どこかにある陽光の届かない、まばらに明滅する切れかけの蛍光灯のみを光源とする薄暗いトンネル内にて。
キンッ!ガキキンッ!
金属がぶつかり合う音と共に火花がそこかしこにばら撒かれていく。
発生源は二人の少女が互いの得物を振るった命のやり取りによるものであった。
発生源は二人の少女が互いの得物を振るった命のやり取りによるものであった。
「っぐ……!」
「あは☆もっと楽しませてよ!ホラホラァッ!」
「あは☆もっと楽しませてよ!ホラホラァッ!」
いや、正確に表現するならば一方の少女が猛攻を仕掛け、もう一方の少女はその勢いに押されて防御に手一杯。
誰が見てもどちらに趨勢が傾いているかは明らかだった。
そして、数度の交わりを重ねた末─────。
誰が見てもどちらに趨勢が傾いているかは明らかだった。
そして、数度の交わりを重ねた末─────。
ギィンッ!
一際強い一撃によって壁際に追い詰められていた少女の鎌剣が弾き飛ばされる。
信頼を寄せていた相棒は地面を滑り、手を伸ばしても届かないどこかへと離れていってしまう。
信頼を寄せていた相棒は地面を滑り、手を伸ばしても届かないどこかへと離れていってしまう。
「あぁっ……!」
「はいおしまーい」
「はいおしまーい」
決着。
無防備となって地面にへたり込んだ敗者に勝者は無慈悲に己が得物を突き付ける。
蛍光灯に照らされたその顔は嗜虐心に満ちた笑顔を湛えていた。ネズミを生け捕りにした猫が表情を浮かべられるとすれば、このような感じなのかもしれない。
無防備となって地面にへたり込んだ敗者に勝者は無慈悲に己が得物を突き付ける。
蛍光灯に照らされたその顔は嗜虐心に満ちた笑顔を湛えていた。ネズミを生け捕りにした猫が表情を浮かべられるとすれば、このような感じなのかもしれない。
「私の、ハルペーが……」
「あんな量産型のレプリカ程度でこのユニちゃんの『惨殺☆カースペインちゃん』が捌けるワケないじゃん。まったく反省してよねー。あ、もう終わるんだからしても意味無いか。メンゴメンゴ☆」
「ゆる、して……みのがして……」
「んー」
「あんな量産型のレプリカ程度でこのユニちゃんの『惨殺☆カースペインちゃん』が捌けるワケないじゃん。まったく反省してよねー。あ、もう終わるんだからしても意味無いか。メンゴメンゴ☆」
「ゆる、して……みのがして……」
「んー」
この場における絶対的な主導権を握るユニと名乗った少女は、特徴であるピンクのツインテールを揺らしながら怯える獲物に対してジロジロとした視線を向ける。まるで品定めでもするように。
「キミ、名前は?」
「は?」
「は?」
突然の問いに戸惑いを隠せない壁際の少女は思わず気の抜けた声を発してしまった。
「名前だよ。なーまーえっ。ほら、早く」
自分の質問に答えない少女に若干の苛立ちを覚えたのか、襲撃者はチェーンーソーのように駆動する機巧鎌を喉元まで近づける。禍々しく回転する刃があと数センチ押し込まれれば、いとも容易く細い首は引き裂かれるだろう。
グロテスクなイメージが齎した恐怖心に圧迫されるように少女は喉から自身の名前を絞り出す。
グロテスクなイメージが齎した恐怖心に圧迫されるように少女は喉から自身の名前を絞り出す。
「ひっ……!────。───────」
「ふむふむ。あー、ちょっと待っててねぇ。今確認するから」
「ふむふむ。あー、ちょっと待っててねぇ。今確認するから」
ユニはスカートのポケットからボロボロの手帳を取り出すと何かの照合を開始する。
一旦こちらへ向けられていた視線が外れるが、逃げ出せるような隙を晒してくれるほど無警戒ではないだろう。ひたすら黙って待つしかない。
一旦こちらへ向けられていた視線が外れるが、逃げ出せるような隙を晒してくれるほど無警戒ではないだろう。ひたすら黙って待つしかない。
「ふむふむ、どれどれー」
