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♪イコロシア

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♪イコロシア





 少女たちは、奔走する。
 “実感”の伴わない覚悟なんて、無為だというのに。

 空が淡く、彩られていく。
 淡く。薄く。今にも壊れてしまいそうなほど、柔らかく。
 たなびく雲は昇り始める陽を隠す。



   # #


 ショーウィンドウの先には、何も飾っちゃいなかった。
 それが私に待ちかえていた現実である。
 小奇麗なウェディングドレスなんて、どこにもない。
 俯く私が映るだけ。だけど、ふと気が付くと傍らには人影があった。

「……」

 口を付けるオレンジジュースからは、凝縮された甘味が流れてくる。
 優しさの味。気遣いの味。
 なんて形容すればいいんだろう。分からなかった。
 野々原茜、端的に言えば騒がし娘。
 物は片付けないし、何を根拠にしているかわからないがいつだって自信たっぷりで、それゆえ周りを困らせる。
 私だって、何度彼女に注意を促したことだろう。

「……」

 まるで今とは正反対だ。
 己を嘲るように私は鼻を鳴らす。
 まさか、彼女に手を伸ばされる日が来るだなんて、正直驚きである。
 それもこれも、自分の不甲斐なさから来るものだと思うと、恥ずかしくて仕方がない。

「……」

 けれど、おかげで、前に進めそうだった。
 ちょっとずつでもいい。ちょっとずつでもいいから、前に進んで、彼に会わなければ。
 何のためにだろう。
 会って一体どうするのだろう。
 心の整理が追い付かない。
 でも、私には頼れる仲間がいる。
 彼女たちに支えてもらえればいい。

「……」

 いつも私は、最年長の責もあり、場を仕切り調律を執っていた。
 それが仕事でもあったし、それが楽しく、――そうしていたら、彼はいつも褒めてくれたから。
 だけど、今はそんな気遣いも無用だ。恥なんて捨てろ。周りを頼れ。周りにいるのは仲間のアイドルたちなんだ。
 つくづく茜ちゃんの言は私を鼓舞するに足るものであった。

「……」

 重すぎる想いに今にも潰れそうではあるけれど。
 優しさに触れてしまった今、独りでいることは、悪循環しか招かない。
 しばらく空を眺めていると、自然とそんな考えに行き着いた。
 寂しいのだ。
 いつだって孤独というものは。

「……」

 ねえ、聞こえてる?
 私はね、貴方への想いを乗り越えたいの。
 貴方への想いを、ずっとずっと信じてきた貴方への想いを乗り越えたいの。

 バカみたいでしょ?
 そう言いながらも、ずっとずっと、今でも貴方の事を想ってしまうのだから。
 それでもね、立ち止まっている場合じゃないのよ。
 同じように信じている、仲間がいるの。

「……」

 ……私は行かなくちゃ。
 そして確かめなくちゃ――貴方の想いを。
 私の信じた、貴方の想いを。その真意を、真偽を。
 私は貴方に、会いたい。もう一度。何度でも。

「……」

 私は立ち上がる。
 優しさの味を身体中に染み渡らせて、やっとこさで前を向く。
 茜ちゃんから譲り受けたトランシーバーを片手に、フードコートから飛び出して、遊園地への門へと向かう。

「……」

 そこには死体があった。

「……は?」

 そこには死体があった。



  #####


 遊園地というだけあって、さすがに武装となりそうなものはなかったね。
 いいけどね、チョーすごい茜ちゃんの手にかかれば武器なんてノンノンだよ。
 下手に武器なんて見つけて、このみちゃんを驚かしても悪いしね、結果オーライってやつかなっ。

 にしたってまーさか茜ちゃんの支給品がトランシーバーと、
 この変なプラカードだなんて、このリハクの目をもってしてもなんちゃらってやつだよ。

「次でボケて!! ……ねえ」

 さながらテレビ番組のカンペのような内容が書かれたプラカード。
 ギャグだね。もう存在がギャグだね。二周まわって存在がギャグだね。
 あのねえ、優秀な茜ちゃんとはいえども、ここまでつまらないギャグをフォローできる手腕はないよ。
 こんな状況でボケていられるわけないじゃん。
 プロちゃんも一応大人なんだから、その辺の物差しは持ち合わせているだろうに。
 まったくもう、ナンセンスにも程があるって。
 茜ちゃんを煽ってるつもりなの? そうなの?
 ところがどっこい! 茜ちゃんはそこまで暇じゃないんだなー。
 悔しいのお悔しいのお。茜ちゃんだったらボケてくれるって期待したんでしょ? 残念でしょー。
 生憎、キュートな茜ちゃんを怒らすプロちゃんに披露するボケなんてないのだ!

