自分用SSまとめ
07 私の世界
最終更新:
meteor089
-
view
07 私の世界
私にとっての「世界」っていうのはリーザス村の辺りのことで、
その世界はサーベルト兄さんを中心に回ってた。
世界の中心だった兄さんが死んで……私の世界はぴたりと動きを止めてしまったわ。
そして、私の心の中には、ポカンと大きな穴が開いてしまった。
あの杖が大好きなのは、そういう心の隙間なのよ――。
リブルアーチの宿で、私は闇の中から目を覚ました。
ゆっくり起き上がってみると、全身がズキズキ痛んで思わず顔をしかめてしまった。
トロデ王は起き上がった私の元に真っ先に駆けつけて、
「今は無理をせんでもええ。ゆっくり寝ているがいいぞ!」と言ってくれた。
エイトはほっとしたような顔をして、私に優しい眼差しを向けている。
「心配したでがすよ!」ヤンガスはそう言って真剣な顔で私を見ていたわ。
ククールはベッドから離れた窓際の壁に、ひとり腕を組んだままでもたれかかっている。
そして、私の顔をじっと凝視したまま、表情一つ変えなかった。
みんなは次々に優しい言葉をかけてくれる……それはすごく嬉しかったんだけど……
みんなの優しさの分だけ自分の無責任さが身に染みて、何だかすごく辛かった。
私はとにかくみんなに謝りたかったのよ。でもうまく言葉に出せない。
どうしていいか判らずに戸惑っていると、そんな私を見て、エイトが言った。
「ククール、ゼシカの傷を治してあげてよ。僕とヤンガスはあの杖を探してみる。
陛下は……もう町の外に出られた方がよろしいかと思います」
「うむ、そうじゃな」
トロデ王がそう頷くと、エイトはトロデ王とヤンガスを連れて部屋を出て行った。
部屋に残ったククールは、壁にもたれかかったままで動こうとしなかった。
窓から差し込む光が反射して、ククールの銀髪をキラキラと照らしている。
しばらくして、ゆっくりとベッドにいる私に近づいてきた。
「……まず腕から見せてみろよ」
私はベッドの上で上半身を起こした状態のままで、
何も言わずに目の前に立っているククールへと両腕を差し出した。
ククールは私の服の袖を捲り上げて、傷に手をあてがい、ゆっくりと呪文を唱え始める。
次は顔、足、そして背中……と順番にククールの手が触れていく。
呪文を唱えている間、ククールはずっと無表情なままだった。
突然ククールの手が私から離れ、ククールは私に声を掛けた。
「どうだ?他に痛むところはある?」
「……大丈夫よ。ありがとう」
私は顔をうつむき気味にして、目の前でベッドに座っているククールに言った。
「……そして……ごめんなさい」
私が謝罪の言葉を口に出すと、ククールは大きなため息をついた。
「どうせお前のことだ、兄さんのカタキがせっかく討てたのに虚しい気持ちのままなら、
こんな旅やめときゃよかったとでも思ったんだろ?」
ククールは私の顔を見ずに、無表情なままで、天井を仰ぎながら言った。
「そんな臆病な気持ちを持つから、あんな杖に惑わされたりするんだよ」
酷い言い方……こんな状態の私に、なんでそんなこと言うの……?
――私はしだいに、ムラムラと炎のような怒りが込み上げて来た。
一体何なのよ、こいつのこの言い方は!
「何よ……私のことなんか、ちっとも解ってないくせに!」
私は、心の中でずっと溜まっていた何かが、大きな音を立てて爆発したように感じた。
「その通りよ!こんな旅やめとけばよかったって、ドルマゲスを倒した時からずーっと思ってたわ!
結局私たちがやってきたことは全部裏目に出て……私は得るものなんて一つも無かった!
