MOON☆RIVER Wiki

第2話

最終更新:

moonriver

- view
だれでも歓迎! 編集

第2話

 テーブルの上に並べられた『何か』を見ながら、男が戦慄(せんりつ)していた。
 太めの眉をし、髪を短めに刈っている男である。顔に走っている幾つかの傷は、戦場で生きてきた証か。彫りの深い顔立ちにはどこか恐れの色が走り、その手先は幾分震えている。
「どしたの? 早く食べなよ。ラーズ」
 男が――覇位が一人にして『双剣・蒼』の二つ名を持つ『月河』最強の剣士、ラーズが恐る恐る口を開く。
「・・・これは、何だ?」
「朝食」ラーズの問いかけに、さも当然のように女が答えた。「わざわざ作ったんだから早く食べなよ」
 女の方も、ラーズと同じく戦場で生きてきたであろう姿である。女としての細身を維持しつつも、鍛えぬいた様子が見てとれた。戦いに身を置いていたために、食べ物に関する一般的な知識がないのだろう。そうだ。そうに違いない。ラーズは無理やり自分を納得させた。
「バールゼフォン・・・」諦めたように女――バールゼフォンを見やって。「もっかい聞く。これは何だ?」
 ラーズの指差した、テーブルの上に並んでいる朝食(らしきモノ)。
 皿の上に、真っ黒なレンガが二枚。底の深い皿の中には、毒々しい色の液体が溢れそうなほどに注がれている。そして最も大きな皿の上に、黒焦げの何かと黒焦げの何かと黒焦げの何かと、トッピング程度に黒焦げの何かが置かれていた。
「だから朝食だってば」呆れたようにバールゼフォンが言って。「ちゃんと栄養バランス考えてんだよ」
「栄養以前の問題だろうが・・・。レンガが食えるか」
「それトースト」
「フォークが刺さらないトーストがどこにあるっ! それにこんな泥水飲めるか!」
「ポタージュだってば。ほら、クルトンも入ってるし」
 バールゼフォンはどうやら、これが本当に『食えるモノ』だと言い張るらしい。
「・・・これは何だ?」黒焦げの何かを指差して。
「目玉焼き」
「原型とどめてねぇぞ・・・」
「んでこれ、ウインナー」
「かりんとうにしか見えないのは気のせいか・・・?」
「あとこれ、キャベツの千切り」
「火も通してねぇのに何で焦げるんだよ・・・」
「最後にコレ」トッピング程度に置いてある黒焦げの何かを指差して。「・・・何だっけ?」 「自分でも分かってねぇのかよ!」
「うっさいなぁ、さっさと食べなさいよ」
「こんな人外なもの食えるかっ!」

 ぎゃあぎゃあとわめく二人を横目に、ディスはイチゴジャムをつけたトーストを頬張っていた。
「相変わらず、あいつらは仲いいね」
 微笑みながら、ディスの目の前で同じくトーストを食べる男。その声に皮肉は含まれておらず、盲目的に『仲が良い』のだと信じているように思えた。
「・・・だな」
否定しても仕方ないので、適当に相槌を打つ。
 優しげな顔立ちはしているが、それは経験がそうさせるのか。覇位が一人にして『双剣・紅』の二つ名を持つ男、エリタカは不思議な男だった。ひどく鋭く、しかし鈍い。異常に強いが、甘すぎる。ディスは自分の人を見る目に自信があったが、それでも、この男のことだけは分からない。
「そういや、エリタカ」
トーストを口に含みながら、行儀悪く問いかける。
「しょー知らん?」
「ショーティ?」
エリタカの、確認の意味での問いかけ。ディスが頷く。
「さあ・・・ショーティだったら普段、『愛染』と一緒にいることが多いし、今日もそうなんじゃない?」
「ったく、今日は『百花繚乱(ひゃっかりょうらん)』教えるつもりだったのによ・・・」
 ディスレイファンの三大矢術――『矢嵐』『流星』『百花繚乱』は、国内のみならず国外でも有名である。それを直接指導してもらえるショーティは、かなり待遇において恵まれていると言えるだろう。
 だが本人はそれを分かっていないのか、ディス直々の特訓をサボることも多かったりする。
「今はどこまでマスターしてんの?」
「『矢嵐』だけは及第点かな。『流星』はもう少し修行が必要だ。ま、サボリまくりでこんだけやれりゃあ、才能には恵まれてると言えるだろ」ディスはそこでふっ、と息を吐いて。「まだ『百花繚乱』教えるには早いかもしれねぇけど、『流星』からの応用もきくしな」
「ふーん」
にや、と工リ夕力が笑って。
「なんだかんだ言って、大切に育ててるんだね」
「・・・まぁな」
少し照れて、ディスは頭をかいた。

「赤い・・・赤いよ・・・黒いよ・・・はうっ」
 後日、『人としての全存在を否定されるかのような衝撃と共に眩暈(めまい)が襲った。あれこそまさに最終兵器だ』とラーズは語る。
 もちろん、それでバールゼフォンに殴られたことは言うまでもない。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー