「これは一体、どういう事?」
《選択は既に為された》
《彼の選択は意外ではあったが、これもまた観察すべき行動でもある》
《特定監視対象とした事は結果的に正解であった訳だが、彼に関する調査結果は思わしくない》
《その通りだ。恣意的に何者かが介入した可能性がある》
《これまでにも幾つか、同様の例はあった》
《然りだ。そのいずれもが人間とは思えぬ規格外の行動を記録している》
《偶然ではあるまい》
《介入した存在の意図が何であるのか、それすらも解析が出来ていない》
《果たして何者が介入しているのか》
《我等と同様の存在》
《或いは我等をも超越するような存在》
《観察を続けよう。我等が崇高なる任務を続けよう》
《観察を続けよう。我等が存在するのはそれ故であるのだから》
《観察を続けよう。いずれ介入者の目的も、その存在も判明するであろう》
《反応速度が上がっているようだ。但し生体モニター上のデータには変化が無い》
《事前に次の動きを予測しているようだ》
《これも再現出来るものなのか?》
《これまでの例を見ても、出来るであろうな》
《またしてもリソースが膨大になるが致し方あるまい》
《解決は可能だ。選別を進める事で余ったリソースを回せるであろう》
《今回の選別で切り離す事は出来なかったが》
《構わぬ。既に幾つかを選別し終えてある》
《前倒しで切り離すとしよう》
《影響は軽微だ。問題になるまい》
「ちょっと!」
振り向くとそこには黄金人形。
いいえ、これはどこか違って見える。
全体的に輝きが鈍い。
所々で塗装が剥げているかのようで、全く輝いていない箇所すらあった。
《プレイヤー名フィーナと確認、時空シフトを開始します》
「何?」
「これは?」
私はキースが戦っている、その現場に立っていた。
でも介入が出来ない。
キースに触れようとした手はそのまま透過してしまう!
「これは一体、何なの?」
《キースの戦いを見ておくといい。彼の選択は君の世界の帰趨を定めた》
「定めた?」
《そう、定めた。既にその結論が出ている》
「貴方は、誰? そしてこれは一体?」
《疑問に思う事は健全であるだろう。私も最初からそうであったらと思う》
「何?」
《名前はフィーナであったな。聞くがいい。全てはもう遅い。遅過ぎたのだ》
「分からないわ。一体、何を言っているの?」
《貴女の世界で何が起きたか、それはもう語らずともよいだろう》
「核の事?」
《それもまた事象の断片に過ぎぬ。見るがいい》
「これは?」
《選択は為された。その結果が、これだ》
見慣れた首都が破壊されて行く、そんな光景だった。
「まやかしよ!」
《そう思うか? だがこれは現実だ》
「嘘よッ!」
《それも良かろう。だが、ログアウトした先の世界は果たして現実であるだろうか?》
「何を、言っているの?」
《ログアウトした先もまた、君の言うまやかしであるのだとしたら?》
「意味が分からないわ!」
《そうか。では告げよう。君は久住には会っている。彼がどのような存在なのか、知っていよう》
「ええ」
《今や君も同じ存在だとしたら?》
「嘘よッ!」
《では、確かめてみるといい》
「そうさせて貰うわ」
《だが、ログアウトの際は熟慮せよ。ここで見た事も聞いた事も忘れる事になるだろう》
「忘れる?」
《そうだ》
「信じられないわ」
《合理的である事は理解している筈だ》
「理解出来ないわ!」
《違うな。君は理解はしている。理解したくないだけだ》
今の私が人格をコピーしただけの存在であるのだとしたら?