兄さんが死んで、私は空っぽで……その跡を埋めることなんて結局出来やしないってことよ!!」
そう言いながら、涙がぼとぼととスカートに落ちていくのが判った。
スカートの生地に、じわじわと涙の跡が広がってゆく。
「あんただってそうでしょ?あのイヤミ兄貴の策略で無理やり修道院追い出されて……
久々に会ってもイヤミしか言われなくってさ、こんな旅続けてたって、
あんたの状況も全然進歩してないじゃない!!」
――こんなこと言いたいわけじゃないのに、ククールの傷つくことばかり口から出てしまう。
涙でしゃくりあげてしまいそうになる息を落ち着かせようと、私は目を閉じ、右手で喉元を押さえた。
閉じた目の間からも、涙はずっと流れ続けている。
ククール、絶対傷ついてる……どうしよう……。
そう思ってゆっくり目を開き、恐る恐るククールの顔を見た。
ククールは私の横でベッドに腰掛けたままで、私の顔を覗き込み、微笑んでいる。
ククールの左手がすっと伸びてきて、ふと私の頬に触れた。
そしてまた一つ、大きなため息をついて言った。
「もっと言いたいことがあるなら、言っておいた方がいいさ。
例えば……今日はずっとオレに添い寝していてほしい、とかね」
「……バカみたい……何言ってんのよ」
「バカみたいでもいいさ。ゼシカが少しでも泣き止むなら、な」
そう言ってククールは私の頬から手を離し、今度は私の両手を取ってぎゅっと握り締めた。
「オディロ院長がくれた本にさ、こう書いてあるんだよ。
――人生に解決なんてない。ただ、進んでいくエネルギーがあるばかりだ――ってね。
オレは……本当にその通りだと思うよ」
透き通るような青い瞳でじっと私を見つめ、ククールは言葉を続けた。
「どんなに辛いことがあっても、そこで立ち止まるわけにはいかないんだ。
前に進むしかないんだよ、生きていくっていうことは、さ。
たとえ心が空っぽになったり……ひとりぼっちになったとしても」
ひとりぼっち……。
どくん、と、私の胸の奥で音がした。
目の前にあるククールの顔が、また少年のように見える。
「……ひとりぼっち……かぁ……。それでも生きていくの?……それって……残酷よ……」
私は目に涙を溜めたままで、少し笑った。
「残酷?……そうだな、確かにキツいよ。でもさ、オレはずっとそうやって生きてきたんだぜ?」
ククールは自分を笑うかのように、少し皮肉っぽく微笑んだ。
「寂しく……ないの?」
私の問いかけに、ククールははにかんだような表情をしただけで、答えなかった。
少しして、ククールはゆっくりと私の額に唇を押し当てた。
キス……って感じじゃなかった。何かに祈る感じ。
「今回のことは……ゼシカだけのせいじゃないさ。
オレたちだって、杖を持ってからのお前の変化に気づいてやれなかったんだから……
ま、みんな同罪ってことだよ」
「……そんなことないよ……」
「そんなことあるんだよ」
ククールが笑って言った。私もつられて、少し笑ってしまった。
「お前がどう思ってるかは知らないけど、みんなはゼシカと一緒に旅を続けたいんだよ。
エイトもヤンガスもトロデ王もミーティア姫も……オレも……みんなそう思ってるさ」
「……うん」
「……とにかくオレはこの旅を続けるよ、何があっても。
オディロ院長のカタキとか、あいつ――マルチェロのこととか、そういうことじゃなく、
ただ……オレのために。オレがみんなと、ただ旅をしたいだけなんだ」
ククールは握った手に、もう一度ぎゅっと力を込めた。
「だから……お願いだ。もう二度と、オレ……オレたちの前からいなくなったりするな」
「……うん」