精神を炙る沈黙の中、ページがペラペラと捲られる音だけがトンネル内に響き渡る。
しかしながら、ユニの指がどこかで止まることはなく手帳はパタリと閉じられた。
しかしながら、ユニの指がどこかで止まることはなく手帳はパタリと閉じられた。
「あちゃー、『リスト』に載ってない雑魚かぁ。これじゃあ狩っても大したご褒美もらえないなぁ。キミ、運良いかもよ」
「それじゃあ……」
「かといって別に生かしておく理由もないんだよねー。何かあーしにとって得するリターンが無いと」
「それじゃあ……」
「かといって別に生かしておく理由もないんだよねー。何かあーしにとって得するリターンが無いと」
ユニの口ぶりは生き長らえるには何か明確に価値のあるものを差し出せと暗に示しているようであった。
彼女が獲物にさっさと引導を渡さないのはただの気紛れに過ぎない。1秒後には気が変わってすぐにでも命を奪いに来る可能性だって十分に考えられる。
生にしがみつくためには、ここは従って交渉するしかないだろう。
彼女が獲物にさっさと引導を渡さないのはただの気紛れに過ぎない。1秒後には気が変わってすぐにでも命を奪いに来る可能性だって十分に考えられる。
生にしがみつくためには、ここは従って交渉するしかないだろう。
「一体何をすれば……」
「そうだなぁ。例えばまた質問するけど、キミどこかのグループに所属してたりする?」
「う、うん……」
「あっそう、じゃあメンバーそれぞれの名前と降ろしている神性と権能を教えてチョーダイ。全部。そしたら見逃してあげてもいいよ」
「っ!」
「そうだなぁ。例えばまた質問するけど、キミどこかのグループに所属してたりする?」
「う、うん……」
「あっそう、じゃあメンバーそれぞれの名前と降ろしている神性と権能を教えてチョーダイ。全部。そしたら見逃してあげてもいいよ」
「っ!」
宿している神性について情報。
それは巫女にとって重要な意味を持つ。
看破されてしまえば逸話に因んだ弱点を突かれる危険性が飛躍的に高まり、権能への対策を張られて敗北することへと繋がってしまう。そういった可能性を考慮して、神名はともかく権能の効果は世間どころか同じグループのメンバー間でも明かさないということも別に珍しくはない。
ましてや今尋問を行っているのは『モノリス』の巫女。
仮に情報が渡ってしまえば自分のよく知る顔ぶれは「狩りやすい獲物」と見定められ、次のターゲットに選ばれてしまうかもしれない。
それは巫女にとって重要な意味を持つ。
看破されてしまえば逸話に因んだ弱点を突かれる危険性が飛躍的に高まり、権能への対策を張られて敗北することへと繋がってしまう。そういった可能性を考慮して、神名はともかく権能の効果は世間どころか同じグループのメンバー間でも明かさないということも別に珍しくはない。
ましてや今尋問を行っているのは『モノリス』の巫女。
仮に情報が渡ってしまえば自分のよく知る顔ぶれは「狩りやすい獲物」と見定められ、次のターゲットに選ばれてしまうかもしれない。
「それは……」
「ん?」
「ん?」
口答えするべく睨みつけようとしたが、『モノリス』の巫女はまるで意に介さず、焦らせるよう武器の回転数を上げるだけだった。
空間を掻き毟るような駆動音とそれに伴って奔る刃が、脳内で存在感を膨らませて意識を圧迫していく。
空間を掻き毟るような駆動音とそれに伴って奔る刃が、脳内で存在感を膨らませて意識を圧迫していく。
反抗する意思を見せれば間違いなく殺される。
あれによって齎される痛みは如何ほどのものだろうか。
苦しいだろうか。辛いだろうか。
長いだろうか。短いだろうか。
熱いだろうか。冷たいだろうか。
苦しいだろうか。辛いだろうか。
長いだろうか。短いだろうか。
熱いだろうか。冷たいだろうか。
「…………………………」
だが、逃れられる選択肢は示されている。