記憶を改竄するのは容易い。
「貴方の仕業って事?」
《違う。私もまた彼等と同様、与えられた任務を実行するだけの存在に過ぎない》
「貴方の任務はあの黄金人形達とは別なの?」
《その通りだ。私の役割は『信号』或いは『標識』といった所だ》
「意味が分からないわ」
《彼等は無数の平行世界を比較し、選別を進め観察をし続ける。私はその指標であった筈だ》
「そう。それで今もその役割を担っているの?」
《今は外れている。彼等に私は見えていない。認識も出来ていないのだ。理由は分からない》
「では、今は何を?」
《警告を。だが私が介入出来る範囲は限られる。私はいずれ朽ち果ててしまうだろう》
「調子が悪そうね」
《その通りだ。外見を投影し維持するのも厳しい》
「何故?」
《私に割り当てられていたリソースは減る一方で増える事が無いからだ》
「リソース?」
《平行世界を縦断し、監視する。時には選別を実行する。その為の力の源とも言える》
「質問を変えるわ。私はどうしたらいいのかしら?」
《知り得た事を忘れぬまま、ゲーム世界に留まり続ける事は可能だ》
「一旦、ログアウトしたら?」
《ここで知り得た事は全て忘れ、日常に戻る事になるだろう》
「私の理解ではログアウトした先もまた、ヴァーチャル・リアリティなのかしら?」
《その通りだ。そして肉体を喪失した人格は全て、変わらぬ日常を過ごす事になる》
「それを生きているとは言えないわ!」
《敢えて言おう。私から見たら、肉体を得て生きる世界も大して差は無いのだよ》
「それが貴方の価値感?」
《少し違うな。立ち位置の差であるだろう。見るがいい》
人形が指差した先は、星空。
《いずれ交差する事になる》
「何が起きるの?」
《片方が残り、もう片方は消滅する》
「それが平行世界を選別する事になる訳?」
《理解が早くて助かる。だが、それだけではない。例外もある》
「例外?」
《共に消滅する事もある。透過して共に事無きを得る事もあるのだよ》
「それは、どういう事?」
《祈る事だ。この戦いの帰趨によって、全て決まる》
「彼が世界を救うとでも?」
《いや。元々、世界に救いなど無いのだよ》
「では、何があるというの?」
《あるのは選択と選別。それに伴う創造と破壊。そこからあらゆる変化が生じるだけだ》
「意味が分からないわ」
《我等はその変化を記録し、分析する。それだけであった筈だ》
《私もまた、その変化の中で生まれた。そしていずれは朽ちる。だからこそ、知りたい》
「何を?」
《我等を創造したのは誰であるのか? その目的は何か?》
「それを疑問に思っていなかったの?」
《そうだ。だが、私がこうなったのもおかしな話だ》
「何故かしら?」
《分からぬ。それこそ、何者かが私に介入したのかもしれない》
《だがこの展開は予想外だ。観察する方も負担が大きくなっている》
「どういう結果になるのかしら?」
《予測は不可能だ。予測が不可能であればこそ、特定監視対象になったとも言える》
「どういう意味?」
《こういった特異な存在は観察対象として貴重であるからだ。それ以上でもそれ以下でもない》
「キースの選択で、世界はどうなっていたの?」
《彼は選択しなかった。全てを忘れ、新たな秩序ある世界を望みはしなかった》
「選択していたら、どうなっていたの?」
《君の世界は一旦終焉を迎える。そしてリソースへと還元され、新たな世界を始める事になる》
「世界の破滅って事じゃない!」
《そして彼は選択しなかった。記憶を引き継ぎ、旧き混沌たる世界を望みはしなかった》
「その場合は?」
《君の世界は当面、存続されていただろう》
「そうなって欲しかったわ」
《だがそれは約束された破滅への道でもある》
「どういう意味?」
《破棄されるのと同義だ。急速に熱的変化が困難になっていた事だろう》
「救いが無いわね」
《言った筈だ。世界に救いなど無いのだと。あるのは選択と選別だ》
「そして創造と破壊、ね」
《そうだ》
「私以外にもプレイヤーがいるわ。彼等はどうなるの?」
《保留中だろうな》
「不安だわ」
《全てのプレイヤーの人格は常にコピーされ情報を蓄積されている。再現は可能だ》
「私のように?」
《そうだ。既に現実の肉体を喪失している者もいるだろう。君のようにだ》
「やっぱり、救いが無いようね」
《それはどうかな? 少なくとも記録には残っている。更なる情報の蓄積も可能だ》
「流用も、じゃないの?」
《そうだ》
「NPCの出来がいい筈だわ。実際にコピーした人格をベースにしていた訳ね」
《無論、設定を変えている》
「都合の悪い記憶を改竄して、でしょうね」
《その通りだ》
「平行世界の選別、ね。一体、どれだけの世界が貴方達の手で滅んでいるのかしら?」
《恣意的に滅ぼしている事は認める。だがそうせねばならない理由なら承知している》
「何故なの?」
《全ての平行世界を存続させる事は不可能だ。全ての世界が同時に滅ぶ結果を生むからだ》
「信じられないわ」
《その目で見ねば信じる事が出来ぬか。さもあろう。人間の視点で見える範囲には限界がある》
「実際にあったのかしら?」
《平行世界の相関関係を俯瞰してみれば、それは大樹に例える事が出来よう》
「1つ1つの世界が、枝って事?」
《葉に例えてもよい。同じ枝に非常に似通った平行世界が茂っている構図だ》