私は目を閉じていた。涙はまだ流れ続けていた。
◇
その後、エイトたちが宿に帰ってきて、いろいろな報告を聞いたわ。
杖は、あのハワードという人の飼い犬が持っていたこと。
そして――その犬が六番目の賢者の子孫を殺してしまったこと……。
あの杖は、私にそれをさせようとしていたのよね……。
夜になって心が少し落ち着いて……私はやっとみんなに今回のことを謝ることが出来た。
そして――これからも一緒に旅を続けさせてほしいって伝えたわ。
エイトもヤンガスも「もちろん!」って言ってくれて……ほんとに嬉しかった……。
その日、私はとても深く眠ることができた。
兄さんが死んでから、こんなとは初めてだった。
鳥のさえずり声が聞こえる――そう思って目を覚ますと、窓からは少し朝の光が差し込んでいた。
でも、まだ薄暗い感じだったわ。
まだ日の出前なのかな……と思ったら、何だか突然朝日が見たくなっちゃったのよね。
簡単に身支度をして、一人でこっそり宿の外へ出てみたの。
そして足早に、町の一番高台にある海の見える場所へ向かった。
階段を上りきって高台に立つと、そこではおばあさんが一人、ベンチに腰掛けいたの。
「おはようございます!」
私が挨拶をすると、おばあさんは振り返って、少し驚いたような表情で私を見た。
「おはようさん。……まぁお若いのに、朝早くからどうなさった?」
「ぐっすり眠ったせいか、早起きしちゃったんです。せっかくだから、朝日でも見ようかなぁと思って……」
私が肩をすくめながらそう答えると、おばあさんは笑顔で頷いた。
「お嬢さんは……旅の方かい?」
「はい!」
「そうかいそうかい。わしは毎日ここでお日様にお祈りするのが日課でねぇ……
ほら、もうすぐお日様が顔をお出しになるところだよ」
遠く彼方の東の水平線から、海をオレンジ色に染めながらゆっくりと太陽が昇り始めていた。
その姿はとても神々しくって……おばあさんが毎日お祈りしたくなるのも解る気がしたわ。
私とおばあさんは何も言わず、ただじっと太陽を見ていたの。
自分の体も、海のように赤く染まっていくのが判ったわ。
ふと気づくと、太陽は町全体をも赤く染めていた。
「……綺麗」
私はぽつり、そう呟いた。
「朝日って、こんなに綺麗だったんだ……気づかなかったわ。まるで昨日までと世界が変わったみたい……」
私がそう言うと、おばあさんはびっくりしたような顔をして、私を見た。
「おやまぁ、おかしなことをおっしゃる。世界はそう簡単には変わりゃあせんよ。
お日様だって東から昇って西に沈む。毎日その繰り返しじゃ。何も変わりゃあせん。
もし今日のお日様がいつもと違って見えるとしたら……お嬢さん、あんたが変わったんじゃなかろうか?」
「……私が?」
「そう、あんたが」おばあさんは頷きながら、言った。
私はふと目を閉じてみた。目の奥に、朝日の赤い色がまだ残ってたわ。
とくん、とくん……と心臓の鼓動が聞こえてくる。
兄さんが死んで以来、動きを止めていた私の世界が、ゆっくりと動き始めたような気がした。
……ううん、違うのよね、きっと。元々世界は止まってなんていなかったのよ。
私が勝手にそう思い込んでただけ――。
そしてリーザスの辺りだけだと思っていた世界が、
本当は無限に広がるものだったなんて……やっと気づいたわ。
目を開けると、太陽は赤みを帯びたままで、海の上に浮かんでいた。
おばあさんは私の横で、太陽に向かってお祈りをしている。
私は深呼吸をして、もう一度ゆっくり目を閉じた。
――ねぇ兄さん……ドルマゲスを倒したことで、ひとまずカタキ討ちは終了……ってことでいいよね?
