郷田 猛 - 架空アニメキャラ用語辞典

郷田 猛（ごうだ たけし）は、フォビドゥン澁川による漫画作品『スナックバス江』に登場する、常連客の一人。
常連客からは「ゴウさん」と呼ばれている。ある日、ふらりとスナックバス江に現れた、品の良い初老の紳士。その落ち着いた物腰と、他の常連客とは明らかに異質な価値観は、スナックバス江の混沌とした会話劇に新たな化学反応をもたらしている。

概要
いつも上質なスーツやセーターを身につけ、穏やかな笑みを絶やさない、紳士然とした常連客。年齢は58歳。
その正体は、札幌に本社を置く大手食品メーカーの元代表取締役社長（CEO）という、他の常連客とは全く住む世界が違う人物である。しかし、彼がその経歴を自ら語ることはなく、また、他の常連客も彼の素性に全く気づいていない。
仕事一筋の人生を終え、引退後の虚無感を抱えていた中で、偶然「スナックバス江」と出会う。以降、常連客たちが繰り広げる、くだらなくも人間味あふれる会話を、心から楽しむために店に通っている。

来歴と背景
叩き上げの経営者
郷田猛は、いわゆる「叩き上げ」の経営者である。若い頃は、自らが後に社長となる会社の工場で一作業員としてキャリアをスタートさせた。そこから持ち前の勤勉さと、時流を読む鋭いビジネスセンスを発揮し、数十年の歳月をかけて平社員から社長の座にまで上り詰めた、立志伝中の人物である。
彼の人生は、文字通り仕事に捧げられていた。家庭を顧みる時間は少なく、数年前に妻とは死別。子供たちもそれぞれ独立しており、彼が引退を迎えた時、その手には莫大な資産と有り余るほどの時間が残されたが、共に過ごす相手も、情熱を注ぐ趣味もなかった。

引退後の虚無感とスナックバス江との出会い
輝かしいキャリアの終着点で、彼を待っていたのは profound な虚無感だった。企業のトップとして常に緊張と喧騒の中に身を置いていた彼にとって、目的のない静かな日々は耐え難いものだった。
そんなある夜、目的もなく自宅周辺を散策していた彼は、北24条の雑居ビルから漏れる、楽しげな笑い声と温かい光に、まるで吸い寄せられるように足を止める。それが「スナックバス江」であった。
corporate world の建前や嘘偽りに満ちた会話にうんざりしていた彼にとって、森田や明美たちが繰り広げる、何の生産性もない、しかし剥き出しの本音に満ちた会話は、新鮮で、人間という生き物の面白さを再認識させるものだった。彼は、この混沌とした空間に、失っていた「人間との生々しい繋がり」を見出し、常連客となることを決めた。

作中での活躍
初登場
彼が初めて来店したのは、単行本第16巻（※架空の巻数）でのこと。彼はカウンターに座るなり、極めて丁寧な口調で「バルヴェニーの30年ものはありますかな？」と尋ねる。当然そんな高級酒があるはずもなく、バス江ママに「角瓶ならあるけど」と返されると、彼は嫌な顔一つせず、「では、それをロックで頂こう」とにこやかに応じた。この場面は、彼の飾らない人柄と、店の空気に対する順応性の高さを象徴している。

異次元の視点を持つ男
郷田のキャラクターが際立つのは、常連客たちの議論に参加する時である。例えば、森田と明美が「コンビニの唐揚げは、果たしてローソンとセブンイレブン、どちらが上か」という、いつもの不毛な議論を戦わせているとする。
他の客が個人の好みを主張する中、郷田は穏やかにこう切り出す。「興味深いテーマですな。それは、製品の品質そのものではなく、店舗へのアクセス頻度や、販売員のオペレーション効率によって生じる、顧客体験の差異について論じている、と解釈してよろしいかな？」。
このように、彼は常連客たちの極めて次元の低い会話に対し、常に経営学やマーケティング理論、あるいはマクロ経済学といった、壮大な視点からの分析を試みる。当然、話は全く噛み合わないのだが、そのズレが新たな笑いを生み出す、というのが彼の基本的な役割である。

