6
左手のパーツだと、認識する事すら難しいほどに巨大な、五本の指を押しのけて、上条当麻は床に転がる。
咳込んだ拍子に、赤いものが飛び散った。
巨手に圧迫されたときに肋骨が折れたか、それとも元々折れていたものが何処かに刺さったのか―――、
咳込んだ拍子に、赤いものが飛び散った。
巨手に圧迫されたときに肋骨が折れたか、それとも元々折れていたものが何処かに刺さったのか―――、
パール・クールが見せたのは、そういう映像だった。
大口を叩いた所で、所詮は脆弱な人間風情。仮にも魔王に敵うわけがない。
そう言って嗤っているのだ。人間如きに希望を託した二柱の魔王を。彼を心の支えにしている、アゼル・イヴリスを。
そう言って嗤っているのだ。人間如きに希望を託した二柱の魔王を。彼を心の支えにしている、アゼル・イヴリスを。
そして、目論見どおり、アゼル・イヴリスはその映像に釘付けられていた。
「上条、くん―――」
見開いた目に映る姿。
既にして満身創痍。切り札たる右手は最早アカを通り越してどす黒く、喉の奥から迸る喀血は床を汚してゆく。
その身体に刻まれた傷は、己が受けたものの十分の一にも満たないだろう。それでも、人間である彼には重症であって、
既にして満身創痍。切り札たる右手は最早アカを通り越してどす黒く、喉の奥から迸る喀血は床を汚してゆく。
その身体に刻まれた傷は、己が受けたものの十分の一にも満たないだろう。それでも、人間である彼には重症であって、
「あはははっ、いい様よね!」
パール・クールの嘲笑が遠い。
「ほらほら、どうせコイツはここでお仕舞よっ! アンタもとっとと諦めちゃいなさい!」
お仕舞い。そうだ、人は脆い。確かに。此処まで痛めつけられて、立ち上がる人間なんて居ない。
彼の二人の仲間は、死霊女王が再び呼び出した死者の軍団を相手にするので精一杯。これ以上行けば、きっと死んでしまう。
彼の二人の仲間は、死霊女王が再び呼び出した死者の軍団を相手にするので精一杯。これ以上行けば、きっと死んでしまう。
それなのに―――、
パールの顔色が変わる。
やっぱり。と、アゼルは心のどこかで呟いていた。
地に転び、血を吐いて、それでも、上条当麻の瞳から輝きが失われる事はなかったのだから―――。
やっぱり。と、アゼルは心のどこかで呟いていた。
地に転び、血を吐いて、それでも、上条当麻の瞳から輝きが失われる事はなかったのだから―――。
ふらふら、と、覚束なくても、頼りなくても、上条当麻は起き上がった。
「あははははッ」
ギシリ、と奥歯を噛み締めるパールに代わり、ベール・ゼファーの笑声が上がった。
「見誤ったわねパール。人間ってぇのはしぶといの。そしてその中には、こーゆーどぉおっしょぉもないヴァカがいるものなのよ!」
黒衣の魔王は、これ以上無いという程に愉し気に笑い転げて、
「さぁアゼル、反撃開始よ。声マネまでしてお膳立てした甲斐があったわ」
生み落とした光を弾けさせた。
万色が踊る。黒を背景(バック)に。
ベルとアゼル。二柱の魔王はパール・クールを挟み移動する。必然的に戦場となる危険地帯も、場所を移してゆく。
アゼルには、何処に向かうのかは解らない。ただ、そちらの方に生き物が居る事は解っていた。人にしては大きな力が二つ。人並みの力が二つ、そして消えそうなものが一つ。
ベルとアゼル。二柱の魔王はパール・クールを挟み移動する。必然的に戦場となる危険地帯も、場所を移してゆく。
アゼルには、何処に向かうのかは解らない。ただ、そちらの方に生き物が居る事は解っていた。人にしては大きな力が二つ。人並みの力が二つ、そして消えそうなものが一つ。
何をする心算か―――、アゼルには解らない。
7
岩が山が、建造物が、年月によって劣化する事を風化と呼ぶ。
山は崩れ岩を生み出し、岩は砕けて砂になる。
人の手になる建造物は、廃墟となって瓦礫と散り、最後は不毛の荒野と成る。其処に命が芽吹くか否かは、ソレこそ神のみぞ知る事だ。
それは、数十年、数百年かかって行われる、雄大なる自然の御業。
必然。もしも己の目がおかしくなっていないのなら、自分たちを取り囲む光の壁の向うではそれだけの年数が過ぎ去っているという事になる。
山は崩れ岩を生み出し、岩は砕けて砂になる。
人の手になる建造物は、廃墟となって瓦礫と散り、最後は不毛の荒野と成る。其処に命が芽吹くか否かは、ソレこそ神のみぞ知る事だ。
それは、数十年、数百年かかって行われる、雄大なる自然の御業。
必然。もしも己の目がおかしくなっていないのなら、自分たちを取り囲む光の壁の向うではそれだけの年数が過ぎ去っているという事になる。
「コレはやばいです!! コレが荒廃の力だって言うなら、想定をぶっちぎり過ぎてますよ!!」
赤い方の杖が、焦燥感たっぷりに絶叫する。
そんなもんが絶叫する時点で、色々とぶっちぎっていると思うが、何しろ異世界の事に、深く突っ込むのは不毛なだけだ。
そんなもんが絶叫する時点で、色々とぶっちぎっていると思うが、何しろ異世界の事に、深く突っ込むのは不毛なだけだ。
「………、なんだかよく解らないけど、随分不味い事になってる気がするって、ミサカはミサカは戦々恐々してみたり―――」
打ち止め(ラストオーダー)の矮躯にしがみ付かれる。不安に震えるその手をしっかりと握り返して、その白く白く白い彼は、こういったことの専門であろう三人組に問いかける。
「いったい何が起こってンだよ」
パステルピンクと藤紫の、二人の少女は杖を掲げて微動だにしない。彼には理解できないが、吹き荒れる力に対抗すべく結界を維持するだけで精一杯だからだ。
答えたのは、赤い目に銀髪を二つに括った、血まみれのゴスロリ少女だった。
答えたのは、赤い目に銀髪を二つに括った、血まみれのゴスロリ少女だった。
「アゼルたち―――。第八世界の魔王たちの戦闘領域がこっちに移動してきているであります。
このままだとまずいでありますよ」
「………。魔王だァ?」
「信じられないかもしれないでありましょうが、事実であります。
何とかイリヤたちの結界で荒廃の力の影響を遮っているでありますが、それだけであります」
このままだとまずいでありますよ」
「………。魔王だァ?」
「信じられないかもしれないでありましょうが、事実であります。
何とかイリヤたちの結界で荒廃の力の影響を遮っているでありますが、それだけであります」
このままでは、戦う事は愚か逃げる事もままならない。と、その、ノーチェと呼ばれていた少女は言った。
しばらく沈黙して、その白い少年は忌々しげに舌を鳴らした。
しばらく沈黙して、その白い少年は忌々しげに舌を鳴らした。
「要はその魔王とか言うのをブチ殺しゃあ良いンだろォが」
首のチョーカーに付けている、MP3プレイヤーらしき物―――チョーカー型電極のスイッチに手をかけて、
「ダメであります。
恐らく、アナタの能力(スキル)が通用するような相手ではないでありますから」
「………ああァ?」
恐らく、アナタの能力(スキル)が通用するような相手ではないでありますから」
「………ああァ?」
少年の三白眼が更に吊りあがった。
「彼女の能力は、ベクトルが如何とかそういった次元のものではないでありますゆえ。
勿論銃など効きませんし、そもそも貴方のようなヒョーロク玉は、この結界から外に出た瞬間消えて無くなるでありますよ」
「…………テメェな―――」
勿論銃など効きませんし、そもそも貴方のようなヒョーロク玉は、この結界から外に出た瞬間消えて無くなるでありますよ」
「…………テメェな―――」
白い少年は、言い返そうとして、止めた。自分が同年代の標準に比べて、生白いもやしっ子であるのは紛れも無い事実。
そして外では、時間が加速しているのか、それに準ずるとんでもない何かが起こっている。ベクトル云々で収まる話では、確かに無さそうだ。
そういった不確定なナニカを演算に代入する事も出来なくは無いが―――、正直、今此処でアレを使って、打ち止め達を巻き込まない自信も無い。
そして外では、時間が加速しているのか、それに準ずるとんでもない何かが起こっている。ベクトル云々で収まる話では、確かに無さそうだ。
そういった不確定なナニカを演算に代入する事も出来なくは無いが―――、正直、今此処でアレを使って、打ち止め達を巻き込まない自信も無い。
「………。じゃあどォすンだよ?」
「ソレが考え付かないから、困っているでありますよ」
「ソレが考え付かないから、困っているでありますよ」
「………。一つだけ、思いついたことがある―――」
ポツリと、呟くように藤紫の少女が言葉を発した。
「ですが美遊様、その手段で離脱できるのは二人が限度です。それも安全性は保障できませんし、その上、次の機会が何時になるか―――」
彼女が手にした青い杖が懸念を述べる。
「でも、その方法しかないと思う」
パステルピンクの少女が言う。
「私たちならある程度まで大丈夫だけど、打ち止め(ラストオーダー)たちはソレこそ命に関わっちゃうでしょ? だったら―――」
「オイ、執行委員。テメェら一体何しようってンだ?」
「オイ、執行委員。テメェら一体何しようってンだ?」
嫌なモノを感じ取った少年の言葉に、イリヤと呼ばれた少女が振り向いた。
「これから、学園都市の外に転送するわ」
「………オイ、ちょっとマテ」
「結界を維持しながらだと人数は多分、貴方と打ち止め(ラストオーダー)の二人が限度だと思う。
それでも、幾らか結界強度が下がっちゃうから、下手したらそのまま結構吸われちゃうかもしれないけど、このまま此処でジリ貧になってるよりは、きっとマシじゃないかな?」
「で、でもでも、それだとイリヤたちはどうなるのってミサカはミサカは泣きそうになりながら尋ねてみる!」
「私たちは―――、執行委員だから。
まぁ………、機会を見て逃げ出すよ」
「………オイ、ちょっとマテ」
「結界を維持しながらだと人数は多分、貴方と打ち止め(ラストオーダー)の二人が限度だと思う。
それでも、幾らか結界強度が下がっちゃうから、下手したらそのまま結構吸われちゃうかもしれないけど、このまま此処でジリ貧になってるよりは、きっとマシじゃないかな?」
「で、でもでも、それだとイリヤたちはどうなるのってミサカはミサカは泣きそうになりながら尋ねてみる!」
「私たちは―――、執行委員だから。
まぁ………、機会を見て逃げ出すよ」
鮮やかな紅に輝く瞳で、白い少女は苦笑った。
「ノーチェ、術式の設計をお願い。
美遊、式が出来次第、魔力の充填を始めるよ!」
美遊、式が出来次第、魔力の充填を始めるよ!」
了解。と、二人分の声がそろう。動き出した三人を見て、打ち止めは悲痛な声をあげたが、それでも三人は止らない
ぐずる少女を、少年は抱きしめる。
彼の優先順位は明確だ。だから、
ぐずる少女を、少年は抱きしめる。
彼の優先順位は明確だ。だから、
「………。死ぬンじゃねェぞ」
そんな、自分でもらしくないと思う言葉を告げていた。
8
亡びの風が吹き荒れる。
この街を壊すのはコレで二度目。第六学区を廃墟にしたのはほんの数時間前のこと。だからといって気分の良いものでは無い。
けれど、ここでパール・クールは斃さなくては成らない。
彼女の跳梁を許せば、これ以上の被害がでるのは解りきっているのだから。
優先順位を間違えるな。感傷に浸っているヒマは無い。
上条当麻は戦っている。アゼル・イヴリスを信じて。ならば、負ける事なんて出来るものか。
この街を壊すのはコレで二度目。第六学区を廃墟にしたのはほんの数時間前のこと。だからといって気分の良いものでは無い。
けれど、ここでパール・クールは斃さなくては成らない。
彼女の跳梁を許せば、これ以上の被害がでるのは解りきっているのだから。
優先順位を間違えるな。感傷に浸っているヒマは無い。
上条当麻は戦っている。アゼル・イヴリスを信じて。ならば、負ける事なんて出来るものか。
交錯する、三巴の力。
(アゼル!! アタシの攻撃から二秒遅れて攻撃! 九時方向に退避後、もう一発ぶちかましなさい!!)
ベルの指示は適確だ。
手数で撹乱し、不意討ちで気を逸らし、隔絶したプラーナ出力を誇るパール・クールに食い下がっている。
ただ一つ、気になるのは―――
手数で撹乱し、不意討ちで気を逸らし、隔絶したプラーナ出力を誇るパール・クールに食い下がっている。
ただ一つ、気になるのは―――
蝿の女王が誘導しようとする先にある、大きな魔力反応。
此処まで近づいてしまえばかなり、忌まわしき荒廃の力の影響を受けているだろう。このまま行けば、下手をすれば食い殺してしまいかねない。
此処まで近づいてしまえばかなり、忌まわしき荒廃の力の影響を受けているだろう。このまま行けば、下手をすれば食い殺してしまいかねない。
だが―――、迷うヒマは無い。
アゼル・イヴリスよりパール・クールのほうが強いのだ。戦闘経験豊富なベルのサポート無しでは、とっくの昔に斃されている。
迅速、そして適確に、その指示を実行する。
心の奥に、小さな恐れを抱いて。
迅速、そして適確に、その指示を実行する。
心の奥に、小さな恐れを抱いて。
―――そしてその恐れは、現実となる。
小さな光のドームが其処には在った。
人が五人ばかり、身を寄せる程度の大きさで、けれど恐ろしいほどの魔力(チカラ)をつぎ込んだ、魔力結界。
芳醇で重厚な、侵魔の『食欲』をこれ以上ないほど刺激する濃厚な魔力。
人が五人ばかり、身を寄せる程度の大きさで、けれど恐ろしいほどの魔力(チカラ)をつぎ込んだ、魔力結界。
芳醇で重厚な、侵魔の『食欲』をこれ以上ないほど刺激する濃厚な魔力。
一瞬の事だ。けれども呆然と自分を見失った。
プラーナを求めるのは侵魔の本能。常に満たされる事のない飢餓が、首をもたげた。
その一瞬。たかが一瞬で、されど一瞬。
それだけの隙があれば、パール・クールが致命傷を与えるのに、十分な隙。
プラーナを求めるのは侵魔の本能。常に満たされる事のない飢餓が、首をもたげた。
その一瞬。たかが一瞬で、されど一瞬。
それだけの隙があれば、パール・クールが致命傷を与えるのに、十分な隙。
「アゼルッ!!」
びしゃり。と、温かい何かが飛び散った。
何が起こったのかもわからず、アゼルは全身を赤く染め上げる。
赤く染まった視界の中で、糸の切れた人形の様に崩れ落ちる影。
赤く染まった視界の中で、糸の切れた人形の様に崩れ落ちる影。
「ベルッ!!!!!」
アゼル・イヴリスを庇って、腹に大穴を空けた黒衣のベール・ゼファーは、アゼルの腕に倒れこむ。
斃れた魔王に、パール・クールが爆笑を贈った。
斃れた魔王に、パール・クールが爆笑を贈った。
「あははっあはははっあ~っはっはっはっはっはっ!!!
なにそれ、飼い犬庇ってやられちゃうなんて、ちょっとベルゥ、幾らなんでも嗤かしすぎよぉ!!!!!」
なにそれ、飼い犬庇ってやられちゃうなんて、ちょっとベルゥ、幾らなんでも嗤かしすぎよぉ!!!!!」
その嘲弄すら、アゼルの耳には届かない。
「………嘘―――。 ベル。ねぇ、ベルってば!!」
ベール・ゼファーの生命力は強大だ。
今まで幾度と無くウィザードに撃退され、それでもその度に復活してきた。今回だって大した事は無い。ない筈だ。
今まで幾度と無くウィザードに撃退され、それでもその度に復活してきた。今回だって大した事は無い。ない筈だ。
―――ソレはただの願望だと、解っている。
高山外套を纏った少女の姿であるのなら兎も角、黒のドレスを身に着けた、本来の蝿の女王としての能力を使えるようにした形態で、ベール・ゼファーが斃された事はない。
亡びる事は無いだろう。しかし、弱体化は、きっと免れない。
亡びる事は無いだろう。しかし、弱体化は、きっと免れない。
「……。アゼル……」
「ベルっ!」
「ベルっ!」
唇を割るのは、力なく掠れた声。
今際の際の断末魔のように、蝿の女王は言った。
今際の際の断末魔のように、蝿の女王は言った。
「……、喰いなさい」
ベール・ゼファーだったものが、プラーナに分解され、アゼルに吸収される。
彼女のプラーナが告げた。
喰いなさい。
それは、蝿の女王の残骸だけでなく―――。
彼女のプラーナが告げた。
喰いなさい。
それは、蝿の女王の残骸だけでなく―――。
「……………。」
輝ける、黄金の魔力結界をも。
そのために、私が呼び寄せたのだと。
愕然と、アゼル・イヴリスは結界を見つめる。
そのために、私が呼び寄せたのだと。
愕然と、アゼル・イヴリスは結界を見つめる。
「何が、起こってるの?」
その内側で、イリヤスフィールは、ポツリと呟いた。
目の前に居るのは、第六学区を破壊したという、魔王アゼル・イヴリス。そして、ソレを攻撃したのは、パール・クールで、庇って消滅したのがベール・ゼファー。
すべて資料(データ)で見た顔だった。
けれども、目前で起こった事態に、頭がついていかない。ただ、かなりの危機に直面しているのだろうという事だけは、理解できる。
目の前に居るのは、第六学区を破壊したという、魔王アゼル・イヴリス。そして、ソレを攻撃したのは、パール・クールで、庇って消滅したのがベール・ゼファー。
すべて資料(データ)で見た顔だった。
けれども、目前で起こった事態に、頭がついていかない。ただ、かなりの危機に直面しているのだろうという事だけは、理解できる。
「何かこっち見てますよ!?!」
手にした赤い杖(カレイドステッキ)の精霊、マジカルルビーが悲鳴をあげる。
威力を増した荒廃の力に、結界維持の負荷は増大し、そのまま術者であるイリヤと美遊に圧し掛かっている。
その発生源であるアゼル・イヴリスに、これ以上近づかれれば、結界ごと、丸ごと削り取られかねない。
威力を増した荒廃の力に、結界維持の負荷は増大し、そのまま術者であるイリヤと美遊に圧し掛かっている。
その発生源であるアゼル・イヴリスに、これ以上近づかれれば、結界ごと、丸ごと削り取られかねない。
「サファイア! 転送魔法発動まで後何秒!?」
その手の青い杖(カレイドステッキ)に、美遊は声を荒げる。
「ダメです!! 結界維持に手一杯でそちらに魔力をまわせません!!」
冷静沈着な杖の精霊(マジカルサファイア)らしくも無く、悲鳴のように返答した。
吹き荒れる死の風の中、結界越しにイリヤとアゼルの視線が交錯する。
その、ダークゴールドの瞳を見つめ、イリヤは奇妙な感覚に囚われた。
吹き荒れる死の風の中、結界越しにイリヤとアゼルの視線が交錯する。
その、ダークゴールドの瞳を見つめ、イリヤは奇妙な感覚に囚われた。
(………泣いてる?)
その瞳には、悲しみと、苦しみの色。
結界の外で、パール・クールはアゼルに告げた。
結界の外で、パール・クールはアゼルに告げた。
「別に、ソイツらを食ってもいいのよアゼル・イヴリス。
その二本の杖は面白そうだし、上手く使えば私を斃せるかもね?
それとも、なにか逆転の案でも思いついてみせる? 望めば手に入るのがココでしょう?」
その二本の杖は面白そうだし、上手く使えば私を斃せるかもね?
それとも、なにか逆転の案でも思いついてみせる? 望めば手に入るのがココでしょう?」
ビクリ。と、持ち主の手の中で身を強張らせる二本の杖(カレイドステッキ)。
強大な力。荒廃の力の処理能力を超える魔力は、二人の年端も行かぬ少女が手にする二振りの杖から発せられている。
恐らくは無限の力を供給する、ソレを使えば、アゼル・イヴリスはパール・クールに並ぶだろう。
荒廃の魔王は、哀しげに微笑んで―――
強大な力。荒廃の力の処理能力を超える魔力は、二人の年端も行かぬ少女が手にする二振りの杖から発せられている。
恐らくは無限の力を供給する、ソレを使えば、アゼル・イヴリスはパール・クールに並ぶだろう。
荒廃の魔王は、哀しげに微笑んで―――
「……。――――ぃ、ベル………」
ボロボロになった魔殺の帯を、再び纏った。
『え?』
荒れ狂っていた死の風が、目に見えて落ち着く。
上がった驚きは誰のものか、数種類の驚愕が場に生れ落ちる。
上がった驚きは誰のものか、数種類の驚愕が場に生れ落ちる。
「逃げて!!」
アゼルは叫び、そしてパールと相対する。
「逃げなさい!! 早く!!」
「イリヤ!! 魔力を!!」
「イリヤ!! 魔力を!!」
美遊の声に正気に返った。
今ならば、余剰魔力を転送魔法に充てられる。
今ならば、余剰魔力を転送魔法に充てられる。
『開け、シュバインオーグ!!
我は我の望む場所へ! 我は我の望む法を!
Sesam, offne dich――――!!!!!』
我は我の望む場所へ! 我は我の望む法を!
Sesam, offne dich――――!!!!!』
今度こそ、イリヤと美遊の声が共鳴し、少年と少女の姿が掻き消える。
結界の内側に残っているのは、三人にまで減っていた。
結界の内側に残っているのは、三人にまで減っていた。
「………如何言う心算?」
平坦な声が、かえって荒れ狂う怒りを感じさせた。
眦を吊り上げて、パール・クールはアゼルを見据える。
眦を吊り上げて、パール・クールはアゼルを見据える。
「アンタまさか、今のままでこのアタシに勝てるつもりなの?」
荒廃の魔王は黙して語らず、その仕草こそ、雄弁な肯定とパールは受け取った。
「そう。
よぉっく解ったわ。アンタ、アタシを舐めてるのね―――」
よぉっく解ったわ。アンタ、アタシを舐めてるのね―――」
巨大な力に背を向けて、人間如きを逃がす為に力を抑える。
そして、ベール・ゼファーはもう居ない。だというのに―――。
その所業に、パール・クールはプライドを傷付けられ、頭に完全に血を上らせた。
そして、ベール・ゼファーはもう居ない。だというのに―――。
その所業に、パール・クールはプライドを傷付けられ、頭に完全に血を上らせた。
「いいわ。その代償、しっかりと払ってもらうから」
据わりきった目でアゼルを見つめる。
そして、
そして、
真夏の陽光を、数千倍に拡大したかのような熱が、世界を焼いた。
結界の中で、イリヤスフィールはひりつくような痛みを覚える。
逃亡する為の施術(プロセス)をキャンセルして、その力を防御に回してなお、その熱はソレを突破した。
冷たい汗が背筋を伝う。
今の攻撃の矛先は、如何してか立ち塞がるアッシュブロンドの魔王に―――ではなく、自分たちに向いていたのだと、―――理解した。
逃亡する為の施術(プロセス)をキャンセルして、その力を防御に回してなお、その熱はソレを突破した。
冷たい汗が背筋を伝う。
今の攻撃の矛先は、如何してか立ち塞がるアッシュブロンドの魔王に―――ではなく、自分たちに向いていたのだと、―――理解した。
「アンタは滅ぼす。必ず滅ぼす。
けどその前に、あんたが護ろうとしたものすべて、ぶち壊してやる」
けどその前に、あんたが護ろうとしたものすべて、ぶち壊してやる」
東方王国の王女は、酷薄に告げた。
9
鋭い、金属を打ち合わせる音が、耳から脳に突き刺さる。
ふらふらと、足元が覚束ない。
巨腕の怪力で締め付けられ、更にカクテルよろしく身体ごと脳髄をかき回され、その上で壁に激突したダメージは、決して小さくはなかった。
折れていた肋骨が、何処かに刺さったのか。ぶちまけた胃の中身は赤く色付いていて、右手の傷からもとめどなく血が流れ出す。
痛みは無い―――と、言うより解らない。
多分痛覚が麻痺しているんだろう。と、勝手に思っておく。
それでも、立ち上がれるのなら、立ち向かわないと。
ふらふらと、足元が覚束ない。
巨腕の怪力で締め付けられ、更にカクテルよろしく身体ごと脳髄をかき回され、その上で壁に激突したダメージは、決して小さくはなかった。
折れていた肋骨が、何処かに刺さったのか。ぶちまけた胃の中身は赤く色付いていて、右手の傷からもとめどなく血が流れ出す。
痛みは無い―――と、言うより解らない。
多分痛覚が麻痺しているんだろう。と、勝手に思っておく。
それでも、立ち上がれるのなら、立ち向かわないと。
鈍った頭には、けれど食料発言からこっち、怒りで逆流する血液も同時に鈍っていて、少々冷静になった上条当麻は、戦場を眺めやる。
剣戟が奏でられるのは、『旗』の周囲。体育館並みのこの部屋の、中央のあたり。
軽やかに、しかしその斬撃は鋭く。空に文目を刻む魔剣の斬撃を、ローズ・ビフロは再び死者の軍団を盾にして、しのぐ。
なんとかの一つ覚えのように、一番有効であろう数の暴力で対抗していた。
御坂美琴の雷光が閃き、所狭しと振り抜かれる大剣(ほうき)は、物も者も、立ちふさがるすべてを切り捨て魔王に迫るが、届きはしない。
此度、呼び出される軍勢は先だっての倍以上。
あと少し、足りないのだ。
本当に少し。今も、ほら、柊の魔剣は魔王を掠めて、少量の出血を強いている。
けれど、その少しを埋められなければ、恐らくは魔王の勝利で閉められるであろう持久戦。
ぼやける頭の回転数はまだ上がらず、上条は戦場を見つめていた。
剣戟が奏でられるのは、『旗』の周囲。体育館並みのこの部屋の、中央のあたり。
軽やかに、しかしその斬撃は鋭く。空に文目を刻む魔剣の斬撃を、ローズ・ビフロは再び死者の軍団を盾にして、しのぐ。
なんとかの一つ覚えのように、一番有効であろう数の暴力で対抗していた。
御坂美琴の雷光が閃き、所狭しと振り抜かれる大剣(ほうき)は、物も者も、立ちふさがるすべてを切り捨て魔王に迫るが、届きはしない。
此度、呼び出される軍勢は先だっての倍以上。
あと少し、足りないのだ。
本当に少し。今も、ほら、柊の魔剣は魔王を掠めて、少量の出血を強いている。
けれど、その少しを埋められなければ、恐らくは魔王の勝利で閉められるであろう持久戦。
ぼやける頭の回転数はまだ上がらず、上条は戦場を見つめていた。
ローズ・ビフロ自身を倒す必要は無い。何より優先するべきなのは魔導具『東方王国旗』の破壊。柊が戦っている間に、出し抜いて破戒できるかどうか。
「………。」
不可能だ。
其処を抜けようとすれば、再びローズは此方を攻撃してくるだろうし、その時、対抗手段は無い。
其処を抜けようとすれば、再びローズは此方を攻撃してくるだろうし、その時、対抗手段は無い。
『旗』を破戒しようと思えば、まず、番人たる魔王を斃す他ない―――。
ふと、違和感が走った。
「何で立ち上がってんのよアンタはっ!!」
柊蓮司を援護しながら、部屋をぐるりと廻って美琴が駆け寄ってきた。
「ちょっと、聞いてんの!?」
「………。御坂?」
「………。御坂?」
まだ、頭が働いていない。御坂美琴が泣きそうな顔で此方の顔を覗き込んでいるように見える。きっと錯覚だろうけど。
「そうよ!! 誰か他の人にでも見えるって言うの!?」
掴み掛からん程に加熱している御坂はどう見たって激昂している。それで居ながら、迸る雷光は的確に死者の軍団を薙ぎ払っている。
やっぱり、泣きそうに見えたのは間違いのようだ。
やっぱり、泣きそうに見えたのは間違いのようだ。
「御坂」
「何よ?」
「何よ?」
荒い息の下から、上条は言う。
「響くから、声のトーン下げて……」
「っっっっっっっっっっ!!!!!」
「っっっっっっっっっっ!!!!!」
爆発しそうになって、しかし上条がぼろぼろである事に思い当たって、美琴は怒声を噛殺す。
尤も、次ナニカ変な事を言った場合にはその限りでない。と、心のどこかで悟っていた。
尤も、次ナニカ変な事を言った場合にはその限りでない。と、心のどこかで悟っていた。
「兎に角、アンタは下がってなさい。
私と柊で、此処は何とかするから!!」
私と柊で、此処は何とかするから!!」
懇願するように、美琴は言う。
脳裏に過ぎる、過ぎし日の光景。
脳裏に過ぎる、過ぎし日の光景。
―――まるで氷の海に浸かっていたかのように青ざめた顔。
体中に巻かれた包帯は無理な運動のせいか所々ずれていて、赤いものが滲んでいる箇所すらあった。
引き千切ったような電極を貼り付け、一歩進むのにすら全力を尽くし、それでも誰にも助けを求めない。
誰にも話していないのだから、誰にも心配などかけないのだし、だから誰にも助けて貰えないのは当然で。
だから、誰一人として巻き込むことはない。
体中に巻かれた包帯は無理な運動のせいか所々ずれていて、赤いものが滲んでいる箇所すらあった。
引き千切ったような電極を貼り付け、一歩進むのにすら全力を尽くし、それでも誰にも助けを求めない。
誰にも話していないのだから、誰にも心配などかけないのだし、だから誰にも助けて貰えないのは当然で。
だから、誰一人として巻き込むことはない。
そんな事を考えている彼が、美琴にはどうしようもなく頭に来た。
かつて、御坂美琴は上条当麻に救われた。
それはデリカシーの無い、心に土足で上がりこむような、強引で力任せな方法で。
それでも間違いなく、御坂美琴は救われたのだ。
ならば、どうしてその同じ方法で、彼が救われてはいけないと言う法がある。一体何処の誰が、上条当麻が救われてはいけないと言うのか。
それはデリカシーの無い、心に土足で上がりこむような、強引で力任せな方法で。
それでも間違いなく、御坂美琴は救われたのだ。
ならば、どうしてその同じ方法で、彼が救われてはいけないと言う法がある。一体何処の誰が、上条当麻が救われてはいけないと言うのか。
「―――私、前言ったわよね。
私だって戦えるって、私だって力に成れるって―――、」
私だって戦えるって、私だって力に成れるって―――、」
だから、だからだから!!
「なぁ、美琴」
「何よ!?」
「だったら…………。
危険だけど。―――幾つか、頼んでいいか?」
「何よ!?」
「だったら…………。
危険だけど。―――幾つか、頼んでいいか?」
八双よりの袈裟懸けで二体の死者を斬る。 一体の死者を斜めに両断し、もう一体の足を破壊し、戦闘不能。
左の脇に腰だめにした魔剣を、右足を引いて右前方に横一閃。 斬撃を回避し、三体を腰から両断。これで五体。
右脇から左上へ。腰のバネ、遠心力を動力に薙ぎ上げる。 バックステップを踏んで回避される。撃破数、ゼロ。
顔の横に構えた魔剣を突き出す。 体重移動と箒の推進力で加速突撃。壁となる数体の(残りの)死者を吹き飛ばし、切先が魔王に迫る。
左の脇に腰だめにした魔剣を、右足を引いて右前方に横一閃。 斬撃を回避し、三体を腰から両断。これで五体。
右脇から左上へ。腰のバネ、遠心力を動力に薙ぎ上げる。 バックステップを踏んで回避される。撃破数、ゼロ。
顔の横に構えた魔剣を突き出す。 体重移動と箒の推進力で加速突撃。壁となる数体の(残りの)死者を吹き飛ばし、切先が魔王に迫る。
脳に響く怪音を発てて、魔剣は魔王の障壁(魔法)に受け止められた。
寸秒入れず。掲げられた魔王の掌に、魔力の輝きを見てやって、柊蓮司は魔剣を引き戻す。
その隙に、攻撃魔法が発動。柊は<御法剣>で、攻性魔力を斬り捨てる。
そして間髪入れずに反撃。二メートル超の刃は、襲い掛かってきた死者を障害物(ソファー)ごと両断し、魔王の胴を掠めた。
その隙に、攻撃魔法が発動。柊は<御法剣>で、攻性魔力を斬り捨てる。
そして間髪入れずに反撃。二メートル超の刃は、襲い掛かってきた死者を障害物(ソファー)ごと両断し、魔王の胴を掠めた。
散る赤血の飛沫に、違和感を覚える。
今のタイミングなら、間違いなく避けられていた筈だ。そもそも、今の一閃は魔王に対しては、牽制以上である心算はなかった。
思えば、ローズ・ビフロのその身体に、柊の刃が届く時はすべてこんな様子。
魔王は何かに気をとられたかのように、その動きを止め、魔剣によって出血する。
あそこまでの隙を見せて、浅く薙がれるに留まっているのは、流石と言う他ないが、幾らなんでも不自然だ。
思えば、ローズ・ビフロのその身体に、柊の刃が届く時はすべてこんな様子。
魔王は何かに気をとられたかのように、その動きを止め、魔剣によって出血する。
あそこまでの隙を見せて、浅く薙がれるに留まっているのは、流石と言う他ないが、幾らなんでも不自然だ。
(不自然といえば―――)
新たに具現化した死者の攻撃を、下がりながら魔剣で受けて、柊は思考を回転させる。
その瞳が写すのは、『旗』の周囲。白虎の敷布とその周りのソファー。黒革の、恐らくは牛革製の豪華さに比例する堅牢さを備えた高級ソファー。
先ほど、魔剣で死者ごと両断した筈の障害物(インテリア)は、何事も無かったかのように鎮座している。
見た目、高級ソファーとは言え、月匣の一部なのだろう。常識で計るのはきっと無駄だ。
だが、ナニカが引っかかる。
他人の月匣だからだろうか、巨腕といい鉤縄といい、ローズ・ビフロが月匣の一部を変形させる際には少々の集中が必要なようだ。
もしもの話である。もしもその集中と、先ほどの隙が同じものだとしたら?
月匣の変形は、つまり修復で、斬られてまで護らなければならないものとは?
その答えを導き出したのは、柊ではなかった。
その瞳が写すのは、『旗』の周囲。白虎の敷布とその周りのソファー。黒革の、恐らくは牛革製の豪華さに比例する堅牢さを備えた高級ソファー。
先ほど、魔剣で死者ごと両断した筈の障害物(インテリア)は、何事も無かったかのように鎮座している。
見た目、高級ソファーとは言え、月匣の一部なのだろう。常識で計るのはきっと無駄だ。
だが、ナニカが引っかかる。
他人の月匣だからだろうか、巨腕といい鉤縄といい、ローズ・ビフロが月匣の一部を変形させる際には少々の集中が必要なようだ。
もしもの話である。もしもその集中と、先ほどの隙が同じものだとしたら?
月匣の変形は、つまり修復で、斬られてまで護らなければならないものとは?
その答えを導き出したのは、柊ではなかった。
「柊さんッ!!」
壁際から上条が叫ぶ。
「この部屋全部ぶっ飛ばしてくれ!! この部屋自体が回路だ!!」
回路。
あらゆる世界から集めたプラーナを、パール・クールに一番馴染むように作り変える魔術的濾過回路。
柊は、ローズの貌を見た。
上条の絶叫を、何より雄弁に肯定していたのは、よりにもよって、ただの一般人に見破られた事に、驚愕する番人(ローズ)自身だった。
あらゆる世界から集めたプラーナを、パール・クールに一番馴染むように作り変える魔術的濾過回路。
柊は、ローズの貌を見た。
上条の絶叫を、何より雄弁に肯定していたのは、よりにもよって、ただの一般人に見破られた事に、驚愕する番人(ローズ)自身だった。
10
言葉になんかならない。
それでも、それ以外考えられなかった。
とても不合理で、不条理。そんなことをする、自分の思考回路に疑問を抱く。
背後には、三人の少女。そのうち一人の顔は知っている。少し前、自分では無い自分が知り合った友達だ。
あとの二人は、顔も知らない。会った事も無い他人だというのに。
ベルが用意してくれた、逆転の手だったというのに。
それでも、それ以外考えられなかった。
とても不合理で、不条理。そんなことをする、自分の思考回路に疑問を抱く。
背後には、三人の少女。そのうち一人の顔は知っている。少し前、自分では無い自分が知り合った友達だ。
あとの二人は、顔も知らない。会った事も無い他人だというのに。
ベルが用意してくれた、逆転の手だったというのに。
自らの背に庇うように―――、否。事実庇って、アゼル・イヴリスはパール・クールの猛攻を耐える。
「ほらほら、如何したの? 急いで護らないとあいつら死んじゃうわよ?」
パールは愉しげに嗤う。
煉獄をも凍りつかせるほどの怒気は、アゼルを嬲る嗜虐に溶かされ鳴りを潜めている。尤もソレが、誰の救いになるわけでは無いが。
瀑布のように光(ちから)の洪水が放たれ、名も知らぬ少女たちに襲い掛かる。その間にアゼルが割って入るが、作り出した防御壁は焼け石に水ほどの役にも立っていない。
その膨大な攻撃力は、アゼルを翻弄し蹂躙する。
煉獄をも凍りつかせるほどの怒気は、アゼルを嬲る嗜虐に溶かされ鳴りを潜めている。尤もソレが、誰の救いになるわけでは無いが。
瀑布のように光(ちから)の洪水が放たれ、名も知らぬ少女たちに襲い掛かる。その間にアゼルが割って入るが、作り出した防御壁は焼け石に水ほどの役にも立っていない。
その膨大な攻撃力は、アゼルを翻弄し蹂躙する。
唇を割る荒い息。
呼吸を整えるヒマすらない。
迫る複数の光球。一つ一つが街の一区画は吹き飛ばせるであろう威力を秘めた攻撃魔法。
我先にと争い群がって、輝く防御結界を打ち抜こうとする姿は、餌に群がる肉食魚を連想させる。
その群に追いすがり、アゼルは一つ一つ破壊してゆく。
血の弾丸で打ち砕き、腕に仕込まれた剣で切り裂いて、
呼吸を整えるヒマすらない。
迫る複数の光球。一つ一つが街の一区画は吹き飛ばせるであろう威力を秘めた攻撃魔法。
我先にと争い群がって、輝く防御結界を打ち抜こうとする姿は、餌に群がる肉食魚を連想させる。
その群に追いすがり、アゼルは一つ一つ破壊してゆく。
血の弾丸で打ち砕き、腕に仕込まれた剣で切り裂いて、
けれど、壊しきれない。
アゼルは、魔力で造った障壁(カベ)と、盾に変形した腕で、受け止める。
群れる魔力弾は、障壁を打ち抜き盾を砕く。
群れる魔力弾は、障壁を打ち抜き盾を砕く。
腕の肉は半分ほど焼け焦げて、残りの魔弾が少女たちの結界に迫る。
力を振り絞って、防ぎに入る。盾にしたのはその身体。
力を振り絞って、防ぎに入る。盾にしたのはその身体。
豊満な胸が、なだらかな腹が、引き締まった腰が、肉付きのいい腿が、魔弾に喰いつかれ無残な傷口を曝した。
「―――――っ!!」
悲鳴は挙がらない。代わりに血を盛大に吐き出した。
白い身体が、赤黒く汚れる。
白い身体が、赤黒く汚れる。
激痛を原動力に変えて、魔力を解き放つ。
反撃の暇も与えず、手数を重ねる。
反撃の暇も与えず、手数を重ねる。
「鬱陶しいッ!!」
けれど、何の動作もなくパールが放った気だけで、吹き散らされた。
そして、パールの反撃。
少女たちの結界に累を及ぼさぬように、アゼルはその身で受けるほかなく―――。
少女たちの結界に累を及ぼさぬように、アゼルはその身で受けるほかなく―――。
見る間もなく、荒廃の魔王は追い詰められていた。
裏界の本体から力を供給し、傷は修復できる。だからこそ、今でも、まだカタチを保っていられる。
それでも後幾度、アゼルは少女たちを庇いきれるだろうか。
彼女たちは、強固な結界を張っているとは言え、今のパール・クールを相手にすれば、そう長くは持たない。
ここでアゼルが斃れれば、間違いなく彼女らは殺される。
裏界の本体から力を供給し、傷は修復できる。だからこそ、今でも、まだカタチを保っていられる。
それでも後幾度、アゼルは少女たちを庇いきれるだろうか。
彼女たちは、強固な結界を張っているとは言え、今のパール・クールを相手にすれば、そう長くは持たない。
ここでアゼルが斃れれば、間違いなく彼女らは殺される。
(それは、イヤだ)
自問に自答は、衝動の様に即答の速さを誇った。
「惨めね。アゼル・イヴリス。
そして哀れよ」
そして哀れよ」
可哀想、カワイソウ。と、東方王国の王女は嘲弄する。
「いまさら一人二人護ったところで何になるの?
アンタの居場所は、もう此処には無い。人間があんたを許すと思ってるのかしら?」
アンタの居場所は、もう此処には無い。人間があんたを許すと思ってるのかしら?」
パールの言葉はいちいち胸を抉る。
一万人を殺した。街を此処まで破壊した。
もう、私は此処には居られない。そんなこと、誰も許さない。
人殺しの怪物は、人間の傍にはいられない
もう、私は此処には居られない。そんなこと、誰も許さない。
人殺しの怪物は、人間の傍にはいられない
解っている。
ベルは、私のために彼女らを呼び寄せた。
何をしたのかは解らない。けれど、彼女たちの力を手に入れれば、確かに勝てるだろう。
その、唯一の勝算を、ベルの末期の言葉を、自分でも解らない衝動(ワガママ)で無駄にした。
何をしたのかは解らない。けれど、彼女たちの力を手に入れれば、確かに勝てるだろう。
その、唯一の勝算を、ベルの末期の言葉を、自分でも解らない衝動(ワガママ)で無駄にした。
そんなこと判っている。
それでも、護りたかったんだ。
この世界が好きだから。
この夢のような世界が、此処に住む人たちが、
この世界が好きだから。
この夢のような世界が、此処に住む人たちが、
けれど―――。けれど、そう思っているのならば、背に守る少女たちは一体何なのか。
この世界を守りたいのなら、何としてでもパール・クールはここで斃す他ない。
彼女の好きにさせれば、この世界は人の住まう世界ではなくなってしまう。
だったら、幾らかの犠牲を出してたとしても―――。
彼女の好きにさせれば、この世界は人の住まう世界ではなくなってしまう。
だったら、幾らかの犠牲を出してたとしても―――。
「けれど、私は―――、」
首を振る。縦ではなく横に。
言葉に出来るほど、磨かれたわけじゃない。だから、この想いは言葉にならない。
それは、この数時間一緒に居ただけの少年の面影で、全てを知っても私の味方で居てくれた彼の姿。
ただ、この少女たちを死なせてはならないと、身体の奥で何かが叫ぶのだ。
言葉に出来るほど、磨かれたわけじゃない。だから、この想いは言葉にならない。
それは、この数時間一緒に居ただけの少年の面影で、全てを知っても私の味方で居てくれた彼の姿。
ただ、この少女たちを死なせてはならないと、身体の奥で何かが叫ぶのだ。
「だから、退けない―――。退かない!!」
「いやな目―――。ムカつくわ」
パールの手に魔力の輝きが燈る。
その光は、間髪を置かずに数百倍に膨張し、直視できないほどの輝きに成長した。
判る。
この光は、荒廃の力無しでは受けきれない。しかし、荒廃の力を解放すれば―――、
その光は、間髪を置かずに数百倍に膨張し、直視できないほどの輝きに成長した。
判る。
この光は、荒廃の力無しでは受けきれない。しかし、荒廃の力を解放すれば―――、
「これで、終わり。アンタは何も護れない
安心しなさい? この世界は、私が有効利用してあげる」
安心しなさい? この世界は、私が有効利用してあげる」
お前には力がない。力が在っても、使いこなせなければ意味がない。
パール・クールは、その巨大な光球を解放する。
それは着弾と同時に魔力を炸裂させ、人間の単位で数キロを抉り取るだろう。
それは着弾と同時に魔力を炸裂させ、人間の単位で数キロを抉り取るだろう。
防御も回避も何も無い、絶対的で圧倒的な力。
アゼル・イヴリスは、パールが放った破壊をもたらす魔力を凝視する。
目算――。着弾、そして破壊の炸裂まで、凡そ三秒。
目算――。着弾、そして破壊の炸裂まで、凡そ三秒。
そうして、死の力が解放された。