ、よかった)


 凛は無事。死んでいない。生きている。
 それが、今の卯月にとっては何よりも大事なことだった。
 彼女が生きていてくれさえすれば、卯月はまだ希望を捨てないで済む。
 もう一度ニュージェネレーションをやる……そんな願いを諦めないで済む。
 そう、凛がいる限り、まだ卯月はアイドルとして生きていける。

(愛梨ちゃんとも、幸子ちゃんや輝子ちゃんとも分かり合えたんだから。こんなところでへこたれないよ)

 ベッドから両足を降ろし、脇に揃えてあった靴に履きっぱなしの靴下ごと爪先を入れる。
 それからぎこちなく、恐る恐る体重を両足で支えるように立ち上がった。
 少しふらついたけれど、それでも眠りに落ちる前よりはずっと体が軽い気がした。
 いや、もしかしたら軽いのは体だけではなく、心もなのかもしれない。

(三人は、隣で寝てるのかな? 起きたら、もっとたくさん話がしたいな)

 そう考えるだけで、自然と口元がほころぶのを感じた。
 この島での出会いは、銃を突きつけるような、不幸なものだったかもしれないけれど。
 その時の、銃を手に震える彼女達の怯えと不安の声は、今だってはっきりと思い出せるけれど。
 だけどこれからは、もっと違った言葉で話ができるはずだから。
 生きているからこそ、できる話が。 

 確かに、この放送で新たに三人ものアイドルが死んでしまったのは悲しい。
 もしかしたら、卯月たちのような出会い方をしていたら、その子たちも死ななかったのかもしれないから。
 だけど、輝子たちも言っていたじゃないか。受け継いでいかなきゃ、いけないんだって。

 前川みくは、卯月とはCDデビューも同期で、何かと縁のある女の子だった。
 もう二度と彼女の甘えた声が聞けないのは辛いけど、代わりに受け継いでいかなきゃいけない。

 死んでしまった他の二人だってそうだ。

 だって、一緒に過ごした時間は短かったけれど、彼女たちが友達思いなのは、他ならぬ自分がよく知っているから。

 だから自分や愛梨、幸子や輝子が、死んでしまった輿水幸子と星輝子の想いを受け継いで、

 一緒に、私達が、死んでしまった幸子と、死んでしまった輝子の、想いを、



 あれ?



(……あれ?)



 ――――、あれ?



 その時になってようやく、卯月は事の次第に、現実に思い当たった。

 目を逸らしていたのではなかった。だって、自分が眠りに就く前の記憶は、あんなにも希望に満ちたもので、
 そんなことが起こる可能性なんて、万にひとつくらいも考えはしなかったから。

 ありえないと心から信じ込んでいたから、凛のことで頭がいっぱいだった卯月は、無意識に脳から締め出していたのだ。
 彼女の希望を、足元から突き崩す、その事実を。


(   はっ、  はっ、  はっ、  はっ、  はっ、  )


 断続的にスタッカートを刻む自分の呼吸の音だけが、誰もいない暗室に響く。
 ほとんど機械的な淡々とした動きで、卯月は時間経過で消えていた端末のバックライトを再び点灯させた。

 あるいはこのまま目を逸らし続けるのも、褒められないとはいえひとつの選択だったのかもしれないけれど。
 卯月は誘蛾灯に吸い寄せられる羽虫のように、理性よりも本能的な心の動きに従うまま、画面にもう一度目をやった。


 そして。


 卯月の全身が音を立てんばかりにがくがくと震え出すまで、ほとんど時間は掛からなかった。

 未熟な操者が動かすマリオネット人形めいて、重心を崩した彼女の両足が不格好なステップを踏んだ。

 端末を取り落とさなかったのがある種の奇蹟と呼べるくらいに、手足の末端から血液がさざ波を立てて引いていった。

 視線は定まらず、呼吸は乱れ、早鐘を打つ鼓動は聴覚を支配して彼女の思考を乱す。


(  へんだよ、 おかしいよ、 だってふたりとも、 このへやのむこうに、 いまだって――  )


 崩れ落ちそうな体を支えるように、砕け散りそうな心の拠り所とするように、卯月は外に通じるドアノブに体重を預けた。
 まるでそれをほんの少し捻れば、既に起こってしまった恐ろしいことなんて無かったことになって、
 死んでしまったはずのふたりが当たり前に卯月を迎えてくれるような、そんな夢想に縋りつくように。

 なのに、ドアの向こうからの、一日であまりにも嗅ぎ慣れてしまったむせ返るような鉄分の臭いが、そんな逃避すら許してくれない。

 がちゃりとノブを回したのは、彼女の意思だったのか、それともバランスを崩した体を無意識に支えようとしてか。
 どちらにせよ、やけに大きく響いたその音に心臓を握られたように感じて、卯月は咄嗟に扉を開けた。開けてしまった。


 そして、島村卯月は、全てを目の当たりにした。


 テーブルに並んだままの食器、乱暴に倒れた椅子、床の一角を塗り潰す赤い色……折り重なって倒れた、二人分の小さな体を。


(あ、あぁ、あぁぁぁぁぁあ……………………ッ)


 叫んだ。叫びたかった。叫べなかった。
 声が出せたら、泣き叫べたらどんなによかっただろうと、心の何処かで思った。
 二人が本当に死んでいるのか、確かめようという気持ちすら湧かなかった。それくらいに、目の前の光景は『終わっていた』。
 輿水幸子と星輝子。数時間前には一緒に言葉を交わしたはずの二人は、もはや哀しいくらいにモノでしかなかった。
 まるで十二時を指す前に、時計の針が止められてしまったように。


(………………………………そ、そうだ……愛梨ちゃんは……?)


 だから卯月がここにいないもう一人へと意識を向けたのは、あるいは目の前の光景と向き合うことの放棄だったのかもしれない。
 しかしそれでも、今の卯月にはそれくらいしか縋れるものがなくて、それに愛梨が心配なのも本当の気持ちだった。

 放送で呼ばれていなかった以上、彼女が少なくとも十二時の時点では死んでいなかったのは間違いない。
 どういう経緯かは分からないけれど、愛梨は『襲撃者』の手を逃れて、命からがら脱出したのだろう。
 いったい誰が、こんな酷いことを。愛梨は無事に逃げ切れたのだろうか。今も逃げ続けているのだろうか。

 だけど、そんな微かな望みでさえも、卯月には許されていなかった。

 卯月は、どこか満足げにも見える表情のまま事切れた幸子の指が、不自然に血で汚れていることに気付いてしまった。
 その傍に、真っ赤な字で、彼女の最期の言葉が記されていることに気付いてしまった。
 それが他ならぬ卯月に向けてのメッセージであることに気付いてしまった。




       『愛梨さんの魔法を解いてあげてください』




 その遺言が残された理由を察した時、卯月が願った最後の現実逃避めいた願いは完全に打ち砕かれた。

 だってそれは、卯月に愛梨を止めてくれということで。つまりそれは、この惨劇の張本人は、愛梨だということで。

 自分たちは分かり合えていたんだという、卯月の描いた夢物語そのものが、嘘っぱちだったということで。


「――――ッ――――――――、――――――、――――――――――ッ!!!!」


 卯月には、もうどこにも現実から逃げる場所なんてなくなってしまったということだった。



   ▼  ▼  ▼


(…………どうして、私なの)


 どれくらいの時間が過ぎたのか、それとも過ぎていないのか。
 泣いて泣いて、両の瞼を泣き腫らすほどに泣いて、それでも声は戻らなくて、どれだけ経っても一人ぼっちのままで。
 少なくとも卯月にとっては永遠に等しい時間の責め苦を経て浮かんできた疑問は、ひどく単純なものだった。

(ねえ、幸子ちゃん、輝子ちゃん……どうして私なのかな……どうして私なんかが、託されちゃったのかな)

 答えの返ってくることのない問いを、無感情に心のなかで呟く。

(……愛梨ちゃん、どうして私だけ殺さなかったの? どうしてあの二人を差し置いて、私だけが生きてるの……?)

 大した理由がないだろうということは、なんとなく分かっている。それでも問わずにはいられない。
 運命のいたずらなんて言葉で納得できるわけがなかった。そんな大それたものに、自分が選ばれる理由なんて無かったから。
 どうして自分なんだろう。どうして島村卯月が、今ここにいるんだろう。


(……私は、未央ちゃんを死なせた。凛ちゃんを見捨てた)

 床にへたりこんだまま、卯月は両手を組んで握りしめた。

(新田さんが死んだのも私のせい。里美ちゃんも私が逃げなかったら死ななかったかもしれない)

 そうすることで小刻みに続く体の震えが止まると信じているかのように、その手を強く握り込んだ。

(愛梨ちゃんのこと分かってあげられたなんて、大間違いだった。私の心じゃ、届かなかった)