「まったくもー」

 だからしばらく遊園地を探索していたわけだけど、想定通りなにもなかった。
 正直不安要素は残るけれど、このプラカードは一応相手を牽制する道具としては機能できそうだし。
 そもそも、茜ちゃんとしてはあんまり暴力を振るう気はないから、武器があろうとなかろうとどっちでもよかったかな。
 うんうん。

 一人頷きながら、遊園地の出入り口まで歩く。
 途中フードコーナーに寄り、遠目からこのみちゃんを窺ってみたんだけど、まだ時間がかかりそう。
 なら、茜ちゃんがすることは簡単だよ。
 有言実行、このみちゃんのためにも、そしてみんなのためにも、早いところ合流しなくちゃね。
 みんな、きっと、茜ちゃんのチョースペシャルな力を必要としているだろうし、えへへ、早くしないとっ!

 プラカードを肩に乗せて歩く。
 流石は茜ちゃん、ただそれだけで様になる。
 伊達に警視や保安官をやってない、ってね。

 さて、いよいよ出入り口――その門を潜ろうとしたとき。
 彼女はいた。
 刀を携えて、なにかを探すように。
 だから茜ちゃんは、彼女に声をかける。

「おーーーーーい!」

 彼女は振り返った。
 ちょっとぎょっとしちゃったね。
 まあ、茜ちゃんクラスともなると、ちょっとやそっとで動揺を表に出すことはないんだけどね?
 それでもちょっとびっくりはしちゃったよ。
 いやいやまさか、振り返り、茜ちゃんの美貌を確認すると、抜刀するだなんて。
 加えてそのまま突進してくるなんて、いやいやいやいや。

「此度は茜さんですか……それでは、いざ尋常に参りましょう!」

 何言っちゃってんのこの子! こわっ! 怖くないけどね!
 茜ちゃんプラカードを示してないのに勝手にボケないでよ!
 彼女は刀を上段に構え、茜ちゃんの将来有望と名高い体躯を傷つけんと駆ける。
 ……えーと、つまり、そういうこと? あっちゃー。あっちゃーとしか言えないよ。

 それでも懐の広い茜ちゃんは、彼女に一縷のチャンスを託そうではないか。

「はっはっはっ! このプラカードが目に入らぬかー!」
「そちらが茜さんの得物なのですね、なるほど……っ!」

 プラカード見せたんだからボケてよ! むしろボケてるの!?
 あーもう、茜ちゃんをここまで惑わすとはエミリーちゃん、可愛い顔して中々の策士やのお。

 それでも、仏の茜ちゃんはエミリーちゃんを許そう。
 だって、悪いのはエミリーちゃんじゃないんだもん。
 だってだって、悪いのはプロちゃんなんだから。
 茜ちゃんを怒らせて。
 みんなをみんなを裏切って。
 そんなプロちゃんが悪いだから、決してエミリーちゃんを責めたりはしないよ。

 だけど、それでも。
 あくまで凶行に走るなら、茜ちゃんはエミリーちゃんを止めないとね。

 武器がないから逃げたっていい。
 でも、逃げたらこのみちゃんが狙われる可能性がある。
 そんな中で逃げるだなんて、野々原茜の名が廃るってもんだよ。

 茜ちゃんはプラカードをさながら剣のように構え。
 エミリーちゃんと向き合った。
 エミリーちゃんの瞳は、清く澄んでいる。


  #####


 ぶっちゃけ戦局としてはそこまで悪いわけじゃないんだよね。
 冷静に対処すれば、刀も避けれないわけじゃない。
 茜ちゃんほどの運動神経の持ち主なら当然っちゃ当然なんだけどね?
 加えてエミリーちゃんは刀を使いこなせていないように見えるんだ。
 刀っていうのは極論鉄の塊だしね、扱い慣れてなきゃ重たいし扱いづらいっていうのも分かる。

 パーフェクトな茜ちゃんはすすいのすいとエミリーちゃんの振るう刀を掻い潜る。
 それ以上の行動を打てるほどの隙はないんだけど、エミリーちゃんもそのうち疲れてくると思う。
 それまでは回避に徹するよ。華麗に舞う茜ちゃんのキュートさに目を奪われちゃうかもしれないけど、ちょっと我慢しててね!

 数回、エミリーちゃんの攻撃を掻い潜る。
 見様見真似なんだろうね。
 エミリーちゃんの攻撃は一見、様になっているようだけど、粗が目立っていた。
 刀の重さに振り回されている印象さえ受ける。
 ま、琴葉ちゃんの剣さばきと比べるべくもないね。

 そんなこんなで、エミリーちゃんの動きが徐々に緩慢になってきた。
 疲れたんだろうね。
 不謹慎だけど、狙いがうまく的中するって言うのは気持ちがいい。

 だったら、そろそろこの戦いも潮時ってことかな。
 エミリーちゃんが上段から刀を振り下ろす。
 それをプラカードの面を使い、華麗に横へ受け流す。

「――わ、わわっ!」

 いなされ、勢いのまま力が流れて、姿勢が崩れる。エミリーちゃんの身体が傾く。
 それはそれは、大きな隙であったのさ。

「その隙、貰うよっ」

 プラカードを構えて。
 ひとまず刀を握る、どちらかの手――この場合は右手の方がいいかな――に振り下ろす。
 一先ず、それで決着は付くだろうしね。手が痛んじゃ刀も十分に握れないだろうし。

 茜ちゃんはエミリーちゃんの身体に、プラカードを振り下ろす。
 振り下ろす?
 振り下ろすの?



 ――――傷つけるの? この茜ちゃんが? 仲間を?



 迷いがあった。
 躊躇いがあった。
 その隙は、致命的だった。


「隙、有りです」
「あっ――――」


 なんていうのかな、うーん。
 脇腹に刺さるその感覚を、どう表現したらいいのかな。



「茜!!」
「……エミリーっ!」



 ああ、これは痛いんだ。
 そっか、痛いんだ。
 そりゃそうだよね。
 殴られたり刺されたりしたら、誰だって痛いよね。


「エミリー! おまえ!!」


 ああ。
 遠くに千鶴ちゃんとジュリアンが遠くに見える。
 それから、千里眼とほま、れたか……い茜ちゃ、んの視界が歪んでいく。
 歪んでいく。
 歪んでい、 。
 ゆが



  #####


 やけにスローモーションに見えた。
 アカネが斬られる様を、あたしはまじまじと見せつけられ。

「……」

 叫ぶでもなく、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
 え? なんだこれ。なんなんだよこれ。
 そりゃ分かってたさ。ここは殺し合いの場で、エミリーがおかしくなっちまったのはさ。
 だったら誰かが死ぬ可能性があるのは頭ん中じゃ理解していたはずなのに。

 実際に立ち会ってみると、どうしてこうも身体が震えちまうんだ?
 緊張してんのか、身体が言うことを利かない。
 自分が苛立たしくてしょうがない!

