私立仁科学園まとめ@ ウィキ

無題(避難所スレ >>544-548)

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匿名ユーザー

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無題




学校からの帰り道にゴーヤーと久遠荵に時間を奪われる予定などなかったと、制服姿で箱を抱える黒鉄亜子は目を背けた。
緑色の植物のために力を惜しむのならば、一秒でも早く空手の道着に袖を通して、時を操る神々に正拳突きを食らわせたい。

段ボール箱一杯に満たされたゴーヤーを二人力合わせて運ぶ。
一人で持てない訳でもないが、段ボール箱が歪んでバランスが保てないからだ。
亜子の金色の髪と対比して、緑色のゴーヤーが鮮やかに箱を埋める。

「亜子ちゃんが通りがかってくれて助かるなっ」
「わたしは迷惑です」

急いでいるにも関わらず、荵に手を貸す亜子はまだまだ子供どもだ。そりゃ、女子中学生なんて世間様じゃ『JC』だなんて付加価値を
付けてくれるものの、ほんのちょっと前までは、ランドセル背負ってた小学生だし、子どもから中学生にいきなり背伸びの成長痛だし。
いくら亜子が空手で心身を鍛えようとも、世の中は理不尽なもので、勝てないものは勝てないのだった。

「ふう……。ここで休憩しようよっ」

校舎入り口の土間でどっさと段ボールを下ろすと、箱が揺れて、中身のゴーヤーが荷崩れを起こした。
慌てた荵は、子犬がおもちゃに飛び付くように、ゴーヤーを両手で掴まえた。

さて、ジャージにブルマ姿でゴーヤー片手の荵に突っ込みを入れるとすれば……。

「なんでこんなにゴーヤーを?」

亜子の疑問は素直だ。正直過ぎて、突っ込みのお手本にはならない。
正拳付きの質問に、荵はそのコブシに絡み付くように答えた。

「ほらっ。『拾ってやって下さい』だって。校門に置かれてたんだからっ」
「なにそれ」

確かに段ボール箱には、そんな文句がマジックで書かれた貼り紙がされてある。
ただ、何故にゴーヤーを拾ってやって下さいなのかは、二人しても謎が解けぬ。
三人よればなんとやら、三人目に期待を寄せると手段を捨てて、荵は手にしていたゴーヤーを元の段ボール箱に戻した。

「わたし、早く……」
「あー。そっか」
「これからグローブ空手の組稽古があるんです!門下生の分際で時間に遅れるなんて言語道断です!」
「そうだねっ。亜子ちゃん、ありがとっ」

急いで帰る理由がある。袈裟懸けにしたスクールバッグからぶら下げた、ボクシンググローブが道場の空気を吸いたがる。

腕が鳴る。
敵を拳で打つ快感が蘇ってくる。
伊達にグローブを携えているわけではない。
真紅の鉄拳が血を求める。

フルコントクトが認められたグローブ空手は亜子のポテンシャルを最大に引き出す舞台。だから、抑えきれない衝動を
胸のうちからはちきれさせようとすっくと気合を入れた。

亜子が踵を返してダッシュをかまそうとした瞬間、前方から接近した台車と正面衝突の人身事故に遭った。

「ぐぎゃあ」と、亜子の悲鳴があがる。

相手は前方不注意、スピード違反、示談にするには安すぎる。女子学生だからと言って、甘えちゃいけない。
事故の衝撃で台車の運転手はミニウサギのようにすっ飛んで、ゴーヤー満載の段ボール箱へと突っ込んだ。
突っ込みのお手本としてはアグレッシブが過ぎると、荵は尻尾を巻いて尻餅で激痛を体中に走らせた。

「いててて……。ぐぉ、ぐぉめんなはい!ふぇがあひまへんれしたらー?」

ゴーヤーを口にミニウサギのような女子学生が振り向いた先には、突っ伏して倒れた亜子の姿があった。
肝を潰したミニウサギは、ぽろんとゴーヤーを口から離す。

「ご、ごめんなさいー!怪我ありませんでしたかー?」

ぴょんと台車を飛び越して、女子学生は亜子の傍らに着地すると目を丸くしてうっすらと涙を浮かべていた。
女子学生は制服からして亜子と同じ中等部だ。ただ、制服がなければ小学生としても違和感は感じない。
むしろ、ランドセルかリコーダーが必要なぐらいだし、おまけに名札も付けようかと憂うぐらいだ。

