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小噺-『今夜の献立は勝利』

第五世界]]に来て三年目の夏は、やけに埃っぽかった。

八洲の外れにある小さな宿場町。
昼は市場の喧噪、夜は安酒の匂い。道端の屋台には乾いた魚と焦げた麦の匂いが混ざって漂っている。

二人は旅打ちの途中だった。
骨牌の仕事の合間、次の町へ移るまでの隙間を縫うような気まぐれな放浪だ。

「ここ、将棋やってるみたいだな」

烏骨鶏が顎で指した先に、古い公民館のような建物があった。入口にぶら下がった手書きの看板には、拙い字でこうある。

――《今夜の一番勝負 挑戦者求む》

大衆食堂はその文字を見た瞬間、足を止めた。
目の奥が、ほんの少しだけ明るくなる。

「……寄ってく」

「分かりやすいな」

烏骨鶏は肩をすくめた。
彼女がこの顔をするときは、大抵もう決まっている。

中に入ると、薄暗い部屋に人が集まっていた。賭け将棋の場だ。
第五世界らしく、金だけでなく食料やら権利証やら、雑多なものが卓上に積まれている。

地元で名の通ったらしい中年男が、鼻息荒く座っていた。
いかにも「この町で一番強い」という顔。

「お嬢さん、挑戦かい?」

大衆食堂は静かに頷いた。
赤毛をひとつにまとめ、いつもの地味な外套を椅子に掛ける。

対局が始まった。

序盤は静かだった。
相手は力将棋。
分かりやすく強い手を重ねてくる。

観衆は男の味方だった。
よそ者の女が勝てるはずがない――そんな空気が満ちている。

烏骨鶏は壁際で腕を組んで眺めていた。
護衛役らしく無表情で、けれど盤面だけはずっと追っている。

中盤、空気が変わった。

大衆食堂は派手な手を打たない。
けれど一手ごとに、相手の選択肢を静かに削っていく。

まるで献立を一つずつ並べていく料理人のように。

相手が気づいたときには、逃げ道がなかった。

「……あんた、何者だ」

男の声がかすれる。

「ただの大衆食堂です」

彼女はいつもの調子で答えた。

終盤は一方的だった。
角が舞い、歩が噛みつき、最後には王が静かに詰む。

投了の声が落ちた瞬間、部屋がざわめいた。

賭け金が彼女の前に集まってくる。
大衆食堂はそれをちらりと見てから、ほとんど興味なさそうに烏骨鶏へ視線を向けた。

「……勝ったよ」

「見てた」

「次の町の宿代くらいにはなるかな」

「十分だろ」

外に出ると、夜風が少しだけ涼しかった。

烏骨鶏は歩きながら小さく笑う。

「相変わらずだな。専門店じゃないくせに、どんな勝負でもきっちり出してくる」

「だって、私は――」

彼女はわずかに得意げに言った。

「何でも出せる店だから」

二人の影が、土の道に長く伸びる。
次の町へ向かう足取りは軽かった。

その頃の二人にとって、世界はまだ、旅の続きにすぎなかった。

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小噺 第五世界
最終更新:2026年05月01日 20:33