「お、おいアカネが……!」
「…………」

 ようやく吐き出せた言葉は、なんの意味のない言葉だ。
 隣を窺うと千鶴もまた愕然としている。

「おいって!」
「え、ええ。ひとまずジュリアは茜の元へ」

 八つ当たりに近かった。
 それでも千鶴も答えてくれて、あたしはそれに頷いた。
 はっ、指示されると、身体は自由に動く。なんて情けねえんだあたしは。

 でも、まだ動けない。
 アカネの近くにはエミリーが血に濡れた日本刀を両手に、ゆらりと佇んでいる。
 そんなエミリーの瞳がこちらを向いた。

「次のお相手は、千鶴さんですか?」
「…………」
「……よろしくお願いしますね」

 一度は逃げて身を引いたからだろうか。話を聞いていたのだろうか。
 あたしの方には向かず、エミリーは千鶴と対面する。
 何であれ好都合だ。エミリーが一歩、二歩、と歩みを進みるのと同調するように、あたしはアカネとの距離を詰めた。
 千鶴のことも心配だったが、ここに来るまでの様子を見る限り、下手な心配はしなくてもいいだろう。
 中途半端に介入するよりも、アカネの具合を診る方を今は優先する。

 そしてしばらくして、エミリーとアカネとの距離が十分開いた。
 あたしは一気に走って詰め寄り、アカネの身体を抱きかかえる。
 まだ熱は残っているが、呼吸が微かだ。

「おい、しっかりしろって!!」

 しっかりするも何も、なかった。
 エミリーに斬られた傷は深い。
 料理すらまともに出来なかったあたしの腕じゃ、この傷を直すのなんて無理だ。
 そもそも応急手当なんて言ってる場合の傷にも見えねえし、くそっ!

「――――みちゃ、ん」

 掠れるような声。
 野々原茜のものだった。
 遊園地から響く陽気なBGMに紛れてしまい、何も聞きとれなかったが、今、こいつは喋った。
 あたしは縋りつく思いで、彼女に呼び掛ける。

「こ、のみちゃんが、あそ……こに」
「このみ? あそこにいるのか? わかった。あいつだったら治療術とか分かりそうだしな!」
「……だ、め」
「だめ? どうして!!」
「だって、……傷つ……くから」

 傷つく?
 そりゃ傷つくだろうさ。あたしだって傷ついている。
 ――けど、こいつが言いたいのはそういう意味ではないのだろう。
 でもなければ、自分の命が懸っている場面でそういうことは言わないだろう。
 でもよ、でもよ!!

「駄目だ、連れてく。お前がそれで助かるかもしんねーつーなら、そっちが優先だ。命があってこそ、だろ」
「…………あ、か」

 それ以上、アカネは喋らなかった。
 分かっちゃいたが、マジでやべえな。
 このみの腕はともかくとして、ひとまず安静できる場所に移動しなきゃ……。
 いや、下手に移動させない方がいいかもしれないけど、ここにはエミリーが……。

 てんで回らない頭をいったん打ち切り、アカネの身体を背負い込む。
 全体重が圧し掛かってくるからか、ずいぶんと重たく感じる。
 そうだ、うだうだ言っててもしょうがねえ。このみと合流しよう。

 急がねえとな。
 遊園地に向かおうと千鶴に呼びかけよう。
 そう思って、千鶴の方を振り返った。

 千鶴とエミリーの距離はもう間もなかった。
 おい、なにやってんだ。そう思って声に出そうと思ったけれど。
 遅かった。
 何故か逃げ腰な千鶴をよそに、エミリーは刀を横に薙ぐ。
 その瞬間、あたしと千鶴との視線が交錯して。


「ジュリアたす――――!」



 ――――え?



  #####


 まるで夢の中で泳いでいるよう。
 なんら現実感もなく、ただお遊戯のような、そんな世界。

 わたくしはお茶を一口啜り、吐息を漏らす。
 それはいつもと何も変わらない――“ずっと”続くと思っていた日常そのものです。
 高貴なわたくしにふさわしい優雅な一時。
 わたくしは茶で口を潤わせつつ、現状を顧みる。

 正直、なんの手応えもありませんでした。
 だって最初からおかしいですもの。
 あのプロデューサーがわたくしたちに殺し合いを強要させるだなんて思えませんし、
 第一社長が死ぬだなんて、到底わたくしの理解できません。
 むしろあれは人形で、首輪の爆発もただの茶番でしかないとすら思えます。
 現に。現に肝試しのとき作られた翼の人形も、ずいぶんとそっくりに作られていたものですし。
 なんというか、765プロだったらそれぐらいの茶番を作り上げることは容易な気がいたしますわ。
 どのような理由から、と尋ねられましても、わたくしには答えかねますがそれでもわたくしは未だ現実感を得ずにいます。

 そもそもからして、ですわよ。
 わたしたちに殺し合いをさせたいというのであれば。
 こんな――こんな水鉄砲と茶を提供して、何をさせたいのです?
 おもちゃ。それもかなり非力なおもちゃ。きっと仲間のみなも、同じようにふざけたものを渡されているのでしょう。
 確かプロデューサーは武器等とおっしゃっておりましたわね。
 そりゃ銃は武器ですけれど、水鉄砲ですわよ? これが武器ですの?
 わたくしの中にある熱が、徐々に冷めていく。
 足元のつかない浮遊感。
 ふわりふわりと、浮いている。

「そう思うと、わたくしにもできる気がしてきますわね」

 現実感を得ないまま、わたくしは呟き確信しました。
 きっときっと大丈夫だと。そう口に出す。

 もっとも、これが茶番であったところで。なんであったところで。
 わたくしたちの許可もなく、斯様な殺し合いという名の悪趣味なイベントに巻き込んだこと。
 それに社長の尊厳を蔑ろにしたこと。
 それらを含めて、わたくしたちを裏切ったプロデューサーを一つ返事で許容する気にもなれません。
 しっかりと問い詰めなければなりませんわ。

 そのためにはいくつかの過程を踏まなければいけないのでしょう。
 首輪の解除、仲間との協力、それにこのホテルをはじめとして、島を貸し切った財を持つ敵勢勢力の内情の分析。
 それらを踏まないことには問い詰めたくとも、プロデューサーに会うことは叶わないでしょう。
 これがなんであれ、そういうルールでしょうから。

「……」

 再度茶を口に含み、備え付けてあったクッキーを一口頬張る。
 その動きに、緊張なるものは一切ありません。だってわたくしは高貴ですもの。
 口で噛み砕いたクッキーはとてもとても、美味でしたわ。

 高貴かつ華麗なわたくしの努めは、既に決まっているのです。
 いつまでも続くと思っていた“ずっと”を続ければいいだけなのですから。
 高貴に、華麗に、振る舞えばいいだけです。

「ま、わたくしの才覚に任せておけば、プロデューサーの意図だなんてちょちょいのちょいで暴いて、掻い潜って見せますわ」

 わたくしは、殺し合いは本当であると、心のどこかで理解しつつも。
 蓋をして、見て見ぬふりをして、これはただの茶番でしかないと認めました。
 曇りなどなく、ただただ純粋に“虚勢(いつもどおり)”を続ければいいのだと、信じていました。

 ――だって殺し合いなんて、“実感”が湧きませんこと?
 ――わたくしには掴めませんでした。



   # ##



 千鶴――?
 声に出ない。
 どこに放り投げればいいかもわからない言葉が身体を彷徨って、喉に詰まる。
 力が抜けていく。
 背負ったアカネの身体が地へと落ちた。
 まるで麻酔が回ったかのように身体中の力という力が抜けていく。

「ち、ちづ……る?」

 あまつさえ絞り出した言葉はそんな情けないものだった。
 あたしの視界には、一つの死体が目に入る。
 それはあたしの背後に落ちている野々原茜のものじゃない。
 つい三十分前まで威風堂々と構えていた二階堂千鶴のものだった。

「なん、な……で」

 言葉にならない。
 おかしいじゃないか。
 どうしてあいつが、あんなにも自信満々に立ち向かっていたあいつが。
 防御ひとつせず、エミリーに言葉さえも投げかけず、されるがままに斬られてんだ?

 それに、千鶴はさっき、あたしに何を言おうとしたんだ。
 あいにくあたしには思い当たる言葉が一つしか見当たらない。

『ジュリア助けて』。

 あいつはあたしに、そう投げかけようとしてなかったか?
 そりゃ助けてと言われたらあたしも助けるつもりだったわけだ。
 だけど、身じろぐこともなくいの一番に助けを乞うほど、あいつは情けなくなんかなかったはずだ――。

「……」

 ……。
 あれ?
 そうだったか?
 あいつは、“そういう奴”だったか?

