澪街悪夢Wiki

うつろいぶとうかい

最終更新:

miduku

- view
だれでも歓迎! 編集

うつろいぶとうかい


牢の荒い息が耳元で聞こえる。初めてだ、人の声をこんな間近で聞いたのは。

炎と煙が漂う小さな城の中、澪は牢の胸の中にいる。あんなにさっきまで動かなかった左足は、牢に引っ張られた途端するりと死体の腕から抜けた。色んな事に対する驚愕と、自分を抱きしめる腕の力強さで、澪はこの場から一歩も動けずにいる。早く逃げ出さないと、とは、分かっている。にしても口がうまく動かない。
ようやく澪を抱き留めていた腕の力が抜けたかと思うと、膝からも力が抜けたようだった。一瞬がくんと、牢の体が崩れかける。

「ろ、牢!?…平気、なの?」
「……うん、…けむり、が…ちょっと」
「…っもっと早く言いなさいよ!馬鹿!」

二人はお互いを支えあうようにして、燃え盛る家を出た。二人が出るのを待ち構えていたかのように、直後、家は焼け落ちた。それを光のない目で眺めていた牢の体は遂に、地面に崩れ落ちる。胸の辺りを押さえつけながら、何度も、咳き込みながら。

「牢!!」

澪が慌てたようにしゃがみこみ、彼の顔を覗き込む。どうやら煙を多く吸い込んでしまったらしい。しばらく咳き込んだ牢は、やがて小さく謝った。『ごめん』と、

「…澪の手、掴んじゃった。……身体も、触った」
「牢……」
「………ごめん」

どさり、と、牢の体が完全に地面に落ちる。牢の耳には、澪の悲鳴が僅かに聞こえたような気がした。


目を、閉じた。



どうやら自分はベッドに寝かされているらしい、ということに気付いたのと同時に、男女のやり取りが聞こえた。片方はよく聞き慣れた声。牢は重い重い瞼を上げた。

「…あ、起きましたよ女王様」
「…」
「もうっつれないなぁ…さっきまであんなに心配して…ごめんなさいごめんなさいその炎しまって」

白衣がちらついたかと思うと、黒い髪の青年がこちらを覗き込んだ。背格好を見る限り、どうやら彼は医者であるらしい。厚い眼鏡の向こうで医者の目がにっこりと笑う。

「火傷の方も手当てしておいたし、もう大丈夫。でもしばらくは安静にしておいてね」

医者はそう言うと、さっさと視界から姿を消した。軽い調子で挨拶すると、家からも出ていく。代わりに牢の視界に入ってきたのは、いつもより機嫌の悪そうな澪。眉を潜め、美しい赤い瞳がじろりと牢を睨み付ける。

「何であんなこと、したのよ」
「…」
「何であんな中に、飛び込んで来たりしたのよ」

牢は少しだけ目を大きく開いた。怒られるのは、澪に触れてしまったことだと思っていたのに。それとも、澪に関わることすら、咎められているのか。牢は口を開いたが、言葉に迷う。すると、澪の方が先に切り出した。

「…死ぬかもしれないのに」
「……でも澪も、死んじゃうかも、しれなかったから」
「馬鹿じゃないの!?アンタが死んだら元も子もないじゃない!!」

はぁっと大きく息をついて、ベッドにぼすりと座り込む。細い腕をくんで腹立たしそうにぶつぶつと何やらを呟き始めた。ところどころ聞こえるのは馬鹿、だの、頭が固い、だの、そんな言葉たち。ふと牢は、見上げた澪の目尻がほんのり赤らんでいることに気がついた。

「…澪、泣いてたの?」
「……泣いてないわよ、泣く訳ないじゃない、何でアンタの為なんかに泣かないといけないの?それこそ、馬鹿みたい」

それきり澪は黙り込んでしまった。牢も口を閉ざして、無音の空気が辺りに滲む。
けれどやがて澪が、でも、と小さく投げるように言った。

「………心配くらい、するわよ」

ばか、とつけ足される。牢は黙ってその様子を見つめていたが、だんだんまた眠気が襲ってきた。さっきみたいにまた、視界がぼやけていく。
もう一度瞼が閉じきる前に、最後に、誰かが言った。


「「おやすみ」」


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー