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いっぴきのこぶた

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いっぴきのこぶた



走る。

走る、走る、走る、走る。


土を踏みしめる軽快な音が、規則的にどこまでも響いていく。
山の麓を緩やかに登る道を、一人の少女――高坂海美が走っていた。

「はぁっ、はぁっ、はぁ………っ!」

その表情は、傍から見ればとても晴れやかに見えた。
今の彼女は足を進める事に、一切の迷いはない。
逃げるだけじゃない、動くだけじゃない、目的を持った走り。仲間を集める為の、疾走。
そんな大義名分を持った今の彼女に、迷いなんてあるはずもなく、感じる暇もなかった。

「はぁ、はぁ……ゲホッ、ゴホッ!」

…とはいえ。人間は、ずっと走れるような体の構造をしていない。
心が軽くなった事で無意識にペースを上げていた海美の体は、だんだんと悲鳴を上げ始めていた。
思わず咳き込んで、その足を止める。
ランナーズハイのような状態から引き留められた海美は、肩で息をするほどに疲労がたまっていた。

(うー…ちょっと、どこかで休もうかな…)

未だ息の整わない体で、海美はあたりを見渡す。
休むにしても、できれば腰を落ち着かせることのできて、なおかつ身を隠せられるところがいい。
そんな事が頭をよぎって、条件を満たせそうな場所を探す。

「あっ」

そして、それは目の前にあった。
身を隠して一旦休むには、悪くないように思える。
一旦腰を落ち着けられそうな、障害物で入り組んだ身を隠せそうな場所。

――そこは、墓地であった。


「……うーん」

なんとも微妙な表情で、その入り口を見つめる。
一応、条件としては悪くはないはずだ。見晴らしの良い、見つかりやすい場所で休憩するよりも、墓石に隠れて座る方が安心ではある。
ただそういう事を抜きにして、気が乗らない。こんな不吉な場所で、乗るはずもなかった。

「……まぁ、ちょっとだけなら…誰かいるかもしれないし、ね」

それでも、彼女はそこに入る事を選んだ。
身を隠すという意味では、墓石の影に身を潜めているような子がいるかもしれない。
そういう子に大丈夫だと声をかけるのも、自身の役目だ。
そう勇気づけて、こっそりと足を踏み入れていく。


「おじゃましまーす…」

誰に言うでもなく、海美は小さく声を上げる。
そのまま恐る恐ると入り、周囲を見渡す。
人の気配は、感じられない。

「だ、誰かいますかー?」

意を決して、少しばかり大きく呼びかける。
その言葉に反応を示すものは、何もない。人の気配も、何かが動く気配も感じられない。
ただ、無機質な物体が立ち並んでいるだけの場所。
禍々しい雰囲気を、嫌というほど肌に感じとっていた。

「………っ」

ごくり、と息をのむ。
いつ襲われて、死ぬか分からない状況であると自覚している海美にとって、この場所の放つ雰囲気はシャレにならない。
この下には、かつては生きていた筈の『モノ』がある。そう考えると、自然と不安になってしまう。
ただそう模しただけのセットかもしれないと考えても、そう思わせるには充分だった。

「あのー…誰も、いないのー?」

だが、何度も呼びかけていくうちにそんな警戒心も薄れていった。
歩けど歩けど、誰かいるという雰囲気は感じられない。
海美は内心、当然か、とも思い始めた。
最初からいたというならともかく、好き好んでこんな場所に入る子も早々いないだろう。

「……………」

やがて海美はぴたりと足を止め、念入りにあたりを見渡す。
どれだけ注意をむけたって、一向に何かが現れる事はない。
それを確認して、彼女は近くの墓石に腰を下ろした。

「ふぅ……」

身の安全を確保したことに安堵し、一息つく。
と、同時に海美の体にどっと疲れが押し寄せてきた。
想像以上に負担がかかっていたのかと、当人もうなだれつつ感じる。
静かな場所で体を落ち着かせると、今まで誤魔化していた分も、より押し寄せてくるような気がする。
そんな彼女は喉の渇きを潤すために、背負っていたデイパックを下ろして――そんな、何気ない行動のうちに。