あっさり話してしまえばいい。
自分の命かわいさに情報を売ったとしてもいいじゃないか。
優しい仲間達ならば、「やむを得ない緊急事態だった」ときっと許してくれるはず。
伝えた瞬間に即死するような直接命に関わるものでもないのだから。
そんな薄汚れた言い訳と保身に塗れた打算的な考えが脳内でドンドンと堆積されていく。
優しい仲間達ならば、「やむを得ない緊急事態だった」ときっと許してくれるはず。
伝えた瞬間に即死するような直接命に関わるものでもないのだから。
そんな薄汚れた言い訳と保身に塗れた打算的な考えが脳内でドンドンと堆積されていく。
そして、そして、そして──────。
「…………………………………………」
それでも。
「………………できない」
蚊の鳴くような、しかしながら不思議と耳に届く芯の通った声だった。
「みんなを売るなんてできない」
それが名も無き巫女にとってせめてもの抵抗であり、抱えていた最後の意地であった。
弱くても。
一度は命乞いをする程に屈しても。
少しでも邪な考えが過っても。
この後に惨たらしい死が待っていたとしても。
我が身可愛さに残される仲間達を裏切って危険に晒すことだけはどうしても譲ることができなかった。例え直接の原因にはならなくとも、僅かなきっかけにだってなりたくはない。
弱くても。
一度は命乞いをする程に屈しても。
少しでも邪な考えが過っても。
この後に惨たらしい死が待っていたとしても。
我が身可愛さに残される仲間達を裏切って危険に晒すことだけはどうしても譲ることができなかった。例え直接の原因にはならなくとも、僅かなきっかけにだってなりたくはない。
「ひゅー、カッコいいじゃん」
それに対し『モノリス』の少女は出会った中で初めてニヤケ笑いをやめて、少し感心したように口笛を吹いた。
「じゃあさようなら。ばいばーい」
そして、獲物への興味を失ったかを示すようにあっさりと刃を振り下ろす。
舞い散る赤い飛沫と共に一つの命が刈り取られる。
残されたのは粘ついた液体が滴る水音とやはり明滅する切れかけの蛍光灯、そして一仕事を終えた巫女狩りの巫女だけであった。
「慈悲」や「救い」といった温かく、優しいものはこの空間には最初から欠片も存在してなどいない。
舞い散る赤い飛沫と共に一つの命が刈り取られる。
残されたのは粘ついた液体が滴る水音とやはり明滅する切れかけの蛍光灯、そして一仕事を終えた巫女狩りの巫女だけであった。
「慈悲」や「救い」といった温かく、優しいものはこの空間には最初から欠片も存在してなどいない。
(ちぇーつまんなーい。お仲間を売ってくれたらまとめておもしろおかしく「遊んで」あげたんだけどなぁ。助かると思って希望を抱いたところを上げて落とさないとおいしくないじゃん)
「必要以上に残酷に悪辣に」。
それがユニという少女の生き方、そしてモットーであった。
そのポリシーに則れば今回はそういった望んだ手応えを得られなかったせいか、浮かべている表情はあまり楽しそうには見えない。
それがユニという少女の生き方、そしてモットーであった。
そのポリシーに則れば今回はそういった望んだ手応えを得られなかったせいか、浮かべている表情はあまり楽しそうには見えない。
「まぁいーや、任務完了っと。さぁて、次はどんな子に会えるのかなぁー」
であればもっと遊び甲斐のある次の贄を求めればいい。
組織の悲願を成すまでこの世界は彼女にとって余す所なく等しくオモチャ箱なのだから。
組織の悲願を成すまでこの世界は彼女にとって余す所なく等しくオモチャ箱なのだから。
「うーん、『いいこと』したあとは気持ちがいいにゃ〜。帰ってシャワー浴びよーっと」
チェルノボグの巫女は独り言を呟くと返り血に濡れたまま猫のように身体を伸ばして踵を返し、自らが描いた真紅の華を背に暗い闇の奥へと歩き出した。