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♪遠い日の幻影

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♪遠い日の幻影



 幸せな時間ってなんなんだろうか。
 佐竹美奈子の幸せとは、なんだっただろうか。
 思えばアイドル活動をしている際、彼女はいつだって笑顔を振りまいていた。
 それは決して他に強いられたものではなく、自然なものであったと彼女は自負している。 
 幸せだ、って心の底から感じていたからだ。

 なら、なぜ今は幸せじゃないんだろう。
 隣に親しいアイドルがいるにも関わらず、どうしてだろう。
 それはきっと「殺し合いの場」という理由だけでなく、そうではなく。

「…………」

 いや。
 考えちゃ、ダメだ。
 いつもみたいに、親しげに。世話好きのように高槻やよいを世話しなくてはならない。
 そうでなくては、いけないんだ。

「どうかしましたか~、美奈子さん」

 隣を歩くやよいが、こちらの顔を覗き込んで問いかける。
 浮かべる笑顔はどことなくぎこちなく見えた。しょうがないことだ、こんな殺し合いの舞台なんだから。
 それでも美奈子に縋ってくれている限り、笑顔が失われることはない。だから美奈子はその笑顔を守らなくちゃいけない。

「なんでもないよ、やよいちゃん。いこっか」
「はい!」

 余計なことは考えずに、私は私らしく動けばいいんだ。
 幸せな時間を夢に見て。ただそれだけを闇雲に追い求めて。
 佐竹美奈子は夢想した。


 ○


「美奈子さん、なんだかお腹空きませんか?」
「ん~、まあ緊張してると疲れちゃうもんね。こんなおにぎりなんかじゃなくて、食材と場所さえあれば私が用意するんだけど」
「うっう~、わたしもお料理ならお手伝いできますよ」
「やよいちゃんはお姉さんだもんね、ならその時が来たら、お願いしちゃおっかな」

 平和な会話だと思う。
 美奈子は自らを誤魔化すように、会話を続ける。
 綱渡りでしかないことを忘れ、ゴミ袋を漁る野良猫のように、「いつも通り」に対して飛びついた。

「う~ん、どうせだから誰かと会ったらその子も誘おうよ!
 食事はみんなでとったほうが楽しし、それにほら、心強いよね!」
「……そうですね~、それがいいかもしれません」

 やよいは空虚な笑みを浮かべる。
 しかし、美奈子の眼はそれを捉えない。
 ただただ笑っているやよいがいる、縋ってくれるやよいがいる。その事実しか受け止めなかった。
 美奈子は地図を取り出して、現在の位置を指差した。

「今がここだよね」

 指さす地点は【H-6】。目を凝らせば、遠くに工業地帯と思わしき一角が見える。
 少し方角を変えれば、すぐ近くには小島があった。
 地図を見る限り橋もかかってないオマケ程度の島であろう。
 どのみち船もないんじゃ、と美奈子は地図へと視線を戻し――「じゃあ」と。

「わかりましたっ、あっちですねっ!」

 美奈子が指をさしたのは、南の住宅街であった。地図には便宜的にだろうか南町と銘打たれている。
 確かに、料理を作るとなれば工業地帯よりも住宅街のほうが適しているだろう。
 幸いにも施設にはショッピングセンターなるものがあるらしい。

「じゃあ行きましょうか、美奈子さん」
「うん」

 軽く頷く。
 そして美奈子は手を軽く伸ばした。

「……?」

 やよいは不思議そうに首をかしげる。
 そんな様子を見て、今度は美奈子が顔をかしげた。

「どうしたの? いつもみたいにやらないの?」
「……あ~、そういうことですか~」

 得心いったようにやよいは手を鳴らす。
 そして。

「うっうー! ハイターッチ!!」
「ハイターッチ、いえぃ!」

 二人は勢いよく手を合わせる。
 音は小さく響き渡り、静かに彼方へ消えていく。
 美奈子はそんないつも通りに思える光景に一人満足し、歩みを進めた。


 ●


 高槻家は往々にして金欠に見舞われている。
 ゆえに食事も質素なものが多い。親友の水瀬伊織とは雲泥の差があるだろう。
 なにせ主食がもやしと言い張る一家なのだ。

 そんな高槻家にとって、食事を粗末に扱うだなんて論外である。
 出されたものは残さず食べる、小学生のころに習ったような教訓がやよいには身体の底からしみついていた。

 それでもやよいはそんな日々が幸せだった。
 そんな日々を維持させたいがために、アイドルまでやっているのだ。
 もちろんアイドルが楽しいからこそ、継続して仕事を続けられたには違いないにせよ、
 根底にあるのはそんな貧乏で、貧困で、貧窮している、だけど幸せな家庭である。

 だからこそ、辛かった。
 仲間であったみんなを裏切ると同時に――そんな幸せな日々までも裏切ってしまうのが。

 佐竹美奈子に出会う前、やよいはそそくさと支給品の確認を済ませていた。
 彼女が引き当てたのは確かに凶器である。
 これから行うであろう彼女の行為においては、もしかすると何よりも適した道具だった。
 けれど、彼女は一瞬、それを投げ捨てたくなった。
 それは。


「青酸カリ」


 小瓶にはきわめて簡素に、そう記してある。
 毒物だった。流石にそれぐらいは知っていた。
 ドラマなんかでは、自然に殺害するため食事に混入させたりして、相手を殺すのだ。
 幾ら殺伐としたイメージとはかけ離れているやよいでも知っている。知っていた。

 だからこそ、どうしようもなく、瞬時の衝動に駆られそうになる。
 食事を粗末にしないという、家訓も同然のその掟を自分から破りにいかなければならないのだ。
 ただでさえアイドルを裏切るのも、苦しくてしょうがないというのに、
 どうして家族との繋がりさえも裏切らなければならないんだろうか。
 これを使えば、幸せな日々に帰還したのちも、幸せと感じることさえ、ままならなくなるかもしれない。

 それでも、やよいは抑える。
 この小瓶を割ったら、いよいよ凶器がなくなるからだ。
 新しく凶器を入手、それも疑われないように自然と手元に引き寄せるには相当な運が必要となってくる。
 家族のもとに帰るには、「これ」は確かに必要なのだ。

 それが例え、それがすべてを裏切る行為だとしても。
 彼女は生きて帰り、血で塗れた笑顔を浮かべて帰らなくてはいけない。
 それが彼女の、高槻やよいの、一家のお姉ちゃんの、果たすべき使命だから。


「やよいちゃーーーーーーーーーん!」


 自己犠牲で済むのであれば、いくらでもこの身を投じよう。
 すべてを裏切ってでも、家族だけはちゃんと守るから。


 そのためには、まずはみんなを騙さなくては。 



【一日目/朝/H-6】


【高槻やよい】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(0~1)、青酸カリ
[思考・行動]
基本:最後の一人になる。
1:焦燥。絶対に死ねない。

【佐竹美奈子】
[状態]健康
[装備]
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(1~2)
[思考・行動]
基本:仲間と一緒に脱出っ、わっほ~い!
1:不安。誰かと接していないと押し潰されそう。


【青酸カリ】
正確にはシアン化カリウム。
原作バトルロワイアルでは、灯台組の内一人が所有していた。
毒性のある薬物である。今回は複数人は殺害できそうなほどの量が支給されている。


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