「………」

ふと思い出したのは、逃げている時に聞こえた一人の少女の声。
場所で言えば、この島の一番南東に位置する工場地帯のようなところになる。
あの周辺で、海美は大きな叫び声を聞いた。怒声だったか、悲鳴だったか。それすらも今は定かではない。

単純に人を探すのが目的なら、彼女の元へ向かうのが一番だっただろう。
そこに、誰かがいる可能性は高かったのだから。
だが、それでも彼女はその道を選ばなかった。何故か、といえば。


「…私は、悪くないよね」

怖かった、から。


今更行ったところで、その騒ぎはきっと終息している。
だから、行くメリットなんてなかった。それどころか、殺し合いに乗る誰かがいるかもしれないし、危険だった。
死んでしまっては元も子もない。危機を避ける事は重要だし、そうした事は、何も悪くなんてないはずだ。
そうやって――海美は自身に対して言い訳を重ねていく。

「……っ!」

誤魔化そうとしていた筈の、それでも抑えきれない感情に彼女は頭を抱える。
罪悪感を、感じないわけじゃない。
当たり前だ。かつては、同じ道を頑張ってきた仲間なのだから。
本当の事を言うなら、駆けつけたかった。一緒に頑張ろうって、言いたかった。

「うぅ、ぅぅぅ……!」

それでも、海美は自分を最優先にしてしまった。
自分可愛さに、あの時の仲間を見捨てた。
その決断が、彼女の弱い心を決定付けてしまったのだ。

――結果だけを言えば、それで犠牲になった子はいないのだが。
それを海美は、知る由もない。


「……あー、もう!」

やがて限界を迎えるより先に、海美は頭を振る。
もし一人だけでここまで来たのなら、彼女はとっくの昔に罪の意識に潰れていただろう。
それだけ、彼女は純粋であった。しかし、今は違う。
今の彼女には、強大な心の在りどころがあったから。

「こっちには朋花様もいるんだ、やってやる……よし!」

深く考える事を放棄した彼女は、力強く立ち上がる。
彼女は、自身の弱みをすべて吐き出した相手がいたことで、強い心の支えを得ていた。
そして、それは――彼女が真に立ち直る気力を失くしていた事を表していた。

海美はこれからもう、なにも決断しなくていいのだ。
彼女に言われた事『だけ』を成し遂げていれば、それでいい。
そんな、盲信にも近い感情が、彼女の今にもくじけそうで、壊れそうだった心を支えている。
あまりにも純粋で、弱かった心が、見せかけだけの藁に隠れて安心していた。

「朋花様のためにも、こんなところで立ち止まってる場合じゃないよね!」

そう考えると、もう彼女はじっとなんてしていられない。
言われた事以外は、何もしなくてもいい。
なら、せめて言われた事ぐらいは達成しなければ。そんな強迫観念じみた考えが脳内を支配し始める。
こんな異常な世界で唯一見つけた希望に、海美は狂信的にすがり始めていた。

「休憩終了っ! さぁ、早く皆を見つけないと!」

そしてなにより、やっぱりこんな不吉な場所にいつまでも居たくなかった。
仮に、よりにもよってこんな場所で死んでしまったら。そんな考えが、頭をよぎる。
縁起でもない、と。
そんな事を考えるくらいなら、いつもみたいに無心で駆け回った方がマシだ。


もう、何も考えなくていい。何も怯えなくていい。
たとえ襲われたって、私の身体能力なら逃げられる。
何がおきたって、絶対に死なない。死んでやるものか。
絶対に生きる、生き延びてやる。

「朋花様……私、絶対になしとげてみせるからね! ……とうっ!」


一度逃げた心は、とことんまでその思考を突き詰めていく。
墓地から飛び出して、走り出した少女の表情は――とても、晴れやかだった。



【一日目/昼/G-6 墓地】

【高坂海美】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(1~2)
[思考・行動]
基本:走る/伝える。自身は死にたくなんてない
 1:恐怖。決断することへの恐れ。真っ直ぐであるが故の困惑。
 2:朋花に協力する。その心は盲信気味


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