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悔しさも弱さも

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悔しさも弱さも


残酷な現実を伝える、放送の始まる少し前まで遡る。

「静香~…しーずかぁー……」

彼女達の周りに映る景色は、先ほどまでの街並みとは打って変わり。
北の街と東の街を結ぶ、草原の上で伸びる道の間で。
あざやかな金色の髪を揺らす少女の、情けない声が響いた。

「……そんな声出さないでくださいよ」
「だって重たいんだもん……静香、これ絶対イロイロ入れすぎだって思うな」

おおげさにフラフラと揺れる少女、星井美希の背負うデイパックは、このイベントが始まった時よりも膨らんでいた。
それは、同行する少女、最上静香も同じ。
彼女達の背負うデイパックには、ついさっき寄った病院で回収した備品が詰まっていた。

主にそれを選定したのは、最上静香の方。
病院へ寄ろうと言った提案者なのだから、当然といえば当然なのだが、その量が問題だった。
様々な部屋を渡り歩き、その度に引出の中や棚の中を見て回って、取り出して、デイパックに突っ込む。
包帯、切り取る用のはさみ、消毒液、よくわからない薬、あと、もろもろ。
静香には使い道がよくわからないようなものでも、あるに越したことはない、と。とりあえず突っ込んでいった。

おかげで当人のデイパックには入りきらず、美希の方にも詰め込んで、ようやくギリギリと言ったところ。
とばっちりをくらったとも言える美希の方は、愚痴の一つも言いたくなる程だ。

「なら、今すぐ中に入れたやつを出してもいいんですよ。私一人で行きますから」
「そこまでは言ってないじゃん……むぅ」

そんな彼女の反応に、冷たく引き離す。
静香の方も、別に彼女と一緒にいる必要はない。
同行するのが嫌だというのなら、喜んで別行動をする。
それだけ、彼女は急いでいるのだ。プロデューサーを探し出す事、そして、他にも。

「………それにしても」
「なんですか?」
「ううん、誰にも会わないねって思って」

美希が、何の気もなしに呟く。
こんな悪夢のような出来事が始まって、もうすぐ6時間が経とうとしている。
なのに、誰にも出会っていない。
正確にはニアミスといえるような出来事はあったのだが、それを彼女達は知る由はない。

「……はい。まだ、誰にも……」

そして、それは静香の焦りを生む。
何せ今は、状況が状況なのだ。誰にも会えないのは、嫌な予感を加速させる。
――それだけ、事が進んでいるのかもしれない、などと。

彼女の一番の目的は、プロデューサーを探し、殺す事。
けれど、だからといって仲間に対しなにも感じないわけじゃない。
そもそも、彼女がここまで激昂しているのも、仲間をこのような事に巻き込んだというのも理由の一つとしてあるのだ。
その仲間の安否が、気にならないわけがない。

(静香、また難しそうな顔してる……)

それは、美希としても同じだ。
この状況を理解してないわけじゃなく、彼女も仲間の事が心配なわけじゃない。
そして、その『仲間』というのは目の前の少女も含まれている。
焦り、急いて、自らを追い込んでいくその姿に、不安めいた、複雑な感情を覚えていた。

二人とも、声にならない思考を浮かべながら、歩いていく。
その中で、何も結論はでないまま、沈黙が続き。


それを、遮るように。


ぴーんぽーんぱーんぽーん。




そう、音が鳴り響いた。




    *    *    *




「……嘘」

放送が終わって、どれだけ時間が経ったか。
それに、ぽつりと呟いたのは誰だったか。
それさえも分からないほど、彼女達は唖然にとられていた。

淡々と、伝えられた現実。

12人の仲間が、死んだ。その事実に。


「翼……みんな……?」

静香がこぼした言葉は、その中でも親しかった少女の名前。
丁度、今一緒にいる美希と似ていた、気分屋の子だった。
振り回される事も多かったけど、不思議と嫌な気分でなかった、のに。
それが突然、終わってしまった。そんな結論に至っても、心が理解を拒む。