これからは……私自身のために進んでいきたいの。
そう!私ね、やっと自分が本当にしたいことを見つけたのよ。
兄さんが言っていた「自分の思った道」って、こういうだったんだなぁ……って思ってるわ。
私は、旅を続けたいの――みんなと一緒に。
そう……彼と一緒に。
その世界はサーベルト兄さんを中心に回ってた。
世界の中心だった兄さんが死んで……私の世界はぴたりと動きを止めてしまったわ。
そして、私の心の中には、ポカンと大きな穴が開いてしまった。
あの杖が大好きなのは、そういう心の隙間なのよ――。
リブルアーチの宿で、私は闇の中から目を覚ました。
ゆっくり起き上がってみると、全身がズキズキ痛んで思わず顔をしかめてしまった。
トロデ王は起き上がった私の元に真っ先に駆けつけて、
「今は無理をせんでもええ。ゆっくり寝ているがいいぞ!」と言ってくれた。
エイトはほっとしたような顔をして、私に優しい眼差しを向けている。
「心配したでがすよ!」ヤンガスはそう言って真剣な顔で私を見ていたわ。
ククールはベッドから離れた窓際の壁に、ひとり腕を組んだままでもたれかかっている。
そして、私の顔をじっと凝視したまま、表情一つ変えなかった。
みんなは次々に優しい言葉をかけてくれる……それはすごく嬉しかったんだけど……
みんなの優しさの分だけ自分の無責任さが身に染みて、何だかすごく辛かった。
私はとにかくみんなに謝りたかったのよ。でもうまく言葉に出せない。
どうしていいか判らずに戸惑っていると、そんな私を見て、エイトが言った。
「ククール、ゼシカの傷を治してあげてよ。僕とヤンガスはあの杖を探してみる。
陛下は……もう町の外に出られた方がよろしいかと思います」
「うむ、そうじゃな」
トロデ王がそう頷くと、エイトはトロデ王とヤンガスを連れて部屋を出て行った。
部屋に残ったククールは、壁にもたれかかったままで動こうとしなかった。
窓から差し込む光が反射して、ククールの銀髪をキラキラと照らしている。
しばらくして、ゆっくりとベッドにいる私に近づいてきた。
「……まず腕から見せてみろよ」
私はベッドの上で上半身を起こした状態のままで、
何も言わずに目の前に立っているククールへと両腕を差し出した。
ククールは私の服の袖を捲り上げて、傷に手をあてがい、ゆっくりと呪文を唱え始める。
次は顔、足、そして背中……と順番にククールの手が触れていく。
呪文を唱えている間、ククールはずっと無表情なままだった。
突然ククールの手が私から離れ、ククールは私に声を掛けた。
「どうだ?他に痛むところはある?」
「……大丈夫よ。ありがとう」
私は顔をうつむき気味にして、目の前でベッドに座っているククールに言った。
「……そして……ごめんなさい」
私が謝罪の言葉を口に出すと、ククールは大きなため息をついた。
「どうせお前のことだ、兄さんのカタキがせっかく討てたのに虚しい気持ちのままなら、
こんな旅やめときゃよかったとでも思ったんだろ?」
ククールは私の顔を見ずに、無表情なままで、天井を仰ぎながら言った。
「そんな臆病な気持ちを持つから、あんな杖に惑わされたりするんだよ」
酷い言い方……こんな状態の私に、なんでそんなこと言うの……?
――私はしだいに、ムラムラと炎のような怒りが込み上げて来た。
一体何なのよ、こいつのこの言い方は!
「何よ……私のことなんか、ちっとも解ってないくせに!」
私は、心の中でずっと溜まっていた何かが、大きな音を立てて爆発したように感じた。
「その通りよ!こんな旅やめとけばよかったって、ドルマゲスを倒した時からずーっと思ってたわ!
結局私たちがやってきたことは全部裏目に出て……私は得るものなんて一つも無かった!
