人外と人間

少年×竜♀ バスティア・アバンチェス 2

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バスティア・アバンチェス 2 2-111様

 思い出したようにその鎌首を持ち上げると――そんな遙か頭上で丸く切り取られた満点の星空を確認し、彼女バスティア・アバンチェスは深くため息ついた。
『うかつであった……』
 そうして言葉を洩らす彼女に、
「ん? どうしたのー」
 うずくまるその肢体に包まれて寄り添うテスは、そんなことを尋ねてバスティアを見上げる。
『うかつだった、と呟いたのだ』
 そんなテスに首根を寄せると、さも愛しげに頬ずりをしてバスティアは言葉を返す。
『よもや……邪竜と呼ばれた妾が、お前のような子供に従属させられてしまう日が来ようとはな』
 己を卑下するよう呟きつつもしかし、その鼻先をテスに預けて瞳を瞑るバスティアの表情は、どこまでも穏やかでそして幸せそうに見えた。
『しかしながら、お前はいったい何者だ? お前は妾がここへ落ちたことを、最初(はな)から知っていたであろう』
 尋ねる通り、バスティアには常々疑問に思っていたことがあった。
 それこそは誰でもない、目の前の少年テスの正体それである。
 そしてそんなバスティアの問いへと応えられる少年の答えは――
「もちろん知ってるよ。だって僕、『勇者』だもん」
 彼女の予想をはるかに上回るものであった。
『ゆ、勇者とな? しかし、お前――』
 改めてテスの背格好を確認する。
 質素ながらも絹で編まれたセピアのローブと、大きなルビーのタリスマンが埋め込まれたマント。そして腰元に金細工のレイピアを携えたその姿は、たしかに一般の冒険者とはまた違った気配と気品とを窺わせる。
 しかしながらそれでもバスティアを訝しめているのは、何よりもテスの見た目――その幼きと思わせる顔つきに他ならなかった。
『斯様に幼きお前が、勇者か?』
「あー、失礼しちゃう。これでももう十二歳だよッ。……先月なったばっかりだけど」
 テスの答えになおさらバスティアの抱える謎は大きくなっていく。
 ならば何故、そんな幼子が自分を狙っていたものか?
「もうね、僕の家系には若い人が僕しかいないの。それにお家も傾きかけてるから、早く手柄が欲しくて邪竜退治に駆り出されちゃったんだ♪」
 それを察したかのよう、聡明なテスはバスティアの疑問に答えていく。
 説明する通り、テスの家系は代々ドラゴンスレイヤーとして名の通った名家であった。
 しかしながら時代と共に御家は衰退し、もはや抜き差しならぬ状況となってしまった今代――窮地からの起死回生と名誉挽回の責務を任され、幼き当主テスが邪竜退治へと送り出されたという訳であった。
 各地でバスティアの情報を仕入れながらその足跡を追っていたテスは、ついに彼女へと辿り着く。そして期を窺い見守り続けること数日――嵐の夜に落雷を受けてこの死火山へと落ちてゆくバスティアをテスは確認したのであった。
 まさに僥倖といえた。
 落ちぶれたとはいえ、『元』は名家のドラゴンスレイヤー。幼いながらも『竜殺し』の術は教え込まれていた。後は恙無く彼女を仕留め、その首を持ち帰れば、御家は復興を遂げられる――はずであったが、テスはそれを思いとどまった。
 この期に及んで思い悩んでしまったのである。
 破壊の限りを繰り返し『邪竜』と恐れられた彼女。そして『勇者』の名のもとに彼女と殺そうとしている自分――いったいこの二つに何の違いがあろうものか?
 彼女バスティアは人間に劣らぬ知的生命体とはいえ、野生の生き物であるのだ。いわばその振る舞いは自然現象と同じ。彼女の行為に対し、
『邪竜だ』・『破壊神だ』と後付て勝手なことをのたまっているのは、自身を『万物の霊長』などと呼び驕り高ぶっている人間のエゴでしかない。
 彼女の破壊と、そんな人間(じぶん)の竜退治は同じく無駄で、そして無意味なものであることにテスは気付いたのだった。
「だったらステアだけを責めることはできないんじゃないかって思ったんだ」
 竜の過ちも人の殺戮も所詮は同じこと。ならば自分達だけを正当化して彼女を殺めてしまうのはフェアではないような気がした。
 故に、そんな考えに達したテスは一か八かの賭けに出る。
 願わくば、
「ステアと友達になろうとしたんだ♪」
 そう、目論んだのである。
 そして後は二人の知る通りである。
 テスは毎日足繁くに通ってはバスティアの治療をし、その邂逅を求めた。
 もっとも多感な年頃と、そして美しきバスティアの肢体を前に少年は、『友情』ではない『欲情』を催してしまう訳だが――結果は万事よろしく、今の状況に落ち着いたという訳である。
『まったくお前と言うやつは……。妾が動けなかったから良かったものの、もし出会って間もない頃に爪の一枚でも動かせようものなら、お前などたちどころに両断されていたぞ?』
 ため息まじりにそう語りかけながら、『恐ろしくは思わなかったのか?』と尋ねるバスティアに対し、
「ううん、思わなかった。むしろね、初めて君を見た時――なんて奇麗な人なんだろう、って思ったよ」
 そう言ってテスは微笑んで見せた。
 そんなテスの笑顔と、そしてその口から紡がれた『奇麗』の言葉に、たちどころにバスティアは目頭を紅潮させ視線をテスから逸らす。
「なぁにー、ステアー? もしかして『奇麗』って言われたことテレちゃってるー?」
『ば、馬鹿者! 人間如きの言葉に心動かされる妾かと思ってか! ……まぁ、悪い気分はせなんだが』
「もー、素直じゃないんだからー♪」
 そうしてしばし子供のように戯れる二人。
 やがては自然に落ち着きを取り戻すと、目の前に焚かれた炎を見つめながら、二人は心穏やかに静寂の時を分かち合う。
 その蜜月の中、
『……妾は、受け入れてもらえるのだろうか?』
 バスティアは呟くようにそんなことを口にした。
『妾はこの生涯を償いに生きると誓った。しかしながら、今に至るまで罪を重ね過ぎた身――人間達は、こんな妾を許してくれるのだろうか』
 目の前の炎に見入りながらそう続けるバスティアの瞳には、得も言えぬ寂しさとそして不安とが窺えた。
 そんなバスティアの横顔に手を添えると――テスは小さくキスをする。
 それに驚いて鼻頭を向けるバスティアの顔を今度はそっと抱き締めた。
「たしかにすぐには許してくれないかもしれない。僕たち人間って怖がりだからさ。でもね、本当はすごく優しくて素敵な生き物でもあるんだよ」
『テス……』
「もしかしたらこの先、君はすごく傷ついちゃうかもしれない。その生き方に疑問を持つかもしれない。だけど、これからのそんな人生には必ず僕がそばにいてあげる」
 テスは抱きしめていた力を緩めると、
「君を悲しませないように、そんな君の為に僕は傍に居てあげる。――だから怖がらないで」
 まっすぐにバスティアを見つめる。