「………」

12人の命が、大切な仲間が、こんなにも淡々と、『いなくなった』ことを伝えられた。
どこかで、どうなったのかも分からずに、死んだ。

二人とも、他の誰とも出会わず。
だからこそ、まだ意識が、実感が足りていなかった。
湧き上がったのは、怒りよりも、喪失感。
そして、それが整理できずにいた。




けれど、そんな彼女達の心が少しでも休まる事はない。

息荒く、混乱する彼女らの耳に届いたのは、かすかな―――




「っ!?」



―――銃声、だった。



「……静香、今の……」

距離があったのだろうか、それは、あまりにもかすかな音。
けれど、二人の元には確かに聞こえていた。
初めて聞いた、決定的な、危機の音。
美希がおそるおそる、かろうじて確認の声を出す。

呆気にとられ、何事かと思っていた二人の元に、続け様にもう一発、銃声が聞こえた。

気のせいなんかじゃ、ない。
それを聞き、確信した、瞬間。


「――――っ!」


静香は、脇目も振らずに走り出していた。

「あっ、静香!?」

少し遅れて、美希も追いかける。
少女達の中で、まだ何も整理はついていない。
けれど、だからと言って止まる事も、できなかった。

音の聞こえた方角へ、一心不乱に走る。
背負ったデイパックの、中身が乱雑に揺れる音が聞こえる。
必然的に動きも遅くなり、疲労もみるみる溜まり、息も切れる。

そんな彼女に、美希もすぐに距離を詰め、追いつく。
けれど、彼女の事を止める事なんて出来やしなかった。
それだけ、向かう彼女の表情は必至で、切羽詰まっていて。


「! また……っ」

そんな事を思う間に、響き渡ったのは、三発目の銃声。

今度は距離も近くなった事もあり、はっきりと二人の耳に届いた。
三発もの銃声となると、誤射や事故の可能性はぐっと低くなる。
おそらく、何かしらの敵意を持ったものだ。
そして、それはまだ続いている。あるいはもう、手遅れかもしれない。

「ねぇ……っ、うわっ!?」

どうしよう、と声をかけようとした美希の言葉が、遮られた。
いきなり、目の前に何かが飛んできたからだ。
静香の、背負っていたデイパック。美希のもの以上に、ずっしりと重い。

彼女は急ぐあまり、美希へと荷物を投げ捨てたのだ。

「ちょっ……重っ…!」

それを抱え込むように受け取り、重さに四苦八苦している間に、身軽となった静香はこちらを気遣う事なく走ってゆく。
一つでさえ重さに難儀していたものを二つも持って、美希の体はふらふらと揺れる。
耐えきれず思わず下ろすその間にも、静香はもう粒程に遠くまで去っていた。

「……ッ、人遣いが荒いの!」

彼女一人を、先にいかせるわけにはいかない。
不満を隠さず、でもそれどころじゃない、と。静香のデイパックを再度持ち上げて、走る。
必死で追いかけ、もう眼前にまで近づいていた街へと足を踏み込む。
静香の姿は、まだ見えない。どこまで行ったのか……と、考えながらも進み続けた。




    *    *    *



「………あっ」

しばらく、疲労に苛まれながらも走り続けると、やがて目の前に先に行ったはずの静香の姿が見えた。
さっきまでのように走っている様子はなく、立ち止まっている。
一体、どうしたのだろう。そう思い、近づいていく。

「静香?」

後ろから声をかけようと近づくと、静香のさらに向こうには、また別の少女がいた。
その姿は、なじみがある。それを知って、小さく声をあげた。
萩原雪歩。同じ事務所の仲間で、だからこそこんなイベントに巻き込まれた、同じ被害者。
けれど、その様子はどこかおかしい。真っ青な表情をして、こちらを見ている。
なにか、見られてまずいようなものを見られたかのような。