 両目をぎゅっとつぶった。涙は流れなかった。泉そのものが枯れているかのように。

(そして、きっとそんな私の思い上がりが、巡り巡って幸子ちゃんと輝子ちゃんを殺したんだ)

 それは、どこか懺悔の姿に似ていた。


 しかし、どれだけ待とうが誰かが聞き届けてくれるはずもなく、卯月は自分の意志で目を開かざるを得なかった。


 目の前には何一つ変わることなく、輿水幸子と星輝子、ふたりの亡骸が横たわっていた。
 輝子は幸子を庇うように覆いかぶさり、だけど凶弾を防ぐことは出来なくて、二人とも命を失ったのだろう。
 だけど、あまりにむごい死に方にも関わらず、彼女たちの死に顔はどこか安らかだった。
 何かをやり切った、そんな気持ちすら感じられるような顔で、彼女たちは事切れていた。

 『愛梨さんの魔法を解いてあげてください』……そのメッセージを、卯月はもう幾度と無く読み返した。

 これが、卯月に宛てた遺言だというのは、誰の目にも明らかだ。
 死んだ人の想いを、受け継いでいく。愛梨が罪を告白した時、輝子が口に出したことを思い出す。
 彼女たちはきっと、その想いもまた誰かが受け継ぐと信じていて、それが卯月の番ということなのだろう。

 だけど、それでも。

(……どうして私なの? どうして、『私達』じゃなくて、『私』なの?)

 もしも託されたのが、卯月ひとりでなかったら、卯月はきっとこんなにも悩まなかっただろう。
 だけど今の卯月は一人で、だけど一人ではいたくなくて、そんな危うい綱渡りをずっとしてきたのだから。

 十時愛梨にかけられた魔法。それはきっと、死んでしまったプロデューサーが口にした、『生きろ』という言葉。
 その魔法を解くということは、彼の死を乗り越えさせて、もう一度時間を動き出させるということ。
 そこまでは、卯月にも分かった。そうしなければ、愛梨は本当に辛いことになってしまうということも。

 でも、それは、卯月に託すにはあまりにも残酷な願いだった。
 時間を止めていたのは愛梨だけではないと、卯月自身を否応なしに現実に向き合わせるような願いだった。
 だって――愛梨の魔法を解くためには、卯月は、『ニュージェネレーション』を置いて、進まないと行けなくなる。


(私達は三人一緒の『ニュージェネレーション』で……ひとりでは出来ないことも、三人なら出来るって思ってた。
 だから、未央ちゃんがいなくなっても、凛ちゃんと離れ離れでも、『ニュージェネレーション』なら何かが出来るって……)

 そう思い込むことで、島村卯月はこの過酷な今を辛うじてここまで乗り切ってきた。
 張りぼての希望だった。書き割りの展望だった。だけど、それでも、卯月にとって支えには他ならなかった。
 限りなく欺瞞に近い願いでも、「ひとりじゃない」と信じられれば、これからも生きていけると思えた。

 だけど、幸子たちの願いに報いるためには、きっとそれは許されないずるさだった。
 幸子と輝子は、二人の願いを他でもない島村卯月に託したのだから。
 そして、愛梨の魔法を解いて時計の針を進めるには、卯月自身の時計を止めていてはいけないから。


(でも、ずっと一緒だったから……私ひとりで何ができるかなんて、考えたことないよ……
 だって、重すぎるよ……そんな願い、私ひとりで背負うには、重たすぎるよ……)

 実際に声には出していないはずなのに、肩が震える。
 思いを頭の中で言葉にするだけで、こんなにも胸が締め付けられるなんて。

 分かっていた。自分の他には誰もいないんだ。他の誰でもない、島村卯月が、やらなければいけないこと。
 死んでいった二人の想いを受け継いで、十時愛梨に掛けられた言葉の魔法を解く。自分にしかできないことだ。


(わ、私だって、応えてあげたい! 幸子ちゃんと輝子ちゃんの最後の願い、無駄にしたくなんてない!
 愛梨ちゃんをこれ以上苦しめたくない! もう一度だけでも、話がしたい! だけど、だけどっ……!)

 今だけは、声が出なくて良かったのかもしれない。こんな弱音、二人に聞かせるわけにはいかないから。

(嫌だ……嫌だぁっ……誰か一緒に背負ってよ……大丈夫だよって、一緒に頑張ろうって、言ってよぉ……っ!)