隠しきれない富裕層の片鱗
彼は自らの富をひけらかすことは一切ない。しかし、会話の端々で、その片鱗が漏れ出てしまうことがある。「以前、シンガポールの支社長が申しておりましたが…」「いやはや、自宅の庭師の選び方は本当に難しいものですな」といった発言がそれである。
しかし、スナックバス江の常連客たちは、それらの発言を「ゴウさんの見栄っ張りな冗談」あるいは「何か難しい話」として、特に気にも留めない。そのため、彼の正体は誰にも気づかれることなく、彼は今日も「少し品の良い、謎の隠居老人」として、店に溶け込んでいる。

他の常連客との関係
バス江ママ
郷田は、ママに対して深い敬意を払っている。それは、彼女が長年にわたり、この奇妙で温かいコミュニティを維持してきた「経営手腕」に対する、元経営者としてのリスペクトである。二人の間には、多くを語らずとも互いの人生経験を認め合うような、落ち着いた空気が流れている。

明美
明美は、郷田の紳士的な立ち居振る舞いを前にすると、普段のガサツな言動を改め、付け焼き刃の「良い女」を演じようとすることがある。しかし、その試みは数分と持たずに失敗に終わり、結局はいつも通りの下品な会話に戻ってしまう。郷田は、そんな彼女の姿を、微笑ましげに眺めている。

森田
郷田は、森田の存在を「若者市場の貴重なサンプル」として、極めて真摯に観察している。森田が語る童貞ならではの歪んだ恋愛観や、突拍子もない妄想を、彼はまるで重要なプレゼンテーションを聞くかのように、熱心にメモを取ることさえある。当の森田は、自分の話が真剣に聞かれていることに気を良くし、さらに話がエスカレートしていく。

タツ兄
仕事一筋に生きてきた二人の間には、寡黙ながらも確かな共感が存在する。郷田は、タツ兄の持つ職人としての矜持を高く評価しており、タツ兄もまた、郷田の持つ落ち着いた風格に敬意を払っている。二人がカウンターで並んで静かにグラスを傾ける姿は、スナックバス江における「静」の部分を象徴している。

性格・思想
穏やかな観察者
彼の基本的なスタンスは、スナックバス江で繰り広げられる人間模様を、一歩引いた場所から穏やかに観察することである。彼は決して会話の中心になろうとはせず、常連客たちの馬鹿馬鹿しくも愛おしいやり取りを、まるで上質な演劇を鑑賞するかのように楽しんでいる。

「本物」への探求
彼が会社経営の第一線で見てきたのは、建前と計算ずくの人間関係だった。そんな彼にとって、スナックバス江の常連客たちの、何の得にもならないのに真剣に議論し、本気で笑い、時には本気で拗ねる姿は、失われていた「人間としての本質（オーセンティシティ）」を思い出させるものだった。彼がこの店に通うのは、アルコールではなく、この「本物の感情」に触れるためなのである。

物語への影響
新たな笑いのパターンの創出
郷田猛というキャラクターの登場は、スナックバス江に「異文化交流」ならぬ「異階級交流」という、新たな笑いのパターンをもたらした。彼の持つハイコンテクストな常識と、店のローコンテクストな現実が衝突することで生まれるズレの笑いは、これまでの『スナックバス江』にはなかった新しい魅力である。

登場人物たちの世界の肯定
成功者である郷田が、常連客たちのダメで、くだらない日常を、心から面白がり、肯定的に見守っている姿は、読者に対して「こういう生き方や時間も、決して無駄ではない」という、温かいメッセージを伝えている。彼は、物語の世界観そのものを、より大きな視点から優しく肯定する、作中における良心の役割を果たしている。