「………?」


未だ、何事か分からない美希はもう一歩踏み出す。
その瞬間、ぴちゃり、と。地面を踏む音が変わった。
何か液体を、踏んだ音。その瞬間、脳裏に嫌な予感がよぎる。

まるで自分が、無意識のうちに何かから目を逸らしているような気がして。


流れた冷や汗をぬぐう事さえ忘れ、下を見ると、赤かった。

少し視線を移すと、静香もまた、赤の上に立っている。

その先、静香の向こうの地面に、一つ何かが横たわっている。




――少女の、死体が。


「っ!?」

彼女が、この場所に来て初めて見る死体。
それに思わず、口を抑える。
人が、人じゃなくなっている決定的な姿。生気を感じない表情も加えて、言いようのないおぞましさを感じてしまう。


「せり、か?」

そんな中、美希とはまた違う声が、ぽつりとこぼれた。
後ろで衝撃を受ける美希に何も反応せず、静香はただ茫然と、彼女の姿を見て、震えている。
ふらふらと、一歩、また一歩と近づく。その度に、彼女からあふれ出た血液を踏む、ぴちゃりという音が響いた。


「うそ……なに、してるのよ……」

自らの体が血で汚れるのも気にせず、座り込んで、動かなくなった彼女の体を抱きかかえる。
声をかけても、何も反応はない。
うつろな目に生気は一切感じられず、そういう事に詳しくない彼女達にも、嫌でも察する事が出来てしまう。


「何か言ってよ……目を開けてよっ!!星梨花っ!!」

悲痛な叫びが、こだまする。
どれだけ呼びかけても、どれだけ強く体を握りしめても、うつろな顔には、反応一つない。
人形のようにだらんとした姿は、もう、彼女が『終わってしまっている』事を残酷な程に表していて。


「ねぇっ!ねぇったらぁ!!」

残酷な事実を、認められないとばかりに彼女は必死に呼びかける。
まるで、駄々をこねる子供のように。ずっと。
その姿を、美希は痛々しく見つめる。彼女達が初めて実際に直面してしまった、現実。
――箱崎星梨花は、死んでいた。仲間だった子は、無残に命を散らしていたのだ。



「……どうして」

そうして何度も何度も、喉が枯れるほどに叫びがこだまして。
やがて静かになり、代わりにぽつりと呟かれたのは、子供のように困惑した声だった。

「どうして、星梨花が、こんな……」

ただ、純粋で、一生懸命頑張っていた、誰からも愛されていた女の子。
何故、彼女が死ななくてはならなかったのか。彼女が、何か悪いことをしたのか?
目の前で起きた理不尽に、身を震わせる。
そして、近くで立っていた雪歩を睨みつけた。雪歩の俯いていた瞳は、静香の涙と憤怒が混じった視線と交わされる。

「ねぇ、教えてよ!なんで星梨花が、せりかがぁ……っ!」

その激情の矛先は、近くにいたその彼女に向けられた。
彼女に迫り、彼女の体が血で汚れようと臆する事なく、責め立てる。
星梨花が死んでいた場所で立ち尽くしていた少女は、何を見たのか。
何をしていたのか。助けられなかったのか。
一人の少女には、とても酷な事。それを、彼女にぶつけていく。

「ちょっと静香っ」
「止めないで、美希ちゃん」

静香の事を止めようと手を伸ばした美希を、雪歩は言葉で制止する。
未だ掴みかかられ、激しい剣幕で詰め寄られている、その間でも。


「……ごめんね」

彼女は、ただ目を伏せていた。


「………ッ!」

その言葉に、静香は言葉を詰まらせる。それと同時に、掴む手に力がこもった。
傍から見れば、彼女は何をしたのか、何をしてしまったのか分からない。
言葉の真意を、理解しきれるわけじゃない。
もし、彼女の何か失敗で、彼女のせいで。星梨花が死んでしまったのなら。