「ごめんなさい!」
「わたしは……大丈夫です。足元のガードを油断していたわたしに過ちがあります」

むっくり立ち上がった亜子は、試合に負けたときの顔つきで手を払っていた。

「あの、あの、あの。お詫びにゴーヤー一つ持っていて下さい!」
「いや、いいから」
「でないと、あの、あの、あの、わたしの気持ちが納まりません!」

荵はゴーヤーを一本手に取って、亜子とミニウサギの側にぴょんと近付き、ミニウサギを目にも止まらぬ電光石火で羽交い締めした。
荵の鼻がミニウサギのつむじに当たり、ゴーヤーがミニウサギのありもしない胸に当たる。

「や、やめてくださいー!」
「わおーっ。甘噛みすんぞっ」
「甘噛みって、イヌじゃないんですからー!」
「わたしはイヌだっ」

たらりと額に一筋の汗。
子犬がミニウサギにじゃれついている間に、亜子は風のように消え去った。 

「ミニウサ子はお菓子の香りがするぞっ」
「誰ですか、ミニウサ子って」
「お菓子の香りがする子だよっ」
「ですから、誰ですか?」

答えに言葉はいらない。荵はもう一度『ミニウサ子』を羽交い締めして、くんかくんかと髪の匂いを肺一杯に吸い込んだ。

「ミニウサ子じゃありません!わ、わ、わたしは粟手トリスです!」

ウサ耳が似合いそうな小動物系少女はじたばたと足をばたつかせていたが、慌てれば慌てるほど、荵は顔をトリスの髪に埋める逆効果。

「ゴーヤーを返してください!」
「え?だって」
「わたしが仁科市場で買い込んだゴーヤーですよ?今から家庭科教室に運ぶんです」

トリスが指差す緑色の植物。ぐりぐりと表面がうねり、見てくれはお世辞にもイケメンとは言えないが、
苦味が美味だと名高い南の果ての野菜だ。
買い物帰り、買い込み過ぎた。学校近くの道だから、知った顔が通りすぎるだろうとたかをくくってたら、
それは甘い考えだった。放課後とは言え、誰もいない。仕方なく道端に放置されていた適当な箱に積めて、学校の台車を借りに
行っていた矢先のこと、ゴーヤーが姿をくらました。

「ってか、どーしてゴーヤーを箱ごと持っていこうとしたんですか?」
「うー、箱に『拾ってやって下さい』って」
「あ。マジだ……」

初めて貼り紙の存在に気付いた。きっと、この中にイヌネコの類いがいたんだろう。
誰かに拾われたか、どこぞへと消えたか、主を失った段ボール箱に、トリスが引きずっていたゴーヤー一杯のエコバックを
放り投げたのが原因だった。

「ごめんなさい……。ゴーヤーどろぼうかと思っちゃって」
「こちらこそですっ。でも、こんなに沢山、ゴーヤーをどうするのっ?」
「妹が好きなんです。家庭科教室でゴーヤー三昧、グッド・ガストロノミーです」

小さな身体のトリスから妹というフレーズが飛び出す。
荵が尻尾を立てていると、もくもくと荵の目の前にトリスの妹の姿が妄想された。
きっと、もっと小さな子なんだろう。姉がミニウサ子ならば、妹はもしかしてプチウサ美かもなっ。
なのに、ゴーヤーなど苦味を楽しむ食材を好むなど、なんという大人びた子だっ。荵は口をあけた。

「いけないっ。早く体育館に戻らないと、迫先輩から『めっ』だっ」
「部活ですか?」
「演劇部だよっ」
「ちょ、ちょっと待ってください!ご迷惑かけたお詫びにゴーヤーを……」

きゅっと踵を返す。シューズの底が軋む。ジャージの裾がふわりと舞う。濃紺のブルマがサブリミナルでちらり。
これが先輩だっ。伊達に先に生を受けていない。粟手トリスちゃん、目に焼き付きやがれぃ。
あわてふためきながら廊下を全力疾走する荵を、トリスは珍しい生き物を初めて見る目で見送っていた。


     #


ゴーヤーを積載量ぎりぎり台車に載せて、トリスは家庭科教室へ向かった。これだけゴーヤーがあるのだから、
気軽に作れる一品を。誰もいない放課後の家庭科教室と、たった一人の演奏会はよく似ている。

「あーあ。きょうも暑かったなー」

夏も過ぎて、秋の始まり。とは言え、汗ばむ日々はまだ続く。
ゴーヤーの苦味を生かしつつ、すっと心地好い清涼感を味わえるお菓子を。
ゴーヤーの皮をすりおろす。優しく、撫で回すように丁寧に緑色の野菜を回すも、頑張りすぎると苦味を許してしまう。
適度にすりおろされたゴーヤーからは濃厚な汁が滴る。それこそ秘宝の輝きだと、トリスはほくそ笑んだ。

「あのイヌみたいな人、演劇部って言ってたっけ」

久遠荵。まだ、トリスは名を知らない。
トリスの中での演劇部とは、マンガで見た世界のようなもの。
たった一人で舞台に立たされて、実家の食堂では母親が一人で病床の元で、陰ながらに応援しているのだろう。
中等部なんて、字に書いたような中坊の集まりだ。いずれ自分たちも華麗に女子高生に変身できると、
子供じみた妄想を膨らませつつ、擦ったゴーヤーの身をざるにかける。

「あの金髪の子は……」

黒鉄亜子。まだ、トリスは名を知らない。
トリスと同じ中等部だというのに、遠く年の離れた姉御のように感じるオーラだ。
トリスはゴーヤー汁を搾りきったことをついつい忘れてしまう。

「いけない!わたしのばかばか!」

スイッチの切り替えの早いトリスは、頭をコツンと自分の拳で叩くと、小さくベロを出し気持ちをリセットした。
摩り下ろしたゴーヤーを甘ったるいバニラアイスに混ぜて、きんきんに冷凍する。ただそれだけ、ゴーヤーのアイスクリーム、
出来上がりの時を座して待て。

「ミニウサ子っ。返しに来たよっ」

まだまだ待て。

「演劇部の……」

じっと待て。

「いつの間にかにゴーヤーの尻尾が生えてたっ」

惑わされずにしばし待て。

「ふふっ。やっぱり来ましたね!」

頭の中がぐるぐると、振り回されずに待ちやがれ。

「ゴーヤーの尻尾がおブルマにはさまってたんだっ。迫先輩が指差すから、おかしいぞって思ったらいつの間にっ」

確かに荵がくるっと上半身を半回転させると、ジャージを押し退けてブルマに半分はさまった緑色の物体が尻尾のように飛び出している。
いぼが荵の小さな尻に突き刺さり、奇妙な快感とテンションを与えていた。

「作戦成功ですね!」
「なにーっ」

トリスは荵が踵を返すと同時に光の速さで荵のブルマにゴーヤーを挟んだのだった。
これならイヤでもゴーヤーを渡すことが出来ると、トリスが睨んだ結果だ。

「これ、なんなの?」
「ゴーヤーです。受け取ってください」
「やだいっ」

ゴーヤーの尻尾をブルマから引き抜く。
いくら愛しき尻尾でも、自分が引き起こした過ち故の償いのゴーヤーは受け取れない。
だって、ミニウサ子には迷惑なんかかけたくないし。

「あ……、先輩。なんですね」
「えっ?わたしのことかなっ。久遠荵ですっ。高等部ですっ。あっ、亜子ちゃんだっ」

話の急旋回にトリスは振り回されて、荵が指差す窓に目を向けた。
金髪の少女が顔を真っ赤にして駆けてくるのだ。グラウンドに咲いた菜の花のような光景は、失礼ながらも滑稽に映る。
何故ならば、手には緑色の野菜があったからだ。

「せっかくのゴーヤーを受け取ってくれないんです」
「亜子ちゃんもかぁー。どうやって渡した?」
「ちょうどうまい具合にゴーヤーがボクシンググローブに入ってですね」

背伸びで亜子の帰還を迎えるトリスは、ミニウサギっぽい笑みを浮かべてゴーヤーアイスクリームを一口含んだ。
高みの見物でゴーヤーアイスクリームに舌鼓を打つトリスと荵は、しばらく亜子が校庭を走り回る光景を肴にすることにした。


                                                                         おしまい。



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