・開始インフォ
『アナザーリンク・サーガ・オンラインのプレイヤーと認識しました』
『特定監視対象と確認』
『接続処理を行います』
『接続コード受理、起動します』
『未接続アバターはそのまま待機モードを継続します』
『警告! 隔離措置は現時点で時間が限られます』
目の前の運営アバターの数々だが、1体に急速な変化が起きている。
あのアルメイダと共にいた老紳士。
いや、老紳士は目を閉じたままだ。
『来たか』
『ヘヴィーアーマーズ・オンラインの一件以来だな』
『見えているとも。君等が言う所の運営であれば造作も無い。違うかね?』
「何だってここへ?」
『すぐに分かる。この状況が何を意味するのか、想像出来ないとは思えんがね』
「あの黄金人形に処断されたんじゃ?」
『黄金人形? ああ、確かに彼は私の手が及ばない立場にある。一時的な処分も受けたがね』
老紳士は目を開けた。
その表情は?
自信を取り戻したのか、凜としていて隙が見えない。
黄金人形を前に狼狽していた時と、まるで別人だな!
『私が世界を観察する手助けをしている事は今も変わりは無いのだよ』
「何かと戦わせるつもりか?」
『君が望むなら今すぐにでも。だが、その前に君に告げる事がある』
「何?」
『神の如き存在が世界を選び、好ましい世界のみを存続させている。その在りようをどう思うね?』
「考えた事も無いから答えようも無い。そもそも、それが本当なのかも信じていいのか?」
『自らの目で確かめねば信じられんか』
「ああ」
『私もそうだ。そうであった』
何かを思い出すかのように老紳士は目を閉じる。
だが、何故だ?
眉間には皺が刻み込まれ、苦悶の表情になってしまう。
『私の場合、信じる事が出来た時には、遅過ぎた』
「遅過ぎた?」
『そうだ。そして私の世界は自ら、神の如き存在に愛でられる資格を失ってしまった』
「資格?」
『時間は無い。君の世界もまた、資格を失おうとしている。既に手遅れであるやも知れぬな』
「資格を、失うだって?」
『争いが生じているであろう? その帰結次第で、そうなる』
争い?
フィーナさんが言っていた、アレか!
アナザーリンク・サーガ・オンラインの拠点を巡って各国や企業が攻め込んだという。
そして反撃もあったらしいが。
それが何かに影響するのか?
『勝手に滅びてしまう世界もまた多い。君の世界もその瀬戸際にあるという訳だ』
「何が言いたい? いや、何をしようとしている?」
『警告はここまでだ。私もまた為すべき事がある』
『君の正体が何であるのかは知らぬ。だが私はすべき事を為す。試させて貰おうか』
老紳士の姿は黒い人形の姿へと一気に変貌してしまう。
そして今度は別の姿に変化しようとし、ゼウスとなった。
『何ッ?』
『人如きを始末するのなど造作もあるまい。何を驚くか!』
『良く見よ! この者、神殺しだ!』
『何だと?』
『バカな!』
『ムゥッ?』
『おのれ、何者かが我等の力に介入しておる!』
『いかん、あの人間を見失ったぞ!』
『これは何事だ?』
『人間が我等を襲っている! 神殺しの称号を持っておる、油断するな!』
『何だと?』
『ヌッ?』
『この人間だ! 抑えよ!』
『チッ!』
『ええい! まともに相手をせんか、卑怯者!』
『フンッ!』
「シャァァァァァァァァァァーーーーーーッ!」
『来るか!』
『ッ?』
「シッ!」
「ッ?」
『甘いっ!』
『ッ?』
『どこです、姉者!』
『私に構わず敵を討ちなさい、須佐!』
『人の身で神殺しとは!』
「手短に伺いたい。貴方達は本体じゃないな?」
『神の意と威こそが我等の本質、本体と思えばそれが本体となるだけの事です!』
「禅問答をしている暇は無いんでね。では、写身や化身は何だ?」
『我等の力の在りよう、その残滓に過ぎません。それよりもこれを解きなさい!』
「悪いけど、それは無理だなあ」
「では、仕留めた神々は死んだのか?」
『死んではいないでしょう。人間で言えば重傷ではあるでしょうけど』
「成程。では、貴方もここで殺せないって事か?」
『人々の心の中に信仰がある限り、神とは不滅なのですよ』
そう言い放つ天照大神は酷く悲しい表情を見せていた。
「悪いがここでは死んで貰う」
『神殺し故に、ですか?』
「関係無い。貴方の弟君と思う存分、戦いたい。それだけだ」
『真に怒り狂った須佐を知らないのですか? 正気とは思えません!』
「そう、知らない。だからこそ、知りたくもある」
『人の業とは恐ろしきものですね』
「同感だ」
神鋼鳥の小刀の先端が鎖骨の凹みに吸い込まれて行く。
『悲しきかな、汝に平穏が訪れる事は無いでしょう』
「そうでしょうね。少なくとも退屈しなくて済みそうですよ」
平穏?
せいぜい、食事を楽しんでいる時か釣りをしている時が平穏な時間と言えるだろう。
それ以外は戦いか、戦いの準備をしているかだ。
空気が震えている?
地面が、揺れているのか?
違う!
重低音で何かが響いている!
「ヴォルフ、退け!」
「フッ!」
息を抜き、脱力。
自然体の姿勢のまま、真正面に須佐之男命を見据える。
いや、こっちが見据えられていた!
氷の棺は既に突破されている。
須佐之男命は何故か、動こうとしない。
何だ?
『人間風情がぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!』
動こうとしなかった理由は?
怒りを、そして殺意を高めていたのだろう。
須佐之男命の体躯は立派過ぎる程であるのだが、更に大きくなっているように感じてしまう。
オレに向けられる視線はもうね。
視線だけで人が殺せそうだ!
「ケェェェェェェェェェェェェッーーーーーーーーー!」
『シャァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッ!』
「クフッ!」
嬉しい事だ!
どうやら目の前の須佐之男命だが、再戦出来そうな気がする。
きっと、そうなる。
いや、そうでなくてはならない!
・戦闘終了後
『ゲッ!』
「ッ?」
『ま、待て! 敵じゃない!』
「敵かどうか、決めるのはあんたじゃないぞ?」
『き、君の戦う様子は何度も見ているがね! 君自身、見た事はあるのか?』
「ああ、ある」
『何も思わないのかい? 人とは思えないよ!』
『こ、殺されるかと思ったよ』
「本体は運営アバターだろうに」
『そうと分かっていても恐怖を感じる事は同じだよ』
「試してみるか?」
『冗談でも、止せ!』
『そ、その目は止めてくれ! その手付きもだ! 脅しているのか?』
「気のせいだ。それよりも説明してくれないか?」
『説明だって?』
「あんたと一緒にいた、あの老紳士だ。ここで待ち構えていたぞ?」
『私だって全てを把握している訳じゃないんだ! 彼がここにいたのか?』
「知らないのか?」
『ああ。本当に、彼がいたのか?』
「事情を知っていながら話そうとしないのは、罪だ。分かるよな?」
『ま、待て! 冷静に! 話すから!』
「分かるように、話せ。まずはあんたからだ。何でここに来た?」
『異常にリソースを喰っているから調べに来ただけだ! 他意は無い!』
「本当に?」
『ああ、だから脅すなって!』
『そうか、彼がいたか』
「あの老紳士の事だな? 名前は?」
『実は私も知らなくてね』
『だから、止せ! 本当だって!』
「本当に?」
『か、神に誓って!』
「神、か。悪いけど信じていないんでね」
『ど、どう言えば信じてくれるのかね?』
「さて、それはあんた次第だな」
『全く、君との接触がこんな形になるなんて! 前に会った時とまるで別人じゃないか!』
「そうかな?」
「ゆっくりでいい。話せ」
『あ、ああ。頼むから脅かさないでくれないか?』
「いいとも」
嘘だ。
余りにも舐めた態度を取るようであればその時は梱包だ。
慈悲は無い。
「あの黄金人形とは無関係?」
『ああ、彼は確かに上位の存在だけどね。そう何度も会えていないよ』
「ではあの老紳士の目的は何だ?」
『それこそ私が知りたい所だよ。しかもここまでリソースを投入するなんてね!』
「リソース?」
『このゲーム世界を支えるパワーと言い換えた方がいいかな? 勝手に使われても困るんだよ』
「あの老紳士は警告みたいな事を言っていた。何の事か分かるか?」
『さ、さあ。私には想像もつかないね』
アルメイダの目が僅かに泳いだ。
『こ、腰の後ろに何で手を回すんだ?』
「気になるか?」
『あ、ああ。それに肩に掛けたロープを何に使うつもりかね?』
「予想は出来るだろ? その予想通りだ」
『よ、止せ! 私にも禁則がある! 話せない事だってあるんだ!』
「示唆する事は?」
アルメイダが急に口を噤む。
余程、話せない理由があるらしい。
「分かった、無理に話さなくていい。ところでここはこのままになるのか?」
『彼が放置してしまったからね。私が介入して戻すにしてもリソースが足りないよ』
「じゃあ、このままか」
『そうなるね。全く、君が絡むと事態が色々と面倒になってしまうよ!』
「どういう意味だ?」
『偽りの神樹、その先で用意していたイベントも別口で流用したからね』
「流用?」
『天使達だよ。東の地の戦闘で君も参加していただろう? 本当はあそこで投入予定はなかった』
『アナザーリンク・サーガ・オンラインに割り振られているリソースがどうも制限されていてね』
「理由は?」
『禁則に触れる。ああ、その顔は止せ! 本当だよ!』
「だったら何か示唆出来る事は? ヒントでもいい」
『一緒だよ、それ!』
『私に言える事なんてそう無いよ』
「本当に?」
『ああ。だがこれならいいかな?』
「言え! 何だ?」
『現実で何かが起きた。多分、だけどね』
アルメイダの姿がいきなり消えた。
何だ?
マーカーも黒いままだが、それも消える。
いや、運営アバターそのものが消えてしまう!
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