まだ幼い心は、仕方ないと割り切る事なんてできない。

「どうして、あなたが謝るんですか!?まさか、あなたが――」
「静香!」

その燃え上がるような怒りのまま、今にも殴りかかろうかという程だったのを、見ていた美希が今度こそ止めた。
2人は、まだ何も知らない。憶測だけで、責めさせるわけにもいかない。
間に割って入り、二人に距離を取らせる。静香の息は荒く、頬には涙が伝っていて、雪歩はそれをまっすぐ見つめている。

「……ねぇ、雪歩。知ってるなら説明してよ。何があったの?」

一体、何があったのか。誰が、こんな事をしたのか。
それが分からない以上は、話の進めようがない。
雪歩の態度は、少なくとも自分勝手な理由で星梨花を殺したようには思えない。
頭が痛くなるような、自身の混乱を抑えて、美希は雪歩に話を促す。


そして雪歩は少しだけ躊躇した後、控え目に頷いて、口を開いた。


    *    *    *

そうして、彼女は知る限りの全てを淡々と話した。

この殺し合いが始まってすぐに、菊地真四条貴音に殺されたところを見た事。
それに恐怖して、その場から逃げ出した事。
どうにかして止めようとしたところに、星梨花と合流した事。
彼女はこの状況を理解しきれていなかった事。
貴音と出くわし、星梨花を守りきれなかった事。

そして、邂逅の末に得た、四条貴音の真意を。
たどたどしく、けれどはっきりと話す。

「…………」

それを、二人はじっと黙って聞いていた。
彼女のこれまでは、二人の歩んできたそれとは大きく異なる、波乱に満ちたもの。
特に、二人の仲間の死を目前で見た事の衝撃は、計り知れず。
気軽に、声を挟む事なんて出来ない。

「だから、星梨花ちゃんを助けられなくて、私が責められても……仕方ないよ」

対照的に、語る雪歩の目は強かった。
多くの苦難や、哀しみを経て、それでもより強く、決意を固めている。

「……そう、なんだ」

ある程度話に区切りがついて、美希はぽつりとつぶやく。
二人が具体的な実感もないままに動いていた間にも、彼女は残酷な世界に蹂躙され、その中で成長していた。
その格差を見せつけられたようで、少し歯痒い気持ちになる。

「……なんで……どうして……」

ちらりと横を見ると、そこには俯き、茫然として呟く静香の姿があった。
仲間だった筈の少女に、仲間を殺されていた。その事実を改めて見せつけられて、衝撃を隠しきれない。
震える体を無理矢理押し付けるように、俯いていた。

「静香ちゃん、大丈夫…じゃ、ないよね…」

雪歩はそれを、心配そうに見つめている。
彼女がここまでショックを受けるというのも、無理はない。
十二人の仲間が死んだ。そしてこの短い間にまた一人。
正直、少し呑気に考えていたことを否定できない美希にとっても、狼狽えるような事。
彼女の追い詰められた思考は、計り知れない。

「…………」

反面、美希には彼女のように大きく動揺する事はなかった。
そんな話を聞かされて、こんな反応を見ても尚、具体的な実感が湧かない。
この状況を何よりも危惧していた少女と行動を共にしていたのに。目の前で、実際に仲間が死んでいるというのに。
雪歩から感じる、強い決意をひしひしと感じている、のに。
それでも、彼女のように強い気持ちも、さっきまでの静香のような激情も抱かない。
現実味が湧いていないから、だろうか。未だに混乱しているから、だろうか。

――――それとも、胸の中のもやもやとした、行き場のない感情をぶつける場所が分からないからだろうか。
自分自身でも、分からない。

「ねぇ、雪歩はこれからどうするの?」

話に困って、とりあえずといった風に聞いてみる。
無時合流して、しかし問題はこれからだ。
まだ何も手つかず、どうすればいいかも分からない。こんな状況で、どんな行動を選択するべきなのか。

「……まず、私はプロデューサーを探し出して、止めたい」

それに対しまず応えたのは、彼女の一番のスタンスだった。
その言葉に、静香の体がぴくりと反応する。
が、それだけ。美希は少し冷や汗をかくが、雪歩は気付く事なく話を続ける。