「この世界のみんなを好きになってあげて。――もちろん、一番は僕だけどね♪」
『………あぁ、テス』

 その瞬間、バスティアは涙が頬を伝う温もりを感じた。
 永きに渡り生き続けてきた生の中において、それは初めてのことであった。
 それこそは生まれ落ちてから初めて知る、『愛』それである。
 他者から自分へと求められることの幸福、そして自分から他者へと求められることの喜びをバスティアは今、しみじみと噛みしめるのであった
『テス、もう離れないで。片時も、死が妾達を別つその時まで、愚かな妾のそばにいてたもれ』
「もちろんだよ♪ って、それはさっきHの最中に言ったじゃない」
 額を押し付け、深く抱きしめてほしいと求めてくるかのよう寄り添うバスティアをテスも強く抱きしめる。
「一緒に生きていこう。………大好きだよ、ステア」
『――はい。共に……あなたと共に』
 満点の星空の下、死火山の聖堂において二人は互いの愛を誓うテーゼを交わす。

 かくして、後世に『竜王』とそして『聖竜』の誉れを残すこととなる二人の物語はここに幕を開ける。
 その後もテスとバスティアは様々な冒険を共にし、その艱難辛苦を互いの愛によって支え合いながら生きていく訳であるが――そのお話はまた別の機会に。
 今は、一人の少年と一匹の竜の恋物語としてこの話に幕を降ろそう。


 バスティア・アバンチェス――その名をこの物語の終わりと、そしてこれより始まる新たな物語への序幕と冠して。





【 おしまい 】






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