「ちがう」

 あたしだって、知ってるじゃないか。
 殺し合いが始まる前のあいつを。
 二階堂千鶴の、本来のキャラクターを。

 悪い言い方をすれば情けなかった。
 イメージだけで予想すれば、見栄を張っても内心怯えていた方が余程似合っている。
 あたしは、知っている。
 そりゃなんだかんだで長く付き合ってきたんだ。
 知ってて当然だ。

 そして、そんなキャラクターな彼女が、助けを乞うのは極々自然に見えちまう。

 じゃあ、なんだってんだ。
 二又の岐路から遊園地に至るまで見てきたあいつは、全部虚勢だってのか?
 でも、凛然としていたあいつにいつもみたいなボロはなかったぞ。
 わっかんねえ、わっかんねえ、わっかんねえよ!!


「さて」


 千鶴のことで頭がこんがらがってる中、仕切りなおすようにエミリーがつぶやく。
 血塗れた切っ先は、あたしの方を向いている。
 千鶴と茜との、もうどっちのものかもわからない鈍く輝く血液が、ぽたりぽたりと地面へ落ちた。

 そうだ、まだ終わっちゃいねえんだ。
 とりあえず逃げねえと。殺されちまう。
 エミリーは降参さえすれば逃がしてもらえる。
 だから、あたしが頭を下げればいいだけ。

 下げればいい。
 ただそれだけ。
 それだけ。


「ジュリアさん、今度は私と勝負してくださるのですね」


 あたしは、一歩踏み出した。
 頭を下げればいいだけ、だけど、どうしてか、あたしにはできなかった。
 アカネを、千鶴を殺したこいつに、頭を下げて命乞いをするだなんて、あたしには無理だ。 
 ああそうさ、何もかもが生きてこそ。
 千鶴の言う通りさ。

 だから、仲間を殺したエミリーに、頭を下げようだなんて、到底できない。
 生きていることの肝要さを踏みにじったこいつに下げる頭なんかねえ!

 頭に血が昇っていくのを感じる。
 自分で分かっていないがら、それが抑えられねえでいる。
 頭の至る所から、何かがブチリブチリと途切れる音が響き続けた。

 今更になって“実感”する。
 この場は殺し合いの会場なのだ。
 逃げてばかりいたって、どうしようもないんだ。
 逃げていたって、もう覚悟を固めちまった奴はいるのさ。
 きっとエミリーだけじゃないだろう。
 ほかにも数人……いや、十何人といたっておかしくない。
 きっと社長が死んじまって気を狂わした奴だっている。


 ――頭の中でずっと音が鳴り響く――


 そんな中で、あたしはどこに逃げればいい?
 知るわけねえよ。
 それにここで逃げたら、茜に託されたこのみの命を見殺しにするとほぼ同義だ。
 今のあいつがどんな状況かわかんねーけど、茜に心配されたってことはそういうことなんだろう。


 ――頭の中でずっと音が鳴り響く――


 だったらすることは簡単だ。
 あたしは、死にもの狂いでこいつを止めてやる。
 一発殴って、それでもだめならもっかい叩いて。
 何度も何度も叫んで、こいつを清く正しい大和撫子に戻してやる。
 出来ないなんて知らない。あたしのロック辞書に、不可能の文字はねえからな。


 ――頭の中でずっと音が鳴り響く――


 勇気と無謀がちげーなら。

 こいつを救って、このみを救って。
 プロデューサーをぶん殴って、せめてここから巻き返せるだけのハッピーエンドを成し遂げる。
 全部全部うまくやり遂げて、今は無謀と謗られる行動でも、後に勇気と称えられる行為に変えてやるっ!
 それは、とてもロックだ。


「バカエミリー、あたしのロックでお前の目を覚ませてやるよ!」


 あたしはまっすぐ、右の拳を振り上げて突撃する。
 赤く染まる視界の中、しっかりとエミリーの顔面をとらえて。

 それからあたしが感じたのは、腹部の鋭い痛みだった。
 意識がまどろみ始めた、そして。



   # #


「……は?」

 そこには死体があった。
 山のように死体があった。

 ロック魂を感じる、燃えるような赤い髪。
 高貴な印象を与えるウェーブのかかったブロンド。
 そして、そして。
 活発な調子を連想させる、外にはねた髪型の少女が。
 その場に横たわっている。
 血の海に沈み。
 静かに。
 どこまでも静かに。