「その中で……四条さんの事も助けたいなって、思うんだ」

そして、向き合う二人の方をはっきりと見つめて、そう告げた。

「助ける……」
「自分勝手なのは、分かってる。
 でも、私はあんなに哀しんでた四条さんをただ『殺し合いに乗った人』で切り捨てたくない」

二人からすれば……いや、当事者である雪歩からしても、四条貴音は殺し合いに乗った、危険人物でしかない。
けれど、雪歩は確かにあの時貴音と対面した中で、その哀しみを感じ取っていた。
犯した罪が重い事は知っている。だからこそ、決して楽ではない事も知っている。

それでも、彼女の抱いた夢を、昨日までのすべてを。
諦められない。捨てられや、しない。

「でも、今のままじゃきっと駄目だから。
 だから、まずは仲間を集めたいな、って。美希ちゃんや静香ちゃんに会って、そう思ったの」

ただ、助けたいと思うだけで改心させられるほど、甘くない事ぐらいは知っている。
彼女の気持ちを変えるのに、今のままでは足りない。

だから、そう。深い闇の底へ沈んでいく彼女を助ける程の強さを。



「『夢』を、『今』を。ちゃんとした形にできたら、きっと……」




「助けられる?」


その言葉が、別の少女の言葉で遮られた。




「……もう二人も殺した、あの人を?」
「静香ちゃん……?」

声を上げたのは、いつの間にか顔をあげていた静香だった。
睨みつける、そう表現するべき瞳に、美希は嫌な予感が脳裏をよぎる。

雪歩は、その突然の態度の変化に戸惑いながらも、意を決し視線を返す。


「…確かに、難しい事だと思う。簡単には、許されないと思う。
 でも、私は諦めたくないよ。私は、四条さんを助けた――――」


「知ったような事を言わないでっ!!」


遮った言葉は、さっきまでとは打って変わってとても荒々しく。




「あなたが許せば、手を差し伸べれば、殺された人の事も救われるの?
 貴音さんを助ける? ふざけないで―――何の罪もなかった、星梨花の事も助けられなかったくせに!!」


そして、言葉は心ない凶器へと変わる。



「……っ!」
「静香っ、言い過ぎだよ!」
「………」

静香の糾弾に、雪歩は言葉を詰まらせる。
美希に咎められ、静香も一旦言葉を止めるものの、肝心の静香の表情は一向に緩まない。
むしろ、止められた分の激情が溜まり、それが敵意として向けられている。
ぎり……と、歯のきしむ音が聞こえた。



「……私は、許せない」


そして、ぽつりぽつりと。

胸に秘めていた思いが零れだす。


「こんな事で皆が巻き込まれて、死んでいった事が許せない。
 わけもわからずに、皆の人生が壊されていった事が許せない……!」

彼女は、ずっとこんな理不尽に怒りを抱いていた。
雪歩の話では、星梨花は、何も知らなかったのだという。
それだけ純粋で、そして、人を疑う事を知らなかったのだろう。
まさか、皆が殺し合いをするだなんて思わなかったのだろう。
そんな彼女の純粋な気持ちが踏みにじられた事が、許せない。


そして、なにより。



「こんな『くだらない』理由で、星梨花が殺された事が許せない!!」


死にたくないから、殺し合いに乗る。そんな選択を取るなら、まだ理解はできた。
そんな、人として当たり前の感情まで否定するつもりはない。言ってしまえば、皆が被害者なのだから。
しかし、彼女は違う。四条貴音は、全てを諦め、自分の意思で全てを終わらせようとしている。
そんな自分勝手な動機で、星梨花は殺された。

ふざけるな。

箱崎星梨花の夢は、人生は。誰かの好きにしていいものではないし、ましてや勝手に終わらせていいものでもない。
そんな、諦観のついでと言わんばかりに命を散らされた事が、どうしても許せない。


