とある極東の都市。
人気の無い寂れた路地裏の一角にて。
人気の無い寂れた路地裏の一角にて。
「う……ぁ……ッ……ゴフッ……!」
赤黒い水溜りの中心に青年が仰向けで横たわっていた。
不規則に痙攣するその身体、胴の中心には拳大の赤黒い穴が開けられ、そこから止め処なく鮮血が流れ出ている。
不規則に痙攣するその身体、胴の中心には拳大の赤黒い穴が開けられ、そこから止め処なく鮮血が流れ出ている。
「ヒュー…………コヒュー…………」
辛うじて息はまだある。
だが、一呼吸の度に目に見えて小さく、浅く、間隔が長くなっていく。
最早救急車がこの場に直ぐ到着したとしても命を繋ぎ止めるには到底間に合わないだろう。
だが、一呼吸の度に目に見えて小さく、浅く、間隔が長くなっていく。
最早救急車がこの場に直ぐ到着したとしても命を繋ぎ止めるには到底間に合わないだろう。
「チッ。コイツも『外れ』かぁ?」
その傍らに立つタバコを咥えた男が救命活動をするわけでもなくつまらなそうな様子で呟く。
神父服を身に纏い、頭には鍔広帽子、そして赤いレンズの丸サングラス。
一見格好は聖職者に見えるが袖や襟から僅かに見える両の手首と首筋には幾何学的な紋様のタトゥーが彫られている。
否、衣服に隠されているせいで見えていないだけで全身に至るまで隈無く埋め尽くされているのだ。
神父服を身に纏い、頭には鍔広帽子、そして赤いレンズの丸サングラス。
一見格好は聖職者に見えるが袖や襟から僅かに見える両の手首と首筋には幾何学的な紋様のタトゥーが彫られている。
否、衣服に隠されているせいで見えていないだけで全身に至るまで隈無く埋め尽くされているのだ。
浊 裂荒(ズォ リーフォン)。
「もうちょい浅めに突くべきだったか……。いや、力加減は間違っていなかったはず。うーむ、今回はイケると思ったんだがなぁ」
浊が新たな信者を募る方法は至極単純。
素質が有りそうな者を見つけ次第、その肉体に致命傷を与えてドラゴンのコアを埋め込む。
本人の意思を無視して有無を言わさず。
通り魔の如く突然に。
通り魔の如く突然に。
適合して蘇生するか何も起こらず命を落とすか。
強制的的に理不尽な二択を心ではなく肉体へ直接突き付ける。
しかも、大前提として前者の確率は後者よりも遥かに低い。
殆どの者はそのまま死ぬ。
彼はそのことを理解した上で稀に出会う極少数の「当たり」を引くがために「外れ」という名の犠牲者を多大に輩出し続けて来た。
しかも、大前提として前者の確率は後者よりも遥かに低い。
殆どの者はそのまま死ぬ。
彼はそのことを理解した上で稀に出会う極少数の「当たり」を引くがために「外れ」という名の犠牲者を多大に輩出し続けて来た。
「このやり方が一番手っ取り早く、尚且つ効率が良い」。
ただそれだけの理由で。
浊 裂荒という男は容易く他者の命をくじ引き感覚で消費出来る。
浊 裂荒という男は容易く他者の命をくじ引き感覚で消費出来る。
「──────おやおや」
するとその時。
路地裏の更に奥。
薄暗い闇の中から。
路地裏の更に奥。
薄暗い闇の中から。
「無益な殺生は感心しませんなぁ」
浊の所業を咎める声が聞こえてきた。
「ヌッフッフッフッフ……」
怪しげな笑い声と共にヌルリと現れたのは悪趣味な金で装飾された毒々しい紫の仏教の法衣に髑髏が連なった首飾りを巻いた僧侶であった。
明らかな不審人物の登場に浊は臆することも無く、新しいタバコに火をつけながら軽い挨拶で応じる。
明らかな不審人物の登場に浊は臆することも無く、新しいタバコに火をつけながら軽い挨拶で応じる。
「よぉ、カロナ。久々だな」
「浊殿、相も変わらず息災で何より」
