西暦975年。
歌々連合ガリアブロック、旧エピン男爵家。
その館は、数十年もの間、
黒い茨に覆われ続けていた。
昼なお暗く、
鳥は近寄らず、
使用人も騎士も、侵入した者は皆帰らなかった。
館の奥には、
眠ったまま老いない令嬢がいる。
そんな噂だけが残っていた。
旭皇国より派遣されたのは、
妖怪退治で名を上げていた男――
「
影法師」渡辺 綱茂。
最初の討伐で、
綱茂は鬼のような怪物と遭遇する。
館そのものが生きているかのように茨を伸ばし、
血を吸い、
影を食い、
奥へ進むほど妖魔は強くなった。
激戦の末、
綱茂は怪物の片腕を斬り落とす。
だが討伐には失敗。
本人も瀕死となり、
旭皇国で一ヶ月の療養を余儀なくされた。
それでも綱茂は再び館へ向かった。
「俺が行かねぇと、誰も行けないでしょう!」
と、笑いながら。
二度目の攻略で、
綱茂は館最奥へ到達する。
そこにいたのは、
茨に抱かれ眠る少女。
そして彼は気づく。
前回、
自分が斬り落とした鬼の腕と、
少女の失われた片腕が一致していることに。
つまり、
あの怪物は――。
綱茂は咄嗟に刀を振り上げた。
だがその瞬間。
少女の目が開いた。
館を覆っていた茨は、
音もなく崩れ落ちていく。
それが、
命の危機による覚醒だったのか。
運命の相手を前にしたことで、
呪いが解けたのか。
真実は誰にも分からない。
だが、
「いばら姫」ブランシュ・エピンは、
その日、数十年ぶりに目を覚ました。
――ただし。
世界はもう、
彼女の居場所ではなかった。
両親は既に死亡。
男爵位は遠縁へ継承。
使用人も屋敷も失われ、
残ったのは怪物の噂だけ。
行く場所を失った彼女は、
しばらくして綱茂の家へ転がり込む。
そしてそのまま、
妻になった。
後年。
「
茨木童子」と恐れられた女は、
旭皇国で妙に売れる恋愛怪奇小説を書くようになる。
なお、
夫である綱茂は、
毎回感想文を提出させられていたらしい。
最終更新:2026年05月27日 19:23