 これは甘えだ。そんな都合のいいことなんてない。分かっているから。分かっているからこそ。
 卯月は恐怖と孤独に怯え、ひたすらに涙を流した。そうしなければ、きっと一歩も動けなかったから。



   ▼  ▼  ▼



 ――それから。

 もう涙が一滴も流れないくらいに重ねた嗚咽のあとで。

 卯月は、旅立ちの支度をしていた。

 輝子が持ってきていたふたつのディパックの血まみれのほうを開ける。
 あえて汚れたものを選んだのは、きっとこれが死んだ蘭子のものだと思ったからだ。
 それから二人の遺品を、ひとつづつ持って行くことにした。
 幸子の持ち物からはプラスチックの銃を、輝子のからは携帯電話を。
 武器を持っていくのには抵抗があったけれど、これを幸子が自分に向けた時の気持ちを忘れてはならないと思った。
 携帯電話は……もしかしたら、気持ちだけでも繋がっていたいという思いがあったのかもしれない。
 そして最後に、蘭子が残した首輪を入れて、ディパックの口を閉じた。


 輝子が肌身離さず持っていたキノコの鉢植えは、少し考えて手向けの花代わりにと輝子の隣に供えた。
 きっと輝子も、トモダチが傍にいたほうが、少しでも気が安らぐと思ったからだ。

 食欲は全く湧かなかったけれど、未央のチョコバーの最後の一欠片を、スタミナドリンクで流し込んだ。
 ドリンクの味で昔三人で出たイベントの事を思い出して泣きそうになったけど、堪えた。
 未央からもらえる元気はこれが最後。あとは、卯月がひとりでやらなければならない。

 蘭子のディパックを背負い、立ち上がる。
 自分の元々の支給品は、置いて行くことにした。以前の自分を置いていきたかったから。

(……じゃあ、行くね、幸子ちゃん、輝子ちゃん。私に、どこまで出来るか分からないけど) 

 結局、どれだけ泣いても、何ひとつ解決なんてしなかった。
 二人の想いを継ぎたい。愛梨にもう一度会いたい。だけど、実際に会って何ができるのか分からない。
 それに凛のことも放っておけない。だけど、幸子達の想いを継ぐことは、自分自身の魔法を解かないといけないということ。
 ニュージェネレーションをもう一度……そこから針を進めるなんて、そんな恐ろしいことができるのか。

 分からない。何もかも分からない。だけど、それでも、何かをしないといけないと、それだけを想った。


 ふと、自分ひとりで何かを目指すなんてアイドルを目指した頃以来だな、と卯月は思う。

 あの時は、普通の女の子でもアイドルになれるって証明したかった。自分みたいな女の子の、夢になりたかった。


(ねえ、凛ちゃん、未央ちゃん……私、今からでも、何かになれるかな……?)

 答えはない。
 卯月は最後に壁にかかった時計に目をやってから、時の止まった部屋を後にした。
 当たり前のことだけれど、針はとっくの昔に、十二時を通り過ぎていた。


 卯月が扉をそっと閉めて出ていくと、部屋の中はまた、幸子と輝子のふたりきりになった。

 彼女たちのそばにあるのはお供えのキノコの鉢植えと、それから一枚の紙切れ。



 ――血で残された遺言の隣に置かれたメモ用紙には、涙で滲んだ文字で『島村卯月、がんばります』と、そう書き記されている。


【E-5 遊園地・救護センター/二日目 深夜】


【島村卯月】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、グロック26(11/15)、神崎蘭子の首輪、携帯電話、未確認支給品x1-2(神崎蘭子)】
【状態:失声症、精神的憔悴、迷い】
【思考・行動】
 基本方針:島村卯月、がんばります
 0:愛梨ちゃんを探して、もう一度話をしたい。
 1:凛ちゃんを見つけて……どうしたらいいんだろう……?
 2:歌う資格なんてない……はずなのに、歌えなくなったのが辛い。

 ※上着を脱いでいます(上着は見晴台の本田未央の所にあります)。服が血で汚れています。




 ※救護センターの中に、輿水幸子と星輝子の遺体。そして彼女らの支給品が残されています。
 ※輿水幸子の支給品。
   【基本支給品一式、スタミナドリンク(8本)】
 ※星輝子の支給品。
   【基本支給品一式、鎖鎌、コルトガバメント+サプレッサー(5/7)、シカゴタイプライター(0/50)、予備マガジンx4】
   【神崎蘭子の情報端末、ヘアスプレー缶、100円ライター、メイク道具セット】
 ※島村卯月の支給品。
   【基本支給品一式、包丁】


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最終更新:2015年03月08日 11:30