「浊殿、相も変わらず息災で何より」
富嶽院 訶魯那(ふがくいん かろな)。
彼もまた龍教会に所属する宣教師。
宗派は違えど浊と役職を同じくする者同士、出会えば会話を交わす程度の関係性を築いていた。
粗暴で近寄り難い雰囲気を垂れ流す浊とは異なり、(作り物くさいが)柔和な笑みを絶やさない訶魯那の方が相対する者にとって幾らか柔らかい印象を与える。
が、しかし。
宗派は違えど浊と役職を同じくする者同士、出会えば会話を交わす程度の関係性を築いていた。
粗暴で近寄り難い雰囲気を垂れ流す浊とは異なり、(作り物くさいが)柔和な笑みを絶やさない訶魯那の方が相対する者にとって幾らか柔らかい印象を与える。
が、しかし。
「お気の毒に。この傷では到底助かりますまい」
横たわる瀕死の犠牲者を一瞥すると憐憫の眼差しを向け。
「どれ、拙僧が楽にして進ぜよう」
右の掌を鋭い手刀の形へと変えた。
それは即ち介錯を行うギロチンの刃。
ある程度のstageに達しているならば『龍血融合(コアレッセンス)』によって引き出される膂力は人間の頭部程度ならば野菜のヘタのように容易く切り落とす。
それは即ち介錯を行うギロチンの刃。
ある程度のstageに達しているならば『龍血融合(コアレッセンス)』によって引き出される膂力は人間の頭部程度ならば野菜のヘタのように容易く切り落とす。
苦痛から解放するため。
本人にとっては紛れも無い善意に由来するとはいえ、命を奪う選択を即座に取れる辺り訶魯那もまた常人の尺度で測れるメンタルなど持ち合わせていない。
故に。
断頭の一閃は速やかに振り下ろされる。
故に。
断頭の一閃は速やかに振り下ろされる。
「──────おいおい、誰に断ってトドメ刺そうとしてんだ?ソイツは俺様が目を付けた獲物だろうが?」
その一瞬手前。
浊が訶魯那の手首を掴んでそれを阻止する。
特段握力を強く込めたわけでも、ドスを効かせた低い声で脅したわけでもない。
だが、神父服の男が放つ雰囲気には明確な「勝手は許さない」という意思が含まれていた。
無視して振り払えばどうなるか。
二人は同じ教団に属する宣教師。
だが、宗派は異なる。
特につるんではいけない理由は無い。
だが、殺し合いをしてはいけない理由も特に無い。
浊が訶魯那の手首を掴んでそれを阻止する。
特段握力を強く込めたわけでも、ドスを効かせた低い声で脅したわけでもない。
だが、神父服の男が放つ雰囲気には明確な「勝手は許さない」という意思が含まれていた。
無視して振り払えばどうなるか。
二人は同じ教団に属する宣教師。
だが、宗派は異なる。
特につるんではいけない理由は無い。
だが、殺し合いをしてはいけない理由も特に無い。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
静寂の中、両者の間の空気がほんの僅かに禍々しくピリつく。
──────そして。
──────そして。
「………………ふぅむ、貴公がそこまで仰るなら」
「もうちょっと待とうぜ。一応まだ可能性は有るんだしよ。最後まで信じてやらねぇとカワイソウだ」
「もうちょっと待とうぜ。一応まだ可能性は有るんだしよ。最後まで信じてやらねぇとカワイソウだ」
柔和な笑みを表情を崩さずに形を解いた訶魯那の手がゆっくりと下ろされる。
それと同時に浊もまた彼の手首を離す。
それと同時に浊もまた彼の手首を離す。
「しかしながら、死に往く者を無為に苦しめ続けるのは忍びませぬなぁ」