兄さんが死んで、私は空っぽで……その跡を埋めることなんて結局出来やしないってことよ!!」
そう言いながら、涙がぼとぼととスカートに落ちていくのが判った。
スカートの生地に、じわじわと涙の跡が広がってゆく。
「あんただってそうでしょ?あのイヤミ兄貴の策略で無理やり修道院追い出されて……
久々に会ってもイヤミしか言われなくってさ、こんな旅続けてたって、
あんたの状況も全然進歩してないじゃない!!」
――こんなこと言いたいわけじゃないのに、ククールの傷つくことばかり口から出てしまう。
涙でしゃくりあげてしまいそうになる息を落ち着かせようと、私は目を閉じ、右手で喉元を押さえた。
閉じた目の間からも、涙はずっと流れ続けている。
ククール、絶対傷ついてる……どうしよう……。
そう思ってゆっくり目を開き、恐る恐るククールの顔を見た。
ククールは私の横でベッドに腰掛けたままで、私の顔を覗き込み、微笑んでいる。
ククールの左手がすっと伸びてきて、ふと私の頬に触れた。
そしてまた一つ、大きなため息をついて言った。
「もっと言いたいことがあるなら、言っておいた方がいいさ。
例えば……今日はずっとオレに添い寝していてほしい、とかね」
「……バカみたい……何言ってんのよ」
「バカみたいでもいいさ。ゼシカが少しでも泣き止むなら、な」
そう言ってククールは私の頬から手を離し、今度は私の両手を取ってぎゅっと握り締めた。
「オディロ院長がくれた本にさ、こう書いてあるんだよ。
――人生に解決なんてない。ただ、進んでいくエネルギーがあるばかりだ――ってね。
オレは……本当にその通りだと思うよ」
透き通るような青い瞳でじっと私を見つめ、ククールは言葉を続けた。
「どんなに辛いことがあっても、そこで立ち止まるわけにはいかないんだ。
前に進むしかないんだよ、生きていくっていうことは、さ。
たとえ心が空っぽになったり……ひとりぼっちになったとしても」
ひとりぼっち……。
どくん、と、私の胸の奥で音がした。
目の前にあるククールの顔が、また少年のように見える。
「……ひとりぼっち……かぁ……。それでも生きていくの?……それって……残酷よ……」
私は目に涙を溜めたままで、少し笑った。
「残酷?……そうだな、確かにキツいよ。でもさ、オレはずっとそうやって生きてきたんだぜ?」
ククールは自分を笑うかのように、少し皮肉っぽく微笑んだ。
「寂しく……ないの?」
私の問いかけに、ククールははにかんだような表情をしただけで、答えなかった。
少しして、ククールはゆっくりと私の額に唇を押し当てた。
キス……って感じじゃなかった。何かに祈る感じ。
「今回のことは……ゼシカだけのせいじゃないさ。
オレたちだって、杖を持ってからのお前の変化に気づいてやれなかったんだから……
ま、みんな同罪ってことだよ」
「……そんなことないよ……」
「そんなことあるんだよ」
ククールが笑って言った。私もつられて、少し笑ってしまった。
「お前がどう思ってるかは知らないけど、みんなはゼシカと一緒に旅を続けたいんだよ。
エイトもヤンガスもトロデ王もミーティア姫も……オレも……みんなそう思ってるさ」
「……うん」
「……とにかくオレはこの旅を続けるよ、何があっても。
オディロ院長のカタキとか、あいつ――マルチェロのこととか、そういうことじゃなく、
ただ……オレのために。オレがみんなと、ただ旅をしたいだけなんだ」
ククールは握った手に、もう一度ぎゅっと力を込めた。
「だから……お願いだ。もう二度と、オレ……オレたちの前からいなくなったりするな」
「……うん」
私は目を閉じていた。涙はまだ流れ続けていた。
◇
その後、エイトたちが宿に帰ってきて、いろいろな報告を聞いたわ。
杖は、あのハワードという人の飼い犬が持っていたこと。
そして――その犬が六番目の賢者の子孫を殺してしまったこと……。
あの杖は、私にそれをさせようとしていたのよね……。
夜になって心が少し落ち着いて……私はやっとみんなに今回のことを謝ることが出来た。
そして――これからも一緒に旅を続けさせてほしいって伝えたわ。
エイトもヤンガスも「もちろん!」って言ってくれて……ほんとに嬉しかった……。
その日、私はとても深く眠ることができた。
兄さんが死んでから、こんなとは初めてだった。
鳥のさえずり声が聞こえる――そう思って目を覚ますと、窓からは少し朝の光が差し込んでいた。
でも、まだ薄暗い感じだったわ。
まだ日の出前なのかな……と思ったら、何だか突然朝日が見たくなっちゃったのよね。
簡単に身支度をして、一人でこっそり宿の外へ出てみたの。
そして足早に、町の一番高台にある海の見える場所へ向かった。
階段を上りきって高台に立つと、そこではおばあさんが一人、ベンチに腰掛けいたの。
「おはようございます!」
私が挨拶をすると、おばあさんは振り返って、少し驚いたような表情で私を見た。
「おはようさん。……まぁお若いのに、朝早くからどうなさった?」
「ぐっすり眠ったせいか、早起きしちゃったんです。せっかくだから、朝日でも見ようかなぁと思って……」
私が肩をすくめながらそう答えると、おばあさんは笑顔で頷いた。
「お嬢さんは……旅の方かい?」
「はい!」
「そうかいそうかい。わしは毎日ここでお日様にお祈りするのが日課でねぇ……
ほら、もうすぐお日様が顔をお出しになるところだよ」
遠く彼方の東の水平線から、海をオレンジ色に染めながらゆっくりと太陽が昇り始めていた。
その姿はとても神々しくって……おばあさんが毎日お祈りしたくなるのも解る気がしたわ。
私とおばあさんは何も言わず、ただじっと太陽を見ていたの。
自分の体も、海のように赤く染まっていくのが判ったわ。
ふと気づくと、太陽は町全体をも赤く染めていた。
「……綺麗」
私はぽつり、そう呟いた。
「朝日って、こんなに綺麗だったんだ……気づかなかったわ。まるで昨日までと世界が変わったみたい……」
私がそう言うと、おばあさんはびっくりしたような顔をして、私を見た。
「おやまぁ、おかしなことをおっしゃる。世界はそう簡単には変わりゃあせんよ。
お日様だって東から昇って西に沈む。毎日その繰り返しじゃ。何も変わりゃあせん。
もし今日のお日様がいつもと違って見えるとしたら……お嬢さん、あんたが変わったんじゃなかろうか?」
「……私が?」
「そう、あんたが」おばあさんは頷きながら、言った。
私はふと目を閉じてみた。目の奥に、朝日の赤い色がまだ残ってたわ。
とくん、とくん……と心臓の鼓動が聞こえてくる。
兄さんが死んで以来、動きを止めていた私の世界が、ゆっくりと動き始めたような気がした。
……ううん、違うのよね、きっと。元々世界は止まってなんていなかったのよ。
私が勝手にそう思い込んでただけ――。
そしてリーザスの辺りだけだと思っていた世界が、
本当は無限に広がるものだったなんて……やっと気づいたわ。
目を開けると、太陽は赤みを帯びたままで、海の上に浮かんでいた。
おばあさんは私の横で、太陽に向かってお祈りをしている。
私は深呼吸をして、もう一度ゆっくり目を閉じた。
――ねぇ兄さん……ドルマゲスを倒したことで、ひとまずカタキ討ちは終了……ってことでいいよね?
これからは……私自身のために進んでいきたいの。
そう!私ね、やっと自分が本当にしたいことを見つけたのよ。
兄さんが言っていた「自分の思った道」って、こういうだったんだなぁ……って思ってるわ。
私は、旅を続けたいの――みんなと一緒に。
そう……彼と一緒に。