龍達の狂宴〜前編〜
この世界にはそれぞれ役目を負った龍という存在がある。
その中でも絶対的な力と知性を兼ね備えたトリニティと呼ばれる三匹は、この世界の秩序と繁栄と運行のため、二十年に一度会議を開く。
「今回の議題は二つ、リュカがあまり役目を果たしていない件とリュカが人間に肩入れしている件」
淡々と述べたのは、この世界を実効支配している天照の龍エンジェラ。別名は大天使エンジェル。あるいは神と呼ばれている。
人間の女のような容姿だが、長い銀髪と背中の大きな白い四枚の翼が目立つ。威風堂々、流麗にして華麗。最高権力者に相応しい龍だ。
「二つ共俺のことかよ…」
苦い顔をしたのは、血啜の龍リュカ。別名は魔王リュカ。あるいはこの世の災厄。エンジェラとは逆の役目を負っている龍だ。即ち…破壊と殺戮と恐怖。
真紅の髪の毛以外には、特に特徴もない。普通の人間の男のようでもある。
「人間に肩入れ、とは聞き捨てならん」
低い声でそう言ったのは、全知の龍エルトシャン。別名は賢龍エル。あるいは切り札と呼ばれている。唯一、龍を封印することができるから、切り札。
とぐろを巻いた蛇…ぱっと見るとそう勘違いしそうな体をしているが、濃い緑のたてがみや、長いヒゲ、角、などから蛇ではないことが確認できる。
「肩入れっつてもよぉ、ガキを一人戯れに育ててるだけだぜ?」
およそ二十年前の話だ。前回のトリニティ会議の後、適当に散歩しながら魔王城へと帰宅していたら、捨てられていた人間の赤子を発見したのだ。龍は子供を作ることができない。だからリュカは、すぐにその子供に興味を示した。
そして城へ連れて帰り、自分の子供として育てた。最初は戯れのつもりだったが、いつの間にか、そう、自分でも気付かない間に、その子供を愛していた。
「それを肩入れと言うのだ馬鹿者め」
エンジェラが鋭く突っ込む。
「おいおい、この程度が肩入れだっつーなら、リオはどうなんだよ? 人間の男と遊びまくりじゃねーか」
「今はリオの話などしていない。論点をすり替えるな」
「リオは良くて俺はダメってことか? 納得いかねぇな。あぁ、そうか、リオは貴様のお気に入りだったっけか?」
くくくっとリュカが笑う。
「双方共落ち着け。リオの件はまた次回にでも話し合えば良かろうて」
「次回、ねぇ、エルよぉ、マジでエリーがリオの件を取り上げると思うか?」
「私をエリーと呼ぶなと言ったはずだが」
「落ち着けと言うに。双方共ももう少し精神を鍛える必要があるように思う」
エルトシャンがため息を吐き出す。
「じゃあ今回の議題は、エリーがもう少し精神的に大人になるってことで話を進めようぜ」
「ふざけるな。大人というならリュカ、お前の方が大人になれ」
「け、龍は生まれた時から大人じゃねーか」
「精神の話だろ、論点をすり替えるな」
二十年に一度のトリニティ会議は、毎回こんな感じで始まる。
「ともかく、リュカ、一年待つ。一年以内に肩入れしている人間を捨てるか殺すかしろ」
「うむ、人間への肩入れは原則禁止だ。このエリーの案に我も賛成する」
「エルトシャン、お前までエリーとか言うな」
エンジェラがエルトシャンを睨みつける。
「分かった分かった。で、もし仮に俺がそれを受け入れなかった場合は?」
「討伐する」
「討伐しかない」
二人の答えが重なる。
リュカが、笑う。
その笑いは、挑発。
「やってみろよ」
もう一度笑った。
会議の後、リュカはいつも歩いて帰る。深い意味はない、ただの散歩だ。
そして、会いたくない奴に会う可能性とういのは、極めて低いはずだ。この星はそれなりに広いだろうし、人間三十億、魔物が十億くらいは存在しているはずだ。
つまりリオと偶然会う確立なんて、それこそ砂漠に落とした指輪が発見されるくらいには、難しいはずだ。
が。しかし。
「嫌な奴に会ったぜ…」
「こっちの台詞」
偶然、くぴぴとバトミントンを楽しんでいるリオに出会ってしまった。バトミントンは確かくぴぴの趣味だったはず。
「じゃあ言えよ」
「最低で最悪でとてつもなく嫌な奴に会った」
少し台詞が多いが、気にしない。
「まぁまぁ、二人共落ち着くじょ。なんならリュカもバトミントンの仲間に入るじょ」
そう言って癒浄の龍、クー・ピニオンクロゥ・ピーツ、くぴぴがリュカにラケットを投げ渡す。仕方なくリュカはそのラケットを受け取る。ついでに羽も受け取った。
「よし、じゃあ俺様の天才的アタックを見せてやろう」
ぱこーん、とリュカが羽を打つ。特になんでもない打ち方。それをリオがぱこーん、と打ち返す。そんなやり取りが二百六十四回程続いた。果てしなく無言で。
そして運命の二百六十五回目。リュカが空振りした。ぽつりと羽が地面に落ちる。
「うわ、弱、生きてる価値無いから死ねば? その程度も打ち返せなくてトリニティだとか魔王だとか、馬鹿みたい」
ここぞとばかりにリオが暴言を吐く。リュカは無言でリオに近づき。
「すまん、手が滑った」
ラケットでリオを叩いた。
「ごめん、うちも手が滑った」
リオもラケットで叩き返す。
リュカとリオがにらみ合う。一触即発、そんな状況。
「あうあうあうあう…ラケットは殴る為にあるんじゃないじょ…」
くぴぴの悲痛な声は、もはや二人には届いていなかった。