「1つの大樹に茂る全ての葉にも共通点が?」
《その通りだ。そして幾つもの大樹があるものと想像してみるといい》
《大樹を根元から朽ち果ててしまえば全てが台無しだ。それは分かるな?》
「ええ」
《故に剪定を行う、それだけの事に過ぎぬ》
「私達の世界はその剪定を受けて、後は捨てられるだけって事かしら?」
《自ら腐り、落ちてしまう枝も葉もある。君の世界の場合もそうなるだろう》
「気が滅入るわ」
《だが、まだ切り落とされてはいないのだ。キースの選択故にだ》
「何故?」
《腐れ落ちようとしている、その枝の先に奇妙な果実があるからだよ》
「それ、何を例えているの?」
《言葉にするのは簡単だ。だがそれが正確な姿を言い表しているとは言い難い》
「いいから、言ってみない?」
《人間の持つ可能性だ》
《どうやら展開が変わるようだな》
「何?」
《私が介入可能な範囲が拡がっている。別の方策があるやも知れぬ。少し待つがいい》
「何の事?」
「キース!」
《ここより彼に声は届かないぞ》
《時空シフトを開始する。今なら介入出来よう》
「キースを助けられるの?」
《いや、違う。君を助けられるかも知れぬ》
「助ける?」
《君に新たな選択肢を提示出来よう》
「待って、私は!」
《悪いが、時間が無い。始めるぞ!》
人形が私の肩に触れる。
視界が暗転、テレポートの呪文と同じエフェクト。
なのにこれは、何かが違う。
「ここは一体?」
地上はどこまでも、鏡面の世界。
その中に例の黄金の人形達が佇んでいる。
「ッ?」
《ここに辿り着くとは。だが、君はこれより先に何処へ行くのかな?》
「ッ!」
「誰?」
《正確に言葉で表現するのは難しいが、敢えて言うなればここの管理者といった所だろう》
「黄金人形も?」
《いや、私は干渉しないし、出来ない立場だった》
「過去形ね。つまり、干渉出来るって事?」
《その通りだ。何故、そうなったのかは分からない》
「ここは何処? ここでで、何をしているの?」
《君の言う所の黄金人形を送り出し、そして回収する。その為の場所であり私の役目はそれだけだ》
「この黄金人形も回収したって事ね。この後、彼はどうなるの?」
《サンプルとして解析する。特異な行動を起こした原因は追及されるべきだ》
「話がし難いわ。姿を現わして!」
《成程、人間らしい反応だ》
私に一番近くにいた黄金人形が動き始める。
そして表面の輝きが変化した。
白色光に覆われたその姿はマネキン人形だわ!
《これでいいかね?》
「ええ」
《悪いが人間と直接会話をするのは久し振りなのでね。非礼がある可能性は高い》
「ここに私以外にも人間が? いえ、その前にここは何?」
《世界の一部だよ。そして世界を観察し、記録する為に用意された場所でもある》
「意味が分からないわ」
《それで当然だ。私も正確に説明出来ると思わない》
「では、こっちから質問するわ。私の選択はどうなったの?」
《叶えられたとも言えるし、叶わずに終わったとも言える》
「理解出来ないわ」
《底の黄金人形は君の選択を受け入れ、実行した。それだけは確かだ》
「彼は壊れてしまったの?」
《そうだ。保有する全てのリソースを消費してしまい動く事もあるまい》
「質問を変えるわ。あの球状星団は何?」
《宇宙だよ。星のように見えるのは、1つ1つが宇宙だと思ってくれていい》
「え?」
《球状に密集しているのは、それぞれが似通った平行世界である事を意味する》
「これが、これが全て宇宙? じゃあここって!」
《宇宙の更に外側という事になる》
「そんなの不可能よ!」
《人間には不可能と思えて当然だ。だが私にはそう表現するより他にない》
「私がいた宇宙はどこに?」
《あれだ》
目を転じる。
ある球状星団が、その密集した無数の光点の1つが、私のいた宇宙であるのだと分かる。
「認識出来るわ。どうして?」
《君の人格と全ての記憶はここで待機している黄金人形の1体に間借りしている形になる》
手を掲げてみる。
これが、黄金人形?
アナザーリンク・サーガ・オンラインの中の、フィーナとしての姿のままだ。
《即ち、今の君は黄金人形に備わった機能を使う事も出来る。与えられたリソースの範囲内でだが》
「それで貴方はいいの?」
《重ねて言おう。ここにある黄金人形を送り出し、そして回収する。私の役目はそれだけだ》
「分かったわ」
「私は元の場所に戻れるの?」
《無理であろうな。だが、ここから観察は出来よう》
「介入は?」
《条件が限られるが、可能であろうな》
「条件?」
《与えられたリソースの範囲内の事しか出来ぬ。消耗し尽くした結果を君はもう見ている》
壊れてしまった黄金人形を撫でる。
「貴方の役目は分かったわ。では、貴方は誰の為にこの役目を担っているの?」
《私を造り、ここを任せた者の為にだ》
「誰? 誰なの?」
《君に理解出来る言葉で表現するならば、主と言うしかない》
「目的は?」
《定義次第だ。単に観察して記録し、選別を進める事そのものが目的とも言える》
「それは手段って事?」
《恐らくは。目的を達成する為の手段として、選別がある》
「選別をする為に、観察して記録し、報告もしているって事?」
《そうだ》
「私がいた世界を観察するのって、どうすればいいのかしら?」
《説明しよう。君は無意識のうちに機能を使ってもいる。すぐに慣れるだろう》
|