「……私は、あなたの方針には賛同できません。
 助ける? 冗談じゃない……私には、貴音さんにそんな思いは抱けない」

言い切り、肩で息をする静香は、軽蔑のような視線を送る。
今までの、仲間思いなはずの彼女からは想像できないような棘のある言葉。
雪歩は、その言葉に血の気が引いたような表情を見せている。

「……なら、どうするの」
「美希さんも、そっち側なんですか……なら、もういいです」

賛同しかねるのなら、一体どうするのか。
その問いに対して、彼女は地面におろしていたデイパックを背負う事で応えた。


「……私が、一人で行動しますから」


そうして彼女が、一歩を踏み出したその時。



―――では、私は失礼します。無事だったら、どこかで会いましょう


「………っ!」

いつか感じた違和感が。そのまま同じように、脳裏をよぎる。



「静香!」

気付いた時には、大声で彼女の事を呼び止めていた。
対する静香は、止まりはしたものの、こちらを振り向く事はない。
その、全身から感じるようなぴりぴりとした雰囲気。

「……静香、まさか……」

それが、彼女の中で確信に至った事をより確実にさせるには十分すぎる。
しかし、信じられない。彼女に限って、そんな、まさか。そんな感情が膨らんでいく。
誰よりも、仲間の事を大事に思っている、筈なのに。


「殺してでも、罪を償わせる」


――かつての仲間でさえも、今は復讐の標的でしかない。

「……邪魔をするなら」
「待って、待ってよ静香ちゃん!
 気持ちは分かる、けど! 少し頭を冷やした方が……」

唖然とする美希の横から、雪歩が止めようとして口を出す。
だが、それを聞いて美希の頬を冷や汗が流れた。
今の彼女に、雪歩の言葉は間違いなく悪手だ。

「……頭を冷やして、あの人を許して……そうしたところで、何が変わるんですか。
 そんな事をして………死んだ星梨花が、皆が! 浮かばれる筈がない!」

そして、案の定というべきか。
逆鱗に触れたかのように、静香は大声を上げた。
けれど、ただそれだけじゃない。胸の内を露呈した事で、必要以上に激昂している。


「仇を、取ってやる……こんな事を計画した、あの男も……私が……!!」


その姿を見て、美希はいよいよヤバいと感じ始めた。
気付かなかった……いや、気付いていたはずの部分より、想像以上の憎悪。
まさか、それが仲間に向けられるだなんて。


―――邪魔をするなら。


ついさっき、静香の放った言葉が浮かぶ。
その言葉は、おそらく、ただの脅しなんかじゃない。
やると言ったなら、本当にやりかねない。その凶弾が、こちらに向く可能性はゼロではない。

言葉に詰まった美希を見て、静香は話が終わりかと踵を返す。
ここで下手に声をかけるのは、危険だ。それは、そこにいた二人共が感じていた。
本当に、殺されかねない。


「……静香」


それでも。

美希は、その肩をしっかりと掴み止めた。


「………」
「雪歩の言う事は、確かにキレイゴトで、賛成できないかもしれないよ?
 でも、だからってミキは頭ごなしに貴音のことを否定できないの」

静香の激情自体を、否定はしない。
けれど、美希にはそれを全て無理だ、ありえない。などとは言えない。

「同じ、だよ。納得できない。貴音の話をちゃんと聞きたい。静香も、そうでしょ?」

まだ、分からない。当人に会わなきゃ始まらない。
それは、美希がここに来てから変わらないスタンス。
美希にとっても、貴音は大切な仲間の一人。何も知らない間にお別れなんて、嫌だ。

