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ダブルストップ・あなざー

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ダブルストップ・あなざー




「ここのシュークリーム、美味しいんだよ」と、ニシトちゃんが幼な子にも似た輝きをした目で言うから、
わたしは寄り道というものをやってみた。二人並んで目当ての三瀬の前に立つと、わたしの心臓がごくりとつばを飲む音が聞こえてくる。

「ナギちゃんとこんなお店に行けるのって、うれしいな」

ニシトちゃんはきらきらと光る。
ニシトちゃんはけらけら笑う。
紅茶色のショートカットの髪型は、ニシトちゃんにおあつらえ。

古びた煉瓦造りの店は、見るからに時代に取り残された香りが漂っていた。
店の名は『茶々森堂』。
わたしたちが通う学校から程近い場所に店舗を構える喫茶店だ。ご近所なのに存在すら知らなかったわたしは、
まるで幸せの青い鳥を肩に乗せたまま、青い鳥を探しているようなものだ。

「先崎くんもよく来るらしいよ」

お互いに知った生徒の名を使ってこの店の知名度を教えてくれるニシトちゃんは、本当に外の世界のことをよく知っているし、
使いこなしていると思う。扉を開けると鉄の鐘が 鳴りわたしたちを歓迎してくれた。世界の隅っこに生きるわたしでさえも、
顔パスだけでまけてくれる常連客同等に愛想よく迎えてくれる。
ニシトちゃんのエスコートで陽射しのよい窓側の席に陣取ると、気分だけでも無邪気な英国貴族の娘になったつもり、
傍らにゴールデンレトリバーを携えて、ゆったりまったり机に肘をつきたくなる。

落ち着く。
ほんとうに。
わたしの住む世界がうそのよう。

店を囲む蔦が世俗から切り離してくれる。古城に幽閉されて助けを待つ姫君が、いっそずっとここにいてもいいかもと。
そんな気持ちを吐露しても、誰もが頚を縦に振ってくれそうな雰囲気だ。
わたしが何者だろうとも、コーヒーの香りが分け隔てなく平等に静かな時間に誘う。

「わたし、運動部でしょ?だから、体が糖分求めてるんだ」
「体動かすしね」
「そうだ。文化系の部活もかじっちゃおうかな?……うーん、漫画研究会とか」
「あるの?」
「知らない」
「なにそれ」
「あ!店員さーん。シュークリーム、ふたつ……、いや、みっつ!」

注文を取りに来たウェイトレスがねこのような目を丸くして、ニシトちゃんの願いを聞いていた。
大正浪漫というものか、袴にエプロンドレス、そして編み上げブーツ姿の彼女は、やけに乙女に見えるのは、
きっと、たぶん、わたしのせいだ。わたし自身の眼球がそう見ろと命令するのだ。間違っていないだろうか。

「みっつ?」
「うん 。お土産用。ナギちゃんいる?」
「うーん。やめとく」
「お母さんには?」
「多分、食べないと思うよ」

わたしにはお土産を渡したくなるような素敵な人はいない。
右手に拳銃、左手に仁義、そして口にはシュークリーム。似合うハズがない。
ロンドン郊外の小さな煉瓦造りの喫茶店に、黒塗り高級車が乗り込んで、ずかずかとすね傷持った男たちがやってくる。

似合うワケがない。

『お嬢さん』
『お嬢さん』
『お嬢さん、ジュース買ってきましょうか』
『一人前になったら、自分で自分のタマ守れよ』

仁義に生きて、仁義に朽ちる。
戒律はただそれだけ。
そんなオトナに囲まれて、それがカタギではないと知ったときのこと。
少女ノ夢と相反する、硝煙と杯で出来た世界に包まれて生まれた自分のこと。

シュークリームだなんて。
お土産だなんて。

丁重にニシトちゃんの誘いを断ると、ニシトちゃんはにこにことシュークリームが届くのを待ちわびていた。

窓の陽射しのから避けようと店内に目を向けると、わたしたちと歳の近い女子二人がクリームソーダをそれぞれ口にしていた。
この店は、女子を女の子にしてくれる。白いブラウスとメロン色のソーダ水は人を甘い気持ちにしてくれる。こんなわたしでも、
この店の中だけでも女の子にしてくれるのだろうか。ニシトちゃんに聞くのはこっぱずかしいし、ましてや、クリームソーダの二人にもだ。

「どうしたの。ナギちゃん」

シュークリームの出番を待ちきれないニシトちゃんだ。にこにことわたしの浮気をそっと修正。
わたしは素直にクリームソーダの二人のことを話題にしてみた。
一人は腰まで伸ばした黒髪。クローバーの髪留めが大人っぽさと子供っぽさを綱渡り。
そして、一人は明るい色のボブショート。てっぺんからは跳ねたような髪の毛が目を引く。

「なんだろう。お芝居の話かなぁ」
「そうなの?ニシトちゃん」

机に広げたノートにメモを走り書きさせながら、二人は雑談のような話し合いをしているように見えた。
会話を楽しむよりかは、意見を交わし会うと言ったほうが近いかもしれない。

「『出番』とか『儲け役』とか『ト書き』とか言ってるけど、なんだろうね」
「うーん。演劇部なのかな」
「あ、それ、するどい。さすがニシトちゃんだ」

確かに。ニシトちゃんの説を踏まえて二人の会話を盗み聞きしていると、ぽんぽんと膝を打ちまくりたくなる。
きっと彼女らは公演のための打ち合わせをしているのだろう。黒髪ロングの方から『シンデレラ』のワンフレーズが聞こえたことで、
わたしは全てに合点した。

「わたしも舞台に立ってみたいな。バレー部じゃなくって、演劇部とか」
「文化系?」
「実は演劇部も体育会系だったり」

ニシトちゃんは実に女の子だ。それに比べてわたしはステージのスポットライトから逃げ惑う名もなき通行人Aの人生を望む。
ただ、それを胸はって主張するようなことでもないし。ニシトちゃんのような思考が自然にできるのならば、
わたしの視界も色鮮やかに見えるんだろう。女子高生の図鑑があるのならば、きっとニシトちゃんは大きく載るんだろう。
ついでに言うなら、わたしは欄外の豆知識だ。

「ここで、王子さまが踵を返すっ」
「『日陰者の生きざまに惚れるお前さんのことだ。おれが殺し屋だってことはカタギの奴らにはばらすな』。
 あかねちゃん、この台詞すごいぞっ」

やはり、彼女らとは違う。
リアリティの蚊帳の外にいるから。
襟を正した紙の上にだけ存在する外れ者に憧れを抱く。一滴でも父の血がわたしの中に流れているうちは、
彼女らの妄想に胸をときめかせることもきっとない。

「殺し屋さんかぁ。スーツが似合うんだろうな」

確かに。
ニシトちゃんの言うことは間違ってはないし。
演劇部の会話を聞いているうちに、ニシトちゃんは演目に興味を抱いていた。
「公演が始まったら、観に行こうよ」と胸高鳴らせるニシトちゃんだが、わたしはフィクションとリアル、双方ともおなかいっぱいだ。

彼女ら演劇部の虚構会議にお耳傾けているうちに、大振りのシュークリームがみっつどっかとわたしたちの目の前に現れた。
げんこつのようなシュークリームは、見ているだけでも迫力がある。ねこ目のウェイトレスは表情を崩すことなく軽い会釈を
わたしたちにしてくれた。

ニシトちゃんがシュークリームを持つと、とても幸せそうに見える。

「クリームを注入する穴があるでしょ?ちっちゃい穴。そこから食べると、きれいに食べられるんだよ」

ぱくりと小さな穴を塞ぐように似合うんだろうなニシトちゃんがシュークリームに食らいつく間、
わたしは再び演劇部の二人をチラ見してみた。黒髪ロングの方は、電話片手に誰かと連絡を取っていた。彼女らは彼女らで忙しい。
断片的だが、黒髪ロングのセリフをかじり聞き、電話の相手を想像してみた。

「できましたっ。原作っ。初めて尽くしでごめんなさいっ」
「わたしたちが書いた脚本……面白がって頂きまして……」
「それが絵になって、セリフがふきだしから紙面を飛び出し、ページを捲る高揚感を煽る作品に仕上げて……」

わかった。
漫画研究会だ。

漫画の原作を演劇部に依頼している……という、推理。
ニシトちゃんの「なーんだ」という言葉に安堵を覚え、わたしはシュークリームにかぶりついた。
煉瓦の館でひっそりと、そして、端っこに潜む幸せをかみ締めながら。


                                                               おしまい。



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