「さっきから聞いてりゃ『無益』でも『無為』でもねぇよ。うちの教団の理想の世界とやらは全人類が龍化した世界だろ?そこじゃ適合出来ない奴はどうせ『いらない存在』だ。俺様が多少間引こうが誤差だよ誤差。死ぬのが早いか遅いかの違いしかねぇ。それに俺様のやり方は確かに死んじまってそれっきりってことが多いがその分『質』は中々のモノだぜ?」
「ふむ、それは確かに一理有りまするが」
「さっきから聞いてりゃ『無益』でも『無為』でもねぇよ。うちの教団の理想の世界とやらは全人類が龍化した世界だろ?そこじゃ適合出来ない奴はどうせ『いらない存在』だ。俺様が多少間引こうが誤差だよ誤差。死ぬのが早いか遅いかの違いしかねぇ。それに俺様のやり方は確かに死んじまってそれっきりってことが多いがその分『質』は中々のモノだぜ?」
「ふむ、それは確かに一理有りまするが」
雑で荒っぽい浊の「勧誘」は多くの死傷者を出す。
だがしかし、彼が生み出した適合者は生還した後、比較的早くstageを上げて強力な力を手にする割合が高かった。
そのため騒ぎを大きくし過ぎない限りは龍教会上層部から咎められずに半ば黙認されて形で見逃されているのだ。
一方で怪僧の主張はというと。
だがしかし、彼が生み出した適合者は生還した後、比較的早くstageを上げて強力な力を手にする割合が高かった。
そのため騒ぎを大きくし過ぎない限りは龍教会上層部から咎められずに半ば黙認されて形で見逃されているのだ。
一方で怪僧の主張はというと。
「拙僧の思想におきましてはコアが適合するかの是非は気の持ちよう次第にて。真に受け入れる気持ちがあるのならば自ずと心身へと馴染むでしょう。時間をかけても構いませぬ。信仰心さえ有すれば何人であろうともいつか必ずや高みへと昇れるのですから」
「肝心な部分を濁してんじゃねぇよ。知ってるぜ。テメェのやり口を。龍化の見込みの有りそうな『候補』を見つけるとソイツの身内を『不慮の事故』を装って消す。そんで空いた心の隙に付け込んで如何にウチの教団の教義が素晴らしいのかを熱弁する。心の弱った奴は何かに縋りたがるから効果は覿面。敬虔なる信者の一丁上がりだ」
「ヌッフッフッフ。人聞きの悪いことを。龍化とは古き己を捨て、新たな領域へ至ること。しかしながら、その過程には苦痛を伴った『試練』が必要なのでして。その『試練』を超克した暁にこそ魂は輝き成長を遂げる。さすれば拙僧は資格有る者達にその機会と場を整えているに過ぎませぬよ」
「よく言うぜ。んな回りくどいやり方は俺様の性に合わん」
「ほう?その心は?」
「肝心な部分を濁してんじゃねぇよ。知ってるぜ。テメェのやり口を。龍化の見込みの有りそうな『候補』を見つけるとソイツの身内を『不慮の事故』を装って消す。そんで空いた心の隙に付け込んで如何にウチの教団の教義が素晴らしいのかを熱弁する。心の弱った奴は何かに縋りたがるから効果は覿面。敬虔なる信者の一丁上がりだ」
「ヌッフッフッフ。人聞きの悪いことを。龍化とは古き己を捨て、新たな領域へ至ること。しかしながら、その過程には苦痛を伴った『試練』が必要なのでして。その『試練』を超克した暁にこそ魂は輝き成長を遂げる。さすれば拙僧は資格有る者達にその機会と場を整えているに過ぎませぬよ」
「よく言うぜ。んな回りくどいやり方は俺様の性に合わん」
「ほう?その心は?」
訶魯那の語りをバッサリと切り捨てつつ、今度は浊が自らの持論を披露する番であった。
咥えていたタバコを路上に捨てて靴の踵で揉み消しながら彼は述べていく。
咥えていたタバコを路上に捨てて靴の踵で揉み消しながら彼は述べていく。
「俺様の場合は何つーの?やっぱ人間は必死にならねぇと。あー、アレだ。体の奥底に眠る『真の力』?みてぇのが覚醒しないんじゃないかと思うワケ。だから、『候補』には一遍死ぬ程の目に遭ってもらう。そりゃ痛ぇだろうな。苦しいだろうな。辛ぇだろうな。でも、ソイツが心の底から『生きたい』って願えばコアの方も応えてくれるはずさ。適合出来ずに死んじまった奴は単にその思いと生存本能が足りなかったってだけの話だ」
「うーむ、やはり相容れませぬなぁ」
「だな。だがまぁ、『そういう考えもあるにはある』ってことくらい互いには頭の隅にでも置いておこうぜ」
「左様。苦言を呈したものの拙僧は拙僧の、貴公には貴公の。どちらの方法が正解不正解ということはありますまい。然らばこれ以上の問答は不毛にて」
「違ぇねぇ。仕事っつーのはマイペースが一番だ。タヨーセーをソンチョーする時代だしな。──────っと」
「うーむ、やはり相容れませぬなぁ」
「だな。だがまぁ、『そういう考えもあるにはある』ってことくらい互いには頭の隅にでも置いておこうぜ」
「左様。苦言を呈したものの拙僧は拙僧の、貴公には貴公の。どちらの方法が正解不正解ということはありますまい。然らばこれ以上の問答は不毛にて」
「違ぇねぇ。仕事っつーのはマイペースが一番だ。タヨーセーをソンチョーする時代だしな。──────っと」
談話が一段落しようとしたその時。
ドクンッと何かが脈打つ音が宣教師達の耳に届く。
音源はそれまで二人の傍らで無造作に転がっていた哀れな『候補』。
ドクンッと何かが脈打つ音が宣教師達の耳に届く。
音源はそれまで二人の傍らで無造作に転がっていた哀れな『候補』。
ズッ……ゾルゾル…………!
『彼』の腹部に空いていた風穴が蠢動する血肉によって塞がれようとしていた。
普通の人間ではあり得ない異常な再生・治癒速度だ。
これが示すことはつまり。
普通の人間ではあり得ない異常な再生・治癒速度だ。
これが示すことはつまり。
「おや、これはこれは」
「何だよオイ。やれば出来るじゃねぇか」
「何だよオイ。やれば出来るじゃねぇか」
そう、横たわる『彼』は既に「普通の人間」ではなくなりつつあった。
その様子を見て浊は小さく口笛を吹く。
その様子を見て浊は小さく口笛を吹く。
「ほらな。こういうことがあるから俺様のやり方も捨てたもんじゃねぇだろ?」
そして、数分後───────。
「う……ぁ……、僕は……一体……?」
先程まで生死の境を彷徨っていた青年は『龍血融合(コアレッセンス)』に成功しコアへの適合を果たした。
意識を取り戻したばかりで、何が起きたのかまるで理解していない様子の「当たり」に浊は手を差し伸べる。
意識を取り戻したばかりで、何が起きたのかまるで理解していない様子の「当たり」に浊は手を差し伸べる。
「よぉ、新入り。さっきはいきなり悪かったな」
そして、新たなる同胞へ歓迎の祝辞を述べていく。
聖職者らしからぬ獰猛な微笑みを浮かべて。
聖職者らしからぬ獰猛な微笑みを浮かべて。
「おめでとさん。お前は『試練』を乗り越えて見事『選ばれた』。これからの身の振り方や力の使い方については俺様が責任を持って教えてやろう。ようこそ、龍教会へ」
宣教師。
彼らはこうして信徒を増やしていくのだ。
彼らはこうして信徒を増やしていくのだ。
街を。社会を。国を。世界を。
龍への信仰で埋め尽くすため。
龍への信仰で埋め尽くすため。
静かに。唐突に。
慎重に。大胆に。
計画的に。理不尽に。
話術を用いて。暴力を用いて。
慎重に。大胆に。
計画的に。理不尽に。
話術を用いて。暴力を用いて。
ありとあらゆる方法で。
人類に仇為す「悪」は紙に零した墨のようにジワジワと拡がっていく。
人類に仇為す「悪」は紙に零した墨のようにジワジワと拡がっていく。
「その前に先ずは互いに自己紹介と行こうか。俺様の名は浊 裂荒。──────お前は?」