それは、静香も同じ筈。
豹変してしまった、ように見えたって。その本質は仲間を侮辱された事にある。
そして貴音だって、仲間であることには違いない。


「……………」





無限に感じるような、長い時間。


やがて、何か意を決したように振り返る。



「―――ぇ」



振り向いた彼女の胸元に抱かれた、黒い無骨な物体が見えて。


「美希ちゃんっ!」




ばばばばばっ、と。

連続した銃声が、けたたましく鳴り響いた。



    *    *    *


「………え、あれ……?」


一転し、しんと静まり返った中。
我に返ったように、唖然としていた。
自身の手には、がっしりと銃が握られている。
一体、何をしたのか。

――それを理解するには、目の前の光景はあまりにも残酷すぎた。


「雪歩っ!」

目の前で倒れた少女に、美希が駆け寄る。
声に反応したのか、呻き声が聞こえた。
その表情は、苦痛にゆがんでいる。
苦しそうに、肩を抑えている。

結論から言えば、放たれた弾丸は美希を庇った雪歩に当たった。
だが、肩を抉ったその傷は、致命傷ではない。
決して軽傷ではないが、死に至るようなものでもなく、行動に大きな支障もでないだろう。
素人判断でも、それぐらいは分かる程度の、傷。

けれど、それでも。


「ち、違……私、そんなつもりじゃ……ぁ……」


最上静香が、仲間を傷つけた事実は覆らない。


震えた声を発して、後ずさる。
その時、地面を踏みしめる音で、美希がこちらに振り返った。

「静香……っ」

瞳からうかがえるのは、戸惑いとも、哀しみともとれる感情。
確かに言えるのは、向けられていた、確かな警戒心。
当然だろう。仲間に手をかけた自分は、危険人物なのだから。

そう――同じに、なってしまった。


「……っ!」

それに耐えきれなくなったように、彼女は背を向けて逃げ出した。



「待っ……!」

いなくなる静香を、咄嗟に追おうとして、しかしその動きを止める。
ちらりと後ろを見れば、そこには未だ傷口から血を流す雪歩の姿。
傷口はそこまで深いわけではない、と言えど。
怪我を負った彼女を放っておくわけには、いかないのではないか。
その迷いが、心の中で生まれる。


「―――美希ちゃん、追って!」

雪歩は、そんな彼女の迷いを断ち切る。


「……っ」
「静香ちゃんを逃したら、きっと、取り返しがつかなくなっちゃう……お願い、追って……!」

狼狽える美希の背中を押すように、懇願する。
今の彼女を放っておくことは、危険だ。
貴音を殺されてしまう事もそうだし、なにより彼女自身も危険に晒される。

その言葉を聞いて、また少し悩んだ後。


「…ごめん」

やがて美希は、少し申し訳なさそうに呟いて、走り去っていった。


「……つ、ぅ……」

彼女が去った後、自らも立ち上がろうとして、痛みに顔を歪める。
ちらりと見ると、数発の銃弾で抉られ、痛々しい傷口が露わとなっている。
腕が動かない、という事はないが、かといって決して無視できるものでもない。

(また、間違えちゃったなぁ……)

静香から向けられた、憎悪の念が思い返される。
少しでも彼女に気を遣った事が言えていたなら、こんな事にはならなかったのだろうか。
過ぎ去ってしまった今ではもう、分からない。
ただ、後悔の念ばかりが募る。

痛い。
意識すればするほど、痛みが走る。
それに、哀しい。
この傷が、仲間に傷つけられたものと意識する度に、心の方もずきりと痛む。


―――どうして……ちゃんと、教えて、くれなかったの…………です…………かぁ?


けれど、彼女の感じた痛みは、哀しみは、こんなものじゃなかった筈だ。
そうやって、自分を鼓舞する。

(……確か、何か……)

近くにあった、デイパックを開ける。
中からは、見慣れない道具がパンパンに詰まっている。どうやら、静香が残したものらしい。
ただ、少し探ってみると、素人でも見慣れた医療用具が出てきた。
止血ぐらいなら、どうにかなりそうだ、と。たどたどしく包帯を取り出す。

失敗は、数多くしてきた。
それこそ、とりかえしのつかないような事も、たくさん。
けれど、だからといってそれをずっと悲しんで、止まってなどいられない。

きっとこれから、彼女の哀しみを、ある種の恨みも。背負って生きなければならないのだろう。
勿論、自分のもだ。それが、罪であり、受け継いだ意志。
そして、全てを諦めた仲間を助けるための、最低限の条件。

そう、彼女を。
全てを諦めてしまった彼女を、独りの世界から助け出すためには。

もう、彼女は何も諦めない。
雪歩自身が、夢を、輝いていた昨日を『なかった事』にしない為にも。
もう無理だ、と諦めるわけにはいかない。

起きてしまった事全ては変えられない。
今までの失敗、挫折。全部自分自身だから。

悔しさも、弱さも。いっそまるごと連れていこう。


「……っ」

ぎゅっ、と。傷口を縛り上げる。
それと同じように、決意を固める。
もう、二人の姿は見えない。大体の方角は分かっているとはいえ、追いつけるかどうかも分からない。

「……いかなくちゃ」

それでも、この決意を曲げるわけにはいかない。
前へ進む事を諦めない。今までを否定したくない。

ただ、その強い決意を秘めて。


日差しの差し込む、街の中を進んでいく。



【一日目/日中/C-7】

【萩原雪歩】
[状態]右肩に傷
[装備]なし
[所持品]支給品一式×2、ランダム支給品(2~4)
[思考・行動]
基本:プロデューサーを止めて、償ってもらう
 1:静香ちゃんを止める
 2:真ちゃんの分も、真っ直ぐに生きたい
 3:四条さんを助けてみせる

※雪歩の近くに最上静香の
「支給品一式、饂飩セット、9x19mmパラベラム弾入りマガジン(32×5) 、病院備品」が置いてあります。

【星井美希】
[状態]健康
[装備]デストル刀
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(0~1)、病院備品
[思考・行動]
基本:プロデューサーにじかだんぱん? するの!
 1:プロデューサーや貴音を殺そうとする最上静香を追う


    *    *    *

「はぁ……っ、はぁ、はぁ、はぁ……!」


ビルの影で、息を切らせて座り込む一人の少女の姿がいた。
二人から、逃げるように、隠れるように。彼女―――最上静香は、震えていた。
来た道をちらりと見ると、とりあえず今は追われてはいない。それを確認し、息を吐く。


(私……私は、一体何を……!?)


脳内で、肩を抑えてうずくまる雪歩の姿が映る。
撃ってしまった。その事実は何も変わらない。
けれど、どうして撃ってしまったのか。それが、自分でも分からない。

引き金を、引くつもりなんてなかった……そういっても、最早言い訳にしかならない。
カッとなってしまった。そんな子供のような動機でしかない。それを否定する事なんて、できない。
それでも、少なくとも雪歩も美希も、あくまでこの殺し合いに対抗する人物だったはずだ。
そんな彼女達に対して、この引き金を引いてしまったのなら。

それは、ただの嫌悪感。ただの個人的な我侭。結局は、四条貴音と何も変わらず。

そして、それに対する後悔よりも全てに対する憤怒が上回っている自分自身が許せない。

「………ッ!」

背を預けたビルに、力強く拳をたたきつける。
血が、滲み出ていた。だが、それを気にかけるような事はない。
今の彼女は、そんな些細な事など眼中に入らない。


「終わらせる……私が……」

仲間を、傷付けてしまった。
それは、ある種のタガが外れたようなものだった。

もう、この道を引き返す事はなく―――躊躇する事も、もう何もない。


「………待っててね、星梨花……」



ふらふらと、立ち上がり。


どこまでも憎悪の炎を燃やした少女は、街中へと消えていった。



【最上静香】
[状態]健康 、錯乱
[装備]イングラムM10(28/32)
[所持品]なし
[思考・行動]
基本:プロデューサーを殺す
 1:四条貴音を探し、殺す


 ♪空の向こうへ   時系列順に読む   Walther Groggy 
 ♪空の向こうへ   投下順に読む   諦めず、進むだけ 
 乱れ撃ち手打ち饂飩   最上静香     
 星井美希     
 かざはな  萩原雪歩     


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