 ――永遠に続くと思っていた。
 ――あの賑やかな日々は失われることはないって、根拠もないのに信じていた。


 どうして、と感じる余裕もなく。
 ありのままの情報が、私の頭を刺激する。


 ――“ずっと”なんてどこにもなくて。
 ――思い出だけが、私の脳内を駆け巡っている。
 ――楽しげな哄笑が、ずっとずっと、私の胸に鳴り響いていた。


 どこまでも静かに、私は崩れ落ちる。
 たった一人だった。
 たった一人だった。


 ずっと。
 どこまでも、静かだった。



【野々原茜 死亡】
【二階堂千鶴 死亡】
【ジュリア 死亡】



【一日目/午前/H-1 遊園地・入場門】

馬場このみ
[状態]健康
[装備]
[所持品]支給品一式、トランシーバー、ランダム支給品(1~2)
[思考・行動]
1:???




   # #



「――――三人」


 言葉にして確かめる。
 野々原茜さん。二階堂千鶴さん。ジュリアさん。
 思わぬ三連戦でしたが、みながみな得物という得物を持ち合わせていなかったのが幸いといったところでしょうか。
 ……得物をもっていない相手と相対するのは卑怯なのでしょうか?
 …………。
 いえ、運も実力の内。
 そして、武器を収めずともわたくしと立ち向かった彼女らの闘志を無碍にするわけにもいきません。
 決闘が成立した以上、本気を出すのが私の務め。
 私は私に出来ることを一つずつ片づけて参りましょう。
 仕掛け人様がそう望むのであれば。

「行きましょうか」

 まずは町へ。
 遊園地に足を運ぶのも構いません、が。
 遊園地から去る際、もう一度この遺体を見なくてはならないとなると――。

「……」

 いえ、ともあれ南町へ。
 きっと大和撫子になるための試練が、いくつも待ち構えていることでしょう。
 すべきことは、たくさんあります。 

「……」

 刀の血を払い、鞘に納めます。
 さすがに、長時間持ち続けるには重たいんですよね。
 ちゃきん、と音が鳴りました。

 ふと、視界が下に向く。
 私は三人を切り伏せたことで何を得たのでしょう。
 残念ながら、大和撫子として至らぬ点の多い私では判断しかねますが、きっと意味があるはずです。
 だって、仕掛け人様がそうおっしゃったのですから。

 私は戦利品……というのは不躾でしょうか。
 ともあれジュリアさんたちの荷物を回収する。
 少々重くなってしまいますが、支障が出るほどには感じませんでした。


 さて、立ち去る準備は致しました。
 いつまでも立ち止まっているわけには参りません。
 歩みましょう。
 大和撫子の歩むべき道を。
 歩みましょう。
 私と仕掛け人様の、夢の跡を。


【一日目/午前/H-1】

【エミリー・スチュアート】
[状態]健康
[装備] 日本刀
[所持品]支給品一式×4、トランシーバー、水鉄砲、ティーセット、ランダム支給品(1~3)
[思考・行動]
基本:果し合いで仲間を倒し、至高の大和撫子になる。
1:次の相手を探しましょう。
2:降参した相手は斬らないよう申し付けられましたが……。


※ランダム支給品(1~2個)にはジュリア曰く、「役に立ちそうな武器はない」ようです






【「次でボケて!」のプラカード】

 野々原茜に支給。
 木製。サイズは甲子園でみられるものほど。
 これを見せられた人は次でボケなければいけない。


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 君は希望と言う名の絶望に沈む   投下順に読む   いっぴきのこぶた 
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 二階堂千鶴  死亡
 貴方の想いに救いを   野々原茜  死亡
 馬場このみ   YOU往MY進?
 妖刀別嬪   エミリー   